2.ご主人様
鎖を引かれて通路を歩く。
視線の先に舞台が見えてきた。強い光が目に入る。
そのまま舞台の中央に連れて行かれた。
『さあ皆様、今回のオークションも終わりが近づいてまいりました!名残惜しいですが最後の商品です!』
司会が私の紹介を始める。何百人もの人が私を見ていた。
思わず後ずさろうとしたら鎖で無理に引っ張られる。
つくづく、奴隷とは人間扱いされないらしい。
『人族の少女で十二歳!幼い顔立ちは人形のように可愛らしく、腰まで伸びた銀髪は絹糸のようだ!まさに一級品!
だが、彼女の真価はそれではない!彼女はなんと白魔法使いの使い手だ!それも並大抵の使い手じゃない!なんと聖域をも使えるらしい!女としても、護衛としても一級品!まさしく今回のオークション最高の奴隷だ!!』
紹介と同時に、それまで私に興味なさそうにしていた人も私に視線を向けた。会場にいる人のほとんどが熱のこもった視線を私に向けている。乗り出すようにしている人もいた。
正直、少し怖い。
思わず目をそらすと、貴族らしき少年と目が合った。
こちらを真剣な目で見ている。
なぜか、少し気になった。
なんとなく、そのまま少年を見ていると、また鎖を引っ張られる。
余所見をするなということらしい。
『それでは競を始めます!最低価格は金貨五十枚から!』
え?思わず、変な声が出そうになる。金貨五十枚?金貨一枚あれば人が一人半年は食べていけるのに?
あまりの金額に呆然とする。
しかも恐ろしいことに今も値段が上がり続けている。今百五十枚を超えた。
世界が違いすぎる。
結局、私の値段は金貨六百五十枚まで上がった。
競り落としたのは、目が合ったあの貴族の少年だった。
オークションが終わった後、私は高そうな馬車の前に連れて行かれた。
促されるままに近づくと御者の人が扉を開ける。すると中から私を買った少年が降りてきた。
私をここに連れてきた男が近づき、彼と話を始める。どうやら、社交辞令や奴隷を買った後の諸注意について話しているようだ。
近くで見ると随分と若く見える。私よりも少し年上、十四、五くらいだろうか。栗色の髪と目で、整った顔立ちをしている。こんな子供が簡単にあんな大金を出すのだから、貴族と言うものは恐ろしい。
……しかし、さっきから馬車の後ろを走らされている奴隷がちらほら見えるんだけど。もちろん、全員がそういう扱いを受けているわけではないが、結構多い。
これ、私も走らないといけないんだろうか。
少しすると、話が終わったのか、彼がこちらに近づいてくる。そして私の首輪に手を伸ばして、言った。
「契約」
伸ばされた手と首輪が一瞬線でつながり、消えた。この首輪は魔法の道具で、これを着けている人が契約者に逆らえなくする効果がある。
これで私は名実共に彼……いや、ご主人様の方がいいか。
ご主人様の奴隷となったわけだ。
私はもうご主人様に何をされても逆らえない。
諦めてはいたが、憂鬱になる。
「契約は出来たようだね。じゃあ、帰ろうか」
ご主人様は私にそう言うと、さっさと馬車に乗り込んだ。中から手招きしている。
どうやら、馬車に乗ることは許されるようだ。安心した。
馬車の手すりに手を掛けて乗り込むと、御者の人が扉を閉める。
そしてすぐに馬車が動き出した。
馬車の車輪の音が聞こえる。現在、この馬車はご主人様の屋敷に向かっているらしい。
「さて、落ち着いたことだし、自己紹介といこうか」
向かいのソファに座ったご主人様がそう言った。ちなみに私もソファに座っている。立っていたほうがいいのかとも思ったがご主人様が座るように言ったのだ。
これまでを見る限り、どうやらご主人様は私にあまり無体な扱いをする気はないらしい。
安心する。
……でも、だからといって調子に乗ってはいけない。ご主人様はその気になったら私にどんなことでもすることができるのだから。
「僕の名はコウ・ガーディ。ガーディ侯爵家の次男だ」
……ガーディ、侯爵家?
……あの?
ガーディ侯爵家といえば、この国で間違いなく一番有名な貴族だ。私のような孤児でさえ知っている。
この国の軍事系貴族の筆頭で、これまでに何度も国の危機を救ってきた。今代の当主も五年前にこの王都を襲った竜を討伐している。
他でもない私もそれを見ていた。
空を覆うかのように巨大な竜を相手に互角以上の戦いを繰り広げ、遂には打ち倒したあの姿は私の記憶に焼きついている。
歴代当主の人生を綴るだけで英雄伝が書けるとさえいわれている名家中の名家。
どうしよう。ひれ伏した方がいいのだろうか。
「ああ、硬くならなくていいよ。凄いのは僕じゃなくて父やご先祖様だから」
私の様子を見て、苦笑するご主人様。
……それはそうかもしれないけど。
「まあ、それはいいんだ。とりあえず、君を買った理由とかについて話したいんだけど、いいかな?」
「……はい」
固まっていた舌をどうにか動かして返事をする。
「君を買った理由だけど、迷宮に入るにあたって、白魔法使いが欲しかったからなんだ。えっと、君は迷宮についてどのくらい知っているのかな?」
迷宮、というと王都の東にあるやつの事だろうか。
日々挑戦者たちが入っているという、あの。
「あまり、知りません」
孤児院では、というより、この王都では、子供が面白半分で行かないように、十五歳になるまで情報が隠されていた。だから、私はあまり詳しくない。
ただ、挑戦者として大成すると、力も金も思うがままと言われている事だけは知っている。実際にすごく羽振りのいい人も見たことがあるので事実なのだろう。
孤児院でも、将来挑戦者になるのだと剣の練習をしている子がいた。
「そうか、じゃあ説明を……したら時間が足りないか。また今度話そう。今は他にも話したいことがあるから、迷宮に入るために君の白魔法が役立つことを知っておいて」
「はい」
頷く。少し気になるがそのうち聞かせてもらえると言うのならそれを待とう。
「では、次の話をしようか。君にいくつか聞きたいことがある。これに関しては、嘘を話されたら困るから命令させてもらう。
【これからする問いに対して嘘をつくことを禁じる】」
首輪が反応した。これで嘘をつけなくなったのだろうか。
「まず一つ目の質問だ。君が白魔法をどのくらい使えるか教えてほしい。聖域が使えるというのは本当かい?」
「はい」
「持続時間は?」
「魔力が最大の状態からなら、二日はもちます」
「では――」
そのような調子で、しばらく白魔法に関しての質問をされる。
そして、一通りの質問が終わると黙って何かを考えだした。
どうしたのだろうか。何か問題でもあったのだろうか。不安になる。
「次の質問だ。君は誰から白魔法を習ったんだい?」
「教師はいません。白魔法の教科書を読んで自分で勉強しました」
「……本当に、全く、誰からも習わなかったのかい?」
「はい」
「……そうか。では最後の質問だ」
そう言うと姿勢を正して、正面から私の目を見つめてきた。
そして日本語で言った。
「君は、日本を知っているかい?」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、時が止まった気がした。
今、なんと言った?
混乱する。訳がわからない。いったい何が起きている?
「その反応を見る限り、知っているようだね」
ご主人様は私が口を開いたり閉じたりする様を見て、苦笑している。
どういうこと?
「君は知らないようだけれど、実は僕を含めて、日本からの転生者は結構いるんだよ。僕の知っているだけでも、この王都に十人はいる」
そんなに!?いや、でも、
「なぜ、私がそれだと思ったのですか?」
「転生者は全員が十代前半で、何らかの分野において特別な才能を持っているんだ。例えば僕の場合、赤魔法の才能を持っている。他にも鑑定の才能を持っていて、すでに商会を立ち上げている子もいるね」
……なる、ほど、それで白魔法の才能を持つ私がそうなのではないか、と思ったのか。
ん?ということは
「ご主人様は、私が転生者だと思ったから、私を買ったのですか?」
「ご主人様!?」
あれ、ご主人様と呼ぶのはまずかったのだろうか。奴隷商からそう呼ぶようにと言われていたのだけれど。
「あ、いや、なんでもない。日本語で慣れない呼ばれ方をされて驚いただけだから。え、と、そう、君が転生者だから買ったのか、だっけ。そうだね、それも少しはあるかな。でもやっぱり、一番の理由は迷宮に潜るのに必要だったからだけど」
なるほど。まあそれはそうだ。転生者かもしれないというだけで金貨六百五十枚は出せないだろう。
その時、扉からノックの音がした。どうやらご主人様の屋敷にもうすぐ着くらしい。
そう長い時間ではなかったはずだけど、話の内容が濃すぎて随分長く話していた気がする。
馬車が止まり、御者の人が扉を開けてくれた。
そして、ご主人様が御者の人に礼を言って馬車から降りようとして……こちらに振り向いた。
「そういえば君の名前は……ないのか」
「はい」
そう、私の名前は現在、無い。奴隷の名はその主がつける。だから、それまでの名は捨てることになる。
「そう、だね、では、ユキハ、というのはどうだろうか」
ユキハか。私の髪の色から決めたのだろうか。日本風のいい名前だと思う。
「ありがとうございます。今日から私はユキハと名乗ります」
ご主人様は一度頷くと馬車から降りる。
私もご主人様について馬車から降りた。