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僕たちを敵に回したこと後悔させてあげる


 ウィーティスを旅立ってから早数日。

 現在、シャルとアルル、ニーナ、ハクアの四人は、日が沈みきった暗闇の中、旅装姿を乱すことなく山越えをしている最中だった。


 山という地形もあるが、整備された街道からは完全に外れている為、足場は悪いどころではない。

 しかし、この一般の規格から外れている子供達には障碍足り得ず、スイスイと恐ろしい速度で移動している。

 たとえ魔物が襲ってこようが何のそのである。




「シャルく〜ん。そっち行ったよ〜!」

「ん、りょーかーい」


 アルルのほんわかボイスを聞き、自分に向かってくる魔物ラックラパンを視界に捉えると、シャルは気負いなく対応。


「……えいっ」


 構えを取るでもなく尻尾を伸ばすと、そのまま魔力を用いて硬質化、魔物を顎下から勢いよく打ち上げた。スパンと良い音が響くとラックラパンの態勢はあっさり崩れ──


「ウサちゃんはおウチにお帰りー」

『プゲェェエエェ!!?』


 シャルは強打を受けてふらふらなラックラパンの首根っこを掴むと、遠投するが如く投棄した。

 無慈悲にも投げ捨てられたラックラパンは、ウサギ(?)とは思えない醜い悲鳴をあげて暗闇の彼方へ飛んでいった。



「……ふぅ」


 ラックラパンの対処を終えると、満足げに色っぽく吐息をもらしたシャル。

 少し前に翻弄され苦渋を舐めさせられた相手なので、殊更に満足度が高いようだ。



「シャル、こっちは終わったわよ」

「……ぜんぶ、やっつけた……」


 と。少し離れた場所で別の魔物を相手取っていたニーナとハクアが、涼しげな表情でシャルに合流する。

 彼女たちの後ろには、宣言通りに戦闘不能となった魔物がピクピクとしていた。


「二人ともお疲れ様。こっちもちょうど片付いた所だよ」

「ばっちりお寝んねさせたの〜!」


 純白のマフラーに顔を埋めながら、アルルは笑みを見せる。そんな彼女は武器さえ抜いていないのだが、その足元には一撃で昏倒させられた魔物たちがうずたかく積まれている。徒手でも問題ない様である。



「あと少し移動すれば、木々の深い地帯は抜けられそうよ。もう大分暗くなっちゃったけど、今日はその辺まで頑張って進んでしまいたいわね」

「ん、了解だよ。野営するにもそっちの方が良いもんね。『指針儀』もあるし方角の心配もいらないから、行けるとこまで行っちゃおう。ルート選択は引き続きニーナにお願いするね」

「ええ、それじゃあ行きましょう」

「おぉ〜、しゅっぱーつ!」

「……おー」



 軽く話し合うと、四人は改めて闇を裂くようにして進み始めた。


 移動するにあたっての配置はニーナが先導だ。

 種族的に森や山など草木が多い場所での感覚が優れるエルフであるし、シャルやハクア程ではないが夜目も利く。それに加えて、比較的走りやすい道を見つけ出せる直感のようなものを持っているが故に。

 そして、アルルとハクアを挟んでシャルが一番後ろ。全体を把握出来てフォローもしやすく、指示なども出しやすくなるので、シャルを除いて満場一致でこの位置に落ち着いている。



「ニーナ、もう少しペース上げても大丈夫だよ。みんなちゃんと付いて行くからさ。安心して」

「えへへ、任せてっ」

「……だいじょぶ」

「そう、了解よっ」


 暗い山のなか万が一にも置き去りにしないように、かなり気を遣って走っていたニーナだったが、シャルに大丈夫だと言われると安心した様子でペースを上げた。力強く踏み込むと一段と速度が増す。


 大樹の幹を蹴り、大岩の上を踏み、背の低い藪や幅の狭い小川などを飛び越えて立体的にも走りだす。

 シャルたちも有言実行とばかりに、一寸先は闇の中、スピードを落とすことなく追従していく。


 ひたすらに目的を持って駆ける姿は、冷徹に獲物を追いかける狩人か、はたまた猟犬か。

 いずれにせよ、狩る側の位置に類する存在を彷彿とさせた。





 さて、そんな捕食者が如きシャルたちなのであるが、一体どうして山越えなどしているのか、そもそもシャルたちはいま何処に向かっているのか。


 その答えの全ては、シャルが手にしている『指針儀』に帰結する。


 ──個人探査魔法具『指針儀』。

 これがシャルが一月かけて作り上げた、敵を追い詰める為の秘密道具だ。

 効果は“ハクアを縛る契約主がいる方角を指し示す”という単純ながらも強力なもの。


『相手の位置が分からないなら、分かるようにする道具を作れば良いじゃない♪』


 こんな感じの突飛な発想から生まれたのが、この魔法具なのだ。

 ただ、言うは易く行うは難し。

 実際には乗り越えないといけない壁は多いし、一つ一つが高すぎるのだが、シャルは苦戦しつつも作り上げてしまった。


 シャルがやった事は一つ。

 以前集めた襲撃者の首輪を元に、その隷属術式の強靭さを逆手にとって、逆探知のような相手の位置を割り出す術式を新しく構築しただけ。

『だけ』とはいうが、公表したならば並み居る先達の魔術師たちが揃って目を剥くくらいには、とんでもない代物である。


 見た目は古い時代の羅針儀に近い。

 ただ、核部分には首輪が複数組み込まれており、赤く塗られた指針は一本で、その針の根元には青い輝きを発する小粒の魔石が嵌められている。

 当然、魔石にも術式が組み込まれていて、これの輝きが強まれば強まるほど、契約主である黒幕との距離が近いと教えてくれるのだ。



 距離と方角さえ分かれば御の字。

 あとはローラー作戦で見つけだせばいい。

 幸いにして、こちらには物理的な壁に縛られない精霊という目もあるのだから。

 そういった考えのもと動き出した訳だ。



 つまり、現在シャルたちが山を超えている理由も単純で、ただ指針儀に従っているだけ。

 まぁ、地形を無視してまで突き進むのは少々やり過ぎな気もするが、それだけ急がなければならない理由があるのだから仕方がない。

 それと、針が指す方角上には奇しくも候都ファナールが存在していたりするので、そこまでは山も川も全部突っきって、一気に進むつもりらしい。


 候都に着いたその後は、情報を集めながら指針儀に従って何処までだって……。

 地の果てまでも首魁を追いかけて、ハクアを苦しめたこと、自分たちに手を出したことを全力で後悔させる。


 それだけを思い駆けているシャルたちなのだ。


 普段温厚なシャルも、身内に手を出されればこんなにも恐ろしい子に変貌しちゃうのである。

 まさか敵の首魁さんも、なんの手がかりもなく袂まで近づいて来ているとは思ってもいないだろう……。





 ◾︎◾︎◾︎





「──ふぅ、やっと抜けられたわね」


 夜の移動を始めてしばらく。

 シャルたちは比較的ひらけていて、草木の薄めな場所を見つけると足を止めた。



「あは〜、楽しかったぁ〜♪」

「……アルルちゃん、すごい……」

「えへへ、そうかな〜?」

「まぁ、そうね。視界がきかないのが嘘のような身のこなしだったと思うわよ……?」

「アルルが凄いのは今に始まったことじゃないけどね。でも流石はアルルだね、凄い!」

「わぁい、褒められたぁ〜♡」


 皆が皆、長時間走っていたとは思えない態度でお喋りしている。距離に対して、呼吸も軽く弾んでいる程度なのは流石と言うほかなかった。

 しかしシャルたちと違って夜目が殆ど利かず、一番大変だったであろうアルルが最も元気なのは如何なものか。……まぁ、それはそれでいつも通りなのであるが。

 とりあえず、褒められて上機嫌のアルルは、満面の笑みでシャルに抱きついて頬ずりをしていた。



「よーし、お喋りはここまでにして設営・・しちゃおうか。まずは身体をしっかり休めないとだよ? 疲れを残したら明日の移動にも響いちゃうからねー」

「はぁ〜い!」

「ええ、早く済ませてしまいましょう」

「……はくあの、でばんっ……」


 そうした指示の元、この魔物が現れる可能性がある場に似つかわしくない穏やかさでもって、野営の準備に入っていった。


 シャルは手始めに、ユミルネの贈り物である異空間ポーチから大量の魔法具を取り出す。

 その道具をしっかり受け取っていくのはアルルたち。扱いは心得ているとばかりに、受け取った魔法具を次々と設置していく。


「シャルくーん! これこの辺りでい〜い〜?」

「ん、その辺りでいいと思うー」

「はぁ〜い!」


 アルルにしっかり返事をしながら、シャルはまた魔法具を取り出した。手にしたのは鉄杭のような造形をした魔法具。その鉄杭の柄頭、魔石部分に手をあてがって大量の魔力を注ぎ入れる。


 魔石は注がれるほどに強く光っていき──



「……よっ」


 仄かに光る程度だった輝きが、限界まで光度を強めた所でシャルは杭を地面に突き刺し、素早く距離を取った。

 地面に打たれた杭が一際強く輝く。

 次の瞬間、幾何学模様がズラーと刻まれた石柱が、杭と重なるようにしてその場に生まれた。

 柱を起点に青い魔力光が発される。

 キラキラと魔力光が踊るたびにシルエットが変わっていく。そして、光が収まると──大きなドーム状の建物が出来上がっていた。


 建物の見た目はシャルの前世で言うところ、モンゴルの移動式住居ゲルに似ている。

 もちろん材質や作りなどにかなり差異はあるが、以前シャルが作ったサイコロハウスと比べたら、天と地の差がある出来栄えの建物だった。



「さぁ、ハクア。さっさと内装の設置も済ませちゃいましょう。こっちの魔力込めは任せてしまっていいかしら?」

「……うん、いっぱいやる」


 いきなり大きな建物が手品のように現れた訳なのだが、この場で驚きをあらわにする者はいなかった。

 それどころか、現れるのは当然とばかりに慣れた態度で建物に近づいていく。

 ニーナとハクアは小階段を上ると、魔法具片手に建物の中へと消えていった。


 そう、驚くはずもないのだ。

 この建物もまたシャルの魔法具なのだから。

 既に旅の間に何度も目にしていた訳だ。



 シャルはハクア解放のシナリオを描いている際に、長旅することも想定していた。

 故に、長旅でもしっかり英気を養えるように準備をしていた。この魔法具も準備の一つ。

 指針儀を作る片手間に作った魔法具ではあるが、実用性は半端ではない。


 ──野営魔法具『移動土砦ソル・フォート

 魔石に込めた多量の魔力を元に、予め決めてあった設計図に従って建物を構築していく魔法具。

 注ぐ魔力量が上級魔法数発分に匹敵したり、全てが土属性の魔法で作られているので柔軟性には欠けていたりと改善点はあるが、野営用の拠点としては上等すぎる。解体も幾何学模様の入った石柱に触れれば簡単に行えて、核となる鉄杭の回収を忘れなければ何度でも使える優れっぷり。


 こんなものを片手間で作れるシャルがおかしい。

 この魔法具を作った際の代償だって、ユミルネに貰った貴重な材料が少し減った程度なのだから、恩恵の方が大きすぎる。



「んー、やっぱり粗が目立つかなぁ。もっと優美な造形を書き込めるようにならないと。今後の課題だね」



 柳眉をひそめながらひとりごちるシャル。

 当人は全然納得がいっていない様子。

 今でも野営を舐めるなと言われそうな贅沢具合なのに、彼はいったいどこを目指しているのか。


 とはいえ、一度長めの旅を経験して、その過酷さを思い知った魔術師シャルラハートにとって、この程度の魔法具はまだまだ始まりに過ぎなかった。


 簡単にシャルが作った物を挙げていくと……。


 全方位を優しく照らす灯の魔法具。

 上級の常駐防壁魔法を模して作った結界の魔法具に、自動迎撃用のタレットもどき魔法具。

 アルルのマフラーの技術を使った一定領域内の空調を整える冷暖房魔法具に。

 水魔法を上手く利用した低反発と高反発の調整もできる、寝心地抜群のウォーターベッド魔法具。

 建物の窓部分に使う為だけに作った水製ガラスの魔法具。その他、調理台など家財の代用魔法具。ライフラインを供給する魔法具が諸々。


 そして、極めつけとばかりに──。



「この辺りでいいかな……」


 先と似た鉄杭の魔法具をもう一本取り出すと、魔力を込めて土砦に隣接する位置に打ち込んだ。

 そして出来上がったのは……土砦よりやや小さい建物。見た目は石造りの小屋であるが内装はやや特殊だ。

 タイルに似たものが床に敷かれ、地面に窪みが見られ段々になっている。あとは、何故か壁部分には土の濃淡を生かして富士山に似た壁画が描かれている。


 言わずもがな──お風呂だった。

 いや、小型銭湯と言った方が適当な建物。これもシャルお手製の魔法具であった。

 世界広しと言えど、銭湯を魔法具化した魔術師はシャルぐらいなのではなかろうか……。

 なんとも過保護が極まっている。



 ちなみに、蛇足で尾籠びろうな話ではあるが、魔法具の一つとして立派な水洗トイレだって作ってある。

 ただ、誰も使った事はない。

 正しくは必要がなかっただけなのだが。


 異世界常識として、この世界の人種族は地球の人類に比べて、老廃物の量や排泄頻度などが極端に少なかったりする。

 身体の構造からして地球人とは違うようで、種族によっては摂取した物が魔力や闘力などに変換されてしまって、そういった行為とは縁遠い者もいる。魔力量や闘力量が多い人も同様だ。


 シャルも生まれ変わってからは、周りと同様の体質であったし、候都騒乱を経て焔魔纏が戻ってからは、体質が変わったのか排泄の必要すらないスーパーアイドル体質になっていたりする。

 それでも彼がその体質を特に気にしていない辺り、この世界ではありふれた話なのだろう。

 シャル以外の子達も、シャル程ではないものの特性は顕著に出ているので、トイレ魔法具は当分日の目を見ることはないかもしれない。




「シャルくん、こっち終わったから手伝うよ〜」

「ありがとアルル。じゃあ僕が魔力を込めていくから、設置していってもらえる?」

「は〜い!」


 シャルが銭湯内に細々とした魔法具を設置していると、拠点外縁部にライトを設置していたアルルが合流した。魔力が少ない彼女は魔法具の設置作業ではあまり役に立てないが、分担作業をすれば問題にならない。二人は仲良く共同作業を進めていく。


「はい、お風呂の設置も完了だよ。あとは軽く防衛魔法具の点検をして回れば終わりかな」

「えへへ、じゃああたしも一緒するの。い〜い?」

「勿論」

「わぁい♪」


 シャルに首肯をいただくと、アルルはふんわり笑って左隣に寄り添う。さり気なくシャルの腰に手を回すとピッタリと密着しながら点検に繰り出した。



 そして、暫くの後。

 アルルと共に防衛用の魔法具を点検し終えたシャルは、一息をつくと傍のアルルと目配せを交わし、ニーナ達が待つ土砦に戻ったのだった。





 ◾︎◾︎◾︎





 設営が終わって軽い食事を取った後。

 アルルとニーナがお風呂に入っている間に、俺はハクアちゃんの処置をしておくことにした。



「はぁい、ハクアちゃんこっちおいでー」

「……うん……」

「うつ伏せになって力を抜いてね」

 

 パタパタと小走りで走ってきたハクアちゃんを、キングサイズくらいあるウォーターベッドに寝かせる。

 俺はハクアちゃんの傍に正座する形で近づくと、手を彼女の首筋にあてがった。


「……んっ」

「少しの間、不自由にさせちゃうけど許してね」

「……だい、じょ、ぶ……」



 ハクアちゃんのか細いお返事を聴きながら、首筋に刻まれている刻印に意識を向けていく。


 詳しく調べていくと、やはり無効化させる為に作っていた壁とバイパス部分が崩れ始めていた。

 んぅ……崩れ始めるのが早いなぁ。


 もともと一ヶ月程しか保たない改変術の効果だったんだけど、ここ最近は一週間程しか保たなくなってきている。崩れ始める度に再修復を施して期間を延ばしてきたとはいえ……このままだと、いずれは無効化しきれなくなっちゃう。


 ……でも、幸い時間的猶予はまだある。それまでに絶対開放してあげないとだ。





 それから、しばらくの間、集中して魔術処置を行なっていき、無事に改変術の更新を済ませる事が出来た。毎回のことながら凄い緊張したよ……。

 自分以外の人の体を弄るのは、いつになっても慣れそうにないや……。




「……ねねさま、つかれた?」

「んー?」


 処置を終えたハクアちゃんは体勢を仰向けに変えると、上目遣いに尋ねてきた。



 あれれ、そんなに疲れて見えます?

 あ、いや魔力の事を言ってるのかな?


 まぁ、改変術は魔力消費が凄いからね。

 ハクアちゃんに送り込む量はそれ程じゃなくても、ロスはどうしても増えちゃうし。

 それ以前に、設営するのにかなり魔力使ったからねー。そう思われても仕方ないかぁ。



「んふふ、気遣ってくれてありがとね。でも全然平気だから心配しないで」


 魔力に関してはここ最近かなり増えてるし、あの程度なら疲れないもの。



「……んっ」


 頭を撫でながらそう言うと、ハクアちゃんは相好を崩し安心した様子を浮かべてくれた。


 うん。やっぱり子供は笑顔が一番だね。

 だからこそ、この笑顔は守らないとです。

 コソコソと暗躍する小心者なんかに奪われてなるものかって感じ。


 徹底的に追い詰めて、完膚なきまでに叩き潰して、僕たちを敵に回したこと後悔させてあげるんだから……。






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