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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第22章 寒い冬だからこそ、熱い想いで
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寒い夜だから、というわけではないけれど。

翔の言葉で少しはあやふやな心に答えが見えたのでしょうか。

全く、主人公のクセにはっきりとしない男です。

 俺たちの話が終わるのとほぼ同時に、実花ちゃんが生徒会室にやってきて解散となった。

 実花ちゃんに対して翔は俺と話していたことを一つも口にしないでいてくれた。もちろんそんなあいつだからこそ、話もできるわけだけれどな。


「じゃ、夕人、また明日な。」


 生徒玄関を出たところで翔が別れの挨拶を口にした。


「おう、また明日。実花ちゃんもね。」

「うん、まったね〜。」


 二人は仲良く一緒に帰っていった。

 いつも思うのだけれど、この瞬間っていうのが何だか物悲しいものがあるんだよなぁ。寒いのは冬のせいだけってことはないだろう。俺は羽織っているコートの襟を立てるようにして、一人帰路につくことにした。

 一月も末に近づいてきて、少しは日が長くなったような気もする。けれども、夕方の六時ともなると暗くなってくる。一人で歩いていると本当に寂しい気持ちになる。いつか彼女なる女の子と一緒に登下校したいものだよ。


 そして、学校から少しだけ離れた時だった。


「おい、竹中っ。」


 突然、背後から声をかけられた。しかもこの声は?


「椎名先輩?どうしたんですか?こんなとこで。」


 あまりにも意外な人物に声をかけられて驚いた。確かに家の方向は途中までは同じではあるけれど、だからと言って学校以外で出会ったことはあまり・・・ない。


「こんなとこで、とはご挨拶だね。君のことを待ってたってのに。というかさ、遅いよ。」


 そういって左手を腰に当てて右手人差し指を額に向けてくるという、いつものお決まりのポーズで俺の額を突いてきた。しかも、満面の笑みで。

 けれども、その笑みを浮かべていた顔はいつもよりも白っぽいように見える。さらに、一瞬しか触れなかったはずの先輩の指がひどく冷かった。


「遅いって言われましてもね。別に待ち合わせとかはしてなかったですよね?」


 椎名先輩はどういうつもりで俺を待っていたんだろう。学校の帰りか?一応は制服姿だし。俺は小突かれた額を右手で押さえながらそう思った。


「してないよ。でも、君が帰ろうとしてるとこをチラッと見かけたんだ。」

「だからって、こんなに手が冷たくなります?なんか嘘言ってませんか?」


 そう言って先輩の手を取ると、やっぱり氷のように冷たい。帰り際に俺を見かけて、ちょっと待っていただけなら、ここまで手が冷たくなることはないはずだ。


「やっぱり冷たすぎますよ。どれだけの時間、外にいたんです?」


 ローザは夕人に手を掴まれて驚いていたのか、ほんの少しだけフリーズしたみたいだった。


「・・・え、あ、いや・・・そんな長い時間じゃないんだけどね・・・」


 そう言って俺が掴んでいた手を振りほどき、そのまま両手をヒラヒラと自分の目の前で振って見せた。


「ほんとですか?」


 俺は少し目を細めながら、一歩だけ詰め寄って尋ねた。


「あー、その・・・二十分くらい・・・かな?わかんないけど。」


 ローザは『あはは』と笑いながらごまかしている。


「二十分って・・・何やってんですか。風邪ひきますよ?今は受験とかで大切な時期じゃないですか。バカなんですか?」


 俺はちょっとだけ本気で怒ってしまった。しかも先輩相手に、なかなか無礼な物言いだったと思う。でも、間違ってはいなかったよな?


「バカって。そんな言い方しなくてもいいじゃないかっ。」


 椎名先輩も一歩だけ俺に近づいてきて、俺を睨みつける。


「バカにバカと言って何が悪いですかね。この時期はインフルエンザだって流行る時期なんですよ?」


 本当にこの人は・・・何を考えているんだろう。話があるなら学校で声をかけてくれたらいいのに。


「そう・・・だね。ごめん。私が悪かった。実は一旦家に帰ったの。そしたらこれが来てたんだよ。」


 そう言ってポケットから封筒を取り出して俺の眼前に突き出してきた。


「ん?なんですか、これ?」


 目の前の封筒をまじまじと見つめる。特に変わった封筒でも無いように思うのだけれど。


「高校の推薦入試でね、内定もらったの。」


 ローザは嬉しそうにそう言った。目の前に封筒があるせいでその表情はよく見えていない。


「あ、そうなんですね?おめでとうございます。」

「うん、ありがとっ。」


 本当に嬉しそうに笑顔を浮かべている。その気持ちはわかるけれど、俺をここで待っていたという理由はわからない。俺は頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいたことだろう。


「・・・えっと、それでどうしてこうなってるんですかね。」

「あー、学校に報告に行ったら生徒会室から君の声が聞こえて、それで、あ、伝えたいなぁって思ったんだけど、なんか話し声が聞こえたから、あ、これはダメかなって思ってね。それで明日でもいいや、でも、明日はスキー学習じゃなかったってっけ、とか思った時に、生徒会室から出て来そうな気配があったから外で待ってて驚かせようかなって。」


 椎名先輩は『いやぁ、参ったね。』なんて言って笑っている。

 確かに俺たちは、すぐに解散ってことにはなっていなかった。教室に荷物を取りに行ったり、明日のスキー学習のことを確認したりと、なんだかんだで二十分くらいはかかっていたかも。つまりは俺に内定通知を見せたくて、俺を待っていたけれど、俺が遅かったからこんなに冷たくなっているってことか?


「それは悪かったかなとは思いますけど・・・でも、学校で話してくれれば良かったじゃないですか。別に学校で話せないっていう仲でも無いんですし。」


 そう言いながらも、一番に俺に伝えたいって思ってくれた気持ちは嬉しい。そんな気がする。


「学校ではまだ言えないんだよね、まだ、内定ってことだから。」


 うーん、なるほど。いろいろな理由があるってことか。なんて考えていた時に椎名先輩が可愛らしいくしゃみをした。


「ほら、やっぱり寒いんですよ。全く、本当に風邪ひきますよ?手袋とか無いんですか?」

「家をね、焦って出て来ちゃったもんだから、持って来てない。」


 椎名先輩はやっぱり笑顔を浮かべたまま言った。やれやれ。嬉しいのはわかるけど、ダメだよ。女の子は体を冷やしちゃいけないんだ。母親がそう言ってたし。


「先輩。体を冷やしちゃダメですよ。女の子なんですから。」


 俺はそう言って自分がはめていた手袋を取り、椎名先輩の手にはめる。


「え?」

「俺のせいで風邪引かれちゃ困るんですよ。」


 ここまでやってしまってから、自分のとった行動で、急に恥ずかしくなってきた。


「あー、その、ごめん。ありがとう。あったかい。」


 俺の手袋をはめた両手を自分の頬に持っていき、可愛らしい笑顔を浮かべた。その笑顔は、今まで見て来た先輩の笑顔の中で、初めて見たように思うほど本当に可愛らしい笑顔だった。


「そ、そう言って貰えると俺も嬉しいですよ。」


 クルッと背を向けてそれだけ口にする。

 なんだか不思議な気持ちだった。以前も同じようなことがあったと思う。いや、確実にあったんだ。覚えている。あんまりいい思い出じゃないけれども覚えている。忘れたいほどの記憶ではないけれど、だけど、思い出したくはない記憶だ。


「ね、竹中。」


 先輩は俺の横にやって来て声をかけてきた。


「なんです?」


 俺は自分のよくわからない感情を悟られないように、平静を装って返事をした。


「私、あったかくなったよ。でも、もっとあったかくなりたいな。」


 横から俺の顔を覗き込んできてそう言った。


「へ?意味がわかりませんけど。」

「そこの自販機であったかい飲み物、買おう?手袋のお礼。私が買ってあげる。」


 そう言って俺の手を取って小走りで走り出した。


「ちょ、ちょっと待って・・・急に走ったら危ないって・・・」

「大丈夫、大丈夫。凍ってるわけじゃないから。」


 妙にご機嫌な先輩と一緒に自販機に走った。俺の手袋の感触ってこんな感じだったのか。なんてことでも考えていないと変な気持ちになってしまいそうだった。


*************************


「これでいいよね。」


 そう言って先輩が買ってくれたのは甘みのある缶コーヒー。よかった。ブラックはちょっときついんだよな。


「ありがとうございます。なんか、本当は合格のお祝いに俺が何かプレゼントするべきなんでしょうけど・・・」


 そう言いながらも微妙に寂しい懐具合を思い出し、思わず目を閉じる。


「え?いいよ、いいよ。そんなのは。あ、でも・・・そうだなぁ。やっぱり、何かお願いしちゃおっかな。」


 自販機の前でするような話でもないのだろうけど、今は冬。雪があるから公園のベンチで、というわけにもいかない。


「うーん、いいですけど、実はあんまりお金とかないんで、高いものは・・・」


 自分で切り出しておきながらなんと格好の悪いこと。もし俺がこんなこと言われたらがっかりしちまうな。心の中で自嘲気味に笑った。いや、現実でも引きつった笑いをしていただろうな。


「中学生だからそんなもんよ。私もあんまり余裕はないかなぁ。ま、お年玉があるからそこまでしんどいってことはないけどね。」


 先輩は少しだけ自慢げに胸を反らしながら言った。そういえば、先輩、髪の毛が伸びたなぁ。初めて出会った時はショートだった。秋の頃には肩まで届くかどうかくらいの長さだった。今は肩よりも少し長いくらいになっている。部活も引退したせいか、少し頬がふっくらしたような気もするけれど、それでも十分に細めの体型だ。


「どうしたの?」


 先輩が不思議なものでも見るような目つきで俺の顔を見ている。


「あ、いや、先輩の髪、伸びたなぁって思って見てたんですよ。」


 俺の言葉を聞いて、なぜか顔を背ける先輩。なんかおかしなことでも言っただろうか。


「うん、そうなんだ。今は部活もないし、伸ばしてみようかなって思ったんだ。」


 先輩は右手で自分の髪を触りながらそう言った。


「そうなんですね。」

「ねぇ、この髪、似合うかな。短い方が似合ってた?」


 まっすぐに俺の顔を見て聞いてくる。


「どっちも似合ってますよ。」


 素直な感想を伝えたつもりだったんだけれど、どうやらこの選択肢は間違いだったみたいだ。


「んーーー、その答えは良くないなぁ。なんて言うのかな、ちょっとズルいと思う。」


 あれ?思っていたことをそのまま口にしたんだけどなぁ。


「そうですか?」

「そう。だって、それはどちらか一つしか手に入れられないものを両方手に入れようっていることでしょ?」


 ローザは左手に持った缶コーヒーを俺に突き出しながら言って、少し唇を尖らせた。


「そんなつもりはないんですけどね。」

「なら、どうでもいいってこと?」


 なるほど、そう取られるのか、さっきの俺の言い方だと。


「そういうことじゃないですよ。」

「じゃ、どっちよ。」


 ローザは執拗に夕人に答えを求めてくる。その理由を夕人が知るわけがない。


「そうですね・・・今の髪の方が好きですよ。俺、長めの髪型が好きなんで。」


 夕人は右手で軽く頭を掻いた。


「そう、そういう感じでちゃんと答えないと。いつだって適当な感じで答えをはぐらかすのは良くないと思うな、お姉さんは。それにね、女の子っていうのは男の子の素直な感想が聞きたいって時もあるの。」


 ウンウンと頷きながら満足そうに笑みを浮かべた。


「はぁ。気をつけます。」

「素直な子は可愛いねぇ。あ、そうだ、そうしよう。」


 ローザは何を思いついたのか一人でしきりに納得しているようだ。そして、手に持った缶コーヒーを一気に飲み干して、近くの雪の上に中身のなくなった缶をポンと置いた。


「さっきの話。お願いしちゃうよ。」


 ローザは俺の顔を見ながらにっこりと笑みを浮かべた。


「さっきの話、とは?」

「ふふん、内定のお祝いの話よ。」


 そっか、確かにそんな話もしていたような気がするな。でも何がいいのかな。


「はいはい、了解です。何がいいんですか?」


 俺は苦笑いを浮かべながら先輩の顔を見た。


「雪祭りに一緒に行こう。別に何か買って欲しいってことじゃないよ。」


 そう言ってとびっきりの笑顔を浮かべたのだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


久しぶりの登場、椎名ローザ先輩でした。

もしかすると、妙にキャラが変わっていると思った方もいるかもしれませんが、その理由はのちにわかるかもしれません。

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