第六話 ~排他的な天狗~
里の戦闘が終わったあと、レイ達は数日間傷を癒しその後香霖堂へと向かっていた。
「しかし、なんで香霖堂なんだ?霊夢」
魔理沙が霊夢に質問する。
「最近、幻想郷の結界が緩んでいるの。余り外の道具の近くにいると、放り出されるかもしれないから、念のため忠告を、ね」
「へえ、霊夢も霖ちゃんの事気に掛けてるんだね」
「ま、仕事だしね」
エルミーが茶化しても霊夢は全く動じず、エルミーはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「でも、不思議なのが、紫の作った境界は何も変化がない事なのよね」
「ふーん、そんな事があるのか?」
魔理沙がまた質問するが、霊夢も詳しい話は判らないらしくただ首を傾げるだけだった。
ちなみに、レイは人里で幻想郷については聞いているので、それなりに話は理解できるが、ちょっと混乱気味である。
「着いたわよ」
「ここが、香霖堂・・・」
「うわ、めっちゃ懐かしい!霖ちゃん元気にしてるかな~?」
「何か面白い道具置いてないかな?」
と、霊夢の言葉に三者三様の返事(?)をする。
「霖之助さ~ん、入るわよ~」
と、入口を開けて入ってからそんな事を言う。まあ、魔理沙曰く「いつも勝手な巫女」と聞いているので、ある意味納得はしているのだが。
「邪魔するぜー」
「同じくお邪魔しまーす」
「・・・お邪魔します」
「霊夢か?全く、入ってからそんな事を・・・って結構な大所帯だな、今日は」
店主と思われる男性が驚いた様に声を上げ、エルミーの顔を見てさらに驚く。
「君は・・・」
「やほー。久しぶり~」
「エルミーじゃないか。どうしたんだい?6年近く見かけなかったけど・・・」
「7年ね」
と細かい所を訂正してから、エルミーは幻想郷に帰ってくるまでの事を話した。
「ふ~ん。それは大変だったな。外の世界はどんな所だったんだい?」
「ん~、何か機械?っていう道具を使って人間が生活してた。妖怪の姿なんて見えなかったわ」
「へえ、外の世界には妖怪はいないのね」
「ああ。そうらしい。しかし、機械というのは外の世界ではそんなに普及しているものなのか・・・」
「ええ。しかも、人間は生活の殆どを機械に頼っていた。だから、機会を失えば、外の世界の人間は生きていくことさえも難しいかもね」
「そうなのか・・・。ところで霊夢、なにか話があって来たんじゃないのか?」
「ええ。最近、幻想郷の結界が緩んでて、あんまり外の道具の側にいると放り出されるかもしれないって忠告しに来たの」
「そうか・・・暫くは店を閉めた方がよさそうかな」
「ええ。そうした方が身の為ね。でも、そんなにすぐに危険になる程でもないから、今の所は大丈夫よ」
「そうか。分かった、心に留めておく」
「さて、もう用は済んだし、私達はもう帰るわよ」
「おっと、私からも話があるぜ」
「魔理沙が?どうしたんだい?珍しいじゃないか、君から話があるなんて」
「いや、実は最近ミニ八卦炉の調子が悪くて、見て貰おうと思ってな」
「ミニ八卦炉が?また変な使い方したんじゃないだろうな」
「そんな事してないぜ。私は至って普通に使ってる」
「まあいいだろう。見せてごらんよ」
そう言われて魔理沙はスカートの中からミニ八卦炉を取り出し、霖之助に渡す。
霖之助はそれを受け取り、一通り目を通してみる。すると、エルミーに訊いた。
「エルミー、君は、外の世界から何か道具を持ち込んだりしていないかい?」
「私?私は特に持って来なかったけど?」
「じゃあ、魔理沙か霊夢は拾ったりしなかったかい?」
「私は特に」
「私もだぜ」
「そうか・・・じゃあ、君は?」
霖之助はレイに向き直って訊いてみる。
「俺か?俺は、特に・・・」
「その刀は?」
「え?ああ、これは俺の魂が具現化した物だって言われたけど、俺にもよくわからない。俺の魂の中から出てきたんだ」
「多分、それだな」
「?これがどうしたんだよ」
霖之助は、ちょっと待ってくれ、と言ってお勝手の方に入っていく。しばらくすると、お盆に人数分のお茶を乗せて戻ってきた。
「ほら」
「ありがと」
「ありがと~」
「おう、サンキューな」
「・・・」
「で、だ。説明は手短に行こう。まず、ミニ八卦炉の不調の原因は恐らく、その刀だろう」
「これが?」
「ああ。まず、ミニ八卦炉の調子が悪いのは、その周囲の道具と共鳴しているからなんだ」
「共鳴?じゃあ何だ、ミニ八卦炉の周りに道具を置くなって言うのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。本来、道具同士でこれ程までに反応する事はないんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。何か、生き物の様に強烈な意志を持っていない限り物がこれ程までに反応する事はありえない」
「ふーん・・・だとすると、レイの持っている刀は何なんだ?香霖なら分かるだろ?」
「それが・・・分かるといえば分かるんだが、全く奇妙なものでね」
「どうしたんだ?」
「その刀、『全ての道具』の名前と用途を持っている」
「はあ!?じゃあ、この刀一つで何でも出来るって事なのか?」
「いや、少なくとも俺が使っている限りでは、そんな事はなかった」
「だから奇妙なんだ。全ての用途を持っている、と僕の能力は言っている。なのに、全てはおろか、刀としてしか使うことができないんだ。さらに奇妙なのは、それがレイ、君の魂から直接出てきた、という事だ。これが魂の一部というなら、その魂が一体何なのか僕には予想さえつかない」
「・・・兎に角俺が異常な存在だという事は分かった。で、ミニ八卦炉の反応はどうにかならないのか?」
「ううむ・・・。出来ない事はない。だが、貴重な道具を幾つも消費する事になるが・・・」
「なあ、頼む霖之助。俺からもお願いする」
「お願い、霖ちゃん」
「そうね。異変解決には魔理沙の協力も必要だわ」
全員から頼まれ、霖之助も折れてくれた。
「・・・仕方ないな。今回だけはツケなしで引き受けてやる」
「本当か!?香霖」
「ああ。だが1つだけ条件がある」
「何だ?条件って」
「レイ、君のその剣についてもう少し詳しく調べたい。貸してくれないか?」
「ああ、それだったらOKだぜ。ほら」
「ありがとう。それにしても、この剣鞘がないな」
「ああ。いつも置き場に困ってるんだよな」
「そうか・・・仕方ない。今回は鞘も作っておいてやる」
「おーい、香霖!早く直してくれよー!」
いつの間にやら奥に上がっていた魔理沙が霖之助を急かす。
「はいはい!ちょっと待っててくれー!・・・全く、本当に自分勝手な奴らだ」
「毎日苦労してるみたいだな?」
「連中、いつもああなんだ。全く困ったものだ」
そう言っている霖之助の表情は何やら楽しそうだった。なんだかんだ言って余り嫌ってはいないのだろう。何時ごろからの付き合いなのかは知らないが、仲はいいようだ。
レイは霖之助と奥の部屋へ向かった。どうやら奥の方は店ではなく、霖之助個人の生活部屋らしい。そんな所にまで平気に上がり込む彼女たち。本当に自分勝手である。
部屋の戸を開けると、彼女達は勝手にお茶菓子など食べて楽しんでいた。
「全く。勝手に奥に入ってくるなっていつも言ってるだろう?。それに三人してそんなに食べられてはすぐに無くなってしまう」
「いいじゃない。食べる為の物なんだから」
「店主は客を丁重にもてなすもんだぜ」
「霖ちゃんとこのお菓子が一番美味しいのよね」
「全く・・・」
これっぽっちも聞く耳を持たない彼女たちに、霖之助は呆れた様に1つため息をつくと、
「兎に角、今日はもう作業に移るから帰ってくれ。君たちに居座られると集中できん」
と霖之助は言う。
「ちぇっ。しょうがないな」
「まあ、外界に出ないよう気をつけて」
「じゃあね、霖ちゃん」
「早めに済ませてくれよ。終わったら取りに来るから」
そう言うと4人は香霖堂を後にする。魔法の森をしばらく飛んでいると、エルミーが口を開いた。
「そういえば霊夢、次はどこ行くの?」
「ん?私は神社に戻るけど。みんなは?」
「私は家に帰るぜ。いま研究中の魔法薬があるんだ」
「私は人里に戻るわ。あっきゅんに復興の手伝いする約束してたから」
「俺は取り敢えず幻想郷を一通り見て回るつもりだ」
「そう。じゃあ、みんな気をつけて」
「おう、じゃあな」
「バイバ~イ」
「それじゃ」
全員、自分の目的地へと向かう。レイは、取り敢えず1つの目的地を決めていた。
「・・・あの山に行ってみるか」
進行方向にそびえ立つ巨大な山。レイは、まずはその山に行くことにした。
◆◇◆◇◆◇
麓に着いた。ここからは空は飛ばずに歩いて頂上を目指すか、とレイは考えていた。
「しかし結構な高さだな」
と呟きつつも頂上を目指し最初の一歩を踏み出した。
やはりというか、山は自然が豊かである。
緑の木々が生い茂り、透明な透き通った川が斜面を流れ、時々物陰から熊やら鹿やら様々な動物が飛び出す。やっぱり自然はいい、とレイは考えながら歩いていた。
そして大体4合目くらいまで登った所であろうか。
何やら妙な気配を感じる。気にしつつも歩き続けると、
「はあっ!」
いきなり後ろから殺気を感じ、次いで掛け声と共に剣が振り下ろされる。レイはそれを軽々と躱すと、自分も剣を構えようとする。しかし、
「やっべ、霖之助に預けたままだ!」
剣がないことに気づき、慌てる。すると、さっき飛び掛かって来た少女が声を上げる。
「我が名は犬走椛!お前は!?」
「お、俺?俺は、レイ・リゲインだけど・・・」
「レイ!悪い事は言わない。大人しく山を去れ!そうすれば私はお前にこれ以上手を出す事はない!」
唐突に訳の分からない警告を受け、レイは言う。
「えっと、俺さ、最近ここに迷い込んで来たばっかりで詳しい事はよく分からなくってさ」
それを聞いて椛は呆れたように言う。
「全く、外来人め・・・。いいか!ここ妖怪の山は我々天狗の住処である!人間が立ち入る事は許されていない!分かったら去れ!」
「えーと、つまりここは俺たちの場所だから入ってくるなと?」
「そういうことだ」
「俺、そういう排他的な考え方嫌いなんだよな」
「何!?」
全く物怖じしないレイに対し、椛は怒りを露わにした。
「人間ごときが、天狗に口答えするな!お前は外来人だから知らないだろうが、この世界、人間などという生き物は我々天狗からしてみればはっきり格下!下手に口答えすればお前の命はないぞ!」
「ああ、もうさっきから偉そうに。そんなに言うなら実際にやって見やがれ!」
レイもまた、相手の人間を馬鹿にしたような態度に怒りを憶えた。そして相手を挑発すると、椛はもう容赦せんとばかりに襲いかかってくる。
「人間め!身を持って知れ!」
レイ目掛けて再び剣を振り下ろす。しかしまたレイはそれを躱す。
「ああ面倒臭い!一気に決着をつけさせて貰うぜ!」
そう言うとレイは、再び自分の能力を解放する。すると、次の瞬間、椛の体が吹っ飛ぶ。
しかしそこまで勢いよく飛んだ訳ではなく、椛は簡単に受身を取り体勢を立て直す。しかし次の瞬間、
「うぐっ!?」
椛は吐血する。何か目立った外傷はない。ただ吹っ飛んだだけなのに、一体何が起こったのだろう。
そのままレイを見る。すると、レイの周りの空間が歪んだ様に見えた。
「もしかして・・・?」
椛は、ある1つの予想をし、それを試す。
「山窩『エクスペリーズカナン』!」
大量の光弾が当たりにばら撒かれる。それらは、ある程度進むと何か見えない壁にぶつかったかの様に消えた。
「ちっ」
レイが舌打ちをする。どうやら椛の予想は当たった様だ。
レイの能力。それはおそらく、「空気を振動させる程度の能力」である。
空気を振動させて、その振動で椛を攻撃したに違いない。外傷がないのは振動が内側から椛の体を攻撃したからだろう。そして椛はそれに弾幕をぶつけ、相殺した。どうやら1回の振動で破壊出来る物は限られているようだ。
そう判断した椛は、直接攻撃は避け、弾幕での攻めに転じた。
次々と光弾を作り出し放つ。レイもまたそれに対応するが、弾幕に関しては椛の方が数段実力が高い。相殺しきれずに、その内の1発をまともに食らう。
爆発と同時に硝煙が撒き散らされる。仕留めたか、と椛は徐々に薄れていく硝煙を見つめていた。レイの姿が薄らと見える。次いでレイの全貌が少しずつ明らかになる・・・
だが、レイは無傷だった。
椛は思わず我が目を疑う。確かに直撃だったはずだ。なのにどうして・・・?
すると、レイの後ろにあった崖の一部が音を立てて崩れ落ちる。一体何が起こったのだろう、と椛は数瞬の間思考を巡らす。
それが椛の最大の失敗だった。余計な事に気を取られている隙に、レイは一瞬で距離を詰め、両掌を椛の下腹部目掛けて突き出す。
「がはっ!」
それをまともに食らった椛は軽々と吹っ飛ばされる。直後、椛の全身を衝撃波が駆け巡り、体内からダメージを与える。椛は口から血を吹き出し、余りの痛みに顔を歪める。
「ぐっ・・・」
「勝負あり、だな」
悔しいが、負けを認めるしかなかった。まさか人間に負けるとは、と心中呟くと、椛は意識を失った。
「あれ、気絶させちまった・・・面倒だなあ、後で話聞こうと思ってたのに」
レイは後頭を掻きつつ、どうしたものかと呟く。
「およよ?これは珍しい人間が来たものだ」
「?」
後ろから声が聞こえ振り返る・・・が、誰もいない。じゃあどこにいる?とレイは辺りを見回すが、どこにもそれらしい影は見当たらない。
「いや、後ろで当ってるよ」
「え?」
また後ろから声をかけられ、もう一度後ろを見る。すると今度は、何やら透明な何かが蠢いている様に見えた。
「何?」
すると透明な何かは徐々に色彩を取り戻し、数秒後には水色の服と緑色の帽子、青い髪の、やっぱり少女だった。何故か分からないが、幻想郷には女が多い。
「えーと、お前、誰?」
「私は河城にとり。河童だよ」
「河童・・・って妖怪!?」
思わず身構えるレイを見て、にとりはさも可笑しそうに笑う。
「大丈夫、襲ったりしないよ。だって河童は人間の盟友だもんね」
「はあ、盟友、ね・・・」
「で、何しに来たんだ、盟友?」
「えと、俺、外来人で、今は幻想郷を一通り見てまわろうと思ってここに来た。あと、俺はレイ。レイ・リゲイン・・・おい、あれ何だ?」
自己紹介の途中、空から近づいて来る謎の飛行物体を見つけたレイが言う。
それは、瞬く間にレイのもとへとたどり着いた。
「あやややや、まさか椛がやられるとは思いませんでしたよ、外来人さん?」
やってきたのは、さっきの椛とは違い、背中に黒い翼を生やした天狗だった。その右手には1眼レフが握られている。
「おや、文じゃないか。どうしたんだい?こんな所に」
「いや、山に侵入者がいたって言うから見に来たんですけど・・・まさか外来人とは」
「・・・追い出そうって言うんならあんたにも容赦はしないぜ?」
「いやいや、とんでもない。ただ、我々天狗の住処だけには入らないで頂きたいと思いまして」
「まあ、確かにそこまで行くのはまずもんね・・・ってなんかレイには甘くないか?」
「いえ、天魔様の命令でして」
「ふーん・・・あの人も何考えてるかよく分からないや。なあレイ?」
「お、おう。ところで、この山には天狗以外にも何か住んでいるのか?」
「えーとですねえ・・・他には、軍神と、蛙の神様と、現人神がいます」
「ってことは全部で3人も!?」
「そうだけど・・・そんな驚くようなことなのか?」
「いや、神様ってそんなそこら辺にワラワラいるもんじゃないだろ?」
「そうでもありませんよ?幻想郷では割と普通です」
「そ、そうなのか・・・」
「お、そう言えば、上に天界とかもあったっけな」
「天界は危ないでしょう。いくら彼でも死にかねません」
「そんなとこなのか・・・じゃあいいよ。とりあえず神様に会いに行く事にする」
「そうか、気をつけてな、盟友!」
「じゃあ私も失礼致します」
そう言って2人は自分の住処へ帰っていった。
「よし、取り敢えず神社を目指すか」
そう言って再び歩き出す。気が付けば、辺はすっかり夕日色に染まっていた。