Chapter 9 - 1
Chapter 9
1
「どうすんだよ、お前のせいで世界を救うヒントがなくなったぞ」レオンが白い目でルーンを見る。
「なっ、何よ!やっちゃったものは仕方ないじゃない!」
「お前が話をちゃんと最後まで聞いていれば、壊すこともなかっただろ」
「……」
ルーンは何も言えなくなりうなだれてしまった。彼女が悪いのは確かだが、容赦なく攻め立てるのも気の毒だ。
「とにかくここを出ましょう。一旦ハイルランバーの都に戻って、他の手がかりを探すしかないですね」
「あら、でもどうやって出るの?途中、斜面で滑ってきたじゃない。それをまた登る気?」
たしかにルーンの言うとおりだった。斜面は滑るため、それをまた登ることは至難の技である。それにたとえ斜面を登ったとしても、外は迷いの森。はたして無事に抜け出せるのか。
「とにかくこの廃墟を一回りしてみよう。どこかに道が繋がっているかもしれない」
「賛成」
一同はクリスの意見に賛同し、廃墟の探索がてら抜け道を探し歩いた。廃墟はかなり広かった。それだけで、ウィンタリィル国がとても栄えていた国であったことが伺える。
「私、お城で国の歴史の書物を読んだことはあるんですが、かつてこの地で栄えいていたことは何一つ書かれていませんでした。だからこうして歩いていても、まるで別の国を見ているような気持ちになります……」
「それは暗黒時代だな」レオンがきっぱりと言った。
「どこの国でも、消し去ってしまいたい歴史はあるものさ。マリン……じゃなかった、アクア?の国にもそういう歴史があって、なかったことにしたんじゃねえの」
「マ……いや、アクア王女の国で起こった大昔のことを消したかったのなら、なんでわざわざこんな廃墟のような歴史の断片を遺していったんだろう。宝玉だってルーンの手に渡っていたし、もし他の宝玉も同じように誰か別の人の手に渡っていたら、ここにたどり着くことがあったかもしれないのに」
「それは俺にも分かんねえよ。でもやがて訪れる災厄を予言したって言ってたし、ずっと国で守られていると信じて、ルーンが壊した記憶の珠まで遺したってとこだろ」
そう言いながら、レオンがルーンのほうをちらっと見た。ルーンは気にしていたのか、苦笑いをした。
「ほんとに悪かったわ。勝手に大事な宝玉を壊したりして。ごめんね、アクア」
「いえ、そんなに気にしないで。また別の手がかりを探しましょう。あと、もし良かったら、これからも今までどおり、私のことは『マリン』と呼んでかまわないので……なんだかややこしいですが……」
おおっぴらに本名で呼ばれると、どれだけいるか分からない不特定多数の敵に目を付けられやすくなってしまうのではないかということ、そうなれば余計に迷惑がかかってしまうのではないかという不安など、アクアは胸の内を三人に伝えた。
「迷惑なんて、もうとっくにかかってるわよ!」ルーンがアクアの肩を、肘で軽く小突く。
「そうだな。僕なんて、初めて会ったその日から巻き込まれてるよ」
アクアにとって忘れもしない、あの夜の出来事。足に怪我を負って動けなくなり、死を覚悟した所をクリスに助けてもらった。そしてフリージュの町に敵が襲来し、クリスは死にかけたのだ。
そう思い返した時、アクアはふと気になった。どういうわけか、クリスは傷ひとつなく助かっていた。あの燃えるような瞳の色、敵を圧倒した剣技。クリスは自分では気付いていない、何か不思議な力があるようだった。いつかその謎も解ける時が来るのだろうか。
「さて、マリンの素性も明かされたことだし、これからは『アクア』と呼ぶことにするよ。ここまできたらとことんその迷惑に付き合うから。な、みんな?」
「そうね。もし敵が目の前に立ちはだかったとして、あたしの魔法で蹴散らしてやるわ」
「俺もこいつで蹴散らすぜ」
ルーンとレオンは、それぞれガッツポーズをしてみせた。
これでやっと、本当に仲間と呼べるようになったのだ。アクアはそんなことを思い、嬉しくなった。
「そういえばお前、門番がどうのとか言ってなかったか?」レオンが思い出したように問いかけた。「変な門番がいて、先へ進めなかったって」
「そうなのよね。たしか入っていくつか分かれ道を進んだとこにいたんだけど、みんなで来た時には現れなかったわね……道も変わってたし」ルーンが不思議そうに首を傾げる。
「もしかすると、その門番も、残留思念の一部だったのかもしれませんね。いつか私が来るのを待ちながら、ずっとこの場所を守り続けていたのでしょう……」
「残留思念て、実体があるのかないのかはっきりしないのね」
時間の流れを感じるのかどうかは分からないが、彼らは一体どのくらい待ち続けていたのか。途方もない年月を超える魔法の力は計り知れない。アクアは、古代ウィンタリィル国の凄まじい力の一部を見たような気がした。
「おーい、それよりさっさとここを出ようぜ。俺もうくたびれたぞ」
「何よ、男のくせにだらしないわね」
「うっせ」
喧嘩を始める二人を見て、アクアとクリスはため息をついた。だが、疲れているのは三人も同じだった。
「とにかく、もう一度あの斜面まで戻ってみないか?アクアが来た時にここへの道が開けたわけだし、もしかしたらまた、別の道が開けているかもしれない」
「そのほうがよさそうね」
「俺も賛成」
「私もです」
意見が一致したところで、四人は来た道を折り返した。廃墟の入口まで戻り、さらに一本道を戻り……。
「……あれ?」
先頭を歩いていたクリスが、急に立ち止まった。
「どうしたのですか?」
「なんだか道が違うような……」
「はあ?クリス、お前いったい何おかしなこと言ってんだよ」
「いや、だから、来た時とは違う道を歩いている気がするんだ」
「そんなはずないでしょ。ずっと一本道しかなかったのよ?」
「そうなんだけど……」
クリスの言っていることは、アクアにもなんとなく伝わっていた。廃墟から洞窟に戻ってから、薄々とは感じていたのだ。来た時とは何かが違う。
「とにかく、このまま先へ進んでみましょう」
廃墟には他に洞窟の入口らしきものは見当たらなかったし、入ってしまったのなら、このまま突き進むしかない。クリスの言うとおり、違う道が開けているかもしれない。
その先も、やはり来た時とは道が違っていた。あの斜面もなかった。アクアの感じていた違和感は、確実なものになっていく。そして予感は的中。通路を抜けて出た先は、どういうわけか迷いの森の外だった。辺りは夕日で真っ赤に燃えていた。
「何でか分からないけど、外に出られたな……」
「変な洞窟だったわね……」
四人はまるで、狐につままれたような感覚に陥っていた。
「まあ、何はともあれ、無事に出られてよかったですね」
「そうね。あーあ、疲れた。体中べたべただし、早くハイルランバーの都に戻って休みましょ」
「俺もさっさと飯食って、ふかふかのベッドで寝たい」
「じゃ、行こうか」
それぞれに愚痴をこぼしながら、とにかく疲れを取りたいということで、ハイルランバーの都へと足を急がせた。




