Chapter 3 - 1
Chapter 3
1
アクアとクリスを乗せた船が港に着いた。極寒の島であるノースアイランドとは違って暖かい。他の大陸では今、初夏を迎えていた。
「――で、この道をまっすぐ行けばいいんですね?」
船から降りた二人は、船着場にいた行商人にザリまでの道を教えてもらっていた。
「ああ、一本道だから間違うこともないだろう。ただし気をつけな。最近はこの辺りにタチの悪い獣人が出るらしいぞ」
「獣人ですか?」アクアの顔が強張る。
「大丈夫だよ。基本的に獣人は山や森の中に住んでいて、滅多に人里には近寄らないから」不安そうにしているアクアを見て、クリスが簡単に説明した。
「この辺に出没する獣人はグルフ族といって、特に気性が荒い種族らしいんだが、やつらも山の中に棲んでいる。だが、最近は事情が変わったらしくてな。ここ何十年かはとんと見かけなかったのに、つい一ヶ月ほど前から急に人里に下りてきて、人を襲ってるという話だ」
「それは妙ですね」
「ああ。ついこないだまでこの辺りは平和だったっていうのに、ずいぶんと物騒になったもんだ」
「グルフ族か。知能はどちらかといえば低い魔物だから、落ち着いて戦えばなんてことないかな。あと、たしか火に弱かった気がする」
つまりそれは、アクアが落ち着いて戦えるかが問題になってくるということだった。もし一匹だけではなく、二匹、三匹……いや、もっと多くのグループで襲って来られたら、落ち着いていられないだろう。確実にクリスの足手まといになってしまう。
「そ、そのグルフ族という魔物は、そんなに恐ろしいものなのですか?」
「大丈夫だよ。僕がついてる。君はサポートとして、魔法を使ってくれたらいいから。なにも絶対火じゃないと倒せないわけじゃないからね」
「はあ……」
大丈夫とは言ってくれるものの、やはり不安だった。アクアとしては、何事もなく無事に町へ着きたい気持ちでいっぱいだ。
「とにかくお前さんがたも気をつけてな。それじゃ、わしは先を急ぐので行かせてもらうぞ」そう言って、行商人は立ち去っていった。
「僕たちもそろそろ行くか。マリン、大丈夫?」
「ええ、たぶん……」そうは言いつつも、本当は全然大丈夫ではなかった。
「あはは、必ずしも襲われるとは限らないんだから、今からそんな心配しなくてもいいんだよ。それにしても、この大陸は暖かいな。むしろ暑いくらいだ」
ここへ着く前に、一応薄着に着替えてはいた。それでも冬物を着ているため、じっとしているだけで汗が出てくる。
港の入り口に貼ってあった周辺地図で道を再確認し、一応舗装された街道を歩き始めた。初めて見る外の世界。ほとんど城の中で過ごし、町へ出る時もお付きなしで歩くことは許されなかった自分にとって、こうして自由に外を歩けるとは夢にも思わなかった。
「あら、あそこに人が」
アクアが指差した先に、腰をかけるのにはちょうどいいくらいの石に座っている少女がいた。歳はアクアと同じくらいだろう。ずっと動かないところからして、きっと疲れて休んでいるのかもしれない。
「どうかしたのかい?」クリスが声をかけると、少女は少し驚いたような顔で彼を見た。
「別に。ちょっと歩き疲れて休んでいただけ。大丈夫よ」
少女は立ち上がってお尻についた小石や砂を払い落とすと、さっさと行ってしまった。
「……今の人はなんだったんでしょう」
「さあ?よく分からないけど、疲れが取れたんじゃないかな?まあ気にせず行こう」
何となく嫌な予感のする二人だったが、気にせず先を急ぐことにした。




