血なまぐさい噂話です
「あの、シャルちゃん、ごめんなさい。私、とんでもないことを……。怒って、ますよね……?」
談話スペースに設置されたテーブルに三人で座る。
既に初対面同士の挨拶は済ましたが、空気は重い。
背を丸め、上目遣いで恐る恐る顔色を伺うミゼリスが原因だ。
シャルはジッと見つめ返して口を開いた。
「変に怯えなくていいです。ただ協力してください。そうしたら先程の件を許してあげますので」
「ほ、ほんとですか? 分かりましたッ。このミゼリス、身命を賭して協力させていただきますッ! 必ず役に立ってみせます。シャルちゃんの信頼を取り戻してみせますっ!」
光明を見出したとばかりに気持ちを立て直したミゼリスは、死地へ赴く勇士のような顔で協力に応じた。
あっさりと協力を取り付けられ『ちょろい』と内心ご満悦のシャル。転んでもただでは起きない。なかなか強かな童子である。
「それで、私はいったい何をすればよろしいのでしょうか!?」
「難しい事じゃないです。ただ色々と情報を集めているので、ここ最近の噂話とかを聞かせてくれれば結構です」
「情報、噂話ですか。わかりました……」
ミゼリスは真剣な面持ちで記憶を探り始める。
その姿を礼儀正しく静かに待つシャル。
シャルとしては、この会話は別行動中の二人が来るまで有意義に時間を使えれば、と取ったものだった。
なので、そこまで真面目にならなくてもいいと思ってはいた。でも口に出しはしなかった。
ちょっとした意趣返しである。
少ししてミゼリスは情報をまとめ終えた。
至極真面目な表情のままミゼリスは告げる。
好意でシャルやアルルに関係したものをわざわざピックアップして──。
「まず私が最近聞いた噂ですと──シャルちゃんを愛するメンバーが候都以外でも急増しているみたい……といったものですね」
「……そういうのはいらないです。他のを」
バッサリだった。シャルは半眼で睨む。
睨まれたミゼリスは涙目ながらシャキッと姿勢を正すと、慌てるように次の噂を口にした。
「他のですと、えっと、アルルちゃん達が討伐依頼を受けなくなり相対的に魔物回収の仕事数が減ったからか、文句を言ってくる冒険者が増えたらしい……とかも聞きました」
「そんな他人に寄生するような軟弱者がいるのですね。折りをみて叩いておきましょう。他にありますか?」
「えぇと……」
それからミゼリスが噂話やちょっとした情報を述べては、シャルがもっともっとと促す光景が続いた。
内容は日常的な生活のものから、他人の色恋沙汰、蓮華亭の盛況ぶりや、例のユミルネ屋敷消失事件など多種多様だ。とはいえ、シャルにとっては大半が興味のない情報ばかりなので、少々気持ちがだれてくる。
ユミルネの件も、自分たちが持っている以上の情報はなかったのも大きい。
「他に、ありますか?」
「うーん、そうですね…………って、そういえば一番大きな情報を忘れてました!」
ポンと手を打ち鳴らすと、ミゼリスが少し自信ありげに笑った。
「先日、大魔道闘技杯に行っていた黄金林檎の選抜メンバーが、無事候都に凱旋したんですよっ。結果は初戦敗退と残念な結果に終わったみたいですけど、領民たちは誇らしそうに彼らの事を語っていましたよ」
「ん、そういえば今年が開催年でしたね……」
シャルは今の今まで忘れていたようで、極小さな苦笑いを見せる。
大魔道闘技杯。
三年に一度、七月七日から八月八日の間に渡って、ボナ・ケントルムの冒険者ギルド総本部主催で行われる武闘大会だ。
この大会は、世界規模で行われる唯一の行事という特別性や、コミュニティ対抗戦、個人戦などの見どころの多さも相まって、恐ろしいほど人々の注目を集めている。そんな大会に、候都の有名コミュニティ『黄金林檎』のメンバーも行っていたらしい。
王国民は自国の者が世界大会に出場したことを誇りに思っているようで、結果はどうあれ奮闘した出場者たちを讃えているようだった。
確かにこの情報は、話題性で言えば一番大きなものであった。ただ自分とは縁遠い話題でもあるので、シャルの興味は薄かった。強いて言うならアルルが喜びそうな話題だなぁ──程度の興味だ。
……シャルは無情にも次の話を促す。
ミゼリスの反応からそろそろネタ切れなのは察しているので、話を切り上げる事も視野に入れつつの催促だった。
「……他の話、他の話、他の話ですかー。うぅぅん、そうですねぇ、あと残ってるのだと面白みのない情報くらいしかないんですよねぇ……」
「面白みのない?」
「あ、はい。ここ最近ますます『宵の狂炎』の被害者が増えていってる〜とか、謎の暗殺者『白影』が遂に討伐されたか〜? みたいな血なまぐさい噂話です」
途端、だれていたシャルの眦が鋭さを増す。
深紅の瞳は熱量を上げて強く輝く。
「その話、もっと詳しく教えて下さい」
「え……?」
「こういう情報は自分の身を守ることにも繋がりますから。ミゼリスさん、お願いします」
「あ、はいッ」
静かにされど重みのこもった言葉で先を促したシャル。その姿に気圧された様子のミゼリスであったが、持ち前の有能さは健在。
すぐに気持ちを切り替えて、理路整然と事細かに話していった。
ミゼリスの話を聞いていくにつれ、シャルは自分が真に求めていた情報はコレだと確信するに至る。
それ程までに、有用な情報の数々だった。
一つ目の噂『宵の狂炎』。
この存在は、最近王国に現れた得体の知れない殺人集団として認識されている。無差別な殺人を繰り返すその様から、いつか自分が襲われるかもしれないと、人々の不安の種にもなっているらしい。
襲撃の失敗を悟ると自らを顧みず自爆特攻を仕掛けてくる事と、薄気味の悪さからこの通り名がついたとも。
そして、二つ目の噂が『白影』。
こちらは比較的行動が分かりやすい存在として認識されている。いうなれば凄腕の暗殺者だ。
目的もはっきりしている為、宵の狂炎に比べて市井の人々の関心は低めである。
犯行が確認された地域は王国中央部が主だが、最近ではちらほら南部と東部にかけても行われている。
基本的に襲われているのは、富裕層や金回りの良い人物、周辺トラブルを抱えていた者ばかりだったという噂もあって、典型的な金銭契約の雇われ暗殺者の犯行が高いと予想されている。
一部では王国南部という地域から連想し、犯人は亜人族なのではと囁かれていたりも。
通り名は、いくつかの事件現場で白い影が横切ったのを見たという話から付けられたらしい。
「まぁ、物騒な噂が広がってはいますけど、最近ギルド経由で王国側が本腰を入れたとの情報が入ったので、遠からず解決すると思います。あまり心配する必要もないかと。王国の情報部はかなり有能と聞きますし」
ミゼリスは宥めるような優しい笑みでシャルに告げた。対するシャルは顎に手をあてて熟考中だった。
……噂に上がるどちらの話も大変物騒なもの。
被害者がどんどん増えていっているのもあって、ついに王国側も本腰を入れて事態収拾に乗り出したのだろう。
ただ、この噂に上がっている二つの存在。
シャルから見た場合とても分かりやすいのだ。
『宵の狂炎』が首輪をつけられた奴隷達で、『白影』が保護する前のハクア。
聞いた特徴なども当てはまるし、白影の活動が止まった時期と、ハクアを保護した時期とを照らし合わせれば、まず間違いはないと考える。
つまり、暗殺者がハクアであるなら、ハクアを捕らえるために動く王国側にも注意しないといけなくなった。
強制されていたから無罪判決になる。そういった楽観思考はできない。最悪、王国とも対峙しなければいけない可能性も出てきてしまった訳だ……。
(むぅ、厄介すぎる……)
シャルは内心で盛大に顔をしかめるが、表面上は完璧なポーカーフェイスを保つ。
「ん、国が動いたのなら確かに安心ですねー」
安心した雰囲気で朗らかに返答したシャルは、『それより……』とさり気なさを装い一つだけ探りを入れる。
「『宵の狂炎』と『白影』の関連性とか、個人的には気になりますね。どちらも同時期に王国を騒がせている訳ですし、結びつける人とかもいそうな気がします」
「あー、そうですね。そんな感じの噂はありますよ。白影が宵の狂炎を取りまとめている人物なのだー、とか、実はその二つとも他国が送り込んだ刺客で、王国を内から乱そうと画策しているのだー、とか根も葉もないモノばかりですが。ただ、所詮噂は噂ですし信憑性は低いと思います。実際にはまだ何も分かっていないそうですから……」
「やっぱりですか。噂話ってすぐに尾鰭が付きますからね。でも、繋がりが本当にあったら大変ですし、関連付けたくなるのも分かります。僕も変に踊らされないよう気をつけないとですねぇ……」
「ふふっ、シャルちゃんなら大丈夫だと思いますよ?」
「おだてないでくださいよ、もう……」
意識しながら微笑みを浮かべ、なかなか有意義な時間を過ごせたと、シャルは満足げに話しを切り上げることにした。気づけば結構な時間が経っていたようで、そろそろ別行動組が来そうな気配を感じている。
「ミゼリスさん、貴重な情報ありがとうございます。すごく助かりましたっ」
「いえっ、滅相もないです。こちらこそシャルちゃんには酷いことをしてしまいました。本当に申し訳なく。……ごめんなさいっ」
「そんなに怯えなくて大丈夫ですって。約束通り許します。もう気にしていない……とは言いませんが、今後しないのであれば、僕はそれでいいです」
机越しに深々と頭を下げていたミゼリスだったが、その頭を優しく撫でられて微笑みを向けられると、すぐさま感激でキラキラと瞳を輝かせた。
「あ、ありがとうございます! ……うぅ、シャルちゃん、ほんと女神っ♡ 大好きっ、愛してるぅ♡」
「んー? 何か言いました?」
「いえ、なんでもないですぅっ」
……シャルは聞こえなかったことにした。
話を終えたシャルとハクアはギルドのホールに戻ってくる。ミゼリスは仕事に戻るので途中で挨拶を交わしてそのまま別れた。シャルに許されたミゼリスは、黄昏ていた時とは打って変わって、それはそれは晴れやかな顔をしていたという……。
「シャルくーん!」
「あら、もうこっちに来てたのね」
シャル達がホールに戻ってきて、わずか数分ほど。
別れていたアルルとニーナが冒険者ギルドに姿を現した。
──が。少々おかしい。
人数が二人組ではなく、三人組になっている。
アルル達のすぐ後ろには同じくらいの背丈をした少女。仕立ての良いワンピースタイプの服を着た幼い少女がいる。少女はニコニコとシャルに笑みを向けて、小さくカーテシー。
「……んー、あれ?」
そこで、やっと気づいたシャル。
少女はシャルを視界に捉えたまま、綺麗なブラウンの長髪を翻し近づく。
「ふふっ、お久しぶりです。シャルさん」
「えっと、たしか…………フロルさん、でしたよね?」
「はい、覚えていて下さり光栄ですわ」
いつぞやに出会った少女──フロルは淑やかに笑った。




