第十話 ~いざ命蓮寺へ~
「ナズーリン?」
満月が口にしたその名前に、レイは困惑の表情を浮かべた。
「うん。里のはずれの方に命蓮寺っていうお寺があってね、そこにいるナズーリンっていう妖怪が探し物を見つけてくれる能力を持ってるんだって」
「へえ・・・で、そいつに頼んで阿求を探してもらおうってことか?」
「うん、そういうこと」
果たして人間は探し物に含まれるのだろうか。そこだけが少しばかり不安ではあったが、探すあてもない今、少しでもすがれる物があれば信じてみたかった。
「そういうことだからさ、早く行こ?」
「ああ」
その時、里の西側で上がった悲鳴が辺り一帯に響き渡った。
何事かとそちらを見ると、凄まじいまでの妖怪が、背中に生やした羽でもって門を越えてくる姿が見えた。またそれか、と小さくため息をつくと声の聞こえた方向へ飛び上がった。満月もレイの後を追うように飛ぶ。里人の反応は、目を丸くして見上げる爺さんからはしゃぎながら手を振る少年まで様々であったが、一つだけ、共通して感じ取れることがあった。誰もが、二人に期待している。必ず里を守ってくれと。
その期待に応えるべく、レイはより全力を込めて西門へ向かった。そこまではあっという間だったが、着いてみて分かった。数が多い。先程の妖狼達よりも遥かに多い。これでは倒しきれずに里人に危険が及ぶ。
だが今回は満月がいる。
「満月!出来る限り食い止めてくれ!中に入った奴は俺が仕留める」
満月は小さく頷くと門を越えようとする妖怪たちに光弾を連続して放ち始めた。それを確認すると、レイは妖怪たちの群れの真ん中に降り立つと、刀を抜いて叫んだ。
「此処を襲うのなら先に俺を食っていけ!」
その声を聞き、辺りにいた妖怪たちは一斉にご馳走が降りてきたとばかりにレイ目掛けて飛び掛る。レイはその中の一匹に狙いを定め刀を振るい、しかし残念ながらその刀は空を切った。妖怪は、反撃に対し若干驚いた様子を見せながらも、その刃が自身の首を刎ねる寸前にその羽をはためかせ上空へと飛び上がっていった。
レイは小さく舌打ちをすると、刀での攻撃を諦め、突き出した掌から光弾を放った。数はないが威力は十分。直撃を受けた一匹は、地面に叩きつけられそれだけで動かなくなる。しかし、敵とて馬鹿ではない。地に伏した同胞の亡骸を見て即座に理解し、レイの放つ弾幕をことごとく躱しきり、その鋭い爪でもって襲い掛かってくる。
躱す。次が来た。また躱す。そしてまた次。
完全に油断しきったその無防備な腹部を、霞むような速度で抜き放った刀が真一文字に切り裂いた。鮮血が迸り、敵は力なく地面に堕ちる。
一瞬、周囲の流れが止まる。しかしレイは止まらない。
「次!」
低く横に伸びきった姿勢から、足首を軽く捻りそのまま強引に垂直飛びで真上の敵を斬りとばす。死体を蹴り、落ちる勢いのまますれ違う3匹を豪快に切り裂く。
僅か数瞬の間に5匹を切り裂き、そこで漸く妖怪たちは狩られているのは自分達だということに気付く。だがもう遅い。
着地の衝撃をそのしなやかな筋肉で吸収すると、間髪をいれずにスペルを宣言した。
「蛇射『リレントレスナーガ』」
合わせた掌から緑色の尾を引く弾幕が放たれる。当然妖怪たちは躱す。しかし、蛇行する弾幕が躱そうとする全てを仕留める。そして弾幕は妖怪の急所を的確に貫き去り、次の獲物へと向かう。まるで獲物を仕留める蛇のように、
彼らは、自身等が敗北したことにも気付かずに散っていった。
地面に落ちた妖怪たちを見渡し、討ち洩らしがいないことを確かめると、門の上を見上げる。ちょうど満月が最後の一匹を仕留め終えたところだった。弾幕勝負に慣れていない満月だ、レイと同時なら上出来だろうと軽く笑みを漏らす。
レイの視線に気付いた満月は、一頻り辺りを見渡してから降りてきたが右手で口元を押さえるその顔は若干青ざめている。まさか怪我でもしたのかと思ってレイが聞いてみたが、どうやら違うらしい。
「ちょっとね、死骸がグロいから・・・」
「なんだ、そんなことか。そのくらい我慢しろよ。贅沢言ってたら死ぬぜ?」
「わかってるけど・・・」
地面に散らばっている妖怪たちの死骸を見ながら満月は軽く顔をしかめる。レイは刀を振って血を掃うと、後始末は里人に任せて歩き出した。後ろから吐きそうな満月が慌てて付いてくるので、軽く速度を緩めながら。
◇◆◇◆◇◆
「なあ、一つ聞きたいんだけどさ」
「なに?」
「命蓮寺、って言ったっけか?そこにその妖怪がいるんだよな?ここは人里だけど平気なのか?」
「あ、うん。命蓮寺ではね、妖怪も信教してて、人を襲わないように言われてるんだって」
「へぇ、それはいいもんだな。あいつらにもそう教えてやりたいよ」
「確かにね」
軽く吹き出しながら満月が言った。そんな雑談をしながら暫く歩いていると、目的の寺が見えてきた。
命蓮寺と書かれた看板と、その後ろには巨大な門が、そして簡素な造りをした建築物の多い人里で、異彩を放つとも言えるほど立派な本堂が佇んでいた。
予想以上に豪勢な造りに驚きながらも、門をくぐり境内へ入ろうと一歩を踏み出した瞬間だった。
「おはよーございまーす!」
「うわぁ!?」
突然横合いからかけられた叫び声にも似た挨拶に、レイは思わず一歩引こうとして足を滑らせた。したたかに打った尾骶骨を抑えながら叫び声の主を見る。
そこにいたのは案の定というか、幼い少女だった。小豆色のワンピースに加え短い髪は青がかった緑色をしており、竹箒をその手に持ち活気に溢れた緑色の瞳でこちらを見つめている。しかし何よりも頭部についている犬耳と同じく犬のような尻尾が特徴的である。
「痛てて・・・ったく、いきなり叫ぶなよ」
「はい!声が小さい!それではもう一度、せーのっ!おはよーございまーす!」
「分かった!分かったから耳元で叫ぶな!」
絶叫にも似た大声の挨拶にレイの鼓膜が悲鳴を上げていた。後ろでは満月も耳を押さえている。尻を摩りながら立ち上がると、またしても大声で少女が話しかけてきた。
「ほらほら、挨拶されたらきちっと返すのが礼儀よ!」
「その前にこの大声を何とかしてくれよ。耳が痛いぜ」
「つべこべ言わずにはやく!」
「ったく・・・おはようございます。ほら、これでいいだろ?」
早く件のナズーリンに会いたいレイは、面倒臭そうに挨拶を返すと歩き始めた。が、後ろから肩を掴まれそのままずるずると門の前まで引きずられてしまった。
「引きずるな、尻が痛い!会いたい奴がいるんだから早く中に入らせてくれ!」
「だーめーでーすー!もっと大きな声でしないと挨拶にならないよ!」
「満月、助けて・・・」
満月に助けを求めるが、殆ど諦めたような表情で苦笑されただけだった。結局、挨拶のやり直しをさせられた訳だが、これがまた非常に厳しく、レイとしては本気でやっているのにやれ声が小さいだのもっと腹から声を出せだのと、声が枯れるまで叫んでも一向に終わる気配がない。彼女自身、生真面目な性格だし、今も真面目にやっているのだろう。だが度が過ぎる。満月の方も苦笑いから不安げな表情へと次第に変わっていき、そろそろレイが我慢の限界を迎える頃だった。
後ろから、小さな拳骨が少女の脳天に落とされた。ゴチンと、レイの耳にまで聞こえる音が響き、少女は頭を抑えて蹲ってしまった。若干涙目になってる少女に、拳骨を落とした張本人が頭上から言い放った。
「こら、響子!お客様にご迷惑をお掛けするなっていつも言ってるだろう!」
「だって、聖の『かいりつ』に挨拶は心のオアシスだって・・・」
「だからってお客様にまで迷惑を掛けていい訳がないだろう!ほら、ちゃんと謝って!」
「うう・・・ごめんなさい・・・」
最終的に、響子と呼ばれた少女は突如現れた鼠の様な妖怪によって泣きながら謝らせられる羽目になってしまった。華奢な背筋を正して、しっかり腰から頭を下げて謝るその姿は生真面目な彼女の性格を現しているようだった。一方、もう一人の少女は腕組みをしながらレイに向き直ると、自分自身も軽く頭を下げると、横でべそをかいている響子の頭を軽く撫でながら言った。
「失礼した、実に申し訳ない。こいつには後できつく言っておくよ」
「いや、別にそこまでしなくてもいいよ。そこまで困ってた訳じゃないし」
「そう言ってくれると嬉しいけど。ところで、満月も来たって事は君も入門希望者かな?」
「いや、悪いな、違うんだ。ちょっとナズーリンっていう妖怪に用があってきた」
「何?私に用があるって?」
私、ということは目の前の少女がナズーリンらしい。思ったよりあっさりと見つかってよかったとレイは思った。
「満月、一体何の用で来たんだ?それにこの人は誰なんだ?」
「あ、うん。えっとね・・・」
満月の説明が始まった。しかし、余り話を纏めるのが得意ではない満月が話すともなるとやはりというか話し終わってナズーリンが納得するまでに結構な時間が掛かってしまった。
「ほう、そんな事があったのか・・・」
「うん。それで、ナズーにお願いしようと思って」
「そうか。だが、今は無理だ」
「何で?何か用事でもあるの?」
「いや、違う。だってもうすぐ――――」
直後、寺の奥から甲高い鐘の音が当たりに響き渡った。
「――――昼食の時間だからな」
阿求の居場所のヒントを得た二人。しかし、そこへ再び妖怪たちの群れが襲い掛かる。その時、レイは妖怪の体に掛けられたある魔法に気付く・・・!
次回、東方零異変第十一話「手掛かり」
乞うご期待!