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8話

かなり久しぶりの更新です。色々と浮気してました。

すみません(^^ゞ

「ひどい顔ね。リリィ。」



 早朝に他家を訪れるという暴挙に出ておいて、さらに暴言を吐いた女性にリリティアは苦笑を返す。


 波打つ濃い金色の髪に、深い青の瞳。胸元は豊かなのに、手足はすらりと伸びて、余計な肉が付いていない。濃い赤のドレスに身を包んだ彼女は、ぷっくりした赤い唇を笑みの形に歪めた。妖艶と評するのに相応しい美女。あまり胸の辺りに自信のないリリティアは、同い年とは思えない彼女にいつもため息をついてしまう。



「おはよう。マティルダ。早くからどうしたの?」



 明け方近くまで眠れなかったリリティアを、侍女が慌てて起こしに来た。取りあえず、人前に出ても見苦しくないくらいに整えて、急かされるまま応接室まで出てきたのだ。侍女たちが慌てるのは尤もで、彼女はこの国の上位貴族。しかも王族の血筋に近い侯爵家。上位貴族の中でも1位、2位を争う家柄のご令嬢だ。


 ただ、本人はその地位が煩わしいようで、友人となったリリティアにも気軽に接するよう要請してくる。少しでも畏まった言い方をすると叱責が飛んでくるので、リリティアも普通に話すことに慣れてしまった。


彼女との出会いは学院に入学してすぐの頃からだから、付き合いは1年と少ししか経っていない。身分も見た目も性格も何もかも違うのに、マティルダと仲良くなるのに時間は掛からなかった。何故だかずっと前から知っているような不思議な安心感があったのだ。



「わたくしが問いたいわ。そのひどい顔の理由をね。」


「・・・そんなにひどい顔してるかしら。」


 器用に片眉を上げたマティルダに、まじまじと顔を見つめられる。一応、薄く化粧を施して顔色の悪さを隠したつもりだったのだが、マティルダには通用しなかったらしい。リリティアは、両手を頬にあてて眉尻を下げた。


「自覚がないなら、なお悪いですわ。はぐらかしてもダメですわよ。きちんと説明していただけるまで、学院には行かせられなくてよ。」


 優雅に紅茶を口に運んだマティルダは、カップを戻しつつ、部屋にいる侍女たちを視線一つで下がらせた。他家に仕える侍女を自然に従える様は、まさに生まれながらのお姫様と納得させられる。マティルダの視線の強さに負けて、リリティアも彼女と向き合う形で腰かけた。



「それで?何をそんなに悩んでいるのかしら?」


「・・・それは・・。」


 真っ直ぐに見つめられて、たじろぐ。深い青の双眸が、嘘や誤魔化しを拒絶していた。すっと、マティルダの瞳が眇められる。


「・・やはりそうですのね。リリィのここ最近の体調の悪さは、そこに原因があるのでしょう?同じクラスでなくても、リリィの様子くらい知っていてよ。」


「・・・・。」


「わたくしにも話せない事なのかしら?」


 厳しく追及するように見せかけて、でもきちんと逃げ道を残してくれる。それが、マティルダの優しさだとリリティアは、知っていた。面倒見がよくて、優しい人だから、巻き込みたくない。けれど、嘘も付きたくなかった。


 リリティアは緩く首を横に振る。


「・・・どう、説明したらいいのか・・・わからなくて・・。」


 事の発端であり、原因である『占い』を話さずにリリティアの窮状を訴えるのは、とても難しい。



「いいわ。それでしたら、わたくしの質問に『はい』か『いいえ』で答えてちょうだい。首を縦か横に振るだけでもいいわ。よろしくて?」


「う、うん。」


 美女というのは、その存在だけで他を圧倒する力があるように思う。マティルダに出会うまではそんな事を考えたこともなかったが。その視線一つ、微笑み一つで、周囲を動かしてしまう彼女を見ていると、羨ましいを通り越して空恐ろしいものを感じてしまう。


「単刀直入に聞くわ。リリィ、あなた。数日前に『占い』に行ったでしょう?」


「・・!」


 あまりにも唐突に落とされた爆弾に、肩が大きく震え上がった。同時に後悔の念が押し寄せる。これでは返事をする前に、『占い』で『何か』があったと示しているようなものだ。恐る恐るマティルダの表情を窺うと、それはもう作り物のような、綺麗な微笑みを浮かべていた。温度の一切感じられないその微笑みに、リリティアの背筋が凍りつく。



 マティルダが優雅な仕草で、自身の手を頬に添え、小首を傾げる。女神のような美しさだが、その瞳はどう見ても獲物を弄ぶ肉食獣の目だった。


「リリィ。その『占い』で何があったのか、話してくださるわよね?」


 恐ろしいほど優しい声音に、リリティアは全力で逃げたくなった。だが、しかし、体は縫いとめられたように動かない。圧倒的な強者を前にした弱者とは、こういう状態なのだろうか。


(・・・落ち着いて。しっかりしなくちゃ。)


 大きく脈打つ心臓を宥めるように、胸の前で両手を握り合わせる。呼吸を意識的に深くして、頭を冷やしていく。


(大丈夫。別に動揺するようなことじゃないわ。)


 そもそも、リリティアが『占い』に行ったことは、周知の事実だ。『占い』を勧めてくれた友人は、現在、王都を離れて父親が治める領地へと戻っているが、占いの店まで連れて行ってくれた御者や、一部の使用人たちは当然のように知っている。情報が命運を左右するような貴族社会で、社交界の華たるマティルダがそのくらいの情報を手に入れることなど、造作もないだろう。


 おそらく、洗い浚い全て告白してしまえば、マティルダはあらゆる手を使って助けてくれるだろう。それこそ、リリティアが気付けないような、小さな危険さえもあっさり潰してしまえるほど。そのくらい彼女は優秀だ。


 本音を言えば、頼ってしまいたい。ぐるぐると同じところを回っている現状から救ってほしい。昨夜だって、誰かに相談できればと考えていたのだ。



 でも、出来ない。ある可能性に気づいてしまったから。


だから、返事は最初から決まっている。


「リリィ?」


 返事を促す声は、優しい。そっとマティルダに視線を戻すと、心配そうな深い青の瞳とぶつかる。一瞬、泣きそうになって、慌てて視線を下ろした。


「・・・ごめんなさい。マティルダ。」


 視線を上げられないままスカートを握りしめて、そう答えるのがやっとだった。マティルダの厚意を拒絶する言葉が、苦く口の中に残る。


 誰か助けてほしいと叫ぶ心を押さえつけて、差し出された手を取らないのは、仕方がないとはいえ、辛い選択だ。


 でも、変に巻き込んで彼女を傷つけるのは、もっと嫌だった。



 マティルダは、貴族の中でも上位の貴族。『国』と『家』に対する責任の重さが、リリティアとは比較にならない。


 もしも、マティルダに協力を仰いでも、結果的にリリティアが『闇落ち』するようなことがあれば、責任を問われてしまう。我が国の調査機関は、とても優秀だ。最悪『占い』のことまで嗅ぎ付けてしまう可能性だってないとは言えない。


『 占い』を知りながら隠匿したと糾弾されれば、マティルダは国家反逆罪で処刑されかねない。マティルダだけでなく、マティルダの家族もきっとただではすまない。それだけは何としても避けなければ。


 『最悪』を想定しすぎだと自分でも思う。でもその可能性に気づいていて、あえて危険を冒す気にはどうしてもなれなかった。


 静まり返った部屋の中で、ふっと、吐息の漏れる音が聞こえた。


「・・・頑固ね。」


(・・どうしよう。嫌われちゃったかしら・・・?)


 ゆるゆると顔を上げると、マティルダは呆れたような微苦笑を浮かべていた。どうやら怒ってはいないらしい。その事に、ほっと息を漏らした。


「これ以上、聞いても無駄ですわね。リリィは頑固者ですもの。その代り、次の質問には答えて頂きますわよ。あなた、アルフレート様を避けているようですわね。アルフレート様に何かされまして?」


 急に出てきたアルフレートの名前に、収まりかけていた心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。動揺が顔に出てしまったようで、マティルダの顔から表情が消えた。


(どうしよう!目が、据わってる!)


 一気に不穏な気配がマティルダからあふれ出す。


「アルフレート様に不埒な真似でもされたのなら・・・。」


「違う!されてない!されてないから!」


(怖い!怖いよ!!マティルダ!)


 慌てて全力で首を振ると、疑わしそうな視線を向けてくる。


「本当に、本当だから!」


 言葉を重ねて、目でも『嘘はついていません』と訴えると、ようやく疑いの眼差しを解いてくれた。本人のいない所で、不名誉極まりない疑惑をマティルダに抱かせてしまったようで、アルフレートに申し訳ない。



「・・・もし、そんな事をしたのなら、色々な意味で潰して差し上げたのに。」


 低く呟かれた声は、聞こえなかった事にしよう。リリティアは思わず遠くを眺めた。リリティアの精神の安定のためにも、『色々』について掘り下げてはいけない。マティルダの身分的に考えても、『色々』が実行可能であるとか、決して気づいては駄目だ。


「なら、『占い』に関係があるのね?意味もなくリリィが特定の人を避けるなんて、有り得ませんもの。」


「それは・・。」


「そんな不安そうな顔しないでちょうだい。わたくしはリリィの味方よ?」


 労わるような眼差しと声に、泣きそうになる。自分の事情を全く話さないのに、それでも無条件で手を差し伸べようとしてくれる友人が、心の底から有難かった。


 マティルダの目がすっと、細められる。


「アルフレート様の存在が、リリィを苦しめるのなら、全力で排除いたしますわ。」


「・・誤解しないでね?アルフレート様は何も悪くないの。」


「ふふ。もちろん、解っていましてよ?」


 美しすぎる微笑みに、若干、不安になりつつもリリティアはそれ以上の言葉を飲み込んだ。


(・・・そういえば、マティルダって、アルフレート様のこと、あまり好きじゃないみたいよね。)


 話題に上がるといつも、ちょっとだけ不愉快そうな顔をする。他の人たちはどうやら気付いていないようだけど。


(直接の面識はないはずなのに、変ね。)


 アルフレートはとても、人当たりが良い。嫌う要素などないような気がするのだが。


「リリィが話したくないのなら、『占い』の事は聞きませんわ。でも、リリィが不安な毎日を過ごさなくていいように、協力はさせてくださる?そんなひどい顔をしたリリィを、ただ黙って見てるなんて、ごめんですわ。」


「・・ありがとう。マティルダ。」


「とりあえず、アルフレート様に近づきたくないのでしょう?それから?」


 リリティアは迷ったあげく、残り二人の名前を告げた。


「エドルド・フィッシャー様に、ミリア・クライン嬢ね。リリィとはあまり接点のない人たちですわね。」


「そう・・、だけど・・。」


「こら!暗い顔しては駄目よ!」


 思わず俯きそうになる顔を、マティルダの両手で挟まれた。ほぼ強制的に顔を上げさせられる。驚いて目の前のマティルダを凝視すると、マティルダは可笑しそうに笑った。


「このわたくしが、協力するのよ?悪い結果なんて起こりようがないわ。そうでしょう?」


「・・うん。そうね。」


 強い笑顔につられるようにリリティアも笑顔を返す。苦笑じみた情けない笑みだっただろうが、マティルダもとりあえず納得してくれたようだった。リリティアの両頬から白く華奢なマティルダの手が離れていく。


「さ、朝食もまだでしょう?待っているから、支度してしまいなさいな。それとも、今日はお休みする?」


「ううん。行くわ。でも、私を待っていたら、マティルダが遅刻しちゃうわ。今すぐ出れば、一時間目に間に合うわよ。」


「いいのよ。待ってるわ。リリィと一緒に登校したいんですもの。それに、一回授業に出なかったぐらいで、成績は下がりませんもの。」


 自信を覗かせる強い笑みに、リリティアは押されるように頷いた。確かに、授業の一度や二度、出席しなかったことぐらいで、マティルダの成績が下がるなど考えられない。彼女は、定期試験で学年5位以下の成績を取ったことがないという才女なのだ。


それに、リリティアと一緒に登校するということは、彼女の中で決定事項になっている。おそらく、説得しても時間の無駄に終わるだろう。マティルダはリリティアを頑固だというが、マティルダだって、十分頑固だということをリリティアは知っていた。


「急いで準備するわ。」


「ゆっくりでよろしくてよ?授業途中に入るつもりはありませんもの。二時間目に間に合えば、それでいいでしょう?」


「うん。でも、出来るだけ急ぐわ。そうすれば、マティルダとお話しする時間が増えるもの。」


 立ち上がりながらそう言うと、マティルダは少し驚いた顔をして、それから柔らかく微笑んだ。強い自信に裏打ちされた輝くような笑顔も素敵だが、こうやって穏やかに微笑むマティルダも実は大好きだったりする。しかも本当にたまにしか見せてくれない笑顔なので、とても貴重だ。マティルダの貴重な笑顔にほっこりしながら、学園に行く準備のために、自室に戻った。





これで主要人物は大体、出揃った感じですね。


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