バレンタインデー!! の前日のお話
タイトル通りに進みます。はい。
さぁ、二月も中盤に差し掛かりました。
この時期、学校はにわかに活気付く。その理由は言わずもがな。当然というか、もちろんというかバレンタインデーですよ。
男子はチョコを誰から貰えるのかと勝手な予想を立て、貰ったチョコの数を競う。義理でもいいから、チロルでいいからチョコが欲しい。普段は食べない輩もチョコが欲しい。そんな時期。
女子は女子で、誰にあげるか、どうやってあげるかを必死に考える。最終的にはクラスと部活のメンバーみんなに配るという作戦が一番無難かな、なんていうガッカリオチにたどり着く子もいれば、本気の勝負を仕掛ける子もいる。多分。少なくとも去年までのバレンタインはそんな感じだったように思うけれど、今年はどうなんだろうな。
「あー、チョコを大募集だべ。十四日は期待して待ってるべ。くれた女子にはもれなく俺とデートだべ。」
足草がわけのわからないことを言いながら廊下を歩いている。いや、足草だけではないようだ。何人かの男子が足草を先頭に廊下を行脚している。とても異様な光景がそこにはあった。
「あ〜、嫌だねぇ。あんなのにチョコはあげたくないわ。」
実花ちゃんが渋い顔をして天を仰いだ。
「その気持ちはよくわかるけどさ、あれはあれで清々しいほどの潔さだとは思わないか?」
俺は実花ちゃんにそう言ってみたが、やっぱり嫌なものは嫌だな。
「え〜、嫌だよ。あんなわけのわからないことを言って歩いてるやつ。あれにあげるなら道端のワンコにあげるよ。」
足草。お前の行動は逆効果みたいだ。野良犬に負けるほど評価を下げているみたいだぞ。いいのか、お前の生き方はそれで。
「道端のワンコか・・・ってことは実花ちゃんからチョコもらえないやつは野良犬以下ってわけか。」
「あ、ちょっとそういう言い方しないでよ。なんかあたしが嫌な女子みたいじゃないのさ。」
実花ちゃんが真面目な顔をして俺に食ってかかる。このレスポンスの良さ、さすがです。出会ったころからほんと変わらないよ。
「あはは、ごめんごめん。」
そう言って両手を顔の前で合わせて謝る。
「ま、夕人くんになら言われても悪い気はしないけどね。」
実花ちゃんもそう言って笑ってくれた。
今日は二月十三日。とうとう明日がバレンタインデーだ。男たちの仁義なき戦い。いや、女子にとっても一大イベントが繰り広げられるはず・・・だ。
今、俺たちは廊下で話していたんだが、何か足りないパーツがあることにお気づきだろうか。そう、もちろん翔だ。あいつはインフルエンザでノックアウト中だ。昨日発症したらしいので、一週間ほどは学校に来れない。ということは明日のイベントには確実に不参加ということになるわけだ。これは一部の女子たちのせいで教室と生徒会室が阿鼻叫喚な状態になることが容易に予想できるよ。
「翔は学校に来られないからどうやって渡そうかなぁ。」
実花ちゃんはガッカリした様子で独り言のように呟きながら自分の教室に歩いて行った。
「やれやれ・・・」
俺は一人でフッと笑いながら生徒会室に向かった。
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生徒会室には砂川さんが一人でいた。何かの作業でもしているのだろうか。
「あ、お疲れー。」
俺はいつものように挨拶をした。もっと気の利いた挨拶の方がいいのかもしれないけれど、これくらいしか思いつかない。
「あ、竹中くん。ちょうどいところにっ。」
「え?」
なんだか嫌な予感。生徒会室に来なきゃよかったかもしれない。
「実はね。最近、校内で物がなくなる事件が起こっているらしいの。」
む・・・思っていたよりも深刻な案件のようだけれど、それは俺たちの仕事なのだろうか。
「そうなんだ・・・」
「そう。しかもね、女子の持ち物がなくなるらしいのよ。」
「ほぅ。通りで俺が知らないわけだ。俺は男だからな。」
ウンウンと頷きながら砂川さんに先を促した。
「しかも、被害は三年生の教室で起こっているの。だからね、他の学年の人たちは動きにくいらしくて・・・」
そりゃそうだろうな。上級生の教室っていうのは下級生にとって聖域にも等しいからな。余程のことがなければ行かない場所だ。
「そっか。それは大変だな。先生たちは何をしてるんだ?」
「一応、予防策をとるということで、移動教室なんかの際に貴重品を教室に置かないようにってことになってるみたい。」
なるほど、犯人探しをしてことを荒立てたくないってことか。
「でも、それなら俺たちに何かできることなんてないんじゃないか?」
俺は首を傾げながら砂川さんに話しかけた。
「そう。別にできることもないんだけど、竹中くんには三年生の女子に知り合いがいるでしょう?だから、話を聞いてきてほしいの。」
なーるほど。そういうことか。さすがに無駄なことはしない合理的思考女子の筆頭格。
「わかったよ。椎名先輩と村雨先輩に話を聞いてみる。」
ヒラヒラと手を振りながら生徒会室を出て行こうとするときに砂川さんが俺を引き止めてきた。
「ちょっと待って。昨日なんだけど、アキから手紙が来たの。」
「へぇ、そうなんだ。」
東山さんからの手紙か。そういえばしばらく俺には来ていないな。あ、俺が返事を書いていないからか。
「何か思い当たること、あった?」
砂川さんの冷静な声と冷たい目が怖い。あんたは一体どこのボスキャラだ。そのうち、目からビームでも出るんじゃないのか?
「いや・・・なんのことやら、さっぱりだ。」
「そう?なら別にいいんだけど。」
「お、おぅ。」
「じゃあ、お願いね。」
怖い。やはり砂川さんは怖い。絶対にわかってる。いや、むしろ東山さんが手紙で砂川さんに教えてる。俺が返事を書いていないってことを。
「あ、あぁ。ちょっと行ってくる。」
俺は逃げるように生徒会室を後にして、椎名先輩たちの教室に向かった。
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「えーっと・・・ローザは何組だっけか?」
独り言のように呟きながら四階を歩く。先輩たちは三年生フロアを歩く二年生のことを気にしているようには見えない。ほとんど無視。それもそのはず、この時期は私立高校入試の真っ最中なのだ。暇そうな後輩なんか構っている暇はない。そういうことなんだろう。
「あら、竹中くん?どうしたの、こんなところで。」
いいタイミングで村雨先輩を見つけた。いや、俺が見つけられたのか。
「あ、お久しぶりです、村雨先輩。」
先輩は笑顔で『元気そうだね。』と言ってくれた。
「で、どうしたの?何かあった?あっ、そういうこと・・・」
そう言って右手でわざとらしく口を押さえる。そして、その目は明らかに何かを誤解しているような、それでいて喜んでいるような、そんな感じに見える。
「違います。いや、違わないんですけど、用件が違うっていうか、なんていうか。」
俺は慌てて村雨先輩の目の前で両手を振る。っていうか何を言っているんだ?俺は。こんな回答じゃ村雨先輩が喜ぶだけじゃないかよっ。
「なんてね、わかってるわよ。盗難事件のことでしょう?」
そう言いながら『うふふ』と笑った。くそっ、わかってるんなら始めからからかうなって。
「はぁ・・・まぁ、でもその通りですよ。状況を教えてほしいんです。もしかしたら、他にも被害者っていうか、他の事件もあるかもしれないですから。」
俺はなんとかその場を取り繕って会話を続けることができた。ローザの話を振られなくてよかったよ、まったく。
「そうねぇ・・・でも、生徒会が大騒ぎになるほどのことかしらね。」
「え?どういうことですか?」
「だって一、二件はあったけど、それも先週のことだし。一度、表沙汰になってからは全く何もないわよ?」
あれ?思っていたよりも小さな事件っていうか、砂川さんが盛っていたかな。でも、あの人はそんなことするような子じゃないしな。だって、『そんなことしても無駄でしょう?』とか言われすよ、絶対に。
「ちなみに、被害にあった人って誰ですか?」
「え?知らないの?」
村雨先輩は再び大げさに驚いてみせる。なんかこの人もキャラが変わったような気がするよな。
「そうですね、俺は知らないですけれど・・・俺の知ってる人なんですか?」
「はぁ・・・そうなんだ。」
俺はなんとなく嫌な予感がした。当たらないで欲しいと願いながら村雨先輩の言葉を待った。
「ローザよ。あの子の持ち物がなくなったの。」
やっぱりか。と言うかマジか。雪まつりに行ったときに何も言わなかったくせに。
「えっと、ちなみに何を盗まれたんです?」
「え・・・私から言うのもなんなんだけど・・・あぁ、やっぱり本人から聞いたほうがいいんじゃない?」
なんで、そこまで言っておいて最後は誤魔化すのかなぁ。きちんと教えて欲しいんですけどね。この人たちには初めてあった時からいつも振り回されるような気がする。なんだろう。俺の予想の範疇を超える行動を取るとでも言えばいいのかな。
「お、窓花じゃないか。誰と話してんだ?って、ゆ・・・じゃない、竹中?」
驚きの表情を浮かべつつも笑顔でローザ・・・じゃない椎名先輩が駆け寄ってきて俺の肩を軽く叩きながら何かをごまかすように一気に話し始めた。
「お、おい、ゆ・・・竹中じゃないか。どしたんだ?」
おいおい、また夕人って呼びそうになったな?それじゃ、何もごまかしていることならないじゃないか。それにしても、本当に学校とそれ以外のところではキャラが違うな。けれども、その笑顔は変わらない。そしてそのことを知っているのも俺くらいだと思うと妙な優越感がどんどん溢れ出してくる。
「えっと、椎名先輩。今、村雨先輩から聞いたんですけどね。」
「お?なになに?何聞いたん?」
本当に男言葉を話すんだよなぁ。今となっては本当に違和感がありすぎるよ。
「あ、ほら。ローザが盗まれたっていう・・・アレのことよ。」
アレって何だよ。余計に気になるじゃないか。
「あっ、そのことかぁ。私はてっきり・・・」
だから、一体なんだよ?ローザが盗まれたアレってっ。
「てっきり、なんです?」
冷静に会話をしているように見えているのだろうけれど・・・なんだろう。あのローザを知ってしまっているからだろうけれど、ひどく話しにくい。素の状態のローザと話をしたいなぁ。
「いやいや、なんでもない。えっと、大したものじゃないぞ?盗まれたって言ってもさ。」
ローザが両手を振りながら必死に『大したことない』って言葉を連呼している。
「いえ、高いものだとか安いものだとかじゃなくて、盗難事件があったってことが問題なんですよ。」
「そうそう。竹中くんの言う通りだと思うよ?」
村雨先輩も俺の言葉を支持してくれている。そうそう、俺の言う通りなんですよ。鍵付きロッカーなんて存在しないからなぁ、学校には。ある意味で互いの信頼関係の上に成り立っている集団生活、そんな感じだから。
「え・・・まぁ、そうだよねぇ。うーん、じゃ、言うけどさ。ロッカーに入れておいた私のシャツがなくなったんだよ。」
ローザは腕を組みながら俺の質問に答えた。
「シャツ、ですか。思っていたよりも高価そうなものが盗まれてますけど?」
てっきりシャープとかボールペンとか、そんなものかと思った。それにしてもどうしてそんなものを盗むんだ?
「いや、ちょっとした時の着替えのつもりで置きっぱにしていたやつだからさ。もう古いものだし。あんまり大ごとにしたくはなかったんだけど。」
「でもね、私が報告したのよ。だって、これじゃ安心して学校にいられないでしょう?」
確かに。村雨先輩の言う通りだ。まして、女子のシャツが盗まれるって言うのはちょっとタチが悪い。ただの盗難事件ではないようにも思える。うーん、例えば・・・ほら。変態な趣味を持つ男子があんなことやこんなこと・・・いや、これ以上考えるのはやめておこう。なんだか、ムカついてくる。
「あー、あらかじめ聞いておきますけど、持って帰ってしまったのを忘れてるってことはないですよね?」
「え、いやぁ、さすがにそれはないよ。失くなった前の日まではロッカーにあるのをちゃんと確認してるから。」
腕を組んだまま渋い顔をして答える。そりゃ、そうだろうな。いくらなんでもそれはないだろう。どこかに置き忘れたとか、そういうことも部活を引退したローザには無さそうだし。
「それにしてもロー・・・先輩のシャツですか。それはなんて言うか勿体無い。いや、誰かのいたずらとか?」
誰かに取られるくらいなら捨てたほうがマシだよなぁ。それに、まだ使えるものだから着替えとして学校に置いてあるわけだし。
「んん?いま、もったいないって言ったね、竹中くん。それになんかローザって呼ぼうとした?」
村雨先輩が的確にツッコミを入れてくる。俺はそのツッコミには極力触れないように話を続けた。
「いや、だって、まだ着られるシャツでしょう?だから、ほら、ね?勿体無いじゃないですか。」
そう。それはそういうつもりで言ったんだ。もちろん邪な気持ちなんてこれっぽっちもないぞ。本当だからな。名前を呼びそうになったことは否定しないけれど。
「なんだ、シャツが欲しいのか?竹中、そうなのか?」
ローザは真面目な表情を浮かべて聞いてくる。
「違いますって。そうじゃなくって。」
頼むから話を本筋に戻させてくれ。
「買ってあげよっか?」
ローザが笑顔で、本気とも冗談ともつかないことを言った。この人なら本当に買ってきそうで怖い。
「あらあら。買ってあげちゃうの?ローザ。」
村雨先輩はニコニコを通り越したニヤニヤというべき表情で俺たちの顔を交互に見ている。なんだか、妙に仲がいいわねぇ、とその顔が語っている。
「え、いや、どうしてもっ、欲しいっていうならなっ。考えてやらないでもない。」
窓花からプイッと顔をそらすローザ。ビミョーに顔を赤くするなっ。そして欲しいって言ったら買ってくれるのかよ。それはどうかと思うけれどな。
「だから、新しいシャツが欲しいなんて言ってないじゃないですか。」
俺も必死に否定するほどのことなのか?もう面倒だから、この話に持ってしまえばいいのではないか。なんていう考えまで浮かんでくる。
「なるほど。竹中くんが欲しいのは新しいシャツじゃなくて、ローザのお古のシャツってことか。この子は・・・全く・・・」
顔を左右に軽く振りながらため息を吐く。まるで、『若いのに困った性癖を持って』とでもいいたそうにいている。でも、どうしてかな。その表情がなんとなく嬉しそうな表情に見えるのは。俺の気のせいとは思えない。
・・・それに、ちょっと欲しいって思ってしまった俺って・・・
「嘘、竹中ってそんな子だったの?」
ローザまで悪ノリしてきた。これだから女子って生き物は難しいんだよ。
「・・・もういいですよ。そういうことで。じゃ、最後に確認しますけど、盗まれたのはそのシャツってことでいいですね?」
これ以上はボロを出したくない。適当な返事をして話を流した。
「えー、もう終わり?もうちょっと付き合ってくれてもいいのにね。」
ローザが村雨先輩の顔を覗き込むようにして同意を求める。
「そうね。でも、ちょっとやり過ぎだったかも。」
村雨先輩はククっと喉の奥で笑った。
「じゃ、そういうことで。あ、他の被害者の人ってわかります?」
「あ、それは私よ。」
あんたかいっ。思いっきり突っ込みたいのを必死にこらえて話を続けることにした。
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「疲れた・・・」
生徒会室に戻って椅子に腰を下ろした瞬間にそう言った。
「お疲れ様。ちゃんと話、聞けた?」
砂川さんが近くに座って何かの作業をしたまま無表情で聞いてくる。
「あぁ、ちゃんと聞いたよ。えっと、シャツとポーチだってさ。どっちも女子。被害があったのは先週だって。」
ハァッとため息を吐きながら答えた。
「なんでそんなに疲れてるの?」
「知り合いだったんだよ。被害者がさ。んでもって色々からかわれた。」
「へぇ・・・」
ん、なんかリアクションが薄いけど、別に気にすることでもないよな。
「さて。今日は何が用事あるのかな?生徒会の。」
椅子から立ち上がって尋ねる。まぁ、何かの仕事があるなら他の生徒会メンバーもいるはずだけれど、砂川さんしかいないということは何もないってことだよな。
「そうね、今日は特に何もないわ。」
砂川さんは作業を続けている。何をしているのかと思って覗き込もうとした。
「何よ。気になるの?」
砂川さんは作業の手を止め、俺の顔を見た。
「あ、いや、何してるのかなって思って。」
「手紙書いてるのよ、アキに。」
う、目が冷たい。これは長居は無用だな。翔もいないし、来週はテストだし。俺もそろそろ帰るかな。うん、それがいい。
「そ、そっか。じゃ、覗いちゃダメだね。俺は帰るわ。」
そう言って立ち上がる。
「そうね。はやく帰って返事を書きなさいな。」
「はい・・・」
砂川さんにはっきりと言われてしまった。身から出た錆だけれどな。しっかりと実感できたよ・・・
とりあえず、便箋でも買って帰るか・・・
ここまで読んでくださってありがとうございます。
バレンタインデーの前日。
しかし、比較的、イベントとは関係のない話が進行しました。
夕人もきちんと生徒会の仕事をしているようですね。
それにしても、翔がインフルエンザに感染して大切なイベントに参加できないとは。
彼らしいといえば彼らしいですよね。
さて、次回はついにバレンタインデー本番。
どう言った展開になるのでしょうか。
そして、足草はどうなるのでしょうか。
ご意見、ご感想、お待ちしております。




