Chapter 9 - 2
Chapter 9
2
ハイルランバーの都へ着く頃には、すっかり日も落ち夜になっていた。街灯がともり、都が美しく色付いている。しかし四人は、それを楽しむ余裕もないほど疲れ切っていた。
「あーあ、つっかれた!とにかくメシだメシ!宿屋に戻ってメシでも食おうぜ」
「そういえば、レオンも同じ宿屋だったな」
「この時間だと宿屋は人が多いでしょうね。よかったわね、あらかじめ取っておいて」
ルーンの言ったとおり、宿屋は混雑していた。いくら大きい町で宿はいくつかあるといっても、それに比例して人も多くなる。今夜の寝床を確保しようとカウンターに密集し、まるで競り場のようになっていた。あんな状態では、どこに誰がいるのか分からなくなりそうだ。
「どいたどいた!」
「ちょっと邪魔よ!どきなさい!」
レオンとルーンが人混みの中を掻き分けながら、カウンターまで辿り着いた。二人の発言や行動がどことなく似ているのは、元カップルだからなのだろうか。まるで息ぴったりである。
「それにしても、レオンと同じ宿屋だとはねぇ……なんて運が悪いのかしら」
部屋に戻ると、ルーンが心底嫌そうにため息をついた。
「そこまで嫌がるなんて……そういえば、レオンもそんな感じの反応だったわ。よっぽど悲惨な別れ方をしたんじゃ……そう、たとえばあまりにも強欲すぎてレオンが悲鳴をあげたとか……」
「……あんた、ここんとこはっきり言うようになったわね」ルーンが苦笑いしながらアクアを睨みつける。
「でもルーンならありえるな。ははっ」
クリスが悪戯に笑った。アクアもつられて笑っていたが、内心余計なことを言うべきではなかったと少し後悔していた。
「そんなのじゃないわよ。単にめんどくさくなっただけ。だってもともと、レオンのこと別に好きじゃなかったんですもの。いつまでも恋愛ごっこをするのも疲れるでしょ」
「またまた。本当は好きだったんだろ?」よせばいいものを、クリスが煽る。
「んもう、だから違うってば!あんまりしつこいと殴るわよ!それよりあたし、お腹空いてるの。さっさと食堂に行きましょ」
これ以上からかうと本当に鉄拳が飛んでくると判断したのか、クリスは肩をすくめながら「わかった」と手短に返事をした。
食堂は、たくさんの人で賑わっていた。アクアはこんな場所で食事をとることに少々気が引けたが、今は一般市民も同然。自分を納得させるしかなかった。
「で、これからどうするのよ」ルーンがドリンクをストローでかき混ぜながら二人を見渡す。
「どうするもこうするも、せっかくの手がかりをルーンが壊してしまったからなぁ」
クリスはため息をついた。そして、少しは反省してるのかと言いたげな目で、ルーンを見た。ルーンはそれに気付いたのか、「あら失礼……」と口をつぐむ。
「そういえば、ルーンが持っていた宝玉は、どこかの小道具店で買ったんだったっけ?」
「そうよ、今思えば胡散臭さたっぷりだったわ!あの店主、絶対ロクな目に遭わないこと分かってて、これをあたしに売り付けたんだわ!」
ルーンは当時のことを思い出し、わなわなと震え始めた。その小道具店の店主は、ルーンの高いプライドをおかしてしまったようだ。次に会った時は、必ず酷い目に遭うだろう。
「あと、ルーンに『運命の者と出会うだろう』と告げた占い師だ。僕らもこの大陸へ渡る前、雪の町フリージュで占い師に、『海を渡ると重要な人物に出会うだろう』て言われたんだ」
「そうでしたね。私たちにとって重要な人物とはルーンのことで、ルーンにとっても重要な人物は私たちで。ただの偶然とは思えません」
つまり、三人は必然的に出会うべくして出会った。“声”は宝玉のひとつが王族以外の手に渡ったことは予想外のようだったが、それも偶然ではなかったのだ。ウィンタリィル国が滅亡の危機に晒された時、アクア一人では立ち向かうことなど到底できなかっただろう。そのために、運命のいたずらで宝玉がルーンの手に渡り、アクアと出会わせたのだ。共に闘うために。
「これでやるべきことは決まったわね。それじゃ、さっそく明日あの店主とペテン師を締めに行きましょ!」ルーンがそう言いながら、フォークで真下にあったウインナーを突き刺す。真っ二つに割れたウインナーの片割れは、テーブルの上を転がっていった。
「それで、その場所はどこにあるんだ?」
「ここから南にある、グリル砂漠を越えたサウスホウスの町というところよ。砂漠を越えることになるから、乗合馬車に乗ったほうがいいわ」
乗合馬車というのは、よく貴族などが所有している馬車が公共のものになったようなもので、主に距離のある場所に移動する時に使われる交通手段である。料金はかかるが、遠くへ行くにも移動は徒歩だった昔に比べ、かなり早く移動できるようになり、交易もより盛んになった。
「私、砂漠は初めてだわ。そこはとてつもなく暑い地だと聞いています」
「そういえば、アクアはノースアイランドから出たことがないんだったね。たしかに砂漠はすごく暑い地帯だから、ずっと極寒の地で育ったアクアにはちょっときついかもしれないな」
「暑さでへばるんじゃない?あたしはこれまでの旅で鍛えられてるから平気だけど」ふふん、とルーンが得意そうに豪語する。
アクアは暑さに耐えられるかどうかよりも、砂漠とはいったいどんな所なのだろうかという期待のほうが大きかった。ただしその気持ちと期待は、明日砂漠に入ればすぐに消えてしまうことになるのだが、今のアクアはそれを知る由もない。
to be continued...




