表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3話


今夜は月が明るいようだ。

カーテンを閉ざしていても、淡い月明かりが室内に差し込んでいる。灯りを落としていても、完全な暗闇にはならず、ほんのりと明るい。


リリティアは、大きく息を吐き出した。意識的に身体から力を抜く。ほんのりと寝具から香るバラの匂いにマリアの心遣いを感じた。


 ーーーーーー・・・・・。


 目を閉じなくても、占いで見た『未来』は、はっきりと思い出せる。



 焼け付くような荒野で自分と対峙していたのは、二人の男女。

 藍色の髪と瞳を持つ青年は、リリティアもよく知る学院の有名人だ。


 『アルフレート・ダグラス』


 ダグラス男爵家の三男で、武芸に関しては天賦の才を持つと、現騎士団長のお墨付きをもらっている。


 彼の実家のダグラス家からして武門の家であり、優秀な騎士を多く輩出する家として広く知られていた。

 ダグラス家のすごい所は、どれだけ武勇に優れていても、教養を疎かにしない所だ。武芸のみに固執せず、学問の方でも優秀さを見せる。ダグラス家の中には、軍部とは無縁の官吏として働く者もいた。過去には宰相にまで上り詰めた人もいるのだ。『文武両道』がダグラス家の家訓だと聞いている。


 アルフレートも、将来を有望視される生徒が集まる学院にあって、学問の成績は上の中あたり。学問だけをとっても、十分優秀な生徒と言える。しかも、性格もとても優しく誠実であり、その上、顔も整っているとなれば、周りが放って置くわけがない。常に人の中心にいるような人だ。



 その彼、アルフレート・ダグラスとは、1年生の時から同じ教室で学んでいて、学院の行事などで何度か話をするうちに親しくなった。

 リリティアは目立たない生徒ではあるが、彼は誰にでも公平に接してくれる。『友人』と、言えなくもない。



 でも、未来の私は、彼に対して『私を裏切った』と言っていた。隠しようもないほどの憎悪を乗せて。


(・・アルフレート様が、私を裏切るって、どういうことかしら?)


 彼は、正義感の強い誠実な人だ。『裏切り』という言葉と、リリティアが知っている彼とが、全く結びつかない。


(・・・・でも。)

 アルフレートは、リリティアの罵る声を否定しなかった。いや、否定しないどころか、はっきりと肯定していた。悪いのは、自分だと。悪いことは悪いと認める潔さは、確かにリリティアの知るアルフレートらしい。


(未来の私が言う、『裏切り』って、何かしら?)


 自分自身が、自ら破滅の道を辿ってしまうほどの『裏切り』など想像もつかない。だが、未来の自分が感じていた、自身を焦がすほどの憎悪は間違いようがなく、同時にあんなにも人を憎むことの出来る自分が恐ろしかった。


(それに、あんなに大きな声で、人を正面から怒鳴りつけるなんて・・。)


 未来の自分とはいえ、リリティアには信じられない。幼いころから、貴族の一員として、立派な淑女になるためにと、厳しくしつけられている。大声を出すだけでも、はしたないとされるのに、感情のままに誰かを怒鳴るなど、考えられなかった。



(まるで、私が『私』じゃないみたい。)



 そこまで考えて、ふっとある存在が脳裏をよぎる。実際に目にはしていないけれど、未来のリリティアはその存在をはっきりと意識していた。


「・・・魔王。」


 肩に置かれた、ぞっとするほど冷たい手を思い出し、リリティアは慌てて上掛けを引き寄せ、丸くなる。


 その存在自体が、『忌むべき者』であり、『人類の敵』『恐怖の象徴』とされる。教科書や数々の文献に記されていることは、リリティアも当然知っていた。


 ――――――― だが、違う。


 未来で感じた『魔王』は、人類が敵うことなど有り得ないほど、強大な力を持っていた。その気になれば、いつでも世界を滅ぼせるほどの。『恐怖の象徴』などではない。彼そのものが『恐怖』であり、『破壊者』だ。


 リリティアは、強張った体からゆっくりと力を抜きつつ、恐怖心を心の中から追いやる。今現在、この場に『彼』はいないのだ。『魔王』が復活したなんて話も聞かない。大丈夫と自分に言い聞かせる。



 そういえば未来の自分は、『魔王』に対して、不思議とそれほどの恐怖を抱いていなかった。


(なぜかしら?)


 あの時『魔王』は、未来の私に『これで満足か』と問いかけてきた。


 それに、未来の私は、強く『闇』の影響を受けていたみたいだ。

 それは、・・・・・つまり。



(・・まさか、未来の私は、『魔王』の眷族?『魔王』の手下ということ?)



 ドクリっと大きく心臓が波打つ。


 自分自身の突飛な発想に動揺するが、そうでも考えなければ、辻褄が合わない。そもそも『魔王』の司る属性が『闇』なのだ。『闇』に落ちるとは、即ち魔王の元に下るということ。


 魔法を習う時、必ず一番初めに教えられる。『闇』に取り込まれることを『闇落ち』と言い、絶対に『忌避すべき現象』であると。


 体がぶるりと、大きく震えた。『闇落ち』には、二通りある。自ら望んで『闇』に落ちる場合。あるいは、もともとある強い負の感情を『闇』の力で増幅されて、結果『闇』に落ちる場合だ。


 未来のリリティアがどちらだったのかは、知りようがないが、『闇落ち』したのは、おそらく間違いない。


 『闇落ち』した人間は、破壊衝動が止まらないと授業で習った。そして『闇』が『闇』を呼び、やがて制御できなくなると、理性を無くし暴走する。破壊だけを目的とした化け物になるのだと。


(そんな!嫌よ!)


 リリティアは震える体を抱きしめ、唇を噛んだ。


 アルフレートに殺されるという衝撃的な未来を見てしまったせいで、今までその部分ばかり考えていた。何故、殺されなければならないのか。何故、死を受け入れようとしたのかなど、考えもしなかった。


(そんなの、絶対に嫌!『闇落ち』なんて・・怖い!どうしたらいいの?どうしたら・・)


 涙が、ボロボロと零れ落ちて、枕を濡らしてゆく。大声で泣き喚きたいのをぐっと我慢して、枕に顔を押し付けた。




『アンタがどんな未来を見たのかは分からないが、人と人との関係性を変えれば、未来が変わることもあろうさ。』




「関係性・・・。」


 ふと、老婆の言葉を思い出した。あの時は、アルフレートに殺されないために質問したのだが、老婆は確かにそう言っていた。


 未来の自分がアルフレートに向けていた強い憎悪。それは、アルフレートの『裏切り』にきっと起因している。アルフレートの隣にいた女の子。彼女にも、おそらく大きく関わっているのではないだろうか。あの現場にいた時点で、無関係とは思えない。


 あの女生徒には、見覚えがある。たしか平民の出の子で、急に大きな魔力が顕現したとか。扱いを誤ると危険と判断され、中途入学が許されたらしいと、噂になっていた。

 

 確か、名前は、ミリア・クライン。珍しいピンクブロンドの髪をしているので、人ごみの中でも目立っていた。特別クラスで魔法の制御を学んでいるらしく、リリティアとの接点はほぼ無い。せいぜい校内ですれ違うくらいだ。


(要は、裏切られないような関係性になれば良いということよね?)


 アルフレートとは、同じ教室で学ぶ『友人』という関係。

 『裏切り』という行為はそもそも、親しい関係でないと成り立たない。ということは、裏切られないようにするには、接点を無くせばいいのでは・・。『友人』ではなく、ただの『顔見知り』程度の関係性を築けばいいのではないだろうか。


(むしろ、積極的に嫌われた方が・・。でも、嫌われるって、どうやって?)


 そこまで考えて、リリティアは内心、首を傾げる。今まで、誰かに嫌われるよう努力した事などない。そのまま、嫌われる方法を頭の中で模索してみたが、全く考え付かなかった。


 リリティアは、小さくため息をついた。


(やっぱり、私に頑張って嫌われるというのは無理ね。)


 リリティアは、『友人からただの顔見知りになろう作戦』を採択することに決めた。

 彼はいつも沢山の友人に囲まれている。さりげなく距離を取っていけば、すぐに『友人』から『顔見知り』に格下げされるはずだ。そうすればきっと『裏切られる』こともなくて、彼を憎むことだってない。何らかの関係があるだろうミリアとも、接触しないように気を付けなければ。


(大丈夫。彼らと関わらないようにするだけだもの。私にだって出来るわ。)


 不安は火種のように燻り続けているけれど、やるべき方針が固まったことで、リリティアは崩れかけた心を立て直した。


(大丈夫。関係性が変われば、未来も変わるはずだもの。)


 ふっと、アルフレートの優しい微笑みが脳裏を過り、小さく心が痛んだがリリティアは気付かないふりをした。



ここまで読んで下さりありがとうございます。

不定期ですが、頑張って更新するので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ