If you gimme smile
前の章のあとがきに書きましたように、もうちょっとだけ続きます。
テレビ番組だとこのセリフの後、本当にちょっとだけで終わりますよね。
しばらくして、俺と実花ちゃんを残して四人は帰っていった。そういえば教室にいた他の女子たちはいつの間にか居ないな。一体いつの間にいなくなったんだろう。
「いやぁ、夕人くん。なかなかの楽しい展開でしたなぁ。」
実花ちゃんがニヤニヤしながら近寄ってきて、さらに耳元で話を続ける。
「ね、環菜と何を話してきたの?告白された?」
「はぁ?何いってんだよ。全然そんなんじゃねぇよ?」
俺は思わず距離をとって本気で否定した。
「あら?そうなの?てっきり環菜が告白しに行ったんだって思ってたんだけど。」
どうしてそんなことになるんだよ。まぁ・・・なんとなくわからないでもないけどさ。バレンタインに女の子が男の子を呼び出して、なんて展開。そう思われてもおかしくはないわな。今ならそんな思いも頭をよぎる。
「違う違う。かなり真面目な話をしてきただけだ。」
少なくとも、俺は真面目な話をしてきたはずなんだけれどな。
「そう。そうなんだね。ふーん。」
なんだ?なんだか納得していないように見えるな。
「信じてないだろう?」
「いんや?信じてるよ。夕人くんがちゃんと考えてるってことはね。」
俺の横に座りながら、ニヤッと笑った。
「あのさ、なんだか翔に似てきたぞ?」
「まぁ、朱に交われば赤くなるって言いますから。」
「言ってろよ。」
俺はそう言って肩をすくめながら笑みを浮かべた。
はぁ、なんだか疲れたな。来週はテストだし、そろそろ帰るか。
「でさ、それ、どうやって持って帰んの?」
「ん?」
隣の机にはさっきもらったチョコが置かれている。どう考えても俺のカバンには入りそうもない。
「うっわ、マジかっ。どうしよう?実花ちゃん。」
まさか手に持ったまま帰るわけにもいかないし。
「やれやれ。ちゃんと考えて持って帰ることだね。」
実花ちゃんは笑いながら教室を出て行こうとした。
「ちょっと待ってぇ?見捨てないで?」
俺の嘆願を聞かずに、『バイバイ。』と言って帰ってしまった。
「おーい、マジかよ・・・」
ぽつんと一人残された静かな教室で、隣のチョコの山を見た。すっごく嬉しいんだけど、本当にどうしたもんだろう。
山積みにされたチョコの一つが滑って落ちそうになった。俺は焦って手を伸ばし、椅子から転げ落ちた。
「いててて・・・」
拾おうとしたのに椅子から転げ落ちた拍子に、机の上に置かれていたチョコを全てぶちまけてしまった。
「はぁ・・・どうしたもんかね・・・」
腕を組みながら、落としてしまったチョコを大切に机の上に移動させていく。生徒会室に何袋とかなかったかなぁ。紙袋でもなんでもいいけどさ。ふと、生徒会室の鍵を探そうと制服のポケットに手を突っ込んだ。
ん?なんだこれ。手紙か?
『ちゃんとしたチョコを渡したいから、六時にこの前のとこで待ってるね。ローザ。』
「は?なんだこれ?ちゃんとしたチョコ?確かにチロルしかもらってないけど・・・って今、何時だよ。」
教室に備え付けの時計に目をやると・・・もう六時を十分も過ぎてんじゃんっ。しかも、この前のとこって絶対あそこだ。この前俺を待ってたところ。あそこしかないじゃないか。ふと窓の外に目を向けると雪がチラチラと降っている。また・・・ローザのやつ・・・
俺はカバンの中に入っていた授業道具のほとんどを机の中に突っ込み、隣の机の上にある頂きものを詰め込んだ。
そして、あの場所に走った。
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一生懸命走ったんだけれど、やっぱり多少時間はかかる。もう、六時半近いんじゃないか?
「ローザ?」
この前の場所。そうは言ってもただの歩道だ。近くに電話ボックスがあるから少し明るいというくらいで別段何かがある場所ではないんだ。しかも、運の悪いことに雪が強くなってきていた。
「もう・・・君はやっぱり遅いんだから。」
ローザは笑顔を浮かべて白い息を吐いた。頭には少しだけ雪が積もっている。どれだけここに立ってたんだよ。どうして学校で渡そうとしないんだよ。
「バカかよ。本当に。俺が手紙に気がつかなかったらどうするつもりだったんだよ。」
俺は本当に腹が立ってきていた。手紙に気がつくのが遅かった俺も悪いけれど、直接言ってくれれば・・・いや、確か・・・言っていた。『あとでね』と。口パクではあったけれど。
「ごめん。でも、大丈夫。君はいつもこの道を通って帰ってるのは知ってたから。ずっと待ってたよ。」
なんでだよ。なんでそこまでするんだよ。
「わかんないよ。どうしてそこまでするんだよ、ローザ。」
俺は少しだけ強い口調でローザを責めた。
「だって、チョコは今日渡さないと。」
どうして責められているのかわからないといった表情を浮かべ、俺の顔を見ている。
「もらったよ。お昼にちゃんともらったよ。それで十分なのに。」
ローザは俺の言葉にあっけにとられたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻る。
「やっぱり君は可愛いね。あんなの、チョコのうちに入らないって。それに、今日っていう日に渡すから。だから、意味があるんだよ?女の子にとって。」
そう言って俺に紙袋を手渡してくる。
「え?これ・・・」
俺は驚いた。名前は聞いたことある。お父さんがたまに買ってくるチョコだ。結構高いチョコだと思っていたんだけれど・・・
「ん、貰ってくれるかな?」
少しだけ引きつったような笑顔が気にかかる。どうしてそんな表情をするのさ。
「でも、それって高いやつじゃない?」
「・・・ちょっとだけ。こういうのは、いや?」
ローザの笑顔が曇る。その笑顔を曇らせているのは俺なんだってことはわかるけれど、こんな高いものをもらってもいいのだろうか。
「だったら・・・」
紙袋の中から何かを取り出す。な、なんだ?中身が見えないビニール袋に入ったもの?
「なに・・・それ。」
「・・・シャツ。昨日、欲しいって言ってたから。」
ローザは顔を少し赤らめて小声で言った。
「昨日、買ってきたやつだから・・・気に入らないかもしれないけど・・・」
袋を手渡そうと、おずおずと手を伸ばしてくる。
その手は少しだけ震えているようにみえる。夕人は気が付いていなかったみたいだったが、震えているのは寒さだけが原因ではないのだろう。
「な・・・どうして?」
俺はもう、訳がわからなかった。ここまでしてくれるローザ。どういうつもりなのか、全然わからなかった。
いや、わかっていたんだと思う。でも、考えないようにしていたかもしれない。きっと、ローザは・・・俺に、これを受け取る資格はあるんだろうか。それがわからない。
「・・・ダメ・・・かな。受け取ってもらえるだけでも。」
そんなことはないけれど。だけど・・・
「俺・・・嬉しいよ。でもさ。ローザ。もっとゆっくりでもいいじゃない。もっと時間をかけて、そして楽しくやっていこうよ。」
俺は今の自分の気持ちを正直に口にしたつもりだった。
そして、雪が少し強く降ってきたような気がした。
「でも、私、卒業しちゃうから・・・」
そう言って俯くローザ。それは俺も知っている。ローザは学年が一つ上だ。当たり前のことだ。そして、もう高校も決まっている。卒業してしまったらなかなか会えないだろう。でも、それでもいいんじゃないのか?
「卒業したら会えないってことはないだろう?そりゃ、今みたいには会えないけれど。」
「・・・そうだね。ごめん。」
「謝らないでよ。俺もどうしたらいいか・・・」
しばらく俺たちは無言だった。
「これだけは、貰ってくれないかな。そうじゃないとこれ・・・意味がなくなっちゃう。」
「うん・・・ありがとう。こんなに高いものをわざわざ俺なんかのために。」
紙袋を受け取りながらそう言った俺に、ローザが声をかけてきた。
「違うよ。君だから・・・だよ。」
俺はなんて答えたらいいんだろう。嬉しい。その気持ちに嘘はない。ローザとのデートは楽しかった。でも、急ぎすぎなんだよ、ローザは。もうちょっとだけ、気持ちを整理する時間が欲しい。
「あ、あのさ。俺、嬉しいよ。ローザがここまでしてくれたこと。でもさ・・・もうちょっと時間が欲しい。きちんと気持ちを整理したい。それまで・・・少しでいいから。卒業までとは言わないから。待って欲しいんだ。」
こんなことを言ったのは初めてだ。俺の選択が正しかったのかはわからないけれど、今はこう答えることしかできないんだ。
「うん。それで十分。私、待つよ。でも、一つだけお願い。」
「なに?俺ができることなら。」
「もう一回・・・デートしたい・・・」
ローザの綺麗な目は俺をまっすぐに捉えている。俺はまっすぐに彼女の目を見ることができる男なんだろうか。
空から降ってきている雪が、俺と彼女の肩に少しずつ積もってきていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本日のラスボス、ローザが登場です。なんとこのイベント内で3度目の登場になります。
もしかするとこれまでで最多ではないでしょうか。
それにしても、色白で、運動神経が良くて、バレー部部長でヤンキーで。
でも、その本当の姿は超乙女。
頼むからガングロギャルに転職しないで欲しいです。いえ、本当に。




