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もぉぉぉっ!身体が足りないよーーっ!!


 丘陵地帯から草原の先に広がる白い巨壁。

 遠目からでも伝わってくるほど雄大な佇まいの城門に、人々の賑わいや営みが伺える街並み。


 シャルは小山の崖縁からそれらの景色を眺める。

 約一月ぶりになる候都ファナールは、以前来た時と変わらぬ威容でもってシャルたちを出迎えた。



「んー、なんというか。初めて候都を見た時の印象が強すぎて、こうして眺める度に思い出しちゃうなぁ。あはは……」

「そういえば、私が貴方たちを迷子と間違えて案内した時も、この丘陵から街に向かったのよね」

「あの時のシャルくんにはビックリしたよ〜」

「アルルっ、それは思い出さないでっ……」

「ふふっ、私も驚いたわよ。シャルったらいきなり泣き出すのだもの。どうしたらいいか困ったわ?」


 アルルとニーナに過去の醜態を掘り返され、羞恥を覚えるシャル。


「うぅぅ〜……だ、だったらあの時のニーナさんも、人見知り全開でツンツンしていたと思いますっ!」

「──ふぇっ!?」

「えへへ♪ それはそれで可愛かったと思いま〜すっ!」

「ちょ、アルルまでっ!?」


 まさかの切り返しと追撃に、ニーナは裏切りを意図する格言で有名なあの独裁官を想起させる表情で、『お前もかっ』とばかりにアルルを見つめた。

 しかし、アルルは追撃の手を休める事なく、ニーナに可愛い可愛い攻勢をかけ続ける。




「…………」


 そんな仲良くじゃれ合う二人を横目に、シャルは右隣で和やかな表情を浮かべるハクアを見やった。


「ごめんねハクアちゃん。入りずらかったよね。いまの出来事のこと、後でいっぱいお話するね?」

「……ううん。みんな、楽しい……ハクアも楽しい、から……」

「ふふ、そっか」

「……うん♪」


 感受性が異常なほど豊かなハクアにとって、会話に混ざれない程度なら些細な事らしく、楽しげな雰囲気でシャルに微笑んだ。シャルもそれなら良かったと安心しつつ、笑顔を返して頭を撫でた。




「──も、もうっ! こんな所でお喋りしてないで早く街に入るわよ! まだ陽は高いとはいえ色々しないといけない事があるでしょっ! もうっ!!」

「あぁん、ニーナちゃん待ってよ〜っ」


 傍らでじゃれ合っていた二人だったが、遂にニーナが可愛い攻勢に耐えきれなくなった様子。

 綺麗な尊顔を朱に染めて、丘の上から一足で飛び降り……逃げだした。

 ニーナの背を一瞥したアルルは、シャル達の方に振り向いてニコッと破顔。そして、続く様にぴょんぴょんとニーナを追いかける。



「ん、なんか既視感? いや、あの時と違って僕も遅れを取らないし、少し違うか……」

「……ねねさま?」

「ん、なんでもない。行こっか」

「……うんっ」


 虚弱体質になっていた時は、アルルに助けられながら恐々と滑り降りた丘。

 今はそんな丘も軽々と飛び降りられる。

 その違いに感慨深いものを感じるシャルだったが、ハクアに促されると意識を切り替えた。

 シャルはハクアに手を差し伸ばし仲良く手を繋ぐと、先行していった二人を追いかけた。




 ◾︎◾︎◾︎




 街に入ったシャルたちは早々に二手へ分かれた。

 候都には短い滞在という事もあって、純粋に効率を重視した結果である。

 現在シャルとハクアはユミルネの元に向かっており、アルルとニーナは宿の確保に向かっている。

 そして、お互い用事が済んだら冒険者ギルドに集合して全員行動をしようと決めてある。



「街並みとかあんまり変わってないね〜」

「もうなに言ってるのよ。たった一月ちょっとで街並みなんて変わる訳ないでしょう」

「うんっ、そうだよね〜。残念っ。変わってたら面白かったのに〜」

「はぁ、面白いってアルルは一体何に期待してたのよ……」

「うぅ〜ん、えっとね〜……闘技場とか出来てたら面白かったかも?」

「そ、そう。やっぱり戦いなのね。それなら王都にあるらしいわよ。よかったわね……」

「おぉ〜っ、王都にはあるんだ〜♪」



 お喋りを交えつつ、アルルとニーナは足取り軽く速やかに歩いていく。

 二人が向かっているのは馴染み深い宿屋──蓮華亭だ。滞在は僅かとはいえ、泊まるなら一番信頼できる場所が良いと、合議すらなく一瞬で決まった。


 市が開かれている広場を抜け、お祭りの様に多くの出店が並ぶ大通りも抜けていく。

 候都では有名人であるアルルとニーナは、外套のフードを深く被って顔を隠している。バレれば囲まれて身動きが取れなくなるは必至。当然の措置であった。


 売り子や買い物客で賑わう中をスタスタ縫うように歩き続け、アルルとニーナは蓮華亭の店前に到着する。

 久しぶりの蓮華亭を前に、少しワクワクした気持ちが沸き立つ二人。急かされるようにドアノブに手をかけ、いざ中に入ろうとし──気づいた。



 扉に一枚の立て札が掛けられていた。



「えっと〜……『只今満室。宿泊希望の方は受付にて予約表へのご記帳お願い致します』? ──えっ、満室!」

「うそっ、今までここが満室になったのなんて見たこともないわよ!?」


 まさかの満室御礼に驚くアルルとニーナ。

 だが、アルルはすぐに理由に行きついたのか、ポンと手を叩いて声をあげた。


「……そっかっ。あたし達が原因なのかも〜!」

「え、なに。どういうこと?」

「ほら、シャルくんを含めてあたし達って有名になっちゃったでしょ? それが原因なんだと思うな〜」

「……ぅ、うそ」



 アルルの予想した通りであった。

 英雄と持て囃されるアルルと、その相棒である可憐な少女ニーナ。そして、たった数ヶ月であり得ない程の信……ファンを増やした最要因シャル。

 候都で話題の三人が泊まっていたのだから、注目を浴びるのも当然というものだ。



 蓮華亭はこの宿泊施設が集まる区域では、中堅よりやや下の辺りに位置するレベルの宿屋だった。

 女性専用というのはそれだけで客層を絞ることになるし、店の立地もやや奥まった場所にあった所為か、馴染みの冒険者くらいしか泊まっていなかった。


 ただ、もともと蓮華亭はサービスも優れていたし、内装も設備も洗練されていた。足りないのは知名度くらいのもので。

 その不足を今回シャル達が埋めた結果──こうなってしまった訳である。


 ある意味で聖地(?)となった蓮華亭。

 今や他所の宿に泊まっていた冒険者や信……ファンの女性が大挙として押し寄せている。

 その勢いは凄まじく、宿泊待ちが一月先まで埋まっているほど……。



 たった数人で大きな効果を齎してしまう。

 シャルファミリー効果、恐るべし。





『もぉぉぉっ! 身体が足りないよーーっ!!』



 ふと、扉の前でポカーンとしていたニーナの耳に、聞き慣れた明るい声と複数の女性の声が届いてきた。

 アルルも聞こえたのか二人して耳をそばだて始める。


『ほら、泣き言をいってねぇで注文取ってくれって』

『ふふ、貴女からすれば嬉しい悲鳴ってやつじゃないの』

『お姉さん方はわかってないよぉ! 私の身体は一つなんですよー! 出来ることに限度というものがあるんですってぇ。そして、私は可愛いものを愛でられる方が嬉しい!』

『えー、ならなんで従業員増やさないのー? 雇って欲しいって人なら沢山いるじゃーん』

『だって私、従業員とか雇ったことないですから! 勝手がわからないといいますかぁ〜』

『あなた変な所でポンコツですわよね』

『うぐぅ……』

『はぁ、しゃあねぇなぁ。飯食ったら手伝ってやっから元気出せって、なっ?』

『ふふ、今日はもう依頼も入れてないですし、私たちも手伝ってあげますから』

『だねー、それぐらいならいいよー』

『ホントですかっ!? わっほぉい! それでは注文お伺いしまーす!』




 宿屋から漏れてきた会話。

 そのやりとりにニーナは苦笑いを浮かべながらも、どこか安心した雰囲気で口を開いた。


「忙しそうね?」

「うんっ、でもお姉さんたちとも仲よさそうで安心したのっ! ……ん〜、大変そうだから、あたしもコレットちゃんのお手伝いしてあげたいけど〜」

「余計に気を使わせちゃいそうよね。逆にあの子がシャルやアルルのお世話をしようと無茶して、そのまま倒れるのが目に見えるわ……」


 いまシャル達が顔を見せればコレットは狂喜乱舞する。しかし、その結果コレットは倒れるだろう──気心の知れた友人であるニーナは、一種の確信を込めてこう結論づけた。




「でもでも〜、コレットちゃんが元気ってわかって良かったよ〜! ね、ニーナちゃんっ♪」

「そうね……」


 その場でクルリと軽やかに回って、ツーテールの髪を翻しながら放ったアルルの言葉。ニーナは小さいつぶやきに大きな思いを乗せて返事をかえした。




「……とはいえ、ここがダメとなると他の宿屋を見つけないといけないわね。幸いこの地区に宿屋は固まっているみたいだし、すぐに見つかると思うけど」


 あてにしていた蓮華亭は大好評につき満室。コレットにお願いすれば、友人特権で部屋を空けてもらえるのだろうが、流石にそれは他の客に申し訳ない。

 アルルたちが他の宿屋を当たるのは自明だった。


「えへへ、大丈夫だよ〜! ジョルジさんが泊まってた宿屋さんも良い宿屋さんだったし、探せばいっぱい見つかるよっ」

「ふふっ、アルルの言うとおりね。なら早く見つけてしまいましょう。挨拶もなしに立ち去るのは少し薄情な気もするけど、今の状況で会ったらあの子の事だから、自分の部屋を使っていいから泊まって〜とか言い出しかねないし……」

「コレットちゃんにご挨拶は、お部屋をとった後でシャルくん達と一緒にいけば良いんじゃないかな〜?」

「──それでいきましょう」



 考えるまでもない即断即決。

 薄情かなと後ろ髪を引かれ気味だったニーナは、アルルの提案であっさりと迷いを断ち切った。


 話もまとまったので、今度こそアルルとニーナは宿探しに向けて歩き出す。

 蓮華亭の店前から立ち去り、人通りが多い方向に移動。大きめな宿屋が建ち並ぶ大通りまで戻ってきた。


 そして、泊まるのに良さげな宿を探していく。


 と。




「──此方にいらしたのですね。探しましたわ」




 突然、二人は背後から声をかけられた。





 ◾︎◾︎◾︎





「……ねねさまの、ししょー?」

「そうだよー。ちょっと変わってる人だけど、根は良い人だから安心して大丈夫だよ」

「……怖く、ない?」

「んー、時折魔物を使っておっかない実験してたりするけど、普段は別に怖くないかな。まぁ、もし師匠が突拍子もなくハクアちゃんを怖がらせようとしてきても、僕が守ってあげるから」

「……ううん、はくあも、ねねさま守る……」

「ふふっ、ありがとハクアちゃん。じゃあその時は、二人で師匠に立ち向かおうね♪」

「……おぉーっ」



 ところ変わって候都上層の住宅区域。

 シャルとハクアは雑談に興じながらも、ユミルネのお屋敷を目指して足を進めていた。


 現在、二人は街についてからそれなりに歩き、今さっきようやっと上層区域に通じる門を通過した所。

 ユミルネの屋敷が立つ区域は、上層区ではあるものの警備が比較的薄めなのもあって、怪しい風貌でさえなければ普通に通過することが出来た。


 たとえ身分証を持たないハクアと一緒であっても、顔を見せて堂々としていれば通行可能。

 これが候城の近辺や軍事施設の付近だったら、こうはいかなかっただろう。

 警備が薄い場所に住んでくれて助かります──と、顔を晒した事による影響に考えが及ばず思ったシャルなのだった……。




(ん〜、検問の心配はなくなった。あとの問題は師匠からどうやって協力を取り付けるか、だよね。ハクアちゃんの特殊性を考えれば、案外あっさり事が運びそうではあるけど……。むぅ、僕が普通にお願いしたら聞いてくれないかなぁ? くれないよねー……)


 

 シャルはひとり思考を巡らせる。

 今回、シャルがユミルネと会うのに、わざわざハクアまで連れて来たのには理由がある。


 ユミルネはシャルの上をいく魔術師の先達だ。

 シャルはこの訪問で上手く協力を取り付けられれば、そのままハクアを解放できるだろうと考えていた。


 しかし、ユミルネの性格的に、単純に協力を求めても断られる可能性が高いのもまた事実。

 彼女はシャル以上に好奇心の赴くままに動くのだ。

 食指を動かす何かがなければならない。


 だからこそ、シャルはハクアを連れてきた。

 ハクアはその身に珍しい刻印術式を宿している。

 動く筈がないのに動く術式なんて物珍しいものを。

 これなら、あのユミルネの食指を動かすに足るだろうから、と。


 他にも、シャルは作成した指針儀などのオリジナル魔法具も持参してきている。

 こちらは本命とは異なり、少しでも気が引ければいいかなぁ〜程度の思惑から持ってきているだけだが、無いよりは有った方がいいし、この際なんでも試して当たって砕けてしまえ。

 そんな精神で臨んでいるシャルであった。




 個人的感情でいえば、ハクアの解放を行うのは自分でありたいと思っているシャル。

 他人まかせも好きではない。

 でも、私心でハクアを縛り付けるのは選択肢としてあり得ない。

 シャルの優先順位はハクア解放が一番上なのだ。

 その為なら自分のこだわりや事情など捨て置ける。


 それに、もしユミルネがハクアを解放してくれたとしても、シャルは報復まで止めるつもりはない。

 自分たちに手を出し、ハクアを苦しませた事を後悔させるのは確定事項だから。

 解放が済んだとしてもそこは変わらない。


 アルル達やハクアを報復に付き合わせるかどうかは、その時になったら決めるとして、解放されれば憂慮していた時間制限の枷がなくなる分、時間に追われる事もなくなるし、心にゆとりも持てる。


 私心を抜きに考えれば、ユミルネの協力が得られれば自分たちに利する方が大きい。

 シャルが準備万端で臨んでいるのも、そういう理由からである。

 まぁ、たとえ協力を取り付けられずとも、予定通りに行動するだけだし、とシャルは期待しすぎないように心がけてもいるのだが。


 一種の、開き直りともいう。

 






「……もうそろそろかな? 次の十字路を右に曲がって少しすれば、師匠のお屋敷が見えてくるよ」

「……うん」


 高級な邸宅が建ち並んでいる街並みを眺めつつ、シャルたちは手を繋いでしばらく歩いていると。

 目的地であるユミルネの屋敷に近づいてきた。

 もうすぐ到着と分かって緊張をのぞかせるハクア。


 繋いでいたハクアの手にも僅かながら力が加わる。いくら落ち着いてきたとはいえ、まだまだ他人を前にするとなると警戒心が勝るようだ。


「だいじょーぶだよ♪」


 シャルはハクアの緊張を感じ取ったからか、更に一歩ハクアに近寄って身体を密着させる。それに安心感を覚えたのか、徐々に手から力が抜けていった。


 綺麗に整地された石畳を進んでいくと十字路に到達。路を右に曲がる。少しだけ歩く。

 そして、目的地に──


「とうちゃーく……って、あれ?」

「……?」


 目的地についたシャルとハクア。

 到着と同時に揃って首を傾げた。

 それもそのはず。シャル達が目を向けた先には屋敷などなく、ただの更地だけが広がっているだけ。


 久し振りに来てみれば……




 ユミルネの屋敷は跡形もなく消えていた。








【シャルくん優先順位】

1:ハクアちゃんの解放

2or3:黒幕に対する報復

3or2:ハクアちゃんを安全に故郷へ帰す

4:家族(両親)の所在地をミーレスに聞く

5:両親にアルルの母親探し&異世界漫遊の許可を貰う

6時々1:ファンタジー探求



2018/05/04-誤用修正

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