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第八.五話 ~私がいるから~

夕暮れの光がまだらに差し込む魔法の森の中を、2人は歩いていた。


二人きり、というのは何かと緊張するものである。特に女性相手にはなおさらである。加えて、満月は黙っていると美人である。いつもの和やかな雰囲気も、今は少々張り詰めていてレイをさらに緊張させていた。


普段の満月を知らないため、レイは気付いていなかったが、満月は凄く悔しかった。


満月はレイに恋をしている。初めて会った時からずっと、所謂一目惚れというやつである。


レイはかっこいい。冷静で、頭も良くて、優しくて、少し気弱な面もあるけど、満月からしてみれば、まさに理想の男性だった。


だからこそ、人里での阿求とのやり取りを見て、悔しかった。羨ましかった。別に阿求が悪い訳ではないし、嫌いになった訳でもない。ただ純粋に、恋する乙女として阿求に嫉妬していた。自分もレイとあんな風に話してみたい。あの様に心の底から思ってもらいたい。ただ、少なくとも今のレイにはそんな様子はなかった。


どうしたらレイの気が引けるだろう、どうすればレイに気にかけてもらえるだろう・・・


熱心に考えている満月に、レイの方から話しかけてきた。


「なあ、満月」


「え?ああ、どうしたの?」


「少しだけ、落ち着いて聞いてくれ」


一拍の間を置いて、レイが言う。


「・・・()けられてる」


「!!」


思わず振り向こうとする自分を何とか抑える。そして、念のため声を落としながら聞いてみる。


「跟けられてるって、誰に?」


「誰かは分からない。ただ、気配がダダ漏れで、数はざっと百数十ってとこだ」


「ひゃく・・・?」


思わず絶句する。


「しかも、横からも来てやがる。ほとんど囲まれた様なもんだな」


「何のために、私達を・・・?」


「俺の予想じゃ、こいつらは妖怪だと思うな」


「妖怪?」


「ああ。理性を持たない類の下級妖怪だがな」


「どうするの?」


「やるっきゃないぜ」


レイは静かに刀を抜き放ち、構える。満月も慌ててそれに倣い神経を全開にし気配を感じようとする。しかし、満月はほかの皆と比べるとあまり六感は優れていない。気配を感じるのは難しかった。


さっきまで考えていたことは完全に切り捨てた。それでも気配は微塵も感じられない。敵が特別強いわけでも、満月が弱いわけでもない。満月だって幻想郷ではそこそこ強い部類に入る。ただ、イマイチ修行不足な点は否めなかった。


その時、レイの顔がより一層引き締まった。


「・・・来るぞ」


その言葉が聞こえたか聞こえないかといったところで、草陰から一匹の獣が満月めがけて飛びかかってきた。


全く気付かなかった。いきなりの攻撃に挙動が遅れる。


このままでは喰らってしまう!と焦る満月の前で、獣は一瞬で真っ二つになる。爪が右腕を少しかすった。傷口から血が流れ、その痛みに思わず傷を押さえる。


何が起こったのか分からない。ただ、見えたのは、切り裂かれた獣の姿と、刀を振り上げた()のレイの姿だった。


その時点で理解する。理解しても、信じられなかった。レイの太刀筋が見えなかった。一体いつ斬ったのだろうか。傍から見ればただ獣が半分に割れた様にしか見えないだろう。驚愕する満月とは対照的に、レイはまるでそうなる事が分かっていたかの様に一瞬の淀みもなく動き続ける。


後ろから来る獣を斬り伏せ、周囲を取り囲むクマや狼のような姿をした妖怪を、瞬時に切り刻む。


次々と妖怪たちを斬り裂くその姿は、圧巻の一言だった。ただ、満月の目にはレイの剣技が特別に優れている様には見えなかった。一見すると、一撃一撃は大振りで、無駄が多いように見える。剣を振る速度は兎も角、あれだけの数に囲まれながら戦うのが可能かと訊かれれば、否と言わざるを得なかっただろう。


だが、レイはその大振りな斬撃により出される無駄を無駄にしない(・・・・・・・・・)

全力を込めすぎた斬撃は体勢を崩す事になる。しかし、レイはその余分な力、所謂惰性を次の斬撃に繋げ、むしろ全力を込めることにより、少ない力で強力な斬撃を繰り出している。結果として、レイの斬撃は大振りで無駄が多い。にも関わらず、ほとんど隙を見せていなかった。


理屈ではわかる。ただ、それをするのはそんな簡単な事ではないはずだ。あれを実践しようものなら、一撃を繰り出す間に、3、4手先を見ていなければあの様に流れるような動きは出来ないだろう。


満月がレイの剣技に見とれている間にも、周囲を取り囲む百数十の妖怪たちは次々と切り刻まれ、生き残った妖怪たちは或いは血溜まりの中に沈み、或いは勝てないことを悟り諦めて背を向け、或いは地面に残った同胞の亡骸を食い漁っていた。


「っと・・・まあこんな所かな。満月、怪我はないか?」


「え?あ、うん!全然大丈夫!」


「そうか、良かった」


優しく微笑みながらレイが歩み寄ってくる。その姿を見て、満月は少し嬉しくなった。


「でも腕を怪我してるだろ?大丈夫なのか?」


「うん。全然平気」


「いや、結構血が出てるし、早く手当したほうがいいぜ」


「私は大丈夫だよ?心配しなくていいから」


「いいから、じっとしてて」


レイは半ば無理矢理満月をその場に座らせ、自分の上着をちぎって傷口を縛る。目の前にレイの銀髪が見える。こんなに近くでレイを見たことはなかったが、何故か近いほうがいつも以上に緊張する。心拍数が上がり、体が熱くなる。レイに悟られないか心配だったが、それも杞憂に終わりレイは下げていた顔を満月に向ける。


「どうだ、痛くないか?」


心配するようにこちらを見るレイ。緊張のせいで満月は少しうわずった声で返事をする。


「あ、うん。大丈夫・・・」


「どうした?顔赤いぞ?」


「え?あ、いや、何もないから」


「? わかった。ならいいんだけど・・・」


そう言って立ち上がり、満月に右手を差し出す。それを握り、満月はレイに引っ張られながら起き上がった。レイは手を離そうとするが、満月は握ったその手をより強く握り、決して離そうとはしなかった。


「満月?」


レイは戸惑ったような声を上げる。自分でも、恥ずかしかった。顔から火が出るなんてものではない。自分でやったことなのに、何をしているんだと叫びたくなる。でも、その反面よくやったと思っている自分もいる。満月はただ、レイから差し出してくれたその手を、絶対に離したくはなかった。そして、それによりレイが満月の思いに気づくことを恐れていた。


「ごめん、もう少しこのままでいさせて・・・」


顔面を真っ赤にしながら、満月は静かに言った。レイは少し驚いたようだったが、やがて少し顔を赤らめ、後ろ頭を掻きながら言った。


「・・・だな、俺もそうしたい気分だ」


一瞬、耳を疑った。思わずレイの顔を見る。若干頬を赤く染めたその顔は、照れくさそうに視線を逸らして、木々の間から覗く夕日を見ていた。


しばらくの間、沈黙が続いた。満月は、頭の中が真っ白で何も考えられなかった。唯一頭の中にあったのは、レイのその言葉と恥ずかしそうなレイの顔である。


唐突に、レイが言った。


「じゃあ、帰るか」


「うん、そうだね」


二人一緒に手をつなぎながら並んで帰る。木々の隙間から差し込む夕暮れの日差しが赤く染まったレイの顔を更に朱く彩る。この時が永遠に続けばいいのにと、満月は切に思った。


◆◇◆◇◆◇


「ただいまー」


玄関の戸を開けて、満月が言う。しかし、奥からは何も聞こえてこない。確か大月がいるはずだが・・・


「お姉ちゃんー?いないのー?」


2人は奥へ上がっていく。誰もいない。居間の方へ行くと、テーブルの上にある一枚の紙が目に付いた。満月がそれを読み、レイに渡す。その紙には、


「エルミーはんの所に行ってきます。今夜中には帰れないかもしれないので先に夕飯は済ませておいてください」


と書いてあった。どうやらエルミーのところにいるらしい。何か用でもあるのだろうか。と須臾の間考えたが、まずは夕食を食べよう、ときゅるきゅると切ない音を立てる腹を押さえて台所へ向かった。


「あれ?レイが作ってくれるの?」


「ああ。昼はご馳走になったし、夜は俺が作るよ」


「そう?ありがとね」


それだけ言うと満月は居間でテーブルに向かい何やら小さな分厚い本を懐から取り出し読み始めた。何やら熱心に読み入っているようだった。どんな内容なのだろう、と気になったが、先に料理を作ることにした。


やっぱり他人の家の台所であるせいか、イマイチ料理がし辛かった様だが、数分も経てばレイがお盆になんとか完成させた料理を乗せて運んできた。白米に、味噌汁と焼き魚という質素な和食であったが、それは暖かな湯気を立ち上らせ、満月の食欲をそそるように美味しそうな匂いを部屋中に満ちさせる。


「うわぁ、いい匂い」


「そうか?結構自信があるんだ、今回は」


そう言って自分も椅子に座る。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


満月が焼き魚を箸で小さく切り分けると、ご飯と一緒に口の中へ運ぶ。何度か咀嚼してからそれを飲み込む。そのまま何も言わずに味噌汁をすする。どうやら気に入って貰えたようだ、とレイは自分の夕食を食べ始めた。


静かな夕食だった。二人とも何も言わず、ただ目の前の料理を口に運んでいく。レイは少し寂しかったが、満月が美味しそうに料理を食べているので一先ず安心した。


そして二人同時に夕食を終え、ようやく満月が口を開く。


「お風呂、沸かしておいたけどどっちが先に入る?」


「そっちが先でいいよ。俺は一応客だしな」


「そう?分かった。じゃあ先に入ってくるから」


そう言い残して満月は風呂場の方に歩いて行った。


一人になったレイは、よいしょ、と刀を手に立ち上がり、そのまま玄関から外に出る。


素振り、レイの最近の日課である。ここに来てから、怪我で寝込んでることが多く、移動も飛行であるためあまり体を動かすこともなかったので、すっかり体がなまっていた。そのため、剣術の修行も含め、取り敢えず一日百回の素振りをノルマとしていた。ただ、今日は妖怪との戦いがあったため、少々体に疲れが残っている。今日は半分でやめにしよう、とレイは決めた。


一、二、と声に出して振った回数を数える。実はこの数えるという行為も地味に体力を削り取っていく厄介なものである。声を出しながら運動するというのは疲れるもので、体力作りを怠っていたレイにとってはそれさえも辛かった。


だんだんと疲労感が増してくる肉体を頑張って動かし、20回、30回と素振りを続ける。額を流れる汗が弾け飛び、地面に染み込む。そして50回目。素振りを終え、刀を鞘に仕舞い込む。


すると、後ろから声をかけられた。


「レイー、お風呂あがったよー」


「ああ、分かった、今入るよ」


そう言いながらレイは振り向いた。後ろには頭にタオルを被ってその長い緑色の髪を拭いている満月の姿があった。


その横を通り抜け、部屋の脇に刀を掛けておいてから、風呂場の前にある洗面所の戸を開け、そして後ろを向き今開けたばかりの戸を閉めると服を脱ぐ。脱いだ服は隅に畳んでおいておき、風呂場の戸を開ける。


椅子に座り、石鹸で体を洗う。全身を擦り、一通り洗い終えると桶に溜めた湯を頭からかぶる。少し熱かったが、そのくらいの方がむしろ気持ちいい。そうやって体中についた石鹸の泡を落とすと、湯加減を確かめながらゆっくりと湯ぶねに浸かる。


やはりさっきまで満月が使っていたせいか、若干だが温いがそれも仕方ないだろう。今は風呂に入れるだけでもありがたいと思わなければいけない。


湯船に浸かっている間、一人で特にすることもないのでぼんやりと考え事をしていた。


レイは、つい最近幻想郷にやってきた。死にかけていた所を紫に助けてもらったらしいが、まずその点に疑問が浮かぶ。もし死にかけている人間を全て助けようものなら、この狭い幻想郷はすでに外の世界の死者で一杯になっているはずだ。なぜ、レイだけを助けたのか。紫が何を考えているのか。分からない事ばかりだ。


だけではない。霖之助曰く、レイの魂はありとあらゆる道具の用途を持っているらしいが、まず生き物であるレイの魂にそんな事がある時点でおかしい。自分が一体何者なのか、それさえも分からない。自分でも自分を掴めずに、何だか自分が幻であるかの様に錯覚してしまう。いや、そもそも自分は0(レイ)だったな、と苦笑する。


とにかく、そんな事を考えていても仕方ない。俺は0でありレイでもあるのだから、今はその道を生きるしかない。そう結論づけると湯船からあがり風呂場の戸を開く。


体を拭き、部屋の隅に置いておいた服を再び着る。同じ服をまた着るのもちょっと嫌だが、替えがないのだから仕方ない。そのまま居間へ戻ると、満月は椅子に座りながらまたあの本を読んでいた。レイに気づいて顔を上げると、怪訝そうな顔をして言った。


「あ、レイ・・・ってまたその服着てるの?」


「ああ、替えがなくてな、困ってるんだよ」


「そうなんだ・・・あ、そうだ!」


何かを思いついたらしく、満月はいきなりどこかへ駆け出していってしまった。奥からは、何かをひっくり返したような音と、満月の声が聞こえてくる。


「あー・・・違う、これじゃない。ん?これは・・・もうお姉ちゃんったら、こんな物を隠してたのね。こっちは・・・わー!やばい!全部出てきちゃった!あーもう・・・」


そして数分後、戻ってきた満月が手に持っていたのは・・・


「何だそれ、浴衣?」


「うん。レイにならピッタリかなーって思って」


「でもそれ満月のだろ?俺が着るのはちょっと・・・」


「いいよ別に。私は気にしないから」


「いや、俺が気になるんだが・・・」


同年代の女の子の服を着るのは少しばかり恥ずかしい。加えてレイには、もう一つ恥ずかしい理由があった。


「いいから、ほら着て」


「はいはい、分かったよ」


一旦満月を部屋の外へ出し、諦めて受け取った浴衣を着る。サイズは少し小さいが、見た目も綺麗で動きやすかった。とりあえず着替え終わると、外で待たせておいた満月に声をかける。


「満月、もういいぞ」


「分かった」


戸を開けて部屋に入ってくる。浴衣姿のレイを見ると少し驚いたように軽く目を見張り、満月は言った。


「へえ、思ったより似合ってるね」


「そうか?ちょっと小さかったけど・・・」


「あ、小さかった?ごめんね、やっぱり私のじゃ小さいか」


「いや、別に謝らなくてもいいよ。服貸して貰えるだけありがたいよ」


「そう?本当に?」


「うん。あのまま同じ服着るよりずっとよかった」


「そう・・・嬉しいな。レイが喜んでくれて」


満月は本当に嬉しそうに微笑んでいる。満月の笑顔を見ると、レイは不思議と安心するのであった。


「それじゃ、そろそろ寝るか」


「うん、そうだね・・・でもレイはどこで寝る?」


「そうだな、大月がいないからあいつの部屋を借りようかと考えてるんだが・・・」


「あー、それはダメ!絶対ダメ!」


慌てて両手を振る満月に、レイは不思議そうな顔をして言った。


「なんだ?なにかマズイ事でもあるのか?」


「あの、そのね、お姉ちゃんの部屋はちょっとダメなの・・・」


「何でだよ?」


「あー、もう!とにかくダメなの!理由は聞かないで!」


満月はとうとう怒り出してしまった。俺は何も悪いことはしてなのに、と内心レイは思っていた。


「じゃあさ、俺はどこで寝ればいいの?」


「うーん・・・」


どうやらレイの意見を否定するばかりで自分は何も考えていなかったらしい。そういうところは満月らしいが、出来れば直してもらいたいところでもある。


「・・・最悪、私の部屋かな?」


「満月の・・・部屋?」


「うん」


「ってことは一緒の部屋で?」


「うん」


満月はあっさり頷く。が、レイは凄まじく狼狽えていた。


(え?ちょっと待てよ。一緒に寝るってつまりそういうことだよな?でも満月と同じベッドで寝るなんて・・・)


「・・・レイ?大丈夫?」


「うぇ?ああ、うん。俺は準備万端だぜ」


「・・・何言ってんの?」


レイの失言に対する満月の目が物凄く怖い。命の危険を感じたレイは、それ以上は何も言わず、ただ満月の視線から目をそらすことに専念していた。


満月は小さくため息をつくと、「こっちに来て」とレイを自分の部屋へ案内した。


満月が戸を開く。満月の部屋は、あまり女子っぽくはなく普通の部屋だった。机、椅子、本棚、窓。あるべきものがあるべき場所に収まっている。そんな部屋だった。


結局、流石に同じベッドでという訳にもいかず、レイは床で布団を敷いて寝ることになった。


「お休みなさい」


「お休み」


2人とも自分の布団に潜り込み、それ以上は何も言わない。


今日は新月であり、空に月が見えない。それでも窓から差し込む光が、部屋を寂しげに彩る。レイがそろそろ眠ろうかと思い目を閉じると、満月が話しかけてきた。


「ねえ、レイって本当に人間なの?」


「なんだいきなり?俺は人間だぜ?」


「そんな事ない。私にだってレイが人間じゃない事は分かるよ」


「・・・そうか」


そこまで気づかれてたかと、レイは諦めて認めることにした。いや、嘘は言っていない。肉体は人間だが、魂が違うのだ。魂は人間ではないのだ。


「悪い。嘘ついた」


「そのことじゃないよ」


「?」


「レイに記憶がないことは知ってる」


「・・・知ってたか」


「お姉ちゃんから聞いたの。記憶も、魂のことも、全部・・・」


「そうか」


「ねえ、レイは辛くないの?」


「大丈夫だよ。記憶なんてなくても生きていける」


「また嘘ついた」


「?」


「本当は辛いくせに」


バレてたかと、レイは小さく呟いた。


本当は、死ぬほど辛かった。この名前も、体も、心も全てが本当の自分ではない、偽られた作り物の姿なのだ。まるで人形を作るように、全てを人間の手によって作り出されたもの。それがレイだった。


「分かってるんだよ。自分が、レイが偽物の()だってことくらい」


「・・・ならどうして?」


曖昧な訊き方だったが、その言葉はレイの本心を射ていた。


どうして、生きているのだろうか。あのまま死んだほうがよっぽどマシだったのに。いつも、未練と後悔ばかりが胸中に居座って離れない。満月だけだった。恩人にも、神様にも偽ってきた本心に気づいてくれたのは。本気で、心の底からレイを思ってくれたのは。


「だからこそ、お前にみっともない姿を見せたくなかったんだよ」


「・・・ふふっ、意外と見栄っ張りなところがあるんだね」


「なんだよ、からかってるのなら話は聞かないぜ」


「いや、そういうところがレイらしいなって」


「何言ってるんだか。さっきも言ったけど、今いるレイは偽物の俺だ。俺らしいも何も、そもそもコイツは俺じゃないんだからな」


「何言ってるんだか。そんなこと言ってるからいつまでも前に進めないんじゃない。悲観的になって引きこもってちゃあ、何も変わらないよ?」


「お前の言いたいことはわかる。けどな、俺は全てを失った。何一つ持っていないこの状況で、俺にどうやって歩き出すって言うんだ?地図も持たずに旅に出るのと同じことだ。そんな無謀なこと、俺はしたかないね。所詮俺は、ここに来た時点で八方塞がりの状態だったんだよ」


「・・・だから、レイって名づけたのね?」


「ああ、そうだよ!だから俺は0(レイ)なんだよ!俺一人じゃ何もできない、なのに、俺にこれ以上何をしろって言うんだ!?」


布団に顔をうずめながら、涙目になって満月に訴える。一方の満月は、ただ哀れむような冷たい目でレイを見つめることしかできなかった。


「一度死んで、記憶を失って、目が覚めたらこんな世界にいて、家族も友人もいないのに生きて行けって、なんの冗談だよ!俺だって、本当はこのまま死にたくてたまらないんだ!」


「じゃあなんでこんなところで生きてるの?」


「俺を心配してくれてる奴が、この世界には沢山いるんだよ!絶対に諦めないって、約束までしたんだ!そいつらを見捨てて、俺に死ねっていうのかよ・・・!」


胸の内に渦巻く思いをぶちまけるように、レイは叫び続ける。満月は、それらを肯定も否定もせず、ただ言葉の意味だけを受け止めてくれていた。


しかし、その満月が唐突に言い放つ。


「ふぅん・・・下らないね」


「何だとお前・・・!」


満月の言葉を聞いてレイは激昂する。しかし、それを全く気にも留めない様子で満月は続ける。


「地図を持たないのなら作ればいい。記憶がないのならまた此処で思い出を作ればいい。そんなことで悩んでる暇があったら、自分を知ろうとする前にまずは人を知るべきだったね」


「・・・何が言いたいんだ?」


「八方塞がりなんて、それは内面だけを見たレイの感想でしかない。もっと現実を見て」


「現実・・・?」


「私だって、可愛そうだと思う。確かにレイには何もない。何も知らない世界が怖いのもわかる。でもさ、それを理由に立ち止まってたら、永遠に何もないままだよ?」


満月は、布団から手を伸ばすとレイの頭を優しく撫で始めた。


「大丈夫。たとえレイが全てを失っても、私がここにいるから」


その言葉を聞いて、レイは殆ど泣き出しそうになっていた。悲しみではない。喜びのあまり、溢れる涙を抑えられず、なんとか声を抑えるのが精一杯だった。


嬉しかった。満月の言葉には棘が多い。だが、それ以上に優しさが伝わって来る。その優しさは、レイの心の底にまで染み渡り、満たしてゆく。


レイは、ただ満月に撫でられながら泣くことしかできなかった。

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