あのさ、頑張って来いよ。
ついに選挙当日になりました。
夕人と翔は選挙のことで精一杯です。
選挙当日。天気は朝からあいにくの雨。こんな天気だと投票会場までの出足が遠のき、投票率が落ちるなんて聞く。でも、これはあくまで現実の選挙の話。俺たちが行う選挙はあくまで学内の話。はっきり言って天気なんて関係ない。無いんだけど、晴れている方が気分がいいことは事実だ。そうそう、当日と言っても、さすがに丸一日使っての選挙というわけではなく、午前中は通常授業、そして午後からが選挙の本番ということになっている。
うちの学校の生徒会選挙は、体育館のステージに立候補者全員を集め、一人ひとり最終演説を行う。そしてその後、教室で一人一枚ずつ投票カードが配布され記名していくシステムだ。選挙自体は生徒が主体で選挙管理委員会なんてしっかりした名前の委員会がある。実際の出番は一年を通して今だけなんだけどね。
さて。昨日の夕方から翔たちと選挙の最終演説に向けて打ち合わせをしたから準備は万全だ。今さら何かをする必要もない。
「そろそろ体育館に行かないといけないね。」
茜が絶妙な笑顔で話しかけてくる。なんだよ。折角だから笑顔で送り出してくれよ。
「だね、行かないと。っていうかさ、なんでそんな微妙な表情してるの?もしかして俺のことが心配ですか?」
「え?全然。夕人くんのことなんか心配してないよ。」
うわー、それは厳しい。
「それは・・・ちょっとヒドイなぁ。なんていうか、これから戦場に向かう戦士に対する心遣いとかはないの?」
「だって。心配しなくても大丈夫でしょう?夕人くんはさ。」
それって、信頼してくれてるってことなんだろうけど、やっぱりちょっとは『頑張ってね』なんて言葉が欲しいもんだよ。
「そ、そっか。でもさ?ほら、こういう時ってさ。その、『頑張ってね、チュッ』的なことがあってもいいんじゃない?」
「え?して欲しいの?」
ちょっとだけ驚いたような表情で俺を見る茜。
「あ・・・いや、どうかな。ちょっとノリで言ったみただけなんだけど。」
「はいはーい。そろそろ行きますよ?バカ夕人。」
小町が俺の後ろから声をかけてきてベルトを引っ張って連れて行こうとする。
「わかったよ。行くから引っ張るなよ、小町。」
「あはは、小町ちゃん、頑張ってね~。」
やっと明るい表情になった茜が手を振りながら小町にエールを送る。
「なんで俺じゃなくて小町?」
「いいからさっさと歩け、バカ夕人。」
「はいはい。」
バカなやり取りをしながらも体育館に向かう俺たち。翔は先に行ったのかな?
「なぁ、バカ夕人。」
「なんだよ、小町。」
「あのさ、頑張って来いよ。」
「そうだな。対立候補もいることだし、変な事やると負けちまうからな。」
「まぁ、それは無いと思うけどね。」
いやいや、油断なんて微塵もしてませんよ。対立候補がどんな奴なのかいまいちよくわからないけど、選挙だからな。必ず勝つなんてことはないわけだよ。負けたくねーなぁ。
「相手のことはあまりよくわからないんだけどさ、小町は知ってる?」
「まぁ、一応ね。けど、大した奴じゃないよ。夕人が負けるなんてありえない。私が保証するよ。うん。」
どこからその自信があふれてくるのかわからないけど、小町の心遣いはとてもありがたい。少し緊張してきた俺をリラックスさせてくれる。
「そうだな。小町も応援してくれるし、頑張ってくるかな。」
体育館の入り口が近くなってきた。まだ少し早かったのか、ほとんど人の気配を感じない。もちろん、選管の生徒たちは慌ただしく準備しているんだろうけどね。
「ねぇ、夕人。ちょっと。」
そう言って小町が俺を手招きしながら呼ぶ。
「ん?どうした?」
「いいから、ちょっと耳貸してよ。」
ここで内緒話か?「なんだよ。」と言いながら小町の方に顔を寄せていく。
「頑張ってね。応援してるよ。」
小さい声で小町が囁いた。そして頬に柔らかい感触が伝わる。
「え?」
「じゃぁーね、夕人っ。また後でねっ。」
そう言って走ってどこかへ向かって行く。
「おい・・・小町・・・」
体育館入り口前。俺はしばらく放心して立ちつくしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
茜がいつもと少し違う感じです。
それはやっぱり環菜のことが気になるから。
でも、夕人は茜に対して少し甘えるところがあるように見えますね。
そして、小町。
今までの小町の行動とは違う感じがしました。
彼女の中にも何か思うところがあるのでしょうね。
だって、今回の夕人を支えたのは小町ですから。
その自負があるんです。
全く、夕人はダメダメですね。




