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3.屋敷

 馬車から降りると、目の前に屋敷があった。

 とてつもない大きさの屋敷だ。壁がかなり先まで続いていてどれくらいの大きさがあるのか全くわからない。さすがは救国の英雄の屋敷。


「ユキハ」


 圧倒されて立ち止まっていると、ご主人様に呼ばれた。


「……あ、ご、ごめんなさい」


 慌てて追いかけ、ご主人様に追いつく。


「いや、いいよ。じゃあ行こうか」

「はい」


 今度こそご主人様について、屋敷の扉をくぐった。


 扉をくぐると、大きなホールが広がっていた。

 そしてその中央に執事の格好をした人が立っている。


「お帰りなさいませ、若様」

「ああ、ただいまルート」


 執事さんの名前はルートさんというらしい。外見的には六十を超えているだろうか。いかにもできる老執事といった感じだ。


「どうやら、収穫はあったようですな」


 こちらを見るルートさん。穏やかそうな顔をしているが、なんとなく値踏みされているように感じる。


「ああ、予想以上の人材が手に入ったよ。彼女が僕のパートナーになる白魔法使いのユキハだ」


 パートナー?


「パートナー、ですか?まだ迷宮に一度も潜っていないのですから、それを決めるには早いのでは?」

「いや、言いたい事はわかるけど、これからどれだけ探しても彼女以上の人材は手に入らないだろう。……彼女は聖域を使えるんだ」

「……まさか。彼女は、レベル1ですよね?」


 ルートさんが私を驚愕の表情で見つめる。

 レベル1?


「本当だよ。首輪で確認したから間違いない。まあ、その分高い買い物にはなったけどね。金貨六百五十枚だったよ」

「……いえ、本当に聖域が使えるというのなら、むしろ安いくらいでしょう。旦那様も間違いなくそう仰るはずです」


 ……金貨六百五十枚が安い?聖域ってそんなに凄かったのか。

 でも、確かに有用な魔法ではあるけどそこまで言われるほどだろうか。もしかしたら、私が知らない事情でもあるのかも知れない。


 しかし、私のことを話しているのに、さっきから全然話についていけてない。

 まあ、奴隷には知る必要はないといわれたらそれ以上なにも言えないんだけど。


「ルートもそう思うか。今回は本当に運がよかったようだね。それじゃあ……って、ああ、そういえばまだ紹介もしてなかった。ユキハ、彼がこの屋敷の執事長のルートだ」


 私が手持ち無沙汰になってご主人様を眺めている事に気付いたのか、ご主人様がルートさんを紹介してくれる。


「初めまして、ユキハ殿、ルートと申します」

「は、はい、はじめまして」


 ……奴隷なんかに殿とか付けていいんだろうか。私の認識では、この世界の奴隷は紛れも無く最下層の存在だ。敬称をつけるなんて有り得ないはずなんだけど。


「たとえ奴隷でも、若様のパートナーになる方ですからな」


 聞いても無いのに返事が返ってきた。魔力は感じなかったし、表情を読んだとかだろうか。


「さて、自己紹介も終わったことだし、次に行こうか。そうだね、もういい時間だし食事にしよう。ユキハは食事はできそうかい?」

「はい」


 頷く。食事、か。一般的な奴隷の食事といえば酷いものだけど、ここではどうなんだろうか。これまでを見る限り、あまり酷いものは出てこないと思うけど。……出ないよね?


 私は、期待半分、不安半分で、歩きだしたご主人様の後ろを付いていった。




 それから歩くこと五分くらい。食堂に到着した。

 外から見たときからわかっていたけど、この屋敷、とんでもなく広い。まさか移動にこんなに時間がかかるなんて思わなかった。


「料理はすぐに来るだろうから、座って待っていようか」


 さっさと席に着いたご主人様が言う。座って待っていようって、これ、私も同じ席についていいのだろうか。普通、奴隷と主が同じ席で食事をする事はないんだけど。


 少し、卑屈になりすぎだろうか。これまでの様子を見る限り、ご主人様は私を奴隷扱いする気はあまりないように見える。本当なら、もう少し警戒を解いてもいいのかもしれない。

 元日本人だと言うのなら奴隷は人間ではない、なんて価値観は持ってないだろうし。


 ……でも、怖いのだ。


 私は奴隷だ。生殺与奪の権利を完全に握られていて、逃げるどころか、死ぬことすらできない。

 首輪で命令を強制的に従わせることができる以上、いくら有用でも死なない程度に痛めつけることはできる。もし万が一、気軽な行動が不快に思われたらと思うと怖くて仕方が無い。


 檻の中にいる頃、奴隷商に敬語を使わずに話しかけただけで鞭で打たれ、血みどろになった奴隷がいた。ああなりたくなければ、卑屈すぎる位でちょうどいいのではないかとさえ思う。


「どうした?座らないのかい?」


 座ろうとしない私を見て、ご主人様が不思議そうな顔をしていた。


「……いえ、同じ席に座っていいのか、と思いまして」

「?、ああ、奴隷ってそういうものだったか。そういうのは一切気にしなくいいよ。これから迷宮にもぐるんだから、一緒に食事する機会なんて沢山ある。そんなことをわざわざ気にしていられないから」


 なるほど、確かにそれはそうかもしれない。

 言われた通り席に着く。


 するとそれを待っていたかのように、料理が運び込まれ始めた。

 すぐに食事の準備が整う。

 机いっぱいに豪華な料理が並んだ。


「じゃあ、食べようか」


 ご主人様が食べ始める。

 私も料理を口に運んだ。


 ……!?

 美味しい!?

 なに、これ。凄い。こんなの食べたことが無い。

 貧相だった孤児院の食事は言わずもがな、豊かな日本に住んでいた頃もこんな美味しいもの食べたことが無い。

 凄い。貧相な私の語彙では凄いとしか言い表せないくらい凄い。


 つい夢中になって、あっという間に一品食べ終えてしまった。こんなに美味しいものが食べられるなんて。思わず頬が緩んでしまう。


 一品なくなっても、まだ料理は沢山ある。次は何にしようかと机の上を見渡して、ふと気付いた。


 ご主人様が驚きの表情を浮かべて私を見ている。

 どうしたのだろうか。もしかして私の食べ方が不快だったとかだろうか。


「あの、私、何かしてしまったのでしょうか」

「あ、ああ、いや、なんでもない。大丈夫、君に問題は何も無いから」


 少し慌てた風にご主人様が言う。

 どうしたのだろうか。


 ご主人様は私から目をそらして、食事を再開した。

 ……本当に何だったんだろう。



 

 食後、お茶を飲む。本当に美味しいお茶だ。飲んでいるだけで安らいでしまう。


「さて、食事も終わったし、これからの事について話したいんだけど、いいかな?」


 見ると、ご主人様は真面目な顔をしていた。姿勢を正して、ご主人様に向き直る。


「まず、君を買った理由である迷宮についてなんだけど、すぐには入らないつもりなんだ。というか、入れない、かな」


 入れない?


「僕は学舎に通っていてね。後一ヶ月ぐらいしたら長期休暇になるからそれまでは迷宮にいけないことになる」


 学舎。それは少し聞いたことがある。

 貴族の子が十歳から十四歳まで通うという話だ。


「だからそれまではお互いの能力を把握したり、必要な知識をつけたり、という時間にしようと思っているんだ」


 つまり、迷宮に潜るのは一ヶ月後で、それまでは訓練をするということか。


「わかってもらえたかな?」

「はい」


 頷くと、ご主人様は一度頷き、立ち上がった。


「じゃあ、話も終わったし、もう寝ることにしようか」


 寝る?……寝るってやっぱり、そういうことなんだろうか。覚悟は、していたつもりだけど……


 思わず体が竦んでしまう。


「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。変なことはしないから」


 硬くなっている私を見て、ご主人様が苦笑していた。

 変なことをしないって本当に?

 ……嘘をついているようには、見えない。


 安心して、へたり込みそうになった。


  


 話の後、食堂から出る。そしてご主人様の隣の部屋に案内された。


「ここがユキハの部屋だね。必要なものは一通り揃っている筈だよ」

「へ、部屋をもらえるのですか?」


 扉を開けると、綺麗に整えられた部屋があった。広さは八畳位だろうか。ベッドやクローゼットなどの家具もある。


 こんなにいい部屋を本当にもらえるのだろうか。


「ああ、好きに使ってくれていいから。じゃあ、おやすみ」


 そう言うとご主人様はさっさと隣の部屋に入っていってしまった。


 しばし呆然とする。信じられない。

 ……でも、いつまでも廊下に立っていてもしょうがない、か。


 中に入って、部屋を調べてみる。

 なんと、風呂があった。湯わかし用の魔道具もあり、すぐに入れそうだ。


 風呂、風呂だ。この世界に生まれてから一度も見たことが無かったもの。孤児院で水浴びするたびに切望していたものだ。


 すぐに準備して、風呂に入る。至福の時間だった。



 風呂から上がった後、部屋にあった浴衣のようなパジャマを着て、髪を乾かしてベッドに倒れこむ。


 長い一日だった。


 オークションに掛けられて、元日本人のご主人様に買われて、屋敷につれてこられた。

 言葉にすると短いように思えるが、今日はこれまでの人生で間違いなく一番長い一日だ。


 これからどうなるんだろう。


 ここは私を奴隷扱いしない。いい食事を食べさせてもらえて、部屋までもらえている。今着ているパジャマも最高の肌触りで思わず頬ずりしたくなるほどで、布団もとてつもなく柔らかい物だ。


 何より、変なことも命じられていない。これには本当に安心した。覚悟はしていても、喜んでそういうことをされる趣味は無い。


 ……もしかして、私は本当に奴隷として生きなくてもいいのだろうか。

 奴隷になった時点で、普通の人生なんて諦めていたけれど、ここなら、普通に生きられるんだろうか。

 これまで町で見てきた奴隷のように、人としての尊厳を失わずに生きていけるのだろうか。


 私は、助かったのだろうか。




 ……いや、止めよう。期待するのは、止めよう。


 首に手をやる。硬い感触が帰ってきた。

 首輪がある以上、私が奴隷であることは変わらないのだ。何をされてもおかしくないというのは変わらない。


 それに、勝手に期待して、裏切られたとき傷つくのはもう嫌だ。


 脳裏に、信じていた人の姿が浮かぶ。


 あんな思いは、もう二度としたくない。



 ……もう寝よう。明日からも生活は続いていくのだから。




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