Chapter 3 - 2
Chapter 3
2
「ちょっとぉぉお!こっち来ないでよ!しつこいわねぇ!」
突然少し先のほうから悲鳴が聞こえてきた。すぐさま駆けつけると、さっきの少女が獣人二匹に追いかけられていた。少女を襲っている獣人は、噂のグルフ族という魔物だろう。顔は狼に似ている。
「マリン!僕がヤツらを引きつけている間に、その人をどこか安全な場所へ!」
「はい!」
クリスが剣を抜いて、一匹の背中を斬りつけた。
「ゲアァア!」不意をつかれた獣人が悲痛の声をあげた。そして「こっちだ!」とクリスが少女とは反対方向へ走り出すと、斬られた獣人はクリスを追いかけた。それについてもう一匹も追いかける。
「さあ、今のうちです!隠れましょう!」
「え、ええ」
アクアは少女のもとへ駆け寄り、脇道の木の陰に隠れてクリスの様子を伺った。さすがはクリス、獣人二匹が相手だろうと、うまくかわしながら立ち回っている。
「やるわね、彼」アクアのとなりで少女がつぶやく。アクアはなんだか嬉しくなり、ふふっと笑った。
「そうなんです。昨日たくさんの敵を相手に、たった一人で倒したんですよ」
「ふーん、そう。でもそのわりには、たかだか二匹の魔物にいっぱいいっぱいな気がするけど」
たしかに彼女の言うとおり、クリスは一匹の攻撃をかわすのに精一杯だった。少しずつダメージを与えているみたいだが、このままではクリスの体力のほうが持たなさそうだ。
「……しかたないわねえ」
「え?」
少女は再び街道へ出て「どいて!」と言うと、呪文を唱え両手を大きくふりかざして叫んだ。「ファイアブレッド!」
小さな爆発とともに炎が敵に直撃する。そして燃え上がったかと思うと、あっという間に黒焦げになり、グルフ族はざらざらと崩れた。
「……うっ」
プーンとゴムの焼けるような、胸が悪くなりそうな臭いが周囲に充満した。あまりの臭いに、アクアは両手で口と鼻を覆ってその場に座り込んでしまった。
「ざっとこんなもんね!」少女は腰に手を当て、肩くらいまである髪をかきあげて得意そうに言った。
あんなにすごい魔法が使えるのなら最初から使っておけばいいのに、とアクアは思ったが、なんとなく怒られそうだったので言わなかった。
「ところで、あなたはどうして一人でこんなところにいたのですか?この辺りは、さっきみたいにグルフ族が暴れているそうですし」
「そうなんだけど、ちょっと人を探していたのよね」
「人ですか?」
「ええ」少女はひとつ溜め息をつくと、回想を始めた。
彼女の名前はルーン・トラスト。歳はアクアと同じ十七歳。大陸の南側に位置する、砂漠と平原の広がる国アレクサンド国の出身で、アクアと同じく魔法を操る。主に攻撃魔法が得意で、それだけでここまで乗り切ってきた。
「数日前、突然あたしが寝泊りしていた宿屋が襲われたの。襲ったのは、フードのついた黒いマントを着た三人組の男たちで、この宝玉を渡せって言ってきたの」と言いながら、ルーンはポーチからアクアの持っている宝玉と同じくらいの玉を取り出した。
「そ、それ、私の持っているものと同じ……」
「なんですって?」
ルーンの玉を見て、アクアも同じようにポーチから取り出して差し出した。
「ほんとだわ。あなた、どうしてそれを持ってるの?」
「これは代々伝わってきたものなのだけど……あなたこそどうして?」
「あたしは、とある小道具店で見つけたのよ。なんでも、この宝玉には不思議な力が宿っていて、持ち主の願い事を叶えてくれるっていう伝説があるらしくて。まあ、そんな迷信みたいなこと、あたしは信じないんだけど、格安だったし、記念にと思って買ったのよ」
アクアはルーンから宝玉を拝借し、自分の宝玉と交互に見た。だいぶ薄汚れてはいるが、玉から感じる不思議なオーラのようなものはまったく同じのようだ。
「持ち主の願い事を叶えてくれるなんて。私、そんなこと全然知らされていなかった……」
これを使っていれば、国は滅ばなかったかもしれない。なぜお父様はこれを使わなかったのだろうか。でももうそんなこと、お父様亡くなった今ではまったく知ることなんてできない。
「それで、幸い他にも武装した人たちがいたから、何とかそいつらは追っ払えたんだけど、いつまた襲ってくるか分からないじゃない?これからどうしようかと思っていた時に、偶然宿屋に寝泊りしていた占い師に、この場所で運命の者を待てって言われたの」
「占い師か。僕たちの時と同じだな」
「とにかく、わけが分からないままここに来たのはいいんだけど、なにしろ『運命の者』って言われても、どんな人なのか全然分かんないじゃない?だからもうどうでもいいわ。あなたたち、あたしについてきてちょうだい」
「悪いけど、僕たちこれからザリって町へ行く途中なんだ。それに、もし本当の『運命の者』が現れたりしたら……」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。じゃ、こうしない?あたしもそこへついて行ってあげるから、用が済んだら今度はあたしについてくるの。『運命の者』についてなんにも手がかりないし、そんな人、待ってるだけ時間の無駄よ」
アクアとクリスは、なんて無茶苦茶なんだという顔でお互いを見た。そして「ちょっと待ってくれ」と言うと、ルーンに背を向け相談し始めた。
「なんだか、このままだとこの人にうまく丸めこまれそうな気がするんだけど……」
「でもまあ、一人より二人、二人よりも三人のほうが安全に旅ができるし、なにより逆らったらめんどくさそうだ。とりあえず、ここはオーケーしておいたほうが……」
「そうですね……」
意見が合致したところで、二人は再びルーンのほうを見た。「……わかった、それでいいよ」
「決まりね。それじゃ、早いとこそのザリって町に行って、さっさと用を終わらせちゃいましょ!じゃ、あらためて自己紹介するわね。あたしはルーン・トラスト。魔法の使い手よ。よろしく」
「……クリスだ。クリス・アーチェイン。見てのとおり剣士だ」
「私はあなたと同じで魔法の使い手、マリン・アンドレスです。よろしくお願いします」
こうして半ば強引にルーンがくわわり、三人はザリの町へ向かうこととなったのだった。
to be continued...




