2話
遅くなりましたが、更新しました。次はもう少し早めに投稿したいと思います。
「~~~~~~~っ!!」
声にならない悲鳴を上げて、リリティアは逃げた。
次の瞬間、何かが足に引っかかり、体が大きく傾ぐ。
体を支えるものを求めて手が宙を掻くが、無情にも手の届く範囲には何もなかった。そのまま大きな騒音を立てて、リリテイアは地面に投げ出された。
強かに打ちつけた腰と何処かに当たったらしい腕が痛みを訴える。
衝撃と痛みを堪えるためにぎゅっと両目を閉じた。少しして痛みが和らぐと、リリティアはそっと目を開け、恐る恐る周囲を見渡した。
体の下にあるのは、先ほどまでの乾いた大地ではなく、灰色の薄いカーペット。体の脇には木の椅子が倒れている。視線を上げてみると、黒い幕に覆われた狭い室内だと気づいた。
先ほどまでの焦げ付くような眩しい日差しとは真逆の、薄暗い室内。
「・・・ここは?」
「お嬢さん、大丈夫かね?」
呆然と零れた声とほぼ同時にしわがれた老婆の声が掛けられる。驚いて声のほうを向くと、黒いローブに身を包んだ、見るからに怪しげな老婆が、机の向こうから心配そうに覗き込んでいた。
「・・あ。」
リリティアは、老婆を見た瞬間、自分の置かれた状況をやっと思い出した。ここは、今話題の占いの店だ。
リリティア自身は占いに興味はなかったのだが、友人の一人から熱心に勧められ、一度だけならと了承したのを思い出す。友人はとても行動的であっという間に店の予約をとり、約束を反故にするわけにもいかず、気は進まないけれど店に立ち寄ったのだった。
「だ、大丈夫です。」
リリティアは慌てて立ち上がった。先ほどの一瞬の浮遊感、体の痛み、そして転がった椅子。どう考えても、盛大に転んだのだと理解すると、途端に恥ずかしくて顔が熱くなる。
老婆が机を回って、椅子を起こしてくれた。目線で椅子を勧められて、目礼しつつ、そろそろと椅子に腰を下ろした。
老婆は再び机を挟んだ正面に座りなおすと、身を縮めているリリティアに優しく微笑んだ。
「そんなに、驚くような未来が見えたのかね?」
「えっ?」
「水晶を通して、未来の一部を垣間見たのだろう。」
リリティアは、はっとして机の上に置かれた水晶を見た。この場に通されて、自分は老婆に促されるまま、この水晶に触れたのだ。心を落ち着けて、この水晶に触れれば、自分の未来が見えるのだと。
本音を言うと、半信半疑だった。友人は素敵な未来が見えるのだと、頬を紅潮させていたが、実際に自分が見たものはそんな生易しいものではなかった。
羞恥に上っていた体温が一気に下がる。
(・・あれが、私の未来?)
それが本当ならば、自分の未来には破滅しかない。向けられた白刃の煌めきが脳裏に甦って、リリティアはゾクリと身体を震わせる。無意識に手を握り合わせて、縋るような視線を老婆に向けた。怖ろしさに手が震える。
「・・ここで見た未来は、変えることは出来ないのですか?」
「そうだねぇ。未来というものは、本来、不確定なものだからね。絶対に見たとおりになるとも、絶対にならないとも言えないがね。ただ、現時点で一番可能性のある未来がお嬢さんの見た未来だよ。」
「一番可能性のある未来・・。」
「いいかい?お嬢さん、こういった占いで見る未来というのは、二通りある。一つは、あやふやだけど可能性の高い未来。もう一つは、避けられない未来だよ。多少状況は変わっても、必ず起こる未来というものはある。そういう未来を見られるのは、まれだけどね。人にはね、避けて通れない道というものがあるのさ。」
あんなにもはっきりと、現実味のある未来が『あやふやな未来』のはずがない。あれはきっと、『避けられない未来』だ。
「・・どうしても変えたいと思ったら、どうすれば良いのでしょう?」
リリティアが、両手を強く握りしめて真っ直ぐに老婆を見据えて問うと、老婆は少し困ったように眉を下げた。
「そうだねぇ。関わりを変えるしかないね。」
「関わり、ですか?」
「そう。アンタがどんな未来を見たのかは分からないが、人と人との関係性を変えれば、未来が変わることもあろうさ。」
・・・・――ピ、ピリリリリリ・・。
耳障りにならないほどの高い音が、狭い室内に響き渡った。老婆がそっと、机の隅に置いてあった木彫りの小鳥に手を触れると音がやむ。
「時間だね。もし、聞きたいことがあれば、またおいで。」
「・・ありがとう、ございました。」
リリティアはぎくしゃくと立ち上がり、老婆に頭を下げて、おぼつかない足取りで店を出た。表に停まっていた家の馬車に乗り込み、某と小さな窓から流れる町並みを眺める。
(関わりを変える。・・人と人との関わり、関係性を変える?)
先ほど見た『未来』と老婆の言葉が、ぐるぐると頭をかき混ぜて、考えがまとまらない。
「お嬢様、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
声を掛けられてふと我に返ると、見覚えのある扉が目の前にあった。物思いに耽っている間にいつの間にか、自分の部屋に到着したらしい。斜め後ろを振り返ると、黒いエプロンドレスに身をつつんだ妙齢の女性が立っていた。心配そうに顔を覗き込まれて、慌てて微笑を浮かべる。
「心配かけて、ごめんなさい。でも大丈夫よ。少し、疲れただけだから。」
「そうですか?では、今日はお早めに休まれた方がよろしいですね。すぐにお風呂の準備を致します。夕食も軽めの物をお部屋で召し上がれるよう手配いたしますね。」
リリティアが頷くと、彼女の動きは早かった。あっという間に、風呂の準備を整えると、リリティアを風呂場に押しやり、食事をさせ、ベッドに押し込んだ。
「何かございましたら、お呼び下さい。失礼いたします。」
ベッド脇で丁寧に頭を下げると、彼女は部屋を出て行った。我が家に仕える使用人たちは皆、優秀だが、リリティア付きの侍女である彼女はその中でも群を抜いていると思う。
リリティアより三歳年上の彼女、マリアとは彼此10年来の付き合いである。気心の知れた姉のような存在で、色々な面で助けてもらっている。今だって、心配しているはずなのに、こうして一人で考える時間をくれる。普段から表情の乏しいマリアは、誤解されがちだが、とても優しい。不器用で解りにくい優しさに、少し気分が浮上した。
(ちゃんと、考えなくちゃ。あんな未来、御免だもの。)