Chapter 6 - 1
Chapter 6
1
「ファイアボール!」
次々に敵は灰になり、数を減らしていく。さっきまで恐怖に怯えていたアクアの反撃に、敵は驚きたじろいていた。
「……それにしても、だいぶ倒してるはずなのに、次から次へと湧いてるような気がするんだけど」ルーンが息を荒げながら言った。
「そういえばそうだな……いくらなんでも多すぎる」
クリスも周囲を見回しながら答える。しかし、ふと目に留まった灰を見て、驚きの声をあげた。
「見ろ!あそこの灰が……!」
アクアとルーンが、クリスの指差す方向を見た。その先を見て、二人も「え!?」と声をあげる。
燃え尽きた灰は微かに動き始め、徐々に盛り上がって魔物の形を成していた。クリスが斬りつけて倒した敵も、よく見ていれば傷が塞がり復活している。それを炎や雷で灰にし、ただ延々と倒していたにすぎなかった。
「クク……ヤット気付いたのカ……」ロバートが低い声で笑いながら言った。
「そうダ。いくら倒しタところデ、我々の命ハ永遠。お前たちハただ体力だけ消耗し、力尽きていくのダ」
「そんな……」ルーンが落胆し肩を落とした。サンダーボルトの魔法が解除され、空に浮かんでいた雷雲が消えていく。後には皮肉にも、晴れ渡った青空が広がった。
敵はじりじりと歩み寄り、三人は追い詰められていく。ここで終わりかと思われた時、アクアはあることを思いついた。
「……二人とも、まだ諦めないでください」
「あのね、こんな状況で、どうしたら諦めるなって言えるのよ!」ルーンが憤慨しながら言った。
「まあまあ。とりあえず聞いてみよう」アクアに飛び掛りそうになっているルーンを、クリスがなだめる。「それで、何か案があるのか?」
「確実に倒せるのかどうかは分かりません。この魔法は詠唱に少し時間がかかるし……。その間、二人はなんとか時間稼ぎをしていただければ、うまくいくかもしれません」
「なるほどね……」ルーンが唸る。しかし、アクアの魔法を試す他、方法もない。どのみちやられるなら、やるだけのことはやってから死にたい。
「わかった。じゃあ、僕たちで時間を稼ぐから、マリンは詠唱に集中してくれ。……いくぞ!」
クリスの合図と共に、アクアは目を閉じて詠唱に入った。それを邪魔しようと敵が襲い掛かる。ルーンは再び雷雲を呼び、雷で敵をなぎ払っていった。
「いくら足掻こうト無駄ダ。お前たちガ死ぬことにハ変わりないのだカラ」
ロバートが冷たく言い放つ。だが、二人はそれでも必死に敵を倒し続けた。そして、そろそろ限界に近づいてきた時、ついにアクアが閉じていた目を開け、両手を大きく振りかざした。
「――この悪しきものたちを焼く尽くせ!メテオフレイム――!」
大気が唸りをあげ、先程までの雷雲を飲み込んでいった。代わりに、まるで炎のような雲が広がり、雲と雲がぶつかり合って爆ぜた。
「……なんなの……。まるで体が焼かれるようだわ……」
熱気で肌が痛み、ルーンが両手で肩を抱いた。それでも今度は両手が痛む。服も熱気を帯び、擦れる度に顔を歪めた。
ロバートや他の敵たちは、何が起こっているのか分からず、ただ空を見上げていた。そして雲が爆ぜたかと思うと、それは火柱になり、雷が落ちるかの如く一匹の敵を襲った。
「ギャアアァァア!!」打たれた敵は、断末魔をあげ、灰も残さず消え去った。それを見て、周りにいた敵はその場から立ち退いた。
「一体この魔法は何なんだ……?」クリスは唖然とした。
「もしかすると、これは太古の昔に滅びた魔法かもしれないわ」さっき消え去った敵がいた位置を見つめながら、ルーンが説明した。「噂で聞いた話なんだけど、太古の昔、ある民族が編み出した魔法がいくつかあったの。それはどれも強力すぎるものばかりだった。その力によって破滅を恐れた彼らは、魔法を封印することにした。自分たちの魔力も少し混ぜて。だから、今ではもう迷信だと呼ばれていて、そんな民族自体も存在していなかったと言われているの」
「それを、どうして彼女が……」
「分からない。あたしもただの迷信だと思ってたし。でも、もしこれがその失われた魔法なら、大変な発見だわ」
二人は、ただじっと炎の雲に焼く尽くされ、消えていく敵の様を見ていた。とめどない炎の柱によって、敵はどんどん減っていく。
「くそっ、一体どうなっているのダ!」
いよいよ数が減っているのを見たロバートは、動揺して叫んだ。
「このままでハ全滅してしまウ!一時撤退ダ!」そう言って引き上げようとした時、炎の柱が残りの敵を襲い、ついにロバートにも襲い掛かった。ロバートが悲鳴をあげてもがく。
「……馬鹿ナ……我らハ不死身のはず……なの……ニ……」
最後にそれだけ言い残し、ロバートも他の敵と同じように、跡形もなく消え去った。
敵が全滅すると、空は元の晴れ晴れとした青空へと戻り、今にも焼かれてしまいそうな熱気も消えていった。
しばらく時が止まったかのように、三人ともその場に立ち尽くしていた。何事もなかったかのように、心地よい風が通り抜ける。
「……やった」しばらく沈黙が続いていたが、クリスがそれを破るように呟くと、緊張がほどけたのか、ルーンも飛び跳ねて「やったわ!助かったわ!」と喜んでいた。
「マリン!」クリスがよくやったと、アクアを称えようと向き直ったが、アクアは虚ろに空を見ていたかと思うと、倒れてしまった。
「大丈夫か!?」急いでクリスが駆け寄り、アクアを抱き起こした。
「……もう……終わったのですね……」
アクアはか細い声で問いかけると、クリスは額を撫でながら「ああ」と答えた。
「よかっ……た」
「ちょっと!マリン!?」目を閉じたアクアを見て、ルーンが慌てて駆け寄った。
「大丈夫、眠っているだけだ。たぶん魔力を使い果たしたんだろう。じきに目を覚ますよ」
それを聞いて、ルーンは安堵して胸を撫で下ろした。「それにしても驚いたわ。まさかあれだけの敵を一掃してしまうなんて」
「そういえば」クリスが思い出したように顔を上げた。「この大陸に渡る前、マリンに占い師が言ってたんだ。本当の自分がどうのって。もしかしたら、さっきの魔法は、それに関係しているのかもしれない」
「そんな……この子は一体何者なのかしら」
「分からない。でも、ノースアイランドのフリージュの町で起こった襲撃、そしてこのザリの町でのこと、何か関係がありそうだ。それに、君とマリンが持っている、不思議な宝玉のことも気になる」
そう言われ、ルーンはポーチからその宝玉を取り出した。空に透かして見るが、ルーンにはただの古ぼけた玉にしか見えない。
「たしかにこの宝玉を手に入れてから、ろくな目に遭ってないわ。もしかして呪いの玉だったのかしら」
「とにかく、いろいろと調べる必要があるな。ここから東の方角に進めば、ハイルランバーの都があるはずだから、そこへ行こう」
「そうね。あそこは大きな都だし、いろんな人が集まってくるから、情報を仕入れるには持ってこいね。そうと決まれば、さっさと行きましょ。あたしもうくたくたよ」
ルーンは思いっきり伸びをして深呼吸をすると、東を目指して早足で歩き出した。
「ちょっと待ってくれよ。こっちはマリンを背負ってるんだ。そんなに早く歩けないよ」
少しよろめきながら、クリスはルーンの後を追う。そんなクリスに、ルーンは「ほらほら、頑張りなさい!そんなんじゃ日が暮れちゃうわよ!」と急かした。




