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大好き


 シャルが生まれ育った国であり、プロトス地方の覇者でもある『ウィリディスクラブ王国』。

 王国の始まりは意外にも古く、およそ千年前にまで遡る……。



 昔々、世界には神に選ばれし『勇者』がいたそうな。勇者は神託のもと各種族ごとに最も力のある者が選ばれ、近く迫るという巨大な災いを退ける為、様々な祝福を授かったとされる。


 祝福を得られた勇者は史料では『七人』。

 魔人族で当時最強の名を轟かせていた深紅の少女。

 闘人族で最も気高い騎士であった青藍の青年。

 妖人族の武器商人にして幼くも麗しい黄金の少女。

 と、他にも次々と天稟の才をもつ傑物たちが選出された……。


 そして当然、人族の中でも勇者が選出される。

 選ばれたのは、貧しい農村で生まれ育った一人の少年。名を『ブレイヴ』という。姓はない。

 ブレイヴは生まれの所為か学こそなかったものの、それを補って余りある才覚と神の祝福、何より本人の弛まぬ『努力』によって、あっという間に頭角を現した。


 混迷していた人族同士の争いを止め、憎しみ合う人族の意思を統一し纏め上げ、他種族である魔人族や闘人族(亜人族)、妖人族などの勇者とも信頼関係を築き上げて、迫る災いに対する地盤を整えた。


 そうして、人族の勇者ブレイヴを中心に他の勇者たちも集い、多くの人々が彼を支えた結果、襲いかかる巨大な災いは退けられた……。



 これが人々から『勇者の中の勇者』と種族の垣根を超えて讃えられる男、ブレイヴの伝説。

 そんな彼が王となり興した国が、シャルが生まれたウィリディスクラブ王国なのである。





 ──さて、ここからが現状において最も大事なところ。


 勇者ブレイヴには、国を興す前から寝食を共にしていた七人の従者が存在した。

 従者たちは彼を公私ともに支え、力を奮い続けたらしく、尽力は彼が国王になっても変わらなかった。

 そんな従者らに対して、彼の方も絶対の信頼を置いて忠臣として厚く遇した。

 その信頼を象徴するのが『ホラ・カルディア勲章』というもの。国を興して初めて作られた勲章にして、『王国の心臓』という意味を込めた、王国においてこの七人にしか与えられなかった特別で特殊な勲章だ。


 王から勲章を賜った七人は、その後『七貴人』と呼ばれることになり、国王と並んで民から畏敬の念を集めることとなった。

 そして、七貴人の勲章は次代の国王拝謁の元、相応しき子息への継承が成され、子々孫々と受け継がれていった。七貴人は時代を超え、千年が経ってもなお色褪せることなく、変わらない忠誠を王に捧げている。





 ウィリディスクラブ王国における『七貴人』とは、そうした古く貴い来歴をもつ。

 当然、現代においてもその存在は特別なまま。


 時は移り変わって今の継承者は、三つの『公爵家』と四つの『侯爵家』当主である。

 ただ貴族に組み込まれてはいても、七貴人の居る御家はやはり別格の扱いだ。

『公爵であって公爵でなく、侯爵であって侯爵でない』と国内外の有権者たちに囁かれる程に。


 一貴族でありながら他国の王家以上の力を持っている怪物レベルの大貴族。国内においても、全ての貴族が一目置かざるを得ない存在。『勇者に付き従いし者』の血筋なだけあって戦闘能力も十二分で、各々が王国の守護者。ちょっと変わっているのはご愛嬌。


 そんな感じの『三公』『四侯』の当主たち。

 それぞれが七貴人として先祖と志同じく、国王に大いなる忠誠を捧げる忠臣である。




 ──さぁ、この常識を踏まえた上でシャルの現状に立ち返ってみる。





「おぉぉ、君たちがこの都を救った英雄一行かっ! 成る程、幼くも賢しい眦をしておるなっ! 正しく英雄に相応しい姿である! 何より愛くるしい!!」


 一人の壮年の男が、頰をだらしなく緩めながらもシャル達に向けて言葉を発した。


「まったくアルドルさまったら、そんなお緩みになった顔をなさって、お客様方が引いておりますわ?」

「お、おっと、これは失礼した。いやぁすまないね。以前から常々招きたいと思っていた故、舞い上がってしまったよ。まずは遅ればせながら自己紹介をしようか。──私はアルドル・マールス。この地を治めている領主である。とはいえ、変に畏まる必要はないぞっ? いまは気軽にアルドルおじちゃんとでも呼んでくれて構わない! いや是非とも呼んでほしい!」


「は、はぁ……」



 なんということだろうか。

 現在、シャル達の前には七貴人がいた。




 ■■■




 僅かに時は戻る──。


「あの、一ついいですか。この馬車は一体どこに向かっているのでしょうか? いちおうアルル達からは、フロルさんから宿を紹介してもらえると聞いたのですけど……こっちって宿泊施設のある区域じゃありませんよね?」


 シャルはやや不機嫌そうな雰囲気を滲ませて、対面に座る少女、フロルに問うた。


 冒険者ギルドで合流を果たしたシャル一行だったが、いまは何故か一緒にいた幼い少女フロルと共に、馬車に乗っていた。いや、正確にはフロルが挨拶もそこそこに馬車に乗せた、が正しいのだが……。


 先にフロルと遭遇したアルルとニーナが言うには、一押しの宿泊場所がある、自分が以前のお礼も兼ねて案内をしたいと言ってきたらしい。

 そんな好意を断りきれずに……というか、渡りに船と連れてきた結果が、いまの状態なのだった。


 乗せられた馬車は、華美な装飾が施されたとても高価そうな馬車。座席もふっかふかで衝撃も少ない。

 そこらを走っている馬車とは明らかに格が違った。

 これには嫌な予感しか感じないシャル。その表情はまったく冴えない。



「万事問題はございません。強引なお連れ出しとなってしまい大変申し訳なく存じますが、警戒をなさらないで大丈夫でございます。滞りなく宿泊施設の方へ向かっておりますから」

「……その宿泊施設が何処か伺っても?」

「はい、もうすぐ見えると思いますわ」


 フロルの言葉と共に、上層区に通じる警戒度が高い門を楽々スルー。次第に見えてくるのはアホみたいに高い外壁。奥にはファナールの象徴である巨大建築物が見えてくる。

 ……シャルの顔色は目に見えて悪くなった。



「改めて正式にご挨拶させていただきますわね。私の名はフロル。フロル・マールスと申します。この度は以前のお礼も兼ねて、皆様を当家にご招待し歓待すると共に、ご宿泊していただければと考えております。非公式の席となりますので、作法などは気にせず存分に楽しんでいただければ幸いです」


 フロルは対面に座っているシャル一同の顔を、順々に見つつアッサリ告げた。


「お〜、侯爵様と同じ〜? すご〜い!」

「こ、侯爵さま!? ……え、あれ? でもたしか侯爵様にご息女はいらっしゃらなかった筈よ? アルドル様の御子はご子息が二人の筈だもの」

「……わぅ?」

(あぁ、やっぱりかぁーっ。完全に厄事じゃないですかー。これ関わったらダメなやつですよー。無理矢理にでも断っておけばよかったぁ……)


 突然『マールス』という七貴人の居る貴族の名が飛び出て、各々驚く一同(ハクアは除く)。いや、シャルに関しては、驚きよりも苦々しさが前面に出ている感じであった……。



「私はこのマールス侯爵領を治めるアルドル・マールスの妻。周りの方々には侯爵夫人と呼ばれてもおりますね」


 次ぐように、アルルとニーナの疑問に答を返しながらの爆弾投下。見た目幼女による妻宣言だった。


「あー……」

「おぉ〜、すごーい」

「え、ええっ!?」

「……っ! あー……?」

「ハクアちゃん無理して乗らなくて大丈夫」

「わぅ」


 少々のおふざけを挟みつつ、シャル達はフロルに視線を向ける。シャルは驚きながらも面倒そうに。アルルは大きな感嘆、ニーナは純粋に驚きを。ハクアは現状をあまり理解していないので、シャルの側でのんびりと惚けている。

 そんな様々な視線を受けながら、フロルはクスクスと淑やかに笑っていた。どうやらシャルとハクアのやりとりが面白かったらしい。



「ふふっ、そうですよね。普通はわかりませんものね。ですが、私こう見えてもれっきとした二児の母なのですよ? 子育てとか得意です」

「わぁ〜、すごーいっ! フロルちゃんはお母さんなんだぁ〜!」

「ちょっ、アルルっ!?」


 侯爵夫人と分かっても普段通りのアルルに、ニーナが慌てて止めに入る。しかし、当のフロルは微笑みながら手をパタパタと振って。


「お気になさらないで下さい。今は侯爵夫人としての立場におりますが、私は庶民の出なので、気安く接していただける方が落ち着きますの。皆さんも変に畏まらずにお話下さいませ」

「え、いや、でも、フロルさま……さんが丁寧に接してるのに、私たちだけ気安くなんて……」

「あぁ、これは長年の癖と申しましょうか。庶民の出とは言ってもソノールス大陸の生まれでして。作法などにも疎かったので、日頃から口調はこのようにしておりますの。常に意識して丁寧に話しておりませんと、いざという時に主人に恥をかかせてしまいますから。気を遣わせてしまってごめんなさいね」

「あっ、いえ、その、こ、こちらこそ……」


 丁寧なフロルの説明に納得するも、絶賛人見知りを発動中&立場が高い人と一緒で緊張しまくりのニーナ。精一杯に紡いだ返事も吃ってしまってタジタジな感じとなってしまう……。

 これは流石に見かねたのか、黄昏気味だったシャルがすかさずフォローに入って、目を回しているニーナの話を引き継いだ。


「ん、ソノールス大陸ということは、フロルさんは、もしかして幼人種や小人種、鉱鍛種のような種族の方なのではないですか?」

「あら、よくお分かりになりましたね。シャルさんのご明察通りですわ。私はソノールス大陸の『幼人』の里が生まれ故郷です。ふふっ、こう見えて年齢も皆さんよりずっと上なのですよ?」


 フロルはやや茶目っ気を覗かせて微笑むと、アルルが『すごーい、すごーい』と目を輝かし、シャルは『そうは見えないです』と無難に対応。ついでにハクアも『……おぉ』とよく分からないまま便乗した。

 仲間の力もあってなんとか場のとりなしが上手くいき、ニーナもホッと一息ついた。



 ──ソノールス大陸。

 別名『闘人大陸』と呼ばれている場所だ。

 その地に住んでいる殆どは闘人(人族の大陸では過去の諍いから亜人で根付いている)と呼ばれる人々。ニーナの森賢種エルフやハクアの獣人各種ビースティア、他にも鉱鍛種ドワーフなどの多種多様な種族が、大きな括りで『闘人族』と呼ばれている。

 フロルの言った幼人種プールスも闘人(亜人)族の一つで、見た目の年齢が人族の幼子あたりで固定される種族特性をもつ種だ。幼人は、エルフなどと違って精神依存の成長とも違い、亡くなるまで幼く可愛らしい姿のままという。その特性故か、一部の特殊な趣味の者たちからの注目がやけに高かったりもする。

 シャルは本を読んだ際に、幼人種(プールス)を合法ロリ・ショタの種族として記憶していた。





「皆さん、もう少しで到着いたしますわ」


 和やかな雰囲気で談笑をしていたシャル一行は、目的地である場所が近くなった辺りで気を引き締めた。気がつけば目の前に迫力満点の建物が迫っている。

 ここまで来てしまえばシャルとて諦めがつく。

 今は割り切った上で、いかに上手く立ち回るかに思考を割いているほどだ。流石は魔術師。このあたりの切り替えはお手の物。



「……っ、到着。やった」

「ん?」


 ふとシャルは左隣から小さな呟きを拾う。

 シャルの左隣はアルル、その向こうにニーナが居る。声音から呟いたのはアルルだと理解して、そこでハッと思い出した。

 すぐさまシャルはうつむき気味なアルルに顔を近づけて、耳打ちをする。


「ねぇアルル。馬車だけど大丈夫だったの?」

「シャルくん、思い出させたらダメなの」

「どういうこと?」

「ダメなの」

「……ん、んぅ?」

「ダメ、なの」

「ぁ、はい」


 どうやらダメらしい。

 いかに揺れの少ない高級馬車でも、綺麗に敷かれた石畳の上でも、鋭敏すぎる感覚をもつアルルには関係なかったようで、平静を取り繕うだけでも精一杯だったみたいである。


 確かに、時々アルルらしくない言動や行動があったなとシャルは思い返した。そして、面倒事の対処に気をとられすぎて、アルルの体調を気遣えなかったことに自責の念を抱く。


 申し訳なさが込み上げ、無意識的にアルルの頰辺りに手が動いて──



「アルル、気付くのが遅れちゃってごめんね……」


 当人のアルルよりも辛そうに謝る。実際シャルが悪い訳ではないのであるが、気づけなかった自分自身が許せないのか、なんとも言い難い表情だった。

 だが、それを見過ごすアルルではない。

 シャルの添えた手の上に自身の手を重ねると。


「大丈夫だよ、シャルくん。ありがとっ」

「……ぅ」


 長年の付き合い故か、シャルの心情を完全に把握している様子のアルル。

 心配してくれてありがとう、と心からの笑みでもって安心させ、シャルの心を支える添え木とした。

 ウィーティスからの旅で成長したのはアルルも同じ。純粋さや爛漫さなど変わらないモノもあるが、大きく成長しているモノは多々ある。

 今の笑顔には、そんな成長を認識させるモノが十分すぎるほど内包されていたらしい。



 ただ、それだけではなく、



「大好き」


「ッ!?」



 追い討ちとばかりに、囁くように耳元でそう告げる天使さんなのであった。


 そして、アルル渾身の笑みと愛の告白を受けたシャルは、顔を真っ赤に染めたまま惚けて、馬車が完全に止まるまでフリーズし続けていた……。







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