1話
初投稿です。設定など甘いです。広い心で読んで下さると助かります。更新は不定期です。
雲一つない晴天に浮かぶ自己主張の激しい太陽が、容赦なく大地を照りつけている。
雨の少ないこの地域では、草木は育ちにくく、大地は乾ききり、風が吹くたびに砂を巻き上げて、汗が滲む肌にまとわりつく。口の中までざらつく不快感に少女は眉を顰めた。
だが、口を閉ざしてしまうことは出来ない。より多くの酸素を体が求めていて、肩が大きく上下しているのを自分でもはっきりと自覚していた。
ぐらりと視界が歪んで、耐えられず膝を付く。硬い地面と粗い粒子の砂粒が膝に食い込んで、地味に痛い。しかし、そんなものに頓着していられるほどの余裕などなかった。少しでも気を緩めれば大地に突っ伏してしまいそうなのを、気力を振り絞って持ちこたえる。己の敗北はほぼ確定しているが、無様な姿を晒すのだけは嫌だった。
「もう、いいだろう。やめよう、リリィ。」
苦渋に満ちた声は、少し離れた正面から。男女二人分の足が、激しい戦いにより魔力汚染された黒い大地にしっかりと立っている。白いシャツに爽やかな青色チェックのパンツをすっきりと着こなした藍色の髪の青年と、同じく白いシャツに同じ青色チェックのジャンパースカートに身を包んだ少女が寄り添うようにそこに居た。一目で学院の制服だとわかる服に身を包んだ二人を睨み付ける。
少し前までは、自分にとっても身近で当たり前の光景として映っていたのに、今ではとてつもない疎外感を感じさせた。制服を着る彼らと自分の間には、決して超えられない壁があるのだと。
実際にその通りなのだが、不意に湧き上がる黒い感情を抑えることはできなかった。酷く傷つけてやりたい衝動に体が震える。
「・・あなたに何がわかるの?解るわけないわよね?私を裏切ったくせに!」
「リリィ・・。」
力を振り絞り叩き付けた言葉は、確かに彼を傷つけたようだった。いつも明るく笑う彼が、顔を歪めて視線を落とす。
そんな彼の腕にそっと触れる存在が居た。ふわふわのピンクブロンドの髪、大きなアメジスト色の瞳、華奢な身体。十人中十人が彼女を可愛らしいと評するだろう美少女。
青年の傍らで心配そうに、しかし確かな信頼のこもった目で、真っ直ぐに彼を見つめている。彼は視線を彼女に向けて、ふっと表情を緩めた。彼らのあからさまなまでの絆の深さに、唇を噛み締める。彼女が見せ付けるために行動したのではないことは、解っている。馬鹿が付くほどお人よしなのだ。そんなことは知っている。それでも、荒れ狂う心を静めることは出来なかった。
青年は少女から視線を逸らし、髪色と同じ藍色の双眸をこちらへ向けた。迷いのない真っ直ぐな眼差し。正義感の塊のような清廉さに、胃がムカムカする。
「リリィ。俺が君を傷つけてしまった。だから、俺は罵られても詰られても構わない。だけど!関係無い人たちを巻き込むのは、もうやめてくれ!」
「リリティア様が本当はお優しいこと、私、知ってます!私だけじゃないわ。学院のみんなだって!」
ここまで来て、まだ説得できると本気で思っているのだろうか。彼らの言葉に耳を貸すなど、有り得ない。いや、誰の言葉であろうと自分の中に渦巻く狂気は止めようがないのだ。
何度も思いとどまろうとした。何度も己の中の狂気から目を背けようとした。でも。無理だったのだ。世界を壊すか自分を壊すか、そのどちらかしか選択肢がなかった。そして、弱い私は、世界を壊すことを望んでしまった。今更、どうやって止まればいいと?
私は、自嘲を唇に刻む。走り出した狂気は止まらない。どうしても止めたいのなら、方法は一つしかなかった。
「これで満足か。リリティア。」
不意に、冷たい重みが肩に掛けられた。聞き覚えのある声。重みから肩に手を置かれたのだと解る。
感情の一切ない平坦な口調は、場違いなほど静かだった。振り仰いで彼の姿を確認しなくてもわかる。
さらさらと流れる銀の髪に底冷えするようなアイスブルーの瞳。感情を削ぎ落とした無表情。黙って立っているだけで、侵しがたいほど美しく怖ろしい『人類の敵』たる『魔王』その人だと。
リリティアに対峙する二人が、何の前触れもなく突然現れた彼に、強い警戒心を示した。見た目は美しい男性だが、その彼が纏う隠し切れない『異質』さに否が応にも反応せざるを得ないのだろう。
藍色の双眸が鋭くリリティアの横を見据え、魔法で顕現したブロードソードを『魔王』に向ける。
「貴様、リリィから離れろ!!」
「リリティア様!」
焦燥の滲む彼らの顔を、煩わしく思う。この『魔王』に彼らの攻撃など当たるはずもない。『魔王』にとっては、私も彼らも等しくどうでもいい存在なのだ。彼がその気になれば、指の一本、視線の一つさえ動かさず、ここにいる3人を殺すことができるだろう。
リリティアは前を見つめたまま、首肯した。そうか、と無機質な低い声が零れ落ちて、それは同時に終焉の合図だった。
『魔王』の手が肩から離れる。途端に体の奥に激しい熱を感じて、蹲る。目の前が真っ赤に染まるような錯覚さえ覚えて、両目を瞑り己を抱きしめるように腕を回した。
「リリィ!」
「来ないで!」
必死に身の内から膨れ上がろうとする力を押さえつける。直感で『暴走』だと判った。この体はすでに『魔王』の、いや、『闇』の影響を強く受けすぎている。一度、暴走を始めてしまえば、生身の人間が抵抗できる時間などごく僅かだろう。このままではやがて理性を失い、命尽きるまで破壊を続ける化け物となってしまう。
リリィはゆっくりと顔を上げ、藍色の髪の青年をひたと見据える。結末は最初から決まっていた。『魔王』がとっくに興味を失ってこの場を去っているのは、解っている。私がどうなろうと彼には興味がないのだ。だから。
「・・殺して。」
藍色の双眸が大きく見開かれる。体が拒絶するように、ぐらりと揺らいで僅かに後退した。ついで、激しく首を横に振る。
「出来るわけ、ないだろう!俺にとって、リリィは今でも大切な友人なんだ!」
「私を止めるには、それしか方法はない!わからないの!?」
「方法がないなんて、そんなはずはない!リリィを助ける方法が絶対あるはずだ!」
「馬鹿なこと言わないで!こうなったらもう、助からない!これ以上、私に苦しめって言うの!?」
怒鳴り返して睨み合う。
大声を張り上げたせいか、体を苛む痛みのせいか、涙が滲んできた。例え、今まで散々迷惑を掛けたとしても、理性を失って化け物に堕ちた姿だけは見られたくない。そんなことさえ解らないのか、この朴念仁は!
「・・リリティア様の言うとおりにしてあげましょう。」
「何を言い出すんだ!」
「あたしだって嫌!でも、もう見ていられないよ!リリティア様、ずっと苦しんでるんだよ?悲しんでるんだよ?自分でもどうしようもないんだよ!お願い!助けてあげて!あたしも一緒に罪を背負っていくから!」
青年に掴み掛からん勢いで、少女が捲くし立てた。強い瞳がひたと青年を見つめる。見た目のか弱さからは想像もつかないほど芯の強い女性なのだろう。
(ああ、こういう所が彼を惹きつけてやまないのかしら。)
『闇』に染まるような弱い自分では、勝てないはずだと妙に納得してしまう。揺れる藍色の瞳が徐々に、覚悟を決めていくのが解った。膨れ上がる力を押さえつけるのも、そろそろ限界が近い。
「・・お願い、早く。」
リリティアの苦痛が滲む擦れた声に、青年はゆっくりと向き直った。彼の苦悩が、真一文字に閉じられた唇に現れている。剣を持つ右手がゆっくりとリリティアに向けられた。藍色の瞳は落ち着いているように見えるが、剣先が僅かに震えている。
「・・さようなら。リリィ。」
「ありがとう。」
青年が動く。風きり音とともに白刃が真っ直ぐに振り下ろされる。リリティアは死を受け入れるため、目を閉じた。