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苦手な方はご注意ください。

No.-

No.42 ジュエルマスタリー

作者: 夜行 千尋

出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第四十二弾!

今回のお題は「琥珀」「里帰り」「ギブアップ」


6/8  お題出される

6/10 色々思いつくがいまいちはっきりとした形にならない

6/13 この日まで諸事情で書けず

6/14 焦るもなかなか筆が進まない

6/15 締切から21時間半以上オーバーっておいコラ


な、難産でした……

 ある日、彼らは現れた。

 それは大地を隆起させ、海を割り、風に乗って移動し、時に炎で道を切り開いた。当時の人間たちはこぞって彼らを危惧し、恐怖と侮蔑と憧れを持ってこう呼んだ。――魔術師――と……




 その日、私はいつも通り学校に行く準備をして、祖父の形見の琥珀のブローチを首から下げて、いつも通り遅刻しかけて、いつも通り曲がり角でイケメンにぶつかる事もなく、生徒指導の先生にお小言を言われながら学校の門をくぐった。そこまでは普通だった。

 でもその日は、ある一人の転校生からいつも通りの私の日々はどこかへ流れてしまった。具体的に端的に、何が有ったか……それは……


 HRで皆が席に付き、先生が言う静かにしろという合図の元、皆が教室の前を向いた時には、既にその転校生は私の前に居た。そして言った。

 ガラス細工みたいに綺麗な顔立ちで、二次元から来たというような綺麗な瞳で、雪より白い、真っ白でサラサラな髪を流して、私の前に現れて言った。


「君が幸切 恵璃(さちきり えり)だね。俺はライアス・アンバー・イグジット。早速で申し訳ないが……」


 そう言って、彼は初対面の私の手を取り、その手の甲に口づけし


「俺と結婚しよう」


 その後どうなったかは、クラスメイトの萩野 縁(はぎの ゆかり)から聞いたところによると、私がライアスをそのまま一本背負いし、床に叩きづけたらしいが、私は覚えていない。というか、私は一本背負いなどできただろうか?

 ともかく、以来私は事あるごとにライアスに追いかけられている。


 時に図書室で本を読んでいると


「ほう、恵璃は勉強熱心なのかい? 偉いじゃないか」


 そう背後から私の二の腕を触りながら耳元で声がし、私は気が付くと鼻を押さえて床の上で悶絶するライアスの目の前で息を切らしていた。


「う、うう……さ、さすがだ……良いパンチを持ってるね……」

「あっ、その、ごめんなさい」


 ライアスが悶絶しながらふらふらと立ち上がる姿に申し訳なさを感じ始め、私はその場から逃げだした。

縁曰く、今度は見事な肘鉄からの右フックを顔面に入れたらしい。人間咄嗟になると……そうなるものなのだろうか?


 その後もことあるごとに……


「やぁ、恵璃、一緒に昼食ぅお!?」

「ああ、ごめん!」


 目撃者曰く、曲がり角で出合い頭に居たのを確認するや否や、見事な左ストレートが顔面に入ったらしい。

 他にも……


「恵璃、移動教室だろう? 同じ方向だし一緒にい!?」

「え? あ、ごめん……」


 今度は頭突きをお見舞いしたらしい。


「恵璃、落し物だぞ。はは、せわしない……な……ぐふっ」

「ああっ、ごめんなさい!」

「ま、待て、落し物……」

「あ、う、ありがとう。と、ごめんなさい!」


 今度は裏拳と聞きました。

 ちなみに落し物だが、ライアスが取り落としたのを拾った後、彼の足を踏んだらしい。


「大丈夫か、恵璃。無理せずに保健室ぐへっ!」

「ご、ごめん」


 アッパーを入れたようです。


「恵璃、ちょ、まだ何も言ってな」

「そ、その、ごめんなさい!」


 ハイキックだそうです。


「恵璃、曰くナプキンを忘れたそうじゃないか。そんなことも有ろうかと……す、すまん、これは……俺が悪かったが……酷い」

「ごめん、でも、それは……うん……無理」


 ボディーブローからの金的、だそうです……


 もはや、ライアスを見ると反射の勢いで殴るという行動を、私は行っているようで、しかも、その時の記憶も無いので、どうにも罪悪感ばかりが募る。

 あとは……


「ねぇ聞いた? あの女またライアスくんの事殴ったって」

「あんなドブスのどこがいいんだろうね? あたしでも良くない?」

「せっかくのイケメンになってことしてんだろ。私に譲れって」


 縁や他の友人を通じて聞いた話によると、性格なども決して悪くないとのことなので、やはりこうなるのは目に見えていた。予想していたとはいえ、居心地は悪い。というか、なぜ彼を目撃すると攻撃してしまうのだろう? ……その時、私は何を思っているんだろう? パニックで頭真っ白、なことは確かなのだけど……


「恵璃? どうした? 考え事か?」


 以来、私は……


「え、ちょ、どこ行くんだよ!?」


 ライアスに暴力を振るう前に全力で逃げ出すことにしている。

 そもそも、私はあの顔を見た時何を感じたのだろう? とても綺麗な、作り物みたいな顔で、透き通るような白さで、他の女子たちが感嘆の吐息を漏らすのも納得の人が、なんで唐突に、しかも初対面の私に求婚をしてきたのか……それが分からない。だから、怖くなったのかもしれない。

 気が付くと私は、学校の屋上の墨でうずくまっていた。そこを縁に発見された。


「恵璃? 大丈夫?」

「縁ぃ……私もう色々泣きそうだよぉー」

「うゎ、酷い泣き顔。ほら、ハンカチ貸してあげるから」


 少し待って落ち着いた後、私は自分が思ってることを全部言ってみた。


「うーん。ビックリしちゃって、その後習慣化しちゃってるとか?」

「でも、わざわざ顔を狙う必要はなくない? 我ながらそう思うんだけど」

「まぁ、無意識に、だからね。一番急所を狙うのかも?」


 そういう物なのだろうか?

 縁が言う。


「でもさ、結局のところ、恵璃はどうしたいの?」

「どうって……」


 そういえば、今起こってることばかりに目が向いて、何も考えてなかった。

 確かに、とてもカッコいい、きれいな人だ。外見に文句のつけようもない。毎回現れる、という事は私を常に見ている、念頭に置いている、という事なのだろう。……ストーカーじゃなかろうか? でもまぁ、毎度必ず、というわけじゃないし……どうなんだろう? そもそも、なんで急にプロポーズをしてきたのか、そこも分からない。

 私は淡々と口にしていった。


「結婚とか……そういうのって、すぐに決めるものなの?」

「んー、いきなりは難しいんじゃない? ほら、合わなかったら×(バツ)付いちゃうし」

「そんなもん? いや、もっとこう……」


 そこまで言うと、縁は笑い出した。


「恵璃ってさ、純粋だよね。青春、って感じ」

「え? え? 高校生なら青春でよくない?」

「あのね、恵璃……恋愛って、少女漫画じゃないんだよ。どこにも、相手の心が良くて付き合う、なんて、存在しないんだよ。それぐらい高校に上がるまでの恋愛経験で学ぶよ、普通」

「そ、う……なの? え? 縁も恋愛経験あるの?」

「さーてね」


 縁は話をはぐらかしながら、私に言う。


「とにかく、イケメンなんだし『恋人からお願いします』って言ってみたら? 付き合ってみれば良いじゃん。合わないなら別れればさ」

「で、でも、相手のどこが好きかも分からないで付き合うなんて……」

「だーかーらー、少女漫画じゃないんだから……自分の心なんてね、付き合ってれば勝手に相手を好きになってくもんよ? で、ふとしたことで相手を嫌いになって別れるもんだって。だから、お試しに付き合っちゃえば?」

「……そういうもん?」

「そういうもん」


 さあ、戻ろう? と縁は立ち上がり、私の手を取って引っ張り上げる。

 お試しで……お試し……恋愛は、そんなもん……

 私の心のどこかで、縁の言葉が反響して、私の霞がかった頭はなおの事酷くなった。


「というわけで、ライアスくんと付き合っちゃえば」


 縁が言う“お試し”で、良いのだろうか? でも、私の中にある何かが、何とはなしに、揺れた気がした。



 その翌日の事だ。

 HRにおいて新しい転校生が来た。こんな短期間に二人続けて、というのは珍しいことだ。そして、二人続けて、とても美しい人が来ることも、とても稀だ。

 今回は、勝手に行動することもなく、先生の紹介の元、黒板の前でどこを見るでもなくじっとしていた。女の子だ。クラスの男子たちがざわざわと騒いでいる。

 名前はアンク・エンジュ・クローバー。見事なエメラルドグリーンの長いウェーブがかった髪に、やはり整った顔立ち。じっとしていると人形と見間違うほど、日本の学校には不釣り合いなモデルかハリウッドスターのような風格で、彼女は凛としていた。

 HRが終わるや否や、男子女子問わず、彼女の元へ駆けよったが、唯一、ライアスだけが彼女の元へ行かなかった。いや、逆に彼女が、ライアスの席へと歩み寄った。……というより、二人の間には妙なピリピリした空気が有る事を私は感じた。だが、途中で二人して私の方へ視線を送り、その後、私も見ていると気付くと、ライアスは笑いながら手を振り、アンクは冷たい目線を投げているだけだった。そして、次の瞬間、アンクはライアスの頬に手を当て、私の目の前で二人の顔が重なるのが見え、ライアスが怒った表情で立ち上がった。そのまま、野次馬の騒ぐ声に邪魔されて何を二人で話したか分からない間に、二人は教室の外へと移動していった。

 あれは……どういうことなのだろうか? なんだろう、私の中の何かが、今悲鳴を上げた気がする。なぜそう思ったのだろう? そもそも、何で……何が起きているのか、私には私が分からなかった。




「恵璃ー? 無事ですかー? 生きてる?」


 縁の声がして、私は顔を上げた。気が付けば、私は教室から逃げだし、屋上の墨でまた丸くなっていた。

 縁がまったく、という具合に話しかけてくる。


「まず最初に付き合うだけ付き合っちゃえば、こんなことにならなかったのに。……傷ついてるんでしょ?」

「解んない」

「解んない、って……じゃあ、なんで逃げたの?」

「解んないよ」


 事実、私には分からなかった。ショックを受けたのだろうか? 二人が……その……キス、していたことに?


「でも、泣いちゃうぐらいにはショックだった、って事じゃないの?」

「……そうなのかな? 私は、私の事が分からなくなって……それが悔しいから、だから、だから……」

「それで泣いてる、ってこと?」

「たぶん……」

「はぁー、まったく。心が通じなくてもね、デートもキスも出来るし、その先だってできんだよ? 恋愛なんて、してなんぼでしょうに。後悔してるってことは、多少は気持ちが有ったんでしょ? それに、付き合ってみたら案外ライアスくん良い人かもよ?」


 と縁が励ましているところに、あの綺麗なエメラルドグリーンの髪をした、アンクが屋上へ入るためのドアを開けて入ってきた。

 そして、私たちに対して淡々と言った。


「あら、ここには目的の物は無いのかしら。有る気がしたんだけど……ライアスがご執心だからあなたが持ってると思ってたわ」


 そういって、あの冷たい目線で私たちを見た。

 そして続ける。


「ごめんなさいね。ライアスもあたしも、目的としてはあなたが持ってるであろう『琥珀』が目的なのよ。早く受け取って、あたしたちは帰らないといけないの」


 一瞬、何を言ってるのか分からなかった。琥珀? 目的? ……帰る?


「分かりやすく言った方が良いかしら?」


 アンクはため息交じりに、やれやれ、と話し始めた。


「あたしたちは、魔術師が作り出した“ホムンクルス”、つまり、人造人間なのよ。でなきゃ、こんなに美しい外見をしているわけがないでしょ? ああ、安心なさい。あたしたちは“恋愛感情”なんて持ってない。作り物ですもの。でも、自分たちの武器が何かは分かってる。こういう美しい外見を持ってれば、あなた方人間は平気で股を開く生き物だと、遠い昔から変わらない。……猿の頃からね。だから、あなたと結婚をして、早々に『琥珀』を奪えば、あなたに用は無いの。それでよかったはずなんだけど……」


 アンクは大きく息を吸い込んでから言った。怒気を孕んだその眼が、私を見る。


「どういう訳か、あんたには『琥珀』の加護が沁みついてる。流石は幸切(さちきり)、いや、賽切(さいきり)の末裔ね……相も変わらず、魔術師世界の面汚しの裏切り者め! あたしが来た理由は単純だ。ライアスの馬鹿がいつまでたっても摂ってこないから、代わりにあたしが催促にきたのさ」


 そう言いながら、アンクはどこからか手のひら大の巨大なエメラルドの宝石を取り出した。


「恋愛なんぞという幻想を見てれば、適当にやる事やってりゃ、あたしが来ることも無かったのに! 面倒な事の処理をあたしがして、さっさと計画を次に進めたいんだよ! あたしの主様方はね!」


 アンクの手のひらの上のエメラルドが緑の輝きを放ち、ミラーボールのように回り始める。そして、屋上の端にはる手すりが音を立ててひん曲がり、ねじ切れて何処かへ飛んで行った。と、思った次の瞬間、私の体は見えない何かに引きずられ、手すりの無くなった場所へ、屋上の外へと投げ出された。屋上が、その上に居る縁やアンクが遠くに見える。青空が視界に入って、逆さまになった学校の校舎が見える。そして、固いコンクリートの地面が……

 目の前で止まった。


「よし、間に合った」


 ライアスの声がした。私の片足を持って、空中で、地面まで残り1mのところに立っている。


「ら、ライアス?」

「おや、今日は準備万端にブルマを穿いているのか。ハイキックの際に見れるのを楽しみにいや待て冗談だ、今離すと恵璃も痛いぞ、な?」


 必死に私はスカートを抑えながら、ライアスを睨んだ。ともかく、私は無事に地面に降ろされた。


「ライアス、あの……その……」

「すまない。まさか、実力行使に出られるとは思ってなくてね。反応や助けが遅れてしまった、という訳さ」

「……」

「どうしたんだ? いつもみたく、拳が飛んでこないが……?」

「魔術師、って? 『琥珀』ってこれの事? それから“ホムンクルス”には恋愛感情が……」


 私は自分の首から、祖父の形見である琥珀のブローチを取り出した。これが目的で、ライアスは私に執拗に迫ってた、そうアンクは言ってた。信じられない、信じたくないけど、実際に目の前で魔法を使われたら……それ以下の信じにくいことなんて全部、かすんでしまうきがする。


「うーん、なるほど、説明をしたいのは山々なんだが……萩野さんがまだ屋上にいるのだろう? あの主人にしてあの従者有り、アンクのことだから交渉材料に使われかねない。萩野さんを救出をすべきだろうな」

「……あの、私、その、なんていうか……なんだか……」

「なんだか? どうし、んん!? え、ちょ、ちょっと、ま」


 私は、胸の中にある何かに喉元を絞められるような、鼻の奥にわずかな痛みのような物を感じ、目の前がかすんで、気が付けば涙が止まらなくなっていた。



 ともかく、私たちは場所を移した。琥珀のブローチは小さいころに祖父が無くなり、その時父から形見分けとして与えられたものだ。以来、ずっと私と共にある。

 ライアスは私が泣き止むまでの間、空き教室の一室に私と共に立てこもり、その教室の回りを何か聞いたことのない言葉を繰り返しながらぐるぐるとまわっていた。

 そして、私が泣き止んだ頃、私の前に、いつもよりはるかに遠い……普通の男友達が相対するぐらいの距離を置いて、話し始めた。


「聞いての通り、俺らは“ホムンクルス”、第五物質と水銀と硫黄と塩と人の精とを四台元素の元に作り出された、人造人間だ。魔術師の……まぁ、総本山の命令で、恵璃の持つ琥珀に用が有ってきた。他でもなく、君の祖父、賽切 源治(さいきり げんじ)は魔術師だった。しかも、公明で尊大で……裏切り者だった」


 ライアスは私が言葉を飲み込むまで待ってから、続きを言おうとしている様だった。


「魔術師は、いや、魔術には媒体となる宝石が必要になる。それぞれの体質や属性に有った宝石が有れば、魔術は強力になる。アンクがエメラルドを使っているのはそれが理由だ。そして、同時に、魔術師が使い込んでいた宝石は強力な霊力を帯びる。ただの宝石じゃなく、魔術の道具になるのさ。だから、魔術師の総本山はそれが欲しい。賽の神の切り盛りをする一族の霊石である、君のブローチの琥珀が……」

「それで、この『琥珀』が目的だったの?」


 ライアスはいままで見せた事ない、困ったような顔で笑いながら言った。


「魔術師の総本山は、ね。それで、魔術師の故郷である、あー、まあ、魔法界みたいなところに帰ろうとしてるんだよ。というより、君のおじいさんは帰った事が有るらしい。だから、その霊石を調べれば、帰り方が分かるかもしれない。という事らしいね。……で、君のおじいさんと縁深い俺が、君から琥珀を持ってくるように命令を与えられたんだが……見事なプロテクトが働いててね。要するに、君のおじいさんが『わしの孫が心開いた相手じゃなきゃダメ!』と……あのじいさんの言いそうなことだよな、まったく」

「? もしかして、祖父を知ってるの?」


 ライアスは頭をかいて、恥ずかしそうに言った。


「まぁ、その……俺は、君のおじいさんの従者、つまり、その琥珀で作られた“ホムンクルス”なんだよ。君のおじいさんは変わってた。偏屈、というか、変人、だね。はは、人の祖父を変人呼ばわりとは、なかなか……うん、すまない」

「ううん、その、どんな人だったの? 私、小さかったから……」

「ああ、そのころ、俺は君に会ってるはずなんだ。そして……」


 そういって、ライアスは恐る恐るという具合に、私に近づいた。一歩一歩、ちょっとづつ。


「あの頃から、俺は君にまた会いたいと、君を守りたいと、そう思ってきた」


 ライアスはそう言って、私の頬に手を伸ばして、そして、笑いながらその手をひっこめた。


「ま、本来、魔術師は“ホムンクルス”を道具として扱うんだが、彼は違った。人間の子供の用に扱われたよ。礼儀や気配り、言葉に芸術、教養なんて“ホムンクルス”には必要ないのにな……もっとも、あのじいさんことだから、俺がこうして恵璃の前に現れるのを予想していたかもしれないが……ともかく、食えないじいさんだよ。……でもまぁ、魔術師の中ではかなりマシな、優しい人だったかな」

「じゃあ、度々、その、殴っちゃったりしてたのって……?」

「十中八九、じいさんが俺に宛てた『わしの孫に相応しくなったか見てやる!』ってことだと思うな。そういう人だった」

「そっか……だからだったんだ……」


 ライアスはどこからか、指先程度の小さな琥珀を取り出した。そして私に手をさし出して言った。


「さて、そんじゃ、萩野さんを助けに行こうか。そろそろアンクが痺れを切らして、山姥みたいになってるだろうさ」


 私は頷き、ライアスの手を取った。と、突然ライアスは立ち止まり、私に向きなおって言った。


「ああ、それから、一つ頼まれてくれないだろうか? 大事な事なんだ」











「遅い!」


 屋上に出た時、校庭の木が一本丸々私たちに向かって投げられるのを見た。ような気がしたのだが、次の瞬間には私たちはアンクの真後ろへと移動しており、屋上への入り口のドアが大木で拉げているのを、アンクの後ろから見ていた。

 なにが起こったのか分からないでいる私に、ライアスが隣で優しく微笑んだ。


「え? あれ? ライアス、今……」

「ま、女性をエスコートするのには慣れてる」


 アンクは美しかったエメラルドグリーンの髪を振り乱しかき乱し、ライアスが言った通りの山姥のような姿となっていた。

 そんなアンクにライアスが言う。


「で、萩野さんはどうしたのかな?」

「お前らが来るのが遅いから、そこから吊るしてあるわ。ああ、安心なさい。無関係の人間は殺すべきではない、と言われてるの……とはいえ、そのうち出血多量で死ぬわ」


 そういって、屋上の手すりの無い部分の端に縛り付けてあるロープをアンクを指さした。私はその指さす先へ向かい、頭を出して覗き込んだ。


「縁! 大丈夫!?」


 大声で話しかけるが答えは無い。


「勘の鈍い子ね。いい加減に気づきなさいよ。魔術の素養も無い人間は、とっくにみんな気絶状態なのよ。ここに来るまで誰にも会わなかったの? それとも、会わせずに終わらせるつもりだったのかしら、ライアス?」


 アンクの問いかけにライアスはため息をついた。


「野暮だね、君は。俺は、俺の判断基準は恵璃その人だ。だから、彼女が傷つかない方法を選んだ。それだけだ」

「そう、でも、あなたが死んだら、彼女は悲しむんじゃないかしら? ああ、それとも、まだ“落せて”ないの? なら死んでも悲しまないかもね」

「おいおい、勘違いするな。俺が持ってる指先大の琥珀で、そんな大きなエメラルドなんて相手に出来るか。素直に渡すよ。彼女から琥珀を預かってる。これで任務達成だ」


 そう言って、ライアスは私が事前に渡しておいたブローチを取り出した。そして、そのブローチをそのままアンクへ投げ渡した。


「悪いな、恵璃、ここまでだ。いや、楽しかったよ」

「え? え? ライアス?」

「だから、作り話さ。元々、任務の為さ。本気で恋をしてるつもりになったか? 人間は平気で恋愛をする生き物だな」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 アンクが納得したとばかりに鼻で笑って渡されたブローチを見た。


「ああ、そう。そういうこと。なんだ、やればできるじゃないの、ライアス。そうよ。恋愛は武器で道具、そのためのデバイス。うまく扱ったわね」

「んじゃ、帰ろうぜ。さっさとな」

「……いいえ、ダメよ」


 そういって、アンクが私を見た。


「あの女、裏切り者の血族の始末も言われてるのよ」

「なに? そうなのか?」


 ライアスが驚いた様子でアンクと私を交互に見た。

 そして、アンクの手の中で緑の輝きが一層強くなった次の瞬間


「じゃ、演技はここまでだな」


 いつの間にか、ライアスは私とアンクの間に立っていた。しかも、私の傍には縛られたまま縁がぐったりした様子とはいえ傍に居て、ライアスの手には琥珀が、ブローチにはまっていた琥珀を抜き取った物が収まって、煌々と輝きを放っていた。

 なにが起きたのか、アンクすら理解して居ないようだった。そして、理解するより先に、アンクは自身の体の異変に気付いた。ライアスの琥珀を持っていない方の手には、アンクのエメラルドを握っていた手が、手首より先が切り取られて握られていた。

 痛みでうめくアンクにライアスが言う。


「帰って伝えろ。ライアス・アンバー・イグジットは賽の神の一族に“表帰る(寝返る)”。賽切の琥珀奪取任務を放棄し、我が創造主、琥珀の源治の最後の命を果たす永久任務に就く」

「ば、ばかめ……あたしが帰ったところで……次は魔術師が来るぞ! そうなれば、こんなぬるい結果になどなるものか! 覚えてろ……覚えてろよ! おまええええええ!!」

「ふん……いいから帰れ。レディーはともかく、無作法者へのエスコートの方法は習ってない」


 ライアスはアンクの手を投げ返した。と同時に緑の光に包まれて、アンクは姿を消した。

 アンクが帰った直後、世界は時間がまた動き出したように、何事もなかったように進み始めた。いつものせわしない日常に。いつもの切ない日常に。




 

 それまでの日々は、なかなか整理が追いつかなかった気がする。きっとそういう物なのだろうと、今の私は思う。ともかく、今私がすべきことは……

 と、私の視界の端にライアスが映った。すると、ライアスは私に一目散に笑顔で駆けてきて言う。


「やぁやぁ恵璃。今日もまた可愛らしい。おや、シャンプーを変えたのかな? 一段と良い香りがするじゃないか……」

「あ、あの……」


 と一通り言い終えて身構えるライアスに対して、私は言った。


「結婚とか、まだそんなの考えられなくて……でも、良ければ、その、まずは……友達から、で、どう……だろう?」

「……つ、つまり?」


 私は改めて言葉に出すのが恥ずかしかった。恥ずかしいあまり、今度は自分の意志で……思いっきりビンタを放って逃げてしまった。

 なかなか、私の恋は前途多難のようです。御祖父さん、加護はもう外していいです。





いやはや

実に難産でした

浮かばないったらない……


宝石を媒介に魔術を行う、というのは前々から用意してました

最初の案では「ハガレン」の第一巻みたく、物量に任せた阿呆なド三流を相手に勝つお話の予定でした

しかし

いざ書いてみたら青春恋愛要素が……なぜこうなった

でも

「×つかなきゃ良い」とかいう恋愛観は書いてて自然に出ましたが

これはどう考えても青春の恋愛じゃないよなw ドロドロした臭さが有るぜww



ここまでお読みいただき ありがとうございました

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