泣いて謝っても許しません
「……ここ、あってる?」
「その筈なんだけど。なんで更地になってるんだろう? ん〜〜……」
シャルは疑問を胸に敷地へ立ち入る。
ふらふらと更地の中心に進み、周りを見渡す。
何もない。建物はおろか敷地に走る石畳までも消えていて、魔法薬等の材料として栽培されていた魔草や薬草の数々も綺麗さっぱり無くなっている。
設置されていた魔法具諸々も無く、魔力などの残滓も感じない。
ユミルネの痕跡という痕跡全てが失われていた。
この様相から真っ先に思い浮かぶのは、やはりハクアのいた奴隷テロ組織。ユミルネがそこの構成員に襲撃された可能性だった。
(んー……自分で考えておいてアレだけど、あり得ないよねぇ。師匠が遅れを取るとか考えられない。もし仮に襲撃があったのだとしても、ここまで綺麗に消えるかな? 敷地の外にも被害は出てないもんねぇ。これは別の理由が高いかも?)
「……」
顎に手をあてがい敷地内をグルグルと回って自問自答。考えを巡らせるシャル。ハクアはぴったりシャルの後ろに付いて、アヒルの子状態。
可愛く一緒にグルグルする。
「──うぅー、まぁ、心配は無用かな」
「……しんぱい、なし?」
「うん、師匠だし」
あっけらかんと結論付けたシャルは、自信を持ってハクアに答えた。
シャルからすれば、ユミルネは自分の母親にも比肩し得る存在として位置付けられている。
その為、害されるビジョンが全く浮かばなかった。
ユミルネが消えた理由も、『どうせ面白そうなオモチャを見つけてホイホイされたのでしょう?』というもの。たとえ正答でなくても、当たらずとも遠からずな理由に違いないとシャルは考えていた。
「でも、これは困ったなぁ……」
独りごちつつ眉をしかめるシャル。
ユミルネが確実にいると思っていただけに、シャルが受けた衝撃は大きく、予定も崩れた。
ハクアを今日中に解放する構想も白紙だ。
「……はぁ」
──最近、身近に居た人に会えないことが多い所為か、どうも嫌な思想に囚われるシャル。
実際間が悪いだけだと分かっているし、感覚も違うと訴えている。だが、どうしたって前世の出来事が過ってしまい心地の悪いものが生じてしまう。
シャルは一度、深呼吸とともに首をふって悪い考えを振り払った。
「……ねねさま、へいき?」
「ん、大丈夫。ごめんね、いつまでも考え込んでちゃダメだよね。どうせだから少し聞き込みしてみよっか?」
「……うん」
シャルの小さな不安を鋭く察したハクアが心配そうに覗き込む。それに対しシャルは鷹揚に応じる。
内心穏やかならぬも表には出さず、笑みを浮かべ、普段通りにハクアを安心させた後、やおら行動を起こすのだった。
二人は連れ立って聞き込みをしていく。
しかしこれといった情報は出てこない。
分かったことといえば、一月ほど前に敷地内のものが忽然と消えたと知れただけ。
それ以外は全く分からなかった。
近所の住人はこの出来事に気味の悪さしか感じておらず、全力でスルーを決め込んでいる様子。
候都の兵士なども屋敷跡に訪れたりしたそうだが、結局はすぐに帰っていったらしい。
「まぁ、そう簡単にいくとは思ってなかったけどさ。師匠ってご近所付き合いとか皆無だったし? 言伝を残せる筈もなかったよ……」
「……ざんねん」
「そもそも、こう恐れられてちゃ聞き込みも上手く出来ないよね。社交の大切さをまさか師匠から教わる事になるとは。はぁ……」
シャルはだいぶ失礼な台詞を呟きつつも、これ以上の聞き込みは無意味だろうと判断した。
そして予定が崩れ去ったいま、この場に居続ける理由もない。後ろ髪を引かれる気持ちもあるが、二人はそのままユミルネの屋敷を後にするのであった。
◼︎◼︎◼︎
ギィっと独特の軋みをあげて開く木製扉。
踏み入るのは懐かしき冒険者ギルド。
予定よりだいぶ早いが、先に合流地点で待つことしたシャルとハクアは、そのままギルドに入る。
「こんなに居るんだ」
「……っ」
時間帯的に混んではいないだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。
人でごった返すまではいかずとも、ギルド内が煩雑とするくらいには人で溢れている。
ザワッ
二人がギルドに入ってから場の空気がガラリと変わった。ざわめきと共に視線が二人に集まる。
だがシャルは努めて気にせず、ハクアはやや怯えながらもシャルの背についてギルドを突っ切っていく。
そのまま右に左に視線を巡らして、唯一覚えている顔見知りの人物を探すシャル。
「…………ぅ」
「受付にはいない、か。今日はお休みなのかな?」
萎縮気味のハクアを横目に見つつシャルが呟く。
人混みはシャル達が歩くのに合わせて二つに分かれていく。おかげで見通しは効いて探しやすい。
「まぁ、いないなら他の人でいいや。手の空いてそうな役員さんはいないかなーっと」
しばらく探しても目的の人物が見つからなかった為、シャルは仕方なく暇そうな役員に声をかけようとする──と。
「しゃしゃしゃしゃシャルちゃーーんッ!?」
「──ふぇッ!?」
突然、ギルド役員室に繋がる通路の方から声が上がった。
気付いた時には時すでに遅し、声は風を切るように距離を詰めて、全力でシャルに飛びついた。
「ふわぁぁぁああぁ会いたかった会いたかった会いたかったよぉぉぉおぉぉー!!」
「──っ、ミ、ミゼりゅゅぅぇぇぇっ!?」
「あぁあぁー柔かーいお肌すべすべふにふにいい匂ーいーっ!! これは夢? 夢ですか!? いえ夢でも構いません! 私は目が覚めたとき絶望するかもしれない。でもこんな至福を束の間のとはいえ味わえるのならば突き進むのみだわっ!」
「〜〜ッ!!?」
飢えと渇きを満たす遭難者みたいに荒々しく、シャルを胸元に抱きかかえるのは、シャルが探していた顔見知りであるミゼリスだった。
当のミゼリスは目を背けたくなるような表情で、狂ったようにシャルの頭をナデナデ、髪の毛スーハー、頰をスリスリ、おでこにチュッチュっと乱れに乱れている。
「……んぅっ……ちょ、っ……はな、れ……っぅぅん!? ふぁっ!? ……ぁ、んんッ!!?」
「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいいぃぃ〜〜♡」
ミゼリスの乱れ具合に比例する形で、シャルの服装も乱れていく。
トレードマークと化しつつある大きめのポンチョコートがはだけ、肌着も鳩尾のあたりまでめくれ上がる。ショートパンツは下着ごとずり下がり鼠蹊部までもが露わとなった。
這うようにシャルの素肌を魔手が蹂躙し続ける。
シャルの顔は恥ずかしさで既に真っ赤。
弄られる擽ったさから、噛み殺した甘い喘ぎが漏れ、半開きの口元からは熱い吐息が零れている。そして、色々な感情が混じり合い目尻には光るものまで。
その全てを内包した表情は年に反してとても淫靡だった。
なんというべきか、これはヒドイ……。
「……むぅっ、ねね、さまっ」
事態に気付いたハクアが、必死にミゼリスを振り払おうと足掻いているものの、軟体生物を彷彿とさせる動きで手足を絡ませていてびくともしない。
そして、ギルド内の紳士淑女たちだ。
シャルを思って目を背けようとするも、視線を外す事叶わず、自然前かがみや内股状態となっていた。
「すぅぅぅはぁぁぁっ〜♡ 素晴らしいっ、ここが聖天の地かっ♡」
「──────ッ」
そんな発言と終わらない辱めに、ついに我慢の限界をむかえるシャル。
衆人環視の中での醜態。振り切れる心と羞恥の暴走。いわゆるプッツンをしたのだった……。
シャルの瞳からハイライトが消える。
「 ど い て 」
普段のシャルからは考えられない無機質な声を放ち、抱きついていたミゼリスを力尽くでうつ伏せに引き倒す。伏したミゼリスの片腕を強引にひねり上げる。
「そんなに聖地が見たいなら送ってあげます。ボクが送って本物を見せてあげます。今すぐに……」
上気した顔は変わらないものの、目つきは絶対零度の冷たさを湛えている。もしくは、路傍の石や虫の死骸を見下ろすが如し。
「──ひッ、いだいッ!? え、夢じゃないの!? 幻覚じゃなかったのぉ!? う、うそぉぉぉっ!? 本物ですかぁぁ!? いつの間に戻られていたのですかぁぁぁ〜〜!!?」
与えられた痛みでやっと正気を取り戻した様子のミゼリス。ただ、戻るのが致命的に遅かった。
シャルは無反応。眉ひとつ動かさない。
無表情のまま力を込め続けるお人形と化していた。
「ご、ごめんなさぁぁあぁあぁい!? 違うんです!! ここの所シャルちゃん分が不足してて、ぼうっとしていたからでしてぇぇぇ、ちょっと幻覚かと思っちゃっただけなんですっぅぅぅ!!? シャルちゃんごめんなさい許してくださいぃぃ〜〜!!?」
「許さないです。貴女は限度を超えました。公衆の面前で辱めを受けたのです。泣いて謝っても許しません。罰し続けます」
人を人とは思わぬ眼差しでミゼリスを射抜きつつ、シャルは腕を更に絞めあげようとする、が。
その前にハクアがシャルの背後から抱きついた。
「……ねねさま。おち、ついて……?」
「──ッ」
ピタリ。一瞬の制止の後。
異様なシャルの雰囲気が霧散する。
シャルは深い深い深呼吸を一つ、ミゼリスを締め上げていた手を離した。
いつもよりも更に無表情ではあるが、纏う雰囲気も柔らかく愛らしいものに戻った。
「ごめんねハクアちゃん。止めてくれてありがとう。ちょっと恥ずかしすぎてどうかしちゃってた」
「……ううん、いい。いつもの、ねねさま……」
「ん、ちゃんと戻った。それによくよく考えたら、この格好でミゼリスさんを罰し続ける方が恥ずかしかったよ。止めてくれてホントありがと」
「……えへっ、ハクア、役たった?」
「ハクアちゃんが居なかったらもっと恥ずかしい目に合ってたからね。助かったよ」
「……そっか、……よかった♪」
ふにゃっと頰を緩めて笑うハクアに愛おしさが溢れたシャルは、さっと身だしなみを整えて、よしよしとハクアの頭やら頰やらを撫でさすった。
その手つきは、先ほどのミゼリスの変態的なものとは正反対の慈しみにあふれたもの。
ハクアは優しい手つきに甘く惚けるのだった。
「わ、わたしは愚かだ……」
地面に這いつくばった敗残者ミゼリスは、面前の尊い光景に茫然自失とし、無意識に呟いた。
ようやく冷静になれた様子。自分の仕出かした行為を思い返して絶望に打ちひしがれている。
「やってしまった。シャルちゃんに手を出してしまった。シャルちゃんを穢してしまった。シャルちゃんに引かれてしまった。シャルちゃんに嫌われてしまった。もうおしまいです。風と共に去らねば。お姉ちゃん、先立つ不孝をお許──」
「ミゼリスさん。立って下さい」
「ほぇ?」
シャルは居心地の悪さから、土下座に近い形で黄昏ていたミゼリスを立たせると、腕を引っ張ってギルドの奥に連れて行く。
期せずして手をつなぐ格好となったミゼリスは、理解及ばず只々惚けている。
「ミゼリスさん、お借りしていいですか?」
一番近くにいた前かがみの男性役員に、静かなされど拒否は許さないという声音でシャルが問うと、ギルド役員はビシィッと背筋を伸ばして『煮るなり焼くなりなんなりと!』とアッサリ許可をだす。
許可を貰ったシャルは、一瞬、男性役員の下方を一瞥。ビクッと後悔したように身体を震わすと黙礼をし、そのまま資料室に併設された談話スペースへと足早に向かった。
2018/04/11-誤字修正




