第七話 ~零に帰す刀~
「ここが守矢神社か」
妖怪の山の中腹に建っている神社、守矢神社。話によれば、ここで3人の神が祀られているという。
3人も神が祀られている、とは思えないほど、静かで、正直言ってしまうと、地味である。もう少し大きなものかと思ったが、やっぱり普通の神社にしか見えない。
「本当に3人もいるのか?」
「いるよ」
よく見ると、境内に1人の少女がぽつんと座っていた。レイとしては小声で呟いたつもりだったのだが、聞こえたのだろうか。
まるで子供のような姿だった。身長は低く、紫と白の衣をまとい変わった形の帽子には大きな丸い目玉が2つ。格好からして、とても巫女のようには見えなかった。
「珍しいね、こんな所に人間が来るなんて」
境内から飛び降り駆け寄りながらそう言った。確かに言われてみればそうである。ここは天狗達の住処、妖怪の山。ある程度の野生動物は生息しているが、人間がこんな所まで登ってくる事自体、異例である。
「あら、参拝客の方ですか?」
奥から出てきたのは、翠色の髪を髪飾りでまとめた巫女服の少女。この神社の巫女であろう。
「君は、人間・・・ではない様だね。私は守矢諏訪子。君は?」
「俺は、レイ・・・なあ、なんで俺が人間じゃないと分かったんだ?」
「そりゃあ、発してる気が全然違うからね」
確かに、レイは人間ではない。しかし、彼が人間以外の何者なのか、それはまだ理解できていない様である。
「で、君はなんの用でここに来たのかな?」
「え?ああ、実は最近幻想郷に来たばかりで、一通りこの世界を見てまわろうと思って、この山に来たんだけど、その途中でこの山に神社があるって聞いて、どんな場所かと思って来てみたんだ」
「じゃあ、参拝客ではないんだね?」
「悪いけどな」
実を言うと、レイは敬語が苦手である。話している相手は神様であっても、どうしてもため口でないと言葉遣いに違和感を感じてしまう。幸い、相手の神様の方はあまり気にしていないようである。
「ほら、早苗。自己紹介忘れてるよ」
「あ、はい。東風谷早苗です、よろしくお願いします」
「ああ。宜しくな」
レイが右手を差し出すと、早苗はそれを優しく握り返してくれた。
「もうこんな時間だし、上がって行きなよ。今晩はうちに泊めてあげるからさ」
「いいのか?じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言うと、レイは2人の後について上がっていった。
障子を開け、中に入ると奥にはもう1人の人物が待っていた。
「おや、参拝客か?」
こちらを振り向いいて言い放つ。状況から察するに神社の神様だろうが、諏訪子とは違いすぎる見た目にレイは少し驚いていた。
まず、決定的に違うのが体格。諏訪子はまるで子供のようだが、こちらは長身で、割とがっしりとした体格である。服は真紅。髪は紫で、胸元には鏡を下げている。
「私は八坂神奈子。この神社で信仰を受けている軍神だ。で、そっちの小さいのはもう1人の神、守矢諏訪子。土着神の頂点だ。こんなナリだけど凄い神様なんだぞ?」
「むー、小さいのって何よ・・・」
神奈子の説明に諏訪子はむくれている。確かに体は小さいが、本人も気にしているのだろう。なんだか可笑しく思えてくる。
「そういえば・・・」
3人を見渡してレイが言う。
「神様は3人いるって聞いてたけど・・・」
すると、神奈子が説明する。
「ああ、それは、こっちの・・・」
「私ですよ!私、現人神です!」
「え、お前が!?」
心底驚いた、という風に返すレイに、早苗は得意そうに言う。
「こう見えても私、神様なんですよ?奇跡だって起こせちゃうんですからね!」
「ふ、ふーん・・・」
猛然と自己アピールをする早苗に、レイは反応に困った様で取り敢えず相づちを打っている。そんな二人を見て、神奈子と諏訪子は可笑しそうに笑っている。
「ほら、早苗、早く晩ご飯にしようよ。レイもお腹が減ったってさ」
「あ、そうでした。ちょっと待っててくださいね」
早苗が奥に消え、しばらくすると食卓には豪華な夕食が立ち並んだ。
「さあ、頂きましょう!今日は腕によりをかけて作りましたからね!美味しいですよ~!」
料理は本当に美味しかった。最近は質素な食事ばかりだったので、余計に美味しく感じられた。レイは3人に幻想郷に来てから起こった出来事を語り、神奈子は外の世界から来た時の事を話す。時間はあっという間に過ぎていった。
「あ~、食った食った」
「お風呂あがりましたよ~」
「あ。はいはい、次俺入る!」
レイは風呂に入り、体を流し、充分温まったところで風呂をあがり、暫く神奈子達と雑談した。それから、レイは中庭で竹刀を使い、剣の練習に励んでいた。
「ていっ!とりゃぁ!」
技を磨きながら、同時に体力も作る。元々剣術もある程度は精通してはいたが、やはり実力不足は否めなかった。毎日の特訓が確実に自分を強くしていると、レイは感じていた。
「ちょっと休憩するか・・・」
特訓を始めて約1時間。レイが縁側に腰を下ろすと、横から声が聞こえてきた。
「頑張っているようだな」
振り向くと、そこには神奈子がいた。
「あ、どうも」
「君は、最近ここに来たばかりと言っていたな?」
「はい。ここに来たのは1週間ほど前です」
「そうか・・・」
神奈子は1人で考え込んでしまう。気を使って話しかけないでいると、神奈子が口を開く。
「君は、何者なんだ?」
突然の質問。レイにとっては痛々しい内容であった。
「・・・分かりません。俺は、1度死んでこの世界に来ました。死ぬ前の記憶もないし、身寄りもいない」
「・・・」
神奈子は何も言わない。
「でも、これでいいんです。その結果この世界でも色んな人たちに出会えたし。・・・死ぬよりはましですよ」
これは本音だった。レイは、この世界で生を受けた事を後悔はしていなかった。あのまま死ぬという道もあったのかもしれない。けれど、レイはただ生きたかった。死にたくなかった。
初めは、全てを失った自分が嫌になる事があった。今でも、嫌になる時はある。しかし、レイは今という、この幻想郷での時間を確実に楽しんで生きることができた。色々な人に支えられ、ようやく1人前になれたのだ。
神奈子はまだ何も言わないまま、しばらくの間沈黙が続いた。レイは、その空気を少し重いと感じていた。そして、神奈子が口を開く。
「君は、今の幻想郷にとって特異な存在だと思う。周りから遠ざけられることもあるだろう。だけど、どんな存在だろうと受け入れる。それが幻想郷だ。気にすることはない。いつか、記憶だってもどるだろう。今はただその時を待てばいい」
何だか予言のような言葉だが、神奈子なりの励ましなのだろう。少々回りくどいが、レイはその言葉だけで十分だった。
「君は、幻想郷をどう思っているんだ?」
「俺ですか?」
唐突な質問に、少し戸惑う。しばらく考えてから、レイは言った。
「すごく、いい場所だと思います。ちょっと物騒なところもあるけど、皆いい人ばかりだし、ここにいると、毎日が楽しくて飽きることがないんです。幻想郷での生活が、俺にとって1番なんです」
「そうか・・・」
「もう夜も遅い。今日はもう寝るとするか」
「そうですね。俺もそうします」
そう言うとレイは中へ戻り自分の布団に潜り込む。縁側に座ったままの神奈子はぽつりと呟いた。
「お前なら、大丈夫だよ。・・・死ぬなよ。レイ」
◆◇◆◇◆◇
八坂神社の上空。1人の少女がレイと神奈子が会話している姿を覗いていた。
「ふーん、あれがレイっちゅう奴やな」
幻想郷では余り聞かない言葉遣いで、独り言を呟く。
「まあ、紫が要注意っちゅうんやから、相当な実力なんやろな」
何やら1人で納得した後、
「次はエルミーはんやな。元気しとっかなぁ」
と言って人里へ飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇
翌日の早朝。守矢神社の神々たちに見送られ、レイは妖怪の山を後にする。目指すは香霖堂。例の刀が完成したとういうのだ。
「どんな出来だろうな」
そしてあっという間に魔法の森に到着し、香霖堂へ向かう。その道中、
「レイ?」
後ろから声をかけられる。聴き慣れた声だ。誰かはわかっている。
「魔理沙か。どうしたんだ?」
「私は香霖にミニ八卦炉を貰いに来たんだが・・・お前もか?」
「ああ。刀が完成したって手紙に書いてあったからな」
「ふーん・・・っていうかお前どこにいたんだ?」
「ちょっと守矢神社に1日泊まってきた」
「守矢神社か・・・よくわかったな、香霖」
「完全に行動パターンを読まれてるな」
二人共小さく苦笑し、香霖堂へ向かう。
「おい、香霖!ミニ八卦炉と刀を取りに来たぜ!」
「魔理沙か!?レイもいるのか!」
玄関を開けると、物凄い剣幕で霖之助が飛び出してきた。
「お、おい。どうしたんだ香霖。落ち着けって」
「それどころじゃない!エルミーが大変なんだ!」
「エルミーが?霖之助、それってどういう事だ?」
「昨日、また妖怪に襲われたらしい。怪我をしていていま稗田亭で手当てを受けているんだ」
「何だって!?」
魔理沙が驚いたように声を上げる。すると、霖之助が、刀とミニ八卦炉を差出して言う。
「ミニ八卦炉の調整は終わったから、早くエルミーの所に行ってやりなさい」
「言われるまでもないぜ!」
そう叫ぶや否や、魔理沙は香霖堂を飛び出すと箒に跨り全速力で人里へ向かった。レイも急いで後を追う。しかし魔理沙程のスピードは出せず、人里についたのは数分後の事だった。
大急ぎで阿求の家に向かう。玄関をくぐり女中の案内を受けて部屋の戸を開けると、そこには既に魔理沙が座っており、その視線の先には包帯だらけのエルミーがいた。まだ傷は治っていないらしい。側には、見知らぬ少女が1人、立っていた。
身長は魔理沙より少し低い位と小柄。白銀の短い髪と、後頭部には大きな蒼いリボン。瞳の色は深い碧。じっと見ていると吸い込まれそうな綺麗な瞳だった。
「あら、レイじゃない。どうしたの?」
レイを見つけたエルミーが意外そうに言うのを見て、レイは思わず語気を強める。
「どうしたって、お前が怪我したって言うから心配してきたんだぞ!?」
エルミーは驚いたようにレイを見つめる。そして素っ気無く言い放つ。
「別に来てくれなくてもよかったのに」
エルミーのあんまりな言い方に少しだけ腹が立った。が、ここで喧嘩をしていても仕方ない。
「そういう訳にもいかないだろ?本当に心配してたんだぞ?」
そこに魔理沙が茶化す様に口を挟む。
「へえ、お前エルミーのことがそんなに心配だったのか?」
「当たり前だろ?友達なんだから」
少しムッとした様子でレイが言い返す。すると、後ろに立っていた少女がレイに言った。
「あんさんが、レイはん?」
「え?ああ、そうだけど。俺に何か用か?」
あまり聞かない言葉遣いに少し違和感を覚えながらも、レイが彼女に返答する。すると、彼女は明るく微笑みながら言った。
「ウチは、逆八 大月。レイはんの事はエルミーはんから聞いてるで。これからよろしくな」
「ああ、よろしくな。ところで、エルミー」
「何?」
「お前、誰にやられたんだ?」
レイはそれが気になって仕方なかった。エルミー程の実力者にこれほどの怪我を負わせるとは、只者ではない。一体誰なのか、レイはそれを知りたかった。
「ええっと・・・誰だっけ・・・?」
「どうしたんだ、エルミー?」
すると思い出したように大月が言う。
「ああ、エルミーはんは戦ってた時の記憶がないんや。怪我も酷かったし・・・」
「そうか・・・ううん、ならいいんだ」
「あ、でも、ウチも姿なら見たんやけど・・・」
「けど・・・どうしたんだ?」
「何か、全身が鉄みたいに光っとって、あんまり生き物らしくない見た目だったというか・・・一応、止めは刺しておいたんやけど」
「鉄・・・?」
鉄、という言葉。それは、レイにとってはつい最近起きた出来事を連想させる。人里で、鉄を操る的に出会った。その時点で、レイの思考の片隅には、1つの嫌な予感がこびり着いていた。
レイの脳裏にあの時の里での出来事が鮮明に蘇る。レイがトドメを刺した、あの瞬間。あの時は気付かなかったが、思い返してみると、1つ。奇妙な点があった。
―――――――確か、あの時俺が仕留めた青い奴は――――――
「・・・死体が消えたんだ」
「え?」
唐突なレイの言葉に、3人とも疑問の声をあげる。レイは続けた。
「人里で俺が仕留めた青い奴。あの時は気付かなかったが、死体が消えていた。生きていたんだ。あいつ」
レイの言葉に、魔理沙が驚いたように言う。
「何だって!?まさか、あの時のあいつが・・・?」
「そうよ!思い出した。確かにあの時の2人だった!」
エルミーの言葉を聞いて、レイは唸る。
「やっぱりか・・・。あの時、魔理沙が仕留めた奴も生きていたんだ。奴らは、エルミーが1人になるのを狙っていた・・・狡猾な奴らだ」
「狡猾というよりは卑怯だぜ。2人がかりで来やがって・・・!」
「そんな事を言っても仕方ない。もう済んだことだ。気にする必要は・・・」
レイがそこまで言いかけた時、部屋の戸が開き、1人の少女が顔を覗かせた。