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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第16章 人間は誰でも嘘をつくよ
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もう、あんな子は演じられない。

茜と環菜の話し合いです。


茜の声は環菜に届きますでしょうか。

 別人に見える?

 それはそうよ。

 だって、あなたが知ってる私はみんなに好かれるために作りだした『玉置環菜という虚像』だもの。

 だからそんな生き物なんて本当は存在していない。本当の私は他人と関係を持つのが怖い臆病者なのよ。


「うん、別人。どっちが本当の環菜ちゃんなの?」


 どっちが本当ですって?

 そんなの決まってるじゃない。今の私よ。そんなこと聞くまでもなくわかるでしょう?

 どうして?

 なんでそんなこと聞くの?

 もう、私のことなんて構わなくていのに。

 茜みたいな綺麗で優しくて、みんなに好かれる子に私の何がわかるのよ。


「どっちでもいいじゃない。あなたには関係ないわ。」


 思わず苛立ち茜を睨みつける。けど、茜も怯むことなく続けてくる。


「そりゃ、はっきり言ったら関係はないよ。」


 ほら。それが本音なのよ。人間なんて所詮自分が良ければそれでいい生き物なのよ。


「そうでしょ?それなら・・・」

「でもねっ。さっきも言ったけど、私は環菜ちゃんのことを友達だと思ってる。友達が苦しんでいるように見えるときに放って置くなんて私にはできない。偽善者だって言われたっていい。私は、後悔したくないから。」


 後悔?私のことを放っておくと後悔する?どうして?わからない。


「なんで。」

「私も・・・いろいろ後悔してるの、昔のことで。もう取り返しがつかない。本当に。もしかしたら私のせいで人生が狂ってしまった人もいるかもしれないから・・・」


 だからって、そんなことは私には関係ないじゃない。

 そう思いながら茜の顔を見る。茜は目を逸らさずにずっと私を見ていた。

 綺麗な目。

 可愛い唇。

 整った鼻。

 どこを比べたって私よりも綺麗。

 勝ち目なんてどこにもない。


「茜は・・・大丈夫よ。私とは違う。」

「ううん。環菜ちゃんも私のことを知らないから。だからそんなことが言えるのよ。」


 私が茜のことを知らない?

 ・・・その通りよ。だって、それは私がさっき自分で言ったことだから。他人のことなんてわかるわけがないって。


「・・・」

「だから、聞いて。そして知って欲しい。私のことを。」


 そう言って茜は自分の過去を話し始めた。




 どこから話したらいいんだろう。

 全部話すって言っても、それは私にだって苦しいことだから。


 一つずつ。ゆっくりと。

 大丈夫。私もいっぱい後悔してみんなに謝った。

 夕人くんに話した時には許してもらえた。

 だから大丈夫。

 私も頑張れるっ。


「私、小学生の時に転校してきたの覚えてる?あれは六年生の時。クラスには環菜ちゃんがいた。あの時の環菜ちゃんはそんなに元気で明るい子じゃなかったけど、何でも一生懸命頑張るすごい子に見えた。私は勉強が全然できなかったから、本当に羨ましかった。」


 少しずつでいい。わかってもらうんだ。私のことを。そうしたら私も環菜ちゃんのことが分かるようになるかもしれない。


「転校してきたとき、親の仕事の都合っていうことになってたけど、本当は違うの。私・・・転校する前は・・・ヒドイいじめっ子だったの。女の子3人位でいつもつるんでて、ターゲットの女の子を決めて、靴を隠したり、机を教室の外にだしたり・・・ううん、こんな可愛らしい事ばかりじゃない。トイレに呼び出して閉じ込めたり・・・今だと思い出すだけで吐き気がしそうなことをやってたの。自分自身がイジメをしているって考えたことすらなかった。同じことを自分がされるようになるまでは・・・」


 大丈夫。まだ・・・まだ大丈夫。


「私、知らなかった。ただ本当に遊んでたような気持ちでやってた。ケガをさせたわけじゃない。ちょっとした悪戯のつもりでいたの。でも、他人にそういうことをしていると、それはいつか自分に降りかかってくる。今まで一緒に居た2人の女の子が急に余所余所しくなって、いつものように学校に行ったら、私の机がなかった。廊下にも。どこにも。怖かった。これが私のしてきたことなのかって、初めて分かった。味方になってくれる人なんているわけがない。だって、私が一番ひどいことをしてきたんだから。机は外に捨てられていたよ。中の荷物も。私は泣きながら教室に机を持って行った。そして、机に突っ伏して泣いてた。でも、そんなので終わるわけがないってことは自分が一番よく知ってた。だって、それもわたしがしてきたことだから・・・」


 ツライ。

 クルシイ。

 モウイヤダ。

 オモイダシタクナイ。

 夕人くん、助けて。

 私、頑張れるかなぁ。


『反省して、謝ったりもしたんだろ?反省しても許されないなんておかしい。それじゃ、生きていけないじゃん。』


 ・・・そうだよね。皆に許されてるなんて思わない。でも、夕人くんは許してくれた。それが嬉しかった。

 だから、私のこの過去はきっと、今のためにあったんだ。きっと環菜ちゃんにも何かがあって、それで悩んでいる。私のこともきっと誤解しているんだ。


「もう、いいよ。」


「ううん。最後まで聞いて。それで、その後、トイレに閉じ込められた。私がやった時はほんの少しの時間だったと思う。でも、私は・・・騒がなかったから面白くなかったんだと思う。それで、夜に見回りの先生が来るまで何時間も閉じ込められたの。だから、今でも狭いところは少し苦手。昔を思い出しちゃうから。前にいた小学校でこんな事件を起こしたもんだから、当然大問題になっちゃったんだ。私が首謀者。一番悪い。クラスの皆にそう言われ、学校にいられなくなった。先生の勧めで転校することになったけど、どうしてなのかな、こういう話って勝手に広まっているもので、中学校に入学して二年生になるまで友達が一人もできなかった。でも、これは私に対する罰なんだって。ずっとそう思って生きてきた。」


 どうしよう。いつの間にか泣いちゃってる。そんなつもりで話してたんじゃないのに・・・




 茜の第一印象は綺麗な子っていう感じ。男子たちが群がっていたのを見て、やっぱり綺麗な子なんだって思った。転校してきてしばらくのうちは人気があったのに、気が付いたら『あの子には近づかないほうがいい』なんていう変な噂が流れていた。

 『私』と茜の接点は小学校の時にはほとんどない。クラスが一緒だったというだけ。私は『玉置環菜』を演じるので必死だったし、彼女も話しかけてくるわけでもなかった。


 そのまま小学校を卒業して中学校に入学。でもクラスが違ったこともあって全然話はしなかった。そう言えば、一年生の時も誰かの変な噂を聞いたような気がする。あれって今思うと茜のことだったのかもしれない。二年生になって同じクラスになったけど昔から仲が良かったわけでもなかったし、『私』からは話しかけることもなかった。始業式に夕人くんが話しかけたことから茜の学校生活もガラッと変わったんだと思う。だって今では茜はクラスの人気者になっているんだから。


 茜が大人っぽいのには何か理由があるんだろうとは思っていたけど、こんな過去があったなんて知らなかった。ただ、綺麗な子だからイジメられてる可哀そうな子なのかと思ってたくらいだったから。


 私にも人に言いたくない過去がある。

 優秀な兄と比較されるのが苦痛で優秀な子を演じるようになった自分。

 演じている私はとても優秀な子。何にでも一生懸命に取り組み、勉強もでき、人付き合いもいい。いつも笑顔でいる女の子。

 でも、そこに私はいない。どんどん自分がわからなくなってくる。それでも、最近までは上手くやってこれていたと思う。

 でも、もう、これ以上傷つきたくない。体が痛いのは耐えられる。あの人に叩かれたって別に平気。だって、叩かれているのは演技をしている『私』だから。私自身が叩かれているわけじゃない。

 でも、心が痛いのは耐えられない。それは演技をしていても耐えられない痛み。他人から与えられる痛み。


 どうやったら私を守れるの?

 守ってくれる人はいないの?


 そう考えた時、他人との関わりを絶ちたいと思った。なのに、茜は私にどんどん迫ってくる。もう、放っておいて欲しいのに。なんで?どうして?茜だって触れられたくない過去のはずなのに。


「そんなことがあったんだね、茜。私、知らなかった。」




 環菜ちゃんの話し方がまた少し変わったような気がする。少しだけ、声に優しさを感じる。ついさっきまでとは別人のような優しい声。私が知っている環菜ちゃんの声のような気がする。


「私ね。こんなに誰かと話したの何年ぶりだろう。2年生になって夕人くんに出会って、翔くんや実花ちゃん。小町ちゃんや環菜ちゃんに出会えて本当に良かったと思う。もしかしたら、みんな私の過去を知っているのかもしれないけど、それでも普通に接してくれてる。それだけで、お話ができるっていうだけでこんなに幸せだなんて・・・私、知らなかった。ずっとツラかった。だから、私は今の幸せを大事にしたい。その私の幸せだった時間には環菜ちゃんもいたのよ。そして、これからも続くだろう楽しい時間にはみんなが必要なの。だから、ね?どうしてそんな態度をとるようになったのか話して?お願い。」




 茜が話してくれていることはきっと本当のことだと思う。泣くほどツラいはずなのに、思い出すだけでもツラいはずなのに、私のために話してくれている。どうして?


「ねぇ、茜。ひとつ聞いてもいい?」

「うん、何でも聞いて。」

「どうして、私にそこまでしてくれるの?」


 なんで私こんなことを聞くの?ううん、本当は分かってる。私、みんなと一緒に居たいんだ。楽しかったあの日々に戻りたいって思っているんだ。

 でも、もう一度『玉置環菜』を演じる自信がない。もう、あんな子は演じられない。


「そんなの簡単だよ。環菜ちゃんが好きだからだよ。」


 私のことが好き?ウソだ。そんなはずない。私なんて誰からも好かれない。好きだって言われてるのは私が演じている『玉置環菜』だよ。でも、嬉しい。忘れかけていた感情がよみがえってくるみたい。


「茜・・・その言葉、信じていいの?」


 そう言った私の目に涙が戻ってきた。

 せっかく目の前に色が付いた景色が見えてきたのに、涙でぼやけて見えないよ。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


茜が誰にも話したくなかったことを環菜に話しました。

それは懺悔からではなく、自分のことをわかって欲しかったから。

夕人にも話していないことです。


茜の過去。

許されない罪かもしれません。

彼女は今も罰を受け続けています。

きっとそれはこれからも続くことになるのでしょう。

でも、彼女はそれから逃げない。

そう生きていくと決めたからです。


それが彼女の強さと秘密です。

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