Chapter 2 - 2
Chapter 2
2
その夜、アクアは何かが燃えている音で目を覚ました。暖炉の火の音だろうか。だが、それにしては大きすぎる。
「マリン!早く起きて!」
突然そばで声が聞こえ、アクアはびっくりして飛び起きた。「どうしたのですか!?」
「魔物が突然町を襲ってきたんだ!あと、盗賊が……とにかく早く!」
「わ、わかりました」
「歩けるか?」とクリスがアクアの体を優しく支え、ベッドから下ろした。
右足をゆっくりと動かしてみる。するとそんなに痛みはなく、歩いても大丈夫そうだった。「ええ、大丈夫みたい」
「じゃあ早くここから出よう!」
クリスに連れられるまま急いで外に出ると、国が襲われた時のように町中が赤く燃え上がっていた。焼け落ちた民家には、無残にも逃げ遅れた町の人がぐったりと横たわっている。
「なんて酷い……。クリス、魔物はどこに!?」
アクアが周囲を見回しながらたずねると、クリスはアクアの後ろを指差した。その指先が差す方向を辿って振り返ると、そこには大きな柱のようなものがあった。しかし、それは大きなレッドドラゴンの足で、炎を吐きながらゆっくりと動いていた。
「なんて大きなドラゴン……」
「普通のドラゴンの倍はあるぞ。きっと誰かが召喚したのかもしれない」
「早く、町の人たちを安全な場所へ誘導しないと!」とは言ったものの、この町はスノーアイランドの最南端。近い町でもかなり歩かなければならない。それに今は夜。雪の森に避難させるのはかえって危険だし、一体どうすればいいのだろう。
あれこれ考えている間にも、被害は広がるばかり。アクアはどうしたらいいのか分からなくなっている。クリスはレッドドラゴンの炎をかわしながらも、襲ってくる盗賊たちと戦っていた。
「でやぁ!」
剣と剣のぶつかり合う音が響き渡る。炎を避けつつ敵とうまく戦うクリスの剣の腕は、なかなかのものだった。
「クリス!後ろ!」アクアが悲鳴をあげる。クリスが後ろを振り返る間もないうちに、盗賊の投げつけた手榴弾が爆発した。
「クリス――!!」
辺り一面が爆風に包まれる。アクアはその場に崩れ落ち、立ち上る煙柱をぼーっと見つめていた。
短かった。森の中で怪我をして倒れていたところを助けられ、一緒に旅をしようとまで言ってくれたのに。やっぱりすぐにこの町を出て行けば良かった。そうすれば町が襲われることはなかったし、クリスも死ななかった……。
ところが、しばらくして煙の中に人影がゆらりと浮かび上がり、どういうわけか中からクリスが無傷で出てきた。
「クリス……あなたどうして……」
アクアが急いで駆け寄る。しかしクリスの目を見て、アクアは触れようとしたその手を止めてしまった。彼の目はあの澄んだ青い瞳ではなく、殺気に満ちた赤い血のような瞳になっていた。
クリスは呆然としたアクアに気付く様子もなく、剣を手に持ったまま敵に近づいていった。
「くそ!妙な術を使いやがって!」
盗賊の一人がクリスに立ち向かっていった。そしてダガーで斬りつけようとしたが、クリスは造作もなく身を翻し、後ろの瓦礫の上に着地した。
「く、くそ!こいつ!」再び盗賊はクリスへ立ち向かった。
するとクリスは顔の前に剣を構え、静かに目を閉じた。
「なんだあ?こんなときにオネンネか?けっ、笑わせるな!」と、盗賊たちはクリスを指差して笑った。
しかし彼らの嘲笑に動じることもなく、クリスはゆっくり目を開けると、静かだが、重々しく言い放った。「奥義……かまいたちの舞!」
クリスが剣を振ると、ぶわっと風が巻き起こり、辺り一面を覆い隠した。
その後は何が起こっているのか、アクアは風圧で見ることはできなかった。かろうじて見えたのは、盗賊たちが悲鳴をあげて次々と倒れていく光景だった。そしてついに、レッドドラゴンさえも大きな音をたてて倒れた。
しばらくして、ようやく視界が開けてきた。ほとんどの盗賊たちは息絶え、なんとか生き残った盗賊も瀕死状態で動ける状態ではない。レッドドラゴンは完全に倒すことはやはりできなかったものの、相当ダメージを受けたようで、足を引きずりながら逃げようともがいていた。
「すごい……すごいわ、クリス」
アクアが呼びかけるとクリスは振り向いたが、その心はどこか遠くへ行ってしまったようだった。
「クリス?大丈夫ですか?クリス……クリス!」
「……あ……あれ?マリン?」と、クリスは肩を揺さぶられようやく我に返った。そしてまわりの異様な光景に気づき、目をしばたかせたままきょろきょろと見回した。「これは……一体どうしたんだ?」
「どうしたって、あなたが見事な剣技で倒したのですよ?」
「僕が?こんなに大勢の敵や、こんなに大きいドラゴンまで?」
クリスが信じられない、という顔でアクアを見た。どうやら敵を倒した時の記憶がないらしい。
「覚えてないのですか?」
「全然。敵の不意打ちをくらったところまでは覚えてるんだけど……」
どうやらクリスには何か隠された力があるらしい。今回はたまたまその力が発揮されたのかどうかは分からないが、とにかく無事でなによりだ。
「まあ、無理に思い出そうとしなくてもいいのですが……」
「よく分からないけど、そうだな」クリスが後ろ頭をかく。「あっ、見ろ!」
クリスが差す指の先、敵が倒れていたあたりに暗闇の空間が少しずつ広がっていた。その空間に盗賊やレッドドラゴンが飲み込まれていく。
「今度は何ですか!?」
「また新しい敵か!?」
二人は一歩後ろに後ずさって構えたが、暗闇の空間は敵をすべて飲み込むと、また徐々に小さくなっていった。そして一緒に暗闇に吸い込まれたのか、いつのまにか火災はおさまっており、再び町は夜の静寂に包まれいった。




