ハクアちゃんを助けるとしよう
──ハクアちゃんを救う。
そう決めたシャルだったが、これまで明確な手を打つことが出来ていなかった。
そもそも、ハクアを助けるにあたってネックだったのが、倒すべき敵が何処にいるのか分からないという事。何者なのかすら分からないという事だ。
その問題を解決しない限り、どうにもならない。
相手は自分たちを知っているのに、自分たちはほとんど知らない。
そんな情報不足からくる形勢の不利があった。
だが、しかし。
忍耐するのも今日まで。
シャルだってこの一ヶ月間、ただ手をこまねいて過ごしていた訳ではないのだ。朝早くから夜遅くまで、時間に追われるように日々を送っていた。
その甲斐もあってか、問題を解決する手段を得ることが出来た。
助けると言った日から酷く時間がかかってしまったものだが、これでやっと反撃に移れる。
これまでは受け身にならざるを得なかった。
でも──ここからは攻守の交代なのだ。
(結局、今日まで母様たちとは再開できなかったけど、それを考えていても仕方ないよね。優先順位は誤らない様に、だ。まずは責任をもってハクアちゃんを助けるとしよう)
ウィーティスを発つという宣言をしたシャルは、内心でそんな事を思っていたものの、一切表情には出さずに、これからの段取りを確認していく。
「とりあえず、今日のうちに僕は孤児院に行っておこうと思うんだ。何にも伝えずにこの町を離れたら迷惑かけちゃいそうだからね」
艶やかな仕草でここ最近さらに伸びた黒髪を耳にかけると、人差し指を一本ピンと立ててそう言った。
「確かに……でも、それなら大勢でいく必要はなさそうね。その間に私は全員の携行品を確認しておこうかしら。場合によっては、町まで買い出しに行かなくてはならないでしょ?」
「う〜ん、じゃああたしは〜……お留守番、しておこうかな」
「……ん? アルルは付いて来なくていいの?」
ニーナは来なくともアルルは絶対付いてくるだろう。そう思っていたので思わず聞き返してしまう。
「うんっ。だってしばらく帰ってこれないんだよね? だったら今のうちにお家をピカピカにしておくの! まだ細かいところとかお掃除できてないから。それにお夕飯の準備もしないといけないし♪」
「…………」
なんというお嫁さんオーラ。
アルルは幼い身空でありながら、既にお嫁さんオーラすら習得しているようだった。
いつもより少し大人びた表情をしたアルルを前にして、ドキッと胸が高鳴るシャル。そうして僅かな合間惚けていたシャルだったが、ふと我に返ると慌てて取り繕う。努めて平静に微笑を浮かべ頷いた。
「そっか、了解だよ。でもミーレスさんが戻ってきてたら、お願いしてちゃんと連れてくるからね」
「うん、ありがとシャルくん」
「ニーナも準備、お願いしていいかな?」
「ふふ、任せてちょうだい」
爛漫な笑みを咲かせるアルルに、帽子をくいっと持ち上げクールに微笑むニーナ。
そんな二人の笑みを直視していたらまた気恥ずくなってきた様で、シャルは照れを誤魔化すようにハクアへと視線を向けた。
「えっと……ハクアちゃんはどうしたい? 僕と一緒に来る? それともお家にいる?」
「……はくあ、どうしよう……?」
コテンと小首を傾げるハクア。その姿はどうにも決めかねるといった困惑気味のもの。これまでの生活の影響か、彼女は自分で何かを決めるという行為が苦手なようである。
しかし、そんなハクアを見かねたのか、優しき銀の天使が手を伸ばした。
「それならハクアちゃん。あたしと一緒にお掃除する〜? あとお料理も一緒に〜!」
「……っ! ぅ、うんっ。ハクア、アルルちゃんのお手伝いするっ」
「わぁい! ハクアちゃんありがと〜! えへへ、一緒にがんばろうね〜♪」
「……わふ♪」
ピョンとソファから立ち上がったアルルがハクアに抱きつく。ハクアもその白い尻尾をフリフリと振って、ぎゅっと抱き返した。
……なんと癒される光景か。そう惚けそうになるシャルだったが、気を取り直して頷く。
「ん、じゃあハクアちゃんは、アルルと一緒にお留守番お願いね? 僕も帰ったらお手伝いに参加させてもらうからさ」
「……うん、がんばるっ」
「少しの間離れるけど大丈夫?」
「……大丈夫っ。ねねさま……いって、らっしゃい♪」
「ふふっ、そっか。なら早速行ってくるよ」
シャルはハクアの力強い肯定に安心し、さっそく孤児院へ向かう事にする。
──が。
「シャル。分かっているとは思うけど、この子は連れて行ってね?」
シャルが部屋から出て行こうとする前に、ニーナが機先を制して精霊を寄越した。
「あ、あはは……了解でーす」
『護衛しまスよ、護衛ー!』
当然、精霊さん大好きなシャルに否はない。
なので苦笑いしながらも『こっちにおいで〜』と、手招きして迎え入れた。
人型の精霊はシャルの懐にスポンと飛び込む。
「今日もよろしくね」
『はいっ、よろしくお願いしまスー』
シャルはそのまま精霊と一体化状態になると、今度こそ孤児院に向かうのだった。
家を出たところで空を仰ぎ見る。
今の時刻はだいたいお昼過ぎと言った所。
季節的に日照時間が短い事を鑑みても、これならギリギリ暮れる前には戻れるかもしれない時間帯だ。
シャルはそう思い至り、やや足早に林道を歩いていく。
「──こんにちは。ラーフさん」
「は、はははいっ! こんにちはでありますぅっ!! シャルさま!」
「……元気そうで何よりです」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
気持ち急いだおかげか、想定より早めに孤児院へ着いたシャル。
さっそくとばかりにお伺いをたてると、丁寧な対応のもと以前も使った応接室に通され、待たされることなく院長補佐のラーフと対面した。
ラーフの受け答えはどこかぎこちなく、以前来た時よりも緊張気味でハキハキし過ぎている。
だが、シャルはそんなの(どこぞの受付嬢などで)もう慣れたぜぃと特に気にせず挨拶を済ました。
「さっそくで恐縮なんですが、ミーレスさんの件についてお話し聞かせてもらっても良いですか?」
「は、はいっ! 勿論です! えっと、実は少し前に手紙がまいりましてっ。もう暫くかかるから孤児院をよろしくお願いしますと!」
「んー、そうでしたか。ミーレスさんまだ戻ってこられないんですね。はぁ……」
「…………っ!」
一月が過ぎたもののミーレスはまだ戻ってきていないようだった。しかし、その辺りの予想はできていた。故にシャルの反応はかなり薄め。
なんと言ってもあのミーレスである。
あのアルル大好きな人ならば、仕事先から帰ってきてアルル達の帰郷を知った瞬間に、疲れなど感じさせず会いに来るだろうから。
今日まで会いにきていない以上、帰ってきてはいないのだろう。それに居るとしたらミーレスが応接室に顔を出さない訳がない。
そんな推理にもならない推理である。
「……あぁ、うぅ、も、申し訳ございませんっ! シャル様にわざわざご足労いただいたのにぃ……! またしてもご期待に添えずぅ! も、もう、これは私が責任をとって首をくくって死ぬしかっ!!」
「いや生きて下さい」
アルルにいい報告が出来ないかぁー、と溜息をついただけのシャルだったが、その溜息をどう勘違いしたのか、ラーフが面白いくらいに慌て始める。
「別にラーフさんは気にしなくても大丈夫です。元より僕の方もお約束していた訳ではないんですから。もう少し気楽にお話ししましょう?」
「で、ですがっ!」
「んぅ、取り敢えずラーフさんには深呼吸が必要ですね。はーい、深呼吸〜〜」
「……すぅぅ、はぁぁぁ……」
「はい、もう一回ー」
「……ふひゅぅぅ……」
「どうです? 少しは落ち着きました?」
「はいぃ。取り乱してしまい申し訳ありません。助かりました……」
ラーフは恥ずかしそうに俯き気味で感謝を伝え。
そういう勘違いも慣れてますと、シャルはやはり気にせず適宜対応をした。
「それよりもミーレスさんの事なんですけど、留守ということでしたら此方をミーレスさんが戻られた時にお渡ししてもらいたいのです」
「あ、は、はいっ……えっと、お手紙ですか?」
「ええ、何度もお尋ねして仕事の邪魔をしてしまうのも申し訳ないので、ミーレスさんにお伝えしたかった内容などをまとめて記してあります。ラーフさん、この手紙お願いしてもいいですか?」
「もちろん構いません! お預かり致しますよ!」
考える間もなく即答で承るラーフである。
「……ぁ、ふふっ、ありがとうございます♪」
ラーフの快活な承諾がどこか琴線に触れたようで、ふわりとナチュラルに笑みを浮かべたシャル。
淑やかに微笑みながらもそっと手紙を差し出した。
……本人からすれば間違いなく無意識の行動ではあるが、シャル、これは完全にやらかしてしまった。
無に近い表情から不意をうってのにっこり♪
シャル耐性が殆どないラーフはたまらないだろう。
某都市の某受付嬢や、某若女将はおろか、普段一緒にいるアルル達をも撃ち落としてきたのがシャルの素の笑顔なのだ。実績と破壊力は折り紙つきである。
当然のように彼女もこのギャップには抗えず、一撃でノックアウトした。
より深く深くシャルラ天に墜ちて──。
「はははははいぃぃぃぃ! たしかに承りましてございますですッ♡」
頰を染めて口元をだらしなく緩めながらも、恭しく手紙を両手で受け取ったのだった。
そんなラーフのお顔は蕩けきった恍惚としたもの。所謂、心に決めた人にしか見せてはいけないアダルティな表情であった……。
なんというか、職業、年齢、性別問わず無意識にでも籠絡してしまうシャルが恐ろしい……。
そのうち『傾国』なんて称号が贈られそうだ。
「……ぁ、ありがとうございます。では、これ以上お時間を取らせてしまうのは気が引けますので、今日は帰らせていただきますね」
手紙を渡し終えたシャルはラーフの突然の勢いに押されつつもそう言うと、あっさり席を立ち孤児院を後にしようとする。
恍惚中のラーフはもう少し居ても良いのですよ的なオーラを全力で出していたが、シャルの意識は既にアルル達が待っている自宅に向いている。
残念ながらラーフのアプローチは空振りに終わったのだった。
そして、帰りがけ。
孤児院の予定も早く済んだおかげか、日が沈む前に帰れそうでシャルは笑顔なのかと思えば……。
そうでもなかった。
「……はぁ、なんか今日のラーフさん、ミゼリスさんみたいだったよね」
『やーっ、流石先生でス! 狙撃狙撃っ、狙い撃チましたネっ!』
「ん、突然どうしたの?」
『狙撃っ、貴女の心を狙い撃ち♪ 先生やりますネっ!」
「……あれー? 会話が成り立たなぁい」
ある意味でシャルより人情の機微を察せるようになっている、お口ペラペラな精霊さんなのである。
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さて、シャルが孤児院でやらかした翌日。
シャルたちは恙無く準備を済ますと、感慨に浸る間も無く迅速にウィーティスから旅立っていった。
いちおうテーブル上には両親に宛てた手紙も残してきたので、プリム達がもしも入れ違いで帰ってきたとしても安心だ。きちんとシャルたちが置かれてしまった現状を理解してもらえるだろう。
これで後顧の憂いはない。
一月以上の準備期間を経て、ついにシャルたちは本格的に動き出す。
2018/01/21-台詞部分の言い回し修正




