もうね、難しいことを考えるのはやめよう?
茜の話を聞いて少しずつ環菜に変化が見えています。
「環菜ちゃん。当たり前でしょ?みんな環菜ちゃんのことが好きなんだよ。」
良かった、今の環菜ちゃんは私の知ってる環菜ちゃんだ。
「でも・・・私、凄く大きなウソをついてる・・・」
「人間は誰でも嘘をつくよ。私だって・・・まだ隠してることだってある。でも、それはそれだよ。本当に全てをさらけ出す必要なんてない。だけど、話すことで楽になるのなら、話してもいいと思う。」
自分でも何を言いたいのかわかんない。どっちが正しいんだろう。
でも、すべてを話さなきゃいけないっていうのはおかしいと思うから。
人は誰しも隠しておきたいことってあると思う。
それがどんなに愛した人が相手であっても。
「そう・・・なのかな。みんなウソついてるのかな。」
今の環菜ちゃんはいろいろなことが信じられなくなってるんだ。
「みんながウソをついているっていう考え方は・・・どうだろう。でも、ウソをつくことはあると思う。それがヒトだと思うから。」
偉そうなことを言ってるけど私だって本当は分からない。こんな時に夕人くんがいてくれたら、きっともっと上手に話してくれるんだろうけど、私にはこれが限界。この先は環菜ちゃんに任せよう。
「そっか・・・そうかも知れないね。茜。」
「そうだよ。そんなもんだよ。」
茜と私は思ったよりも似ているところがあるのかもしれない。自分の過去に後ろ暗いものを持っている二人。でも、もしかすると私たちはみんな、過去に何かしら内緒にしたいことを持っているのかも。そう考えたら少し気が楽になる。
「・・・私の兄は優秀だったの。だから母はことあるごとに兄と私を比べてきた。でも私はそんなに出来のいい子じゃなかったから本当に大変だった。勉強に運動に・・・一生懸命やっても兄ほどはできない。そんなすごい兄が学校でイジメられているとこを知った私は、自分もイジメられるんじゃないかって思ったの。そして、イジメられないために他人との距離を置いた時期があったの。そう、思い返すと今と同じかもしれない。理由は違う・・・けどね。」
私、なんでこんなこと話してるんだろう。茜はまっすぐにこちらを見つめている。きっといろいろ思うところがあると思う。でも、何も言わずに聞いてくれる。
「でも、それじゃダメだった。どんどん落ち込んでいく自分がいた。その時にピアノに出会って、私は少し変わった。そして、みんなに好かれようとした。その時『玉置環菜』が生まれたの。」
「え・・・、環菜ちゃん、どういうこと?」
そうよね。私だってこんなこと言われたらすぐに理解できないと思う。
「あのね。私は、みんなに好かれたくて、大事にされたくて・・・それで、そうされる価値のある人間を演じていたの。それがみんなの知っている『玉置環菜』なの。本当の私は茜が変わったって言っていた方の私。だから、本当の私は茜の知っている『私』じゃないの。ごめんなさい。今まで騙していたの。」
さすがにこんな話を聞かされて納得してくれるなんて思ってはいない。でも、聞いてくれればそれでいい。たぶん、最初で最後の告白だから。
「演じていると辛いことがあっても平気なの。だって、私が傷ついているわけじゃないから。もう一人の『私』が傷ついているだけ。」
こんな話をしたら茜だって私のことをこれ以上何とかしようなんて思わないはず。
「環菜ちゃん・・・あのね?私思うの。聞いてくれるかな。」
環菜ちゃんの話を聞いて思ったことがいくつかある。それはきっと気が付いていないだけ。そして気が付けばとても簡単なことなんだと思う。
「なに?茜。」
環菜ちゃんの話し方は、もう、完全に私が知ってる環菜ちゃんだよ。それってつまりね。
「あのね。環菜ちゃんは自分を演じてるって言ったよね。」
「うん、そう。」
「それじゃ、今はどっちの環菜ちゃん?演じている環菜ちゃん?」
「・・・どっちだろう。わからない。」
そうだよね。そうだと思う。だって、今の話を聞いてて思ったのは人格が複数あるっていうことじゃなくて、演じられていようとどうであろうと基になっているのは全部環菜ちゃんだもんね。
「たぶん、環菜ちゃんは勘違いしてるんだと思う。私が思うにはね。演じているっていう環菜ちゃんは本当の環菜ちゃんなんだよ。もちろん、全てが表現されていないかもしれないけど。なんて言ったらいいんだろう。・・・えっとね?例えば、足草くんが夕人くんを演じられると思う?」
「思わないわね。」
「そう。誰も自分の持っている以上のことなんて演じることはできないと思うの。だから、今まで私が見てきた『環菜ちゃん』は本当の環菜ちゃんの一部なんだと思う。そして、二学期に入ってからの環菜ちゃんは無理やり感情を抑え込んだだけの環菜ちゃんなんじゃないかな。上手く言えないんだけど・・・本当に私たちといるときにその・・・演技なんてことを考えてたの?」
私は確信していた。私たちが知っている環菜ちゃんはやっぱり環菜ちゃん。でも、確かに何かを押し殺していたんだと思う。でも、それはみんなにとって当たり前のことなんだと思う。
「わからないの。みんなと居た時、夕人くんといた時は自然に笑えたり話したりできてたと思うから。」
私はきっと間違ってないと思う。でも、最後は環菜ちゃんがどう考えるか。そればっかりは私にはどうにもできない。
「だからね。環菜ちゃんは演技をしてたって言ってるけど、それは『自分にとってこうありたい』という自分を演じていたってことなんだと思う。つまり理想の自分。でもね?それを演じることなんて無理。だって、その素養がないとできないわけだからね。えっと、だから何を言いたいのかっていうとね。」
「うん。」
「全てをひっくるめて環菜ちゃんなんだよ。だから、もうね、難しいことを考えるのはやめよう?前みたいにみんなで楽しくやろうよ。」
「・・・ありがとう、茜。」
「うん、それじゃ?」
「でも、ごめん。今はまだムリ。」
ちょっと急ぎ過ぎだったかしら。でも、きっと環菜の中でも何かが吹っ切れたはず。
「みんな心配してるから。戻ってこれそうなときに戻ってきてね。みんな待ってるから。」
「ありがとう、茜。」
久しぶりに環菜ちゃんの笑顔を見た。嬉しくて、すごく嬉しくて涙が止まらなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
暗い話が続いていましたが、環菜が元に戻れそうです。
一安心とまではいかないですが、でもやっぱり安心しました。
茜はすごいですね。
あれだけ友人のために親身になれる子はなかなかいないのではないでしょうか。
抱えている闇も大きいですが、強く生きて欲しいと思います。
環菜の闇は個人の問題だけではなさそうですね。
家庭にも少し問題がありそうです。
何と言っても、あのお兄さんですからね。
優秀そうではありましたが、夕人や翔と比べると・・・




