あなたたちを超えて見せます
選挙後、その2です。
夕人の結果はどうなっているのでしょうか。
「ところで、あんな面白めの雰囲気になったら、もう一人の副会長候補の・・・えっと、日高さんだっけ?なんか可哀そうだったよね。」
茜はふとしたところに優しさを見せる。こういうところが茜のいいところだよな。
「それは言えてるぅ~。あたしもねぇ、なんかもう、決まりだよなって雰囲気で見てたのに、何事もなかったかのように普通に演説を始めたあの子を見て『うっわ、空気読めない子がいる』って思ったもんねぇ。」
実花ちゃん、それは言い過ぎ。きっと真面目な子なんだよ。
「そうだよなぁ。それは私も思うよ。でもさ、それを言ったら砂川さんもなかなかに真面目な演説してたよね。」
そうそう。小町と実花ちゃんが言うように、俺たちが作り出した空気をバシッと日高さんが一蹴して、そのあと砂川さんがさらにきっちりとした演説をしたんだよな。
「私はね、別に準備していたのを読んだだけですからね。大したことじゃないのよ。でも、確かに日高さんにとっては想定外の出来事だったでしょうね。」
みんなが腕を組んで『う~~ん』と考え込む。
「な、なんだよ。俺ばっかり悪者にして・・・あの時は・・・あれがイイと思ったんだよ。お前ならわかってくれるよな?夕人よ。」
え、俺?俺に感想を聞いてるのか?
「あー、まぁ、そうだなぁ。俺の演説でも言ったけど、あの雰囲気で普通に演説はできないからな。正直言うとハードル上げやがって、とは思った。」
「マジ?」
「あぁ、でもな。だからこそ、お前との生徒会運営をしてみたいって思ったのも事実だ。」
「夕人よっ。」
そういって俺に抱き着いてくる翔。
うーん、あんまり嬉しくはない。周りの奴らも少しあきれ顔だ。
「あ、選管の子、出てきたみたいよ?」
茜が恐怖の瞬間を俺に告げた。
「おっ、バカ夕人落選の瞬間か?」
小町の言ったことは聞かないようにしておこう。当然、選管の子には俺たちの会話が聞こえているわけもないし、与えられた仕事をこなすために当選者の名前に花を付けるだけだ。やばい。結構緊張する。落ちてたらどうしよう。思わず目を伏せてしまう。
「よしっ。」
その声と同時に背中にバシッと衝撃が走る。「なんだ?」と思って目を開けると茜や小町、実花ちゃんまでもが翔と一緒になって俺のことをバシバシと叩いている。
「いたた・・・痛いってばっ。」
そう悪態をつきながらも嬉しいことに間違いはない。あいつらが叩いてこなかったら一人で歓声を上げてしまっていただろう。そして、みんなに叩かれている最中に環菜の姿を見たような気がした。
「ま、当然の結果よね。」
砂川さんは、さも当然と言った表情でこちらを見ている。稚内くんも右手で髪の毛を書き上げながら『分かっていた結果とはいっても、知るまでは怖いものさ。』なんてクールに言っている。
「みんな、ありがとうっ。」
心の底から出た言葉だった。嬉しかった。やっとみんなに認めてもらえたような気がした。一年生のあの事件から一年半。確かにクラスのみんなとは表面上は問題なくやってこれたと思う。推薦人だってすぐに集まってくれた。こうやって一緒に喜んでくれる仲間がいる。でも、やっぱり、一つ結果を出せたということがすごく嬉しい。
「私は落ちるなんて思ってなかったけどね。」
そう言った小町の目は、少しだけ潤んでいるような気がする。
「ありがとう、小町っ。」
思わず小町を抱きしめて空に投げ上げる。
「うわっ、やめてってこんなところで。このバカ夕人っ。」
そう言われてもこの気持ちはなんだか止められない。
「あはは、夕人くんのこんなに喜んでる姿って初めて見るよ。」
「ホントだよねぇ。あたしもだよ。」
茜と実花ちゃんが驚きとも呆れているともとれるようなことを言った。
「おいおい、夕人。いい加減に小町を下ろさないと、お前ら、バカみたいだぞ?」
翔に言われて我に返る。
「あ、ごめん、小町。」
「ったく、このバカ夕人っ。」
そう言いながらも笑顔の小町。
「まったく・・・仲がいいのよねぇ、あなたたちは。竹中くんも以前とは少し違うようだし。」
「あぁ、俺たちは仲間だからな。仲がイイのは当り前さ。」
そう言ってから、心に引っかかるものがある。それが何なのかはわかっている。
環菜のことだ。前までだったらこの場面に環菜がいないなんて考えられなかった。あれ?でも、さっき環菜がいたはずなんだけど・・・茜が何かを知っていそうだけど、彼女が何も言わないんじゃ俺たちから何も言えるはずがない。そう思っていた。
それにしても、『以前とは少し違う』ってどういう意味で砂川さんは言ってるんだろう。
「僕も君たちの仲間になれて鼻が高いよ。」
キザなポーズを決めながらなんとなく上から目線の稚内くんだったが今は何を言われても悪い気がしない。
「ハイハイ。それじゃ、今日のこれからの予定とかどうなってるんだ?」
パンパンと手を叩きながら新会長が皆に聞いてくる。
「は?予定?そんなもの特にないけど。」
みんなも顔を見合わせて俺と同じだとアピールする。
「じゃあさ。ちょっと提案があるんだけどいいかな?」
そう翔が切り出したところにまた一人やってきた。
「おめでとう、竹中くん。」
「おめでと、竹中。」
そう俺にねぎらいの言葉をかけてきたのは北田さんと石井さんことデコリンだ。
「おぉ、北田さんにデコリン。ありがとな。」
「デコリン言うな。」
不服そうに腕を組みソッポを向く。
「まぁまぁ。今は喜びの頂点にいるから、そんなに気にしないで。ね?」
北田さんがデコリンを慰めるように言う。
「あら、北田さん。なんだがお久しぶりね。」
砂川さんが旧友に出会ったように話しかける。
「砂川さんもおめでとう。絶対あなたたちは当選すると思ってたわ。」
「ありがとう。私は信任投票だからね。あの二人は本物よ。」
「うん、そうね。知ってる。彼はイイ人だからね。」
二人の会話はよくわからないが彼女たちでは通じるものがあるみたいだ。なんだか二人でコソコソと話を始めた。
「バカ夕人、北田さんともちゃんと仲良くやってるんだね。」
小町がそういうのも無理はない。彼女とは一学期に足草のせいでやっかいことに巻き込まれたんだ。普通なら絶縁状態になってもおかしくないようなことだ。その内容はともかくとして、今は普通の関係であることだけをはっきりと宣言しておく。
「まぁ、そうだね。仲良くっていうか、前までと同じっていうだけだよ。」
「それでいいんだよ、夕人くん。難しく考えちゃダメよ。」
茜がとても同級生とは思えない言葉で俺を諭してくる。この説得力はどこから来るんだろうな。
「あのさ、ちょっといいかな。」
稚内くんがクールに決めながらお祭り騒ぎを鎮めようとする。
「俺たちは当選したわけだよね。ということは当然・・・わかるよね。」
そうだよ。すっかり浮かれていて忘れていた。俺には対立候補がいた。ということは日高さんは落選したということだ。きっとこのあたりのどこかに日高さんもいるはずだ。探そうと視線をあたりに向けると彼女は応援演説をしてくれた友達と抱き合って泣いている。
「あ・・・」
ポンと俺の肩を叩く翔。首を横に振って『俺に任せろ。』という表情を浮かべる。そして、何も言わずに日高さんの方に歩いていった。そんな翔を俺はただ見ていることしかできなかった。
「これは選挙だからね。必ず勝者と敗者が生まれるのよ。」
茜が当然ではあるけど深いことを言う。そうだ、俺だって日高さんみたいになっていたかもしれないんだ。
「そうだけど・・・」
「なら、声をかけてくる?なんて言うの?ちゃんと考えてる?」
茜がどんどんと攻めてくる。
「いや、考えてるというか、思ったことを言うだけだけど。」
はぁっと溜息をつきながら笑顔で茜が続ける。
「まぁ、だからこそ夕人くんなのよね。」
「どういうことだよ。」
「そのままよ。」
茜の言いたいことは良くわからないけど、翔が俺の方にちょっとだけ目線を向けた。おそらく俺に向けた合図だろう。『ちょっと来い』っていう。だから、俺は日高さんの方にゆっくりと歩いていった。
心の中の整理はついていない。けど、彼女にかける言葉は決まっている。
「日高さん、お疲れさま。いい勝負だった。ありがとう。」
そういって右手を差し出す。彼女ももう泣いていない。翔と何を話したのかわからないが、俺よりもずっとうまいことを言ったんだろう。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
そういって彼女も右手を差し出してくる。お互いに握手をしながら見つめ合う。
「今回は俺が何とか勝てた。でも、来年は君の番だと思うんだ。だから、今年は協力してほしい。君の名に恥じないように一年頑張るから。」
「ありがとうございます。来年は会長選に出ます。その時、あなたたちを超えて見せます。」
強い決意を秘めた目を俺に向ける。
「あぁ、そうしてくれよ。でも、俺たちはそう簡単には越えさせないけどな。」
そう言って翔と肩を組む。
「おうよ。俺たちコンビを超えるためには一人じゃ無理だぞ?優秀な相棒が必要なんだ。お互いがお互いを支えて、助け合っていけて、高め合っていける相棒がね。」
なんて臭いセリフだ。さすがは新生徒会長と言ったところだ。
「じゃ、そういうことで。また、どこかで会おうな。」
俺達はそう言って仲間の元に戻った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
夕人の結果が出ました。無事に当選しましたね。
これで、翔と夕人の生徒会運営が始まっていくことになります。
今まではクラス内で収まっていた彼らの行動が学校全体に広がっていくことになります。
ということは、話全体も広がっていくということに?




