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aQuA -アクア-  作者: Jis
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Chapter 2 - 1

Chapter 2




 1




 **


 燃えさかる城、町。私は衛兵に連れられながら城の裏口を目指していた。しかし、途中でお父様の姿が見えないことに気がつく。必死に止めようとする衛兵の腕を振り払い、私はお父様のもとへと急いだ。


 王の部屋の扉は開いていた。おそるおそる部屋の中へ入ると、お父様は大量の血を流してうつぶせに倒れていた。あまりにも衝撃的な光景に、私は悲鳴をあげた。


 その声に反応したのか、お父様の手がぴくっと動いた。急いで駆け寄ると、お父様は最後の力を振り絞って、自分の眼に手を当てながら呪文を唱えた。一瞬周りが見えなくなり、私はあまりの眩しさに目を瞑った。


 やがて視界が元に戻ると、お父様の手には手のひらほどの美しい玉が乗っていた。そして、この玉が国に伝わる宝玉で、悪の手から守り抜かなければならないことを私に託し息絶えた……。


 **


「う……ん……」


 アクアはゆっくりと目を開けた。部屋の中は暖かく、窓の外から子どもの笑い声が聞こえてくる。そう、ここは凍てつく森の中ではない。昨夜、クリスという青年に助けられ、アクアは死を免れたのだ。


「ずいぶんうなされていたようだね」


 ベッドのすぐそばで、中年の女性がアクアを心配そうに見ていた。少し白髪の混じった茶色い髪を後ろに束ねた、細身の女性だった。


「あの、あなたは?」

「私かい?私はサハラ。この宿屋のおかみだよ」

「おかみ?」


 聞きなれない言葉にアクアは戸惑っていた。わけが分からないという顔をしているアクアに、サハラは驚いた顔をしたが、ふふっと笑って腰に手をあてた。


「おかみというのは、店を仕切っている女のことだよ。もともとはあたしの旦那が、旦那の両親から受け継ぐはずだったんだけど、あの人ったら、『この国を守りたい!』とか柄にもないこと言っちゃって、お城へ入隊しちゃったのさ。この宿屋は潰すつもりでいたらしいけど、なんだかんだで百年ほど続いてる宿屋だし、潰すのはもったいないからあたしが引き継いだのさ」

「お城へ……」


 おかみの言葉を聞いて、アクアの顔は蒼白になった。


 昨夜のうちに、兵士たちがどんどん殺されていくところを見ていた。若い者から中年の者まで、幅広い年齢層の兵士たちが戦いの中へ散っていった。もしかしたらその中に、おかみの夫もいたかもしれない。きっと数日のうちに訃報が届いて、彼女は夫の死を聞かされるだろう。そしてたった一人きりで、この宿屋を切り盛りしていかなければならないのだ。


「あんた、大丈夫かい?泣いているじゃないか」


「え……?」頬に手を当てると、いつのまにか目から溢れた涙がつたっていた。


「こ、これは、なんだか今の話に感動してしまって、つい……」とっさに下手な嘘をついてしまったが、まったく面識のない他人の話で泣くなんておかしいに決まっている。


「ありがとう。そんな感動的な話でもないんだけどねぇ。まあ、たしかに一人でこの宿屋を経営するのは大変だよ。小さな宿屋とはいえ、毎日シーツを新しくしたり、掃除したりするのは体力がいる。何人かバイトを雇ったりしてなんとかなってるけどね。でも、あの人がお城で頑張ってるんだから、あたしだって頑張ろうって思えるんだよ」


 どうやらおかみは不審に思っていないようだ。親切にハンドタオルまで差し出し、「ほら、これで涙を拭きなさい」と言った。


「……きっと、旦那様もあなたと同じ気持ちでいると思います」


 国がどうなっているのか知らないおかみに言えることは、アクアにとってそれが精一杯だった。真実を告げてしまえば、きっと生きる気力を失くしてしまうかもしれない。


 アクアはなんとか話題を変えようとして、クリスがいないことに気がついた。


「そういえば、クリスはどこに行ったんでしょうか」


「クリス?ああ、あの青い瞳の青年かい?」と、おかみは思い出したように言った。「彼なら、今朝からあんたの傷に効く薬を買いに行ったよ」


 おかみが「そろそろ帰ってくるころだと思うんだけど」と言うのと同時に、トントンとドアをノックする音がした。二人がドアのほうを見ると、クリスが手に紙袋を持って入ってきた。


「やあ、目が覚めたかい?さっき魔法屋に行って、傷を早く治す飲み薬を買ってきたんだ。飲むといい」


 クリスは紙袋から小瓶を一本取り出すと、アクアに手渡した。それを小瓶を目の前で軽く振りながら、アクアは「不思議な色…」とつぶやく。いかにも魔法薬というような緑色だが透き通っていて、まるでエメラルドを溶かして液体にしたような、神秘的できれいな色だった。


 栓を開けると、微かにミントのような香りが漂う。アクアはぎゅっと目を閉じて、薬を一気に飲み干した。


「気分はどうだい?」

「なんだか、痛みが和らいでいくような気がする」


 魔法の薬というだけあって、さっそく効果が現れたのだろうか。針金が突き刺さってそのまま足に入っていったような激しい痛みが、まるで抜けていくように和らいでいく。


「その調子なら、すぐ良くなりそうだね。よし、滋養にいい食べ物を持ってくるから、ちょっと待っていなさい」と言って、おかみは厨房へ向かった。それから数分もたたないうちに、トレイに食事を乗せて戻ってきた。


「さ、このスープをあったかいうちにお飲み。作り置きだけど、薬草の粉末を入れておいたから栄養たっぷりだよ」


 スープを受け取り、一口含む。


「美味しい……」初めての庶民的な味だが、かなり美味しい。これが素朴な味というものだろうか。


「これはあたしのとっておきなんだよ。さ、もっと飲んでごらん」


 静かに味を一口一口かみしめながら、アクアはスープを飲み干し、一息ついてトレイに器を戻した。


「とても美味しかったです。どうもありがとうございました」


 おかみにトレイを差し出したが、おかみはアクアを見つめたまま動かなくなっていた。


「どうかしたのですか?」と声をかけると、おかみは我に返り、トレイに気づいて受け取った。


「あ、あら。悪いね、ちょっとぼーっとしてたみたいで。いやね、なんだかずいぶんお上品なお嬢さんだと思ってたものだから。もしかしてあんた、どこか裕福な家庭の娘さんで、家出してきたんじゃないのかい?」

「い、いえ、私はただの一般市民ですわ……じゃない、一般市民です。それに、家出でもないので大丈夫です」


 おかみは訝しそうな顔をしたが、それ以上追求はしてこなかった。


 このサハラさんといいクリスといい、どうしてこうも怪しんでくるのだろうか。やっぱりうまくなりきれてないのかしら……。


「おかみさん、彼女は世界が知りたくて家を出てきたんですよ。きちんと家族にも告げてるみたいですし。軽装なのは魔法を使うからですよ」

「あら、そうなのかい?悪かったねぇ疑ったりして。それじゃ、そろそろあたしは仕事があるから失礼するよ。ゆっくり休むんだよ」

「あ、は、はい。どうもありがとうございます」


 とっさにクリスが庇ってくれたおかげで、おかみの目はごまかせたようだった。おかみが部屋から出て行くと、アクアは額の冷や汗を手で拭った。


「クリス、どうもありがとうございます。おかみさんは勘違いしていたようでしたが、あなたのおかげで分かってくれたようです」

「たいしたことじゃないよ。さ、もう一眠りするといい。身体を休めておけば傷の治りも早いからね。それじゃ、おやすみ」


「おやすみなさい」と言って、クリスは静かに扉を閉めた。さっきまでにぎやかだった部屋が、再び静寂に包まれる。


 スープで体も温まり、薬を飲んで落ち着いたせいだろうか。アクアは瞼を閉じると、深い眠りに落ちていった。




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