お賽銭は五円玉の組み合わせが大事らしい
迷子の翔が合流して、ようやく参道に向かうことになったようです。
ここまではいつも通り・・・でしょうか。
その後、俺たちは人混みに揉まれながら参道を歩いていき、ようやく本殿までたどり着いた。初詣を一日に行ったのは初めてだったが、テレビで見た以上の混雑ぶりだった。
「やっとここまできたね。」
茜が小夜の手を握りながら笑顔で話しかけた。
「うん、お姉ちゃん。」
お姉ちゃんときたか。確かに小夜から見たらお姉ちゃんって年だけど、小町のことは全くそう呼ばないんだよなぁ。
「よーし、ではそろそろ願い事を考えておこうか。」
翔が右手を空に向けて突き上げ、高らかに宣言した。
「いや、そんなのここに来る前から決まってるし。ってか、杉田、あんたここに来てから考えるとか、ちょっとおかしいんじゃない?」
おいおい、小町さん?なんだかいつも以上に発言に棘があるように思うのは気のせいですか?それとも、すこぶる不機嫌な理由があるの?
「うーん、ま、なんて言うかさ、神頼みっていうのもどうなんだろ?って思うわけでさ。」
「はぁ?ならなんで初詣に行こうなんて言ったのさ。」
翔の思わぬ言葉に小町がさらにヒートアップしてしまう。
「いや、それはさ、ほら、儀式?」
いやいや、それはお前が年末に言っていたことと矛盾してないか?クリスチャンじゃないのにクリスマスとかなんとか言っていたじゃないか。でも、今そのことを言っても厄介なことになるだけだよな。
「なんか・・・すっごくムカつく。ね、夕人。」
小町よ、俺に同意を求められても困るんだけど。
「アッハッハ、で、小町は何をお願いするんだ?」
翔がニヤニヤしながら小町の口元に耳を近づけていく。
「あんたに教える筋合いないし。」
小町は取りつく島もない。
「そんなさ、新年初っ端からケンカとかすんなよ。」
俺はなんとか二人の言い合いを止めようとしたのだが、これが逆効果だったようだ。
「ちょっと夕人。これはね、大事な問題なんだよ?」
小町は興奮気味に俺の顔を見上げてくる。
「お、おう。そうかもしれないけどさ。だったら尚更じゃないか?」
「・・・どういうことよ。」
「ここはご神前ですから。」
俺たちはあっという間にお賽銭を供える場所まで歩いて来ていた。こんな言葉を口にしたのも、翔と小町の二人に冷静になって欲しかったからだ。
「む・・・そうだね。夕人の顔を立てる意味でもここは私の方から引き下がってあげるわよ。」
小町は渋々と俺の顔を立てるようなことを言ってくれたが、翔は特に何も言わなかった。
「それはありがたい。では、お参りをっと。」
俺はスボンのポケットからあらかじめ準備しておいたお賽銭を小夜に手渡す。
「ありがとー、お兄ちゃん。」
「あら、よかったわね、小夜ちゃん。」
なんだろう。茜と小夜がまるで姉妹のように見えるのは気のせいだろうか。
「ちゃんとお祈りしろよ、小夜。」
「うんっ。」
こうして話している間にもどんどんと参拝客はやってくるため、長い時間ここで立ち止まることもできない。俺たちは小夜をくるりと囲むようにしてお祈りをした。
「さて。次は・・・」
「おみくじっ、小夜、おみくじやりたいっ。」
小夜は茜の横でピョンピョン飛び跳ねている。なんだ?小夜のやつ。妙に元気だな。
「よぉ〜し、では、おみくじですなっ。」
翔のテンションが高い。いや、いつもこんな感じだったような気もするけれど。
「そうだね、せっかく来たんだもん、おみくじしたいわよねぇ。」
茜が小夜の手を握りながら辺りを見渡しておみくじを引ける場所を探しているようだった。
「・・・私、ぜんっぜん見えないんだけど。」
俺よりも頭一つ小さい小町には酷な環境だ。俺は結構背が伸びた。今は170センチくらいになったけど、小町は・・・あんまり変わってないんだよな。初めてあった一年の時の夏から。
「肩車してやろうか?」
ちょっとだけふざけて小町をからかってみる。
「え?」
なぜか小町は赤面して俺の顔を見ている。
「え?」
その予期しない反応に驚いた俺は、小町と同じ返事をしてしまった。
「・・・恥ずかしいからやだ。」
そりゃそうだよな。俺だって恥ずかしい。
「うん・・・ごめん。」
そんな二人のやりとりを茜が笑顔で見ていたことに翔だけが気がついていた。
「なぁ、茜。」
翔が茜の横に移動して声をかけた。
「ん?なぁに?」
茜はいつもの可愛らしい笑顔で応えた。
「いいのか・・・あれで。」
今日の茜は少し様子が違うように思う。いや、何が違うと聞かれてもわからないけれど、何かが違う。俺はそう感じていた。
「え?どういうこと?」
茜は目を丸くして俺の顔を覗き込んでくる。夕人の妹、小夜ちゃんの手をしっかりと握ったまま。
茜は俺たちの中では少し年上っぽい存在感があった。それは夏休みの時から感じていたことだった。そして、おそらくは夕人のことが好きなんだろうと踏んでいる。ただ、問題なのはおそらくは小町も夕人のことが好きで、そして、環菜も今でも・・・ということだ。そしていちばんの問題が夕人自身がはっきりとしないことだ。
「いや、なんでもないさ。」
あんまり俺が口出すことじゃないと思うんだよなぁ。こういうのは実花じゃないとよくわからないところもあるし、それに、当人たちの問題だとも思う。
「そう?あ、ね、小夜ちゃん、おみくじはあそこみたいだよ?」
少し屈みこんで小夜に場所を教えている。優しい子なんだよな、茜は。全く・・・夕人は幸せ者だよ。
「ねぇ、夕人。」
「ん?」
俺たちはおみくじを引いていた。ここも参拝客で溢れかえっていて、おみくじを引くのも一苦労だった。小夜は大吉だったようで茜と一緒に飛び跳ねて喜んでいる。なんだか茜に小夜の面倒をみさせてるみたいで申し訳ないなぁ。
「おみくじ、なんだった?」
小町にそう聞かれて自分のおみくじの封を開ける。
「えっとなぁ・・・小吉だな・・・」
「私は中吉。」
うーん、お互いに悪いくじ運ではないと思うのだけど、中途半端だよなぁ。
「ふっふっふ、俺は凶だぞ。」
自慢げに見せびらかして来たおみくじには、確かに『凶』と大きく書かれていた。
「「えーっ。」」
俺と小町は揃って驚いた声を上げる。
「俺って美味しい男だな。」
翔は笑みを浮かべて自慢げにしている。そんなに自慢するようなことなのだろうか。何か違うと思うんだけどなぁ。
「凶って・・・なんて書いてあるんだ?」
俺は翔が引いたおみくじを横から覗き込む。
「えっとなぁ・・・願望、叶いにくい。学業、結果は出にくい・・・」
うーん、あんまりあいつには問題がなさそうなことだよな。勉強に関してはまったく問題ないだろうし。願望ってのがなんなのかは知らないけれど。
「さっすが杉田ね。罰が当たったのよ。」
フンッと鼻を鳴らし、小町が翔に勝ち誇ったような表情を浮かべる。小町の中吉っていうのもなかなかに奇特なものだと思うけれど。
「いやいや、凶っていうのはな、基本的に三割くらいあるのだよ。だからなんていうか確率的には三分の一だ。今日、俺たちは五人だろう?一人くらい凶を引いて当たり前だということだな。」
翔は一人で納得したように頷いている。お前がそれでいいなら、俺は構わないけどさ。確率とか言い出すと、おみくじを引いた意味がないんじゃないか?
「そういう話じゃないんだけれど。」
おみくじで盛り上がってる三人を見て、ちょっと小町ちゃんが羨ましいって思った私は、なんて嫌な子なんだろう。私の目の前では小夜ちゃんがおみくじを一所懸命読み聞かせてくれているけれど、はっきり言って耳には入ってこない。
私は夕人くんのことが好き。でも、どうしてなのか、最近の私は少しおかしい。前までは夕人くんに会うだけで、姿を見かけただけでドキドキしてた。もちろん、今だってお話とかしていたら楽しいし、もっと話していたいって思う。
まだみんなには言っていないけれど、私は春にある映画の撮影会に参加する。特に役名があるわけでもないけれど、私にとって初めての映画。セリフは一言だけだけど。そのせいなのかな。なんだかみんなのことを遠く感じちゃう。
「お姉ちゃん、聞いてる?」
小夜が不服そうに頬を膨らませて言った。
「あ、ごめんねぇ。お姉ちゃん、ちょっと考え事しちゃってた。もう一回お話ししてくれる?」
「もー、ちゃんと聞いててよ。」
「うん。ごめんね。」
考えるのはやめておこう。まだ、もう少し時間はあるんだし。夕人くんだったらわかってくれるかもしれない。東京で芸能人の人たちが通う高校に行くって言っても、ちゃんと分かってくれるかもしれない。
おみくじも終えて、俺たちは参道から少し離れたところにやってきていた。ここは少しだけ参拝客が少ない。俺たちもやっとのんびりとできる場所にたどり着いたと言うわけだ。
「いやぁ、混んでたなぁ。」
翔は右手にフランクフルト、左手にたこ焼きを持っている。どうやって食うつもりだ。両手がふさがってるじゃないか。
「そうだな・・・あれだけ混んでいた中、よくそれを買ったもんだな。」
偉そうに言った俺も右手にはジャンボ焼き鳥なるものを持っているのだから、翔のことは何も言えないか。小夜は念願のわたあめを手に持って幸せそうな笑顔を浮かべて茜と話している。
「なんかさ、こういうところで売っているのを見ると100倍くらい美味しそうに見えるからなっ。衝動的に買ってしまうのだよ。」
その気持ちはよくわかるな。俺は苦笑いを浮かべながら軽く頷いた。
「私も買えば良かったかなぁ。」
小町が少し悔しそうに口をへの字にしている。
「あ、一緒に食うか?これ、結構でかいし。」
ジャンボ焼き鳥の串を小町の口元に近づける。
「え、いいの?」
「別に、いいさ。」
俺の返事を待たずに小町の口に大きめの焼き鳥の一部が消えた。
「おいひいね。」
小町はもぐもぐと口を動かしながら笑顔でそう言った。
「そか・・・良かったな。」
俺も焼き鳥を頬張る。確かに美味しい。適度に塩味が効いていて温かい。焼き具合もいい感じだ。小町が満足げなのもわかる。
「さーて、でわでわ、ここで何をお願いしたのか発表会だっ。」
翔は脈絡のないことを切り出してくる。今日は実花ちゃんがいないせいか、制御されていないみたいに感じるな。
「あ、いいね。みんなで発表しあっちゃう?」
茜が翔の提案に乗ってきたのが意外だった。
「俺は反対だ。初詣でのお願いの内容ってのは、言わないほうがいいんだよ。」
確か、お父さんがそう言っていたように思う。
「うんうん、私もそう聞いたよ。」
小町も同意してくれるのが心強い。
「何を言っているんだ、君達は。願い事というのは口にして初めて、効力を持つのだよ。むしろ、口に出さない願いなど、自分で叶えるつもりがないという証拠に他ならないではないかっ。」
翔が大げさな素ぶりでもっともらしいことを言う。
「そうだよ。言葉にして、自分の気持ちを確かめる意味もあるんだよ。」
珍しく茜が強い口調で翔に同意する。翔と茜が同じ意見なんていうのも珍しいような気がするが、二人の言っていることも理解はできる。でもなぁ、あんまり言いたくないんだよなぁ。
「・・・その言い分もわかるけど・・・」
小町が珍しく弱気に言った。
「小夜はね、お願いしたよ。」
まったく空気を読まずに小夜が茜の横から口を挟んできた。
「あら小夜ちゃん。なんてお願いしたの?」
小夜の言葉に茜が素早く反応する。まるでチャンスだと言わんばかりに。
「あ、おい、茜っ。」
「えっとね、小夜はね。茜お姉ちゃんがお兄ちゃんと仲良くなりますようにって。」
小夜の言葉にその場の全員が凍りついたように表情が固まった。そのあまりにも無邪気すぎる発言に。さすがの翔でさえ、言葉を失っていたのだから、俺と茜がどれほど肝を冷やしたか。ここは息が白くなるほどに寒い。おそらく気温は氷点下だろう。それにもかかわらず、俺は自分が汗をかいているのを感じた。そして、思わず茜の顔を見ると、彼女は口を軽く開いたまま固まっている。
「え、えっと、さ、小夜ちゃん?本当にそんなお願いをしたの?」
小町が小夜の前に屈みこんで小夜に尋ねる。小町の顔は少し引きつっているようだ。
「うん。小夜ね、茜お姉ちゃん、好き。お兄ちゃんも好き。ずっと一緒にいてくれたらいいなって。」
小夜は笑顔で小町にそう言った。
「さ、小夜ちゃん?あ、あのね?お姉ちゃんもお願い事は口に出したほうがいいって言ったけど、そう言うことは言わないほうがいいかなぁ・・・って・・・」
茜が小町と小夜の顔を交互に見ながらなんとか場を収めようとしていた。俺は何をしていたのかって?俺は何もできなかった。情けないくらいに何もできなかった。だから、目だけで翔に頼んだんだ。『なんとかしてくれよ。』って。
「あー、なんだ。俺が言うのもなんだけどさ。うん、小夜ちゃんの気持ちはよく分かったよ。お兄ちゃんのことを思ってのお願いだったんだよね?でもね、こう言う時のお願いっていうのは・・・なんて言ったらいいのかな・・・そう、自分のことだったら口にしてもいいっていうか・・・」
翔の言葉を小夜は首を傾げて頷きながら聞いていたが、全く理解はできていないようだった。
「茜・・・後で話あるから。」
小町が茜にしか聞こえないくらいの小さな低い声でそう言った。
「・・・うん。」
茜も俺と同じで暑いと思っているのかコートの胸元をパタパタさせる。俺の目線はいつの間にかそちらの方に向いてしまっていた。
「まぁまぁ、とりあえずは。初詣も無事に終了したことだし。この後どうしよっか。」
翔がそう言った時、空から白いものが降りてきた。茜の赤いコートとのコントラストが美しいと思ったのは俺だけだろうか。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
やはり一筋縄では終わらないと言った感じですか。
小夜に悪気があるわけがないので、誰も責められない。これって結構きついですよね、多分。
それにしても、翔目線は面白いです。
今まで見えなかったものが見えてきます。
茜の進路もさりげなく触れられていますし、今後はどうなっていくのでしょう。




