Chapter 7 - 1
Chapter 7
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アクアは、宿屋の窓から見える街並みや、行き交う人々を懐かしい気持ちで見ていた。自分の国も大きくはなかったが、城下町はこのハイルランバーの都のように賑わっていた。
「そうですか。ルーンは一人で森に行ってしまったのですか。心配ですね……」
「心配する必要なんてないさ。ほんとに馬鹿だよ。自分だって戦い疲れているはずなのに、休む間もなくさっさと行ってしまうなんて。一体どういう神経してるんだろう」
「ごめんなさい。もとはといえば、私が倒れてしまったから……」
「君が謝る必要なんてないよ。じゅうぶん頑張って戦ってくれたし、あの魔法がなければ、僕たちは死んでいたかもしれない。感謝してるよ」
クリスが優しく微笑む。アクアは初めて自分の力がみんなの役に立ったということが、とても嬉しかった。もう守られているばかりの自分ではない、今度は自分が誰かを守るんだ、という気持ちになれた。あの戦いで、アクアは少し成長できたような気がした。
「それよりこれからどうしようか。とりあえずルーンのことは置いといて、この辺りで何か変わったことはないか、情報を集めるしかなさそうだけど」
「いいんですか?ルーンをこのまま放っておいて。疲れた体で、しかもたった一人で森へ行くなんて。あまりにも危険すぎます」
口では心配して言いながらも、内心もし彼女が死んだら、自分たちを祟って出てきて、最悪一緒に森へ連れていかれてしまうのではないだろうか、とも心配していた。欲の深い彼女のことだ、そういうことがあってもおかしくない。しかしそんなことを考えて青ざめているアクアをよそに、クリスは「ルーンはそう簡単には死なないよ」と笑っていた。
「それに、もし仮に死んでしまって化けて出たりでもしたら、ネクロマンサーにでも頼んで払ってもらうさ」
ネクロマンサーというのは、人や魔物の霊、ゴーストたちを、本来いるべき世界へ還すことを仕事にしている霊媒師みたいな人たちである。アクアも幼い頃、城へやってきたネクロマンサーが、お払いをしているのを見たことがあった。
「でも、ルーンが言っていた洞窟、気にはなるな。初めて出会った時に、ルーンは占い師に『運命の者と森の洞窟へ行け』って言われたと話していたこと、覚えているかい?」クリスがちらりとアクアを見る。
たしかに、ルーンは最初にそんなことを言っていた。何があるのかは教えてもらわなかったようだが、彼女はすごいお宝が隠されているにちがいないと決め付け、信じ込んでいた。もし仮にそうだとしても、迷いの森といわれている所に、どうやって宝を隠したのだろうか。そしてそんな場所にある宝は、一体どんなものなのだろうか。宝は欲しいと思わないが、少し見てみたい気もする。
「迷いの森がどこにあるのか、そしてその森に洞窟があるのか、とりあえずこの宿屋の主人に聞いてみよう」
「そうですね、行きましょう」
二人はカウンターまで行くと、主人に迷いの森の洞窟について尋ねてみた。
「さっきあんたらの連れの姉ちゃんが同じことを聞いてきたんだが、わしは知らんのだよ。迷いの森はここから西に行ったところにあるんだが、あそこは人を寄せつけない何かがあってなあ。森に入ったらなかなか出られないみたいだし、行方不明や死者も数知れず。いくらすごいお宝が隠されているからって、そんな危険なところへ行こうとは思わないほうが身のためだぞ」
だんだん顔をしかめだした主人は、「ああ、恐ろしい」と身震いしながら奥の部屋に引っ込んでしまった。宿屋の主人が知らないとなれば、他をあたってみても同じだろう。
「うーん、とにかく森に行ってみるしかないのか……」とクリスが振り返ろうとした時だった。
突然後ろから、「その洞窟なら、どこにあるか知ってるぜ」と男の声がした。
「きゃっ」思わずアクアが小さな叫び声をあげる。
「あはは、わりぃわりぃ。そんな驚かせるつもりはなかったんだけどな」
どこか子どもっぽい雰囲気を漂わせたその青年は、年齢は二十代前半といったところだろうか。身長がアクアより頭二つ分くらい大きい。
「洞窟がどこにあるか知ってるって本当なのか?」
クリスが問いかけると、男は「ああ」と頷き、腰に巻いてある小袋から地図を取り出した。この周辺地図のようで、都の西にあるという迷いの森もきちんと描かれている。さらに森の中の目印など細かく書かれており、赤い文字で大岩と書かれたすぐ側に、『謎の洞窟』の添え書きとバツ印が付いていた。
「ずいぶん細かく書き込んであるんだな。これは自分で書いたのかい?」
「まさか」男は首を横に振った。「手に入れたんだ、酒場で飲んでいた男からな」
酒場でお酒を飲んでいる冒険者がいたらしい。彼は世界中をかけ巡っていて、迷いの森の洞窟にあるという宝の噂を聞きつけてこの地へやってきた。ただ、彼の興味は宝ではなく、森にあった。一度入れば脱出は困難だという迷いの森を攻略した、世界で初めての人間になりたい。そんな思いで森に入った彼は、見事森を攻略してしまったらしい。どうやって抜けたのかは秘密だったらしいが、その知識は相当なものだったのだろう。
森のどこかにあるという洞窟も見つけたが、どうやら強い結界が張られており、さすがの男もそこへ入ることは敵わなかったそうだが、森を攻略したので満足し、地図に書き込んで酒場で一人祝杯を挙げているところをこの青年が通りかかった。杯を交わしているうちに打ち解け、その森の話を聞いた青年は、自分もその場所に行ってみたいと申し出た。すると男は、それならこの地図をくれてやる、と、あっさり地図を差し出したらしい。
「その男も興味深かったけど、この謎の洞窟もすごく興味深いから、ちょうど行こうと思ってたところだ。案内してやるから、俺もお前らと同行してもいいだろ?」
彼の言い方が少し癪にさわったが、一人より二人、二人より三人のほうが安全。ましてや無事に出られるかどうかも分からない場所を、案内できる人間がいるのは心強い、ということで、彼もアクアたちに同行することとなった。
「じゃ、決まりだな。俺はレオン・ハーベスト。レオンでいい」そう言ってにっと笑う人懐っこい表情は、まるで犬のようだ。
レオンの装備はプレートアーマーと剣だけという軽装だった。彼が言うには、遠距離攻撃のできる、剣に魔法をかけた魔法剣というものが使えるため、そんなに重装備にする必要がない、とのこと。
「魔法剣は、俺の一族だけに伝わってきた剣技だ。熟練度が上がれば、強力な魔法をかけて大技を繰り出すことだってできる」
「すごいんですね!」アクアは目を輝かせた。
「だが、強力すぎるからあんな……あ、いや、何でもない。それより、その洞窟に行くならさっさと行こうぜ」
レオンはそう言うと、先に宿屋から出て行ってしまった。取り残された二人は、呆然と立ち尽くしていた。
先程のレオンは、ぐっと何かを堪えていた。絶望のような、悲しみのような、そんな表情をしていた。




