他人の家って知らない匂いがする
女の子の部屋っていい匂いがするって言いますね。
それって、気のせいですよ?きっと。
科学的に言えば・・・理由はあるそうですよ。
でも、それはご自身でお調べください。
「お、お邪魔します・・・」
家には俺たち以外に誰もいないとわかっていても、挨拶というものは口から勝手に出てくる。
「もー、誰もいないって。」
ローザはケラケラと笑いながら俺の肩を軽く叩いてくる。
「わかってるけれどさ、なんか言っちゃうじゃない?こういうのってさ。」
「うーん、なんかわかる、それ。」
ローザは目を輝かせて何度も頷いている。
「私もさ、窓花の家に行った時とかそうなっちゃうんだよね。」
大げさに頷きながら軽く笑って、スリッパを準備してくれた。
クッソ、なんか可愛いな。あの学校でのローザとのギャップがをさ、すごく感じるんだよな。しかも、それを知っているのは俺くらいしかいないんじゃないかって思うと、結構な優越感だよな。
「フッ・・・」
そんなことを思った俺はなんとなく鼻で笑ってしまった。
「あー、笑ったな?バカにしたな?」
ローザは顔を赤くしてグイグイ迫ってくる。
「してねーよ。」
バカになんてしてないさ。絶対にな。
「あ・・・ま、いいけど・・・」
「そ、そうだな・・・」
あまりに顔が近くなりすぎたローザが慌てて顔をそらす。俺も気恥ずかしくなっちまった。
「あ、えっと・・・ご飯、食べる?何かあると思うし。」
ローザが鼻の頭を軽く掻きながら俺に聞いてきた。
「え?いいの?ちょっとお腹すいてきたところだったんだけど。」
「いいよ。一人で食べても楽しくないし。」
なんか聞いたことある言葉だな。
でも、そんなもんだよな。うちはいつも母親がいるから一人でご飯なんてことはないけれど、想像してみるとかなり切なくなってくる。
「じゃ、ちょっと簡単なの作るから、その辺で待っててくれる?」
そう行って俺の手を取り、何処かの部屋に引っ張って行った。
***************************
「ここで待ってて。」
どうやらここは居間みたいだ。テーブルとソファがあってテレビもある。俺は何を当たり前なことを考えているんだよ。
「ここで?」
「そ、十分くらいで作れると思うんだけど、その間一人にしてごめんね。」
ローザは戸棚の引き出しから白いエプロンを取り出して手早く身につけていった。
「制服エプロン・・・」
「ん?なに?」
「なんでもないです。」
すみません、とっても可愛かったです。
いつも見慣れている学校の制服が、料理用エプロンを同時に装備することで恐ろしいほどの攻撃力を持つ武器に進化するなんてっ。いや、どちらも服の類なのだから本来は防御力が上がるはずなんだけれど、視覚的な攻撃力が信じられないくらいに増加したよ。
「ん、なに?変なの・・・大丈夫?」
ローザは首を傾げながら俺の近くに歩いてくる。
「大丈夫大丈夫。絶対に大丈夫だから。」
俺は必死に両手を顔の前で振ってローザの動きを制する。
「そう?じゃ、ちょっと待っててね。」
腑に落ちないような顔をしていたが台所の方に消えていった。消えていったというのはもちろん比喩だ。ローザの後ろ姿がチラチラと見えている。なんだろう。鼻歌?何かが聞こえてくるのだけれど、聞こえていないふりをするべきなんだろうな。
**************************
しばらくして。ローザが『お待たせー』と言いながら料理を持ってきてくれた。
ん?焼きそば?いや、チャーハン?なんだろう。見たこともないものだ。焼きそばのように見えるチャーハン。例えるならばそんな感じだった。
「あ、これ?ソバメシって言うんだよ。ちょっと前に遠征で神戸に行った時にね、食べたんだけど美味しかったからよく作るんだ。」
ほほう、神戸。確か兵庫県だったかな。行ったことはないから全然わからないけれどな。
「へぇ・・・そうなんだ。初めて見たよー。」
「でしょう?見た目はちょっと・・・って感じなんだけどね、これが結構美味しいんだよ。でね、大事なのが、コレ。このソース。」
これも見たことないなぁ。お好みソース?へぇ、こんなのもあるんだなぁ。
「なんて言うか、女の子だな。」
思わず口にしてしまったが、これはまずかったかもしれない。
「な、当たり前でしょ?それに、こんなの大したことないし。」
「いや、ごめん。変な意味じゃなかったんだけどさ、ほら、学校でのローザとのギャップが。それにほら、この前チョコもくれたし。あ、思い出したっ。」
そうそう、これも聞かなきゃいけないって思ってたんだよ。思い出してよかった。
「な、何さ・・・」
ローザは右手にソバメシの皿、左手にお好みソースを持ったまま固まっている。
「バレンタインのチョコなんだけどさ。」
俺が話そうとしていることを先に悟ったのか『あーあー』とか声を出して聞かないようにしているみたいだ。
「村雨先輩がくれたチョコ、あれにさ、手紙入ってたんだけど。」
「へ、へぇ。そうなんだ。窓花、何か書いてたんだ。へぇ、そうなんだ。」
そんなに引きつったような顔しなくてもいいのにな、なんて思いながらローザの姿を見ていた。
「うん、ありがと。村雨先輩の手紙がなかったらさ、俺、絶対にわかんなかったよ。」
「なに?なんのことかわかんない。」
ローザはソバメシの皿をテーブルにドンと置いて、エプロンを外した。
「そんな話はいいからさ、あったかいうちに食べよっか。」
どうやら話をそらしたくて仕方がないみたいだな。なら・・・いっか。一言だけ言えれば。
「そうだね。」
俺はそうソファから立ち上がって、ローザが勧めてくれた椅子に腰を下ろした。ローザは俺が座るのを見て席に着いた。
「じゃ、食べよっか。」
「えーと、大皿しかないよ?」
「あー、もう、もっと早くに言ってよぉ。」
ローザは顔をしかめながら俺に対する文句を口にした。
「それは作った人が気がつくべきことかと。」
「・・・そだね。」
ローザは笑い出した。そしてそのまま立ち上がって、小皿を取りに行こうとした。
「チョコ、美味しかった。お菓子も作れるんだね。ありがとう。」
ローザが台所に消える瞬間にそう言った。
「うん。」
ローザは台所にスキップをするように歩いていった。
***************************
「えっと、このままこうしていると時間が経つのを忘れてしまいそうなのですよ。ようやく今日の本題に入ります。」
ご飯も食べ終わって、適当な雑談をしていた時、俺はいきなり切り出した。
「あ、そうだね。わざわざ学校で声をかけてきたってことは、何か話があるってことだもんね。うん、何かな?」
ローザは今までの笑顔と比べると、少し硬い笑顔を浮かべながら聞いてきた。
「うん、その・・・えーっと。」
なんて言えばいいんだ?いざ口に出すとなると言いにくいな。
「・・・」
ローザは黙って俺の顔を見ている。
「明日、天気いいみたいなんだ。ちょっとは雪降るみたいだけど。」
「ん?明日?天気?」
察しが悪いなぁ、もう。今ので気がついてくれよ。
「そう明日。」
「そっかぁ、天気予報見てないから知らなかったけど。」
おいおい。本当に察してくれないのか。だったら、ちゃんと言わなきゃダメか。いや、言うべきなんだろうな、俺から。
「明日、デートしよう。」
「・・・ふぇ?」
ローザはポカンと口を開けたまま動きを止めている。
そうか、俺はついに時を止めることができるようになったのか。何秒止められるんだ?俺のザ・ワールド。
「・・・そして時は動き出す・・・」
「い、いきなりすぎるー。」
ローザが大声をあげて、あたふたとしている。『え?明日?どうしよう。何着て行こう?』とか俺に聞かせなくてもいいことを一人で口にしている。
どうやら、時を止められるのは1秒程度のようだった。
「ダメだった?」
「ダメなわけないじゃんっ。いつ、そう言われてもいいようにって毎週日曜日だけは開けていたんだからっ。むしろ・・・遅いよ。誘ってもらえないと思ってたよ。」
そこまで話してローザが急に黙り込み、色白の顔がどんどん赤くなっていった。
「いろいろ考えたんだ。それで遅くなった。」
「うん。行く。行こう。行きたいっ。あのねっ、いろいろ考えてたの。一緒に行きたいとこ。だからね、そこ行こうっ。いい?」
あれ?ローザが急に子供っぽくなったぞ?
「うん、いいよ。ローザの行きたいところで。」
俺も笑顔を浮かべてローザの顔を見ていた。
これでいいんだ。
もっとローザとはいろんな話をして、そして、いろいろなことを知りたい。
少しずつでいいんだ。ゆっくりと、一歩ずつ。一つずつ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
どうやら夕人はローザとデートをするみたいですねぇ。
それでいいんでしょうか。
いえ、いいのでしょうね。きっと。




