予定通りに進めようと思うんだ
いつの間にやら寒さの主張が増した。
最近は冬の訪れを感じさせる日が続く。
落葉樹の葉っぱ達もそんな冬の勢いには負けたご様子で、白旗を上げる事叶わずハラハラとその身を散らしている。過ごしやすかった気候も遠のき、既に秋の気配は希薄だ。
──月日は流れて十月。
今年もウィーティスに冬が来た。
そして、ハクアがシャル達と一緒に暮らし始めてから、一ヶ月と少々が経過していた。
◾︎◾︎◾︎
「……はっくちゅ」
なんとも可愛らしいくしゃみを洩らしふるふると身体を震わせるのは、ウィーティス住民に大人気、ここ最近ますます可愛らしくなったと噂のシャルラハートさん。
彼は小さく首を竦めると形の良い眉を顰めて呟く。
「んぅ、この時期って身体動かさないでいると、すぐ身体が冷えちゃうよー。うぅぅ……」
白い吐息と共に溢した言葉には辟易とした感情が入り混じり、まったく隠しきれていなかった。
それほど冬の寒さが堪えているのか。
ただ、彼が寒がるのも頷ける話。
現在、シャルはこの寒空のなか外出していた。
場所は馴染み深いあの海辺。昔から勉強会で使っていた入り江に来ている。
もちろん彼が一人でそのような場所に出向くことはなく、アルルたち幼女三人衆も一緒だ。
「……本当にね。動いてる時は寒さなんて気にならなかったのに」
シャルの右隣にはエルフの少女──ニーナがピッタリと寄り添っている。
身体だけでなく手も繋ぎあって暖かさの共有をしているあたり、恥ずかしがり屋なのに抜け目がない。
ニーナはその繋いだ手を少しばかりかかげて、シャルに微笑みかけた。
「でもこうできるだけマシなんじゃない?」
「ん、ニーナがいると暖かい。一人だったらもっと寒かったのは確実かも」
「でも体温はシャルの方が高いのだけれどね。シャルのおかげで私はそこまで寒いと思わないし」
「そうなの?」
「そうなのよ」
椰子に似た木の下にシートを敷いて座る二人。
そんな二人は、他愛もない話をかわしながらも常にとある方向に視線を向けていた。
シャル達が注視している方角。
入り江の中心あたりにアルルとハクアがいた。
別に彼女たちが海に潜っている訳ではない。
いま入り江内部には一面に氷の足場があり、その氷上でアルルとハクアの二人が模擬戦を行なっているのだ。
もちろん氷の足場は意図的に作り出したもので。
大規模魔法大好きなシャルと、氷雪系の魔法に優れていたハクアとの共同作業の成果である。
出来栄えは言わずもがな、超広範囲に渡って凍りついた海面は下手な大地より頑丈で、かなりの厚さを誇っている。これならば足場としては申し分ない。
ちなみに、わざわざ氷を張ってまでこの場で模擬戦をする理由なのだが……特にない模様。
多分シャルには『修行やお勉強はこの場所で!』──といった固定観念でもあるのだろう。
「……おー、ハクアちゃんも大分スムーズに戦えるようになったよね。打ち込みにも躊躇いが減ったし」
「そうね。確かに武器を握っただけで震えていた時を思えば、本当に成長したわよね」
「ふふっ……でも、もともとハクアちゃんは強かったから、成長というより克服の方が近いのかもね。どっちにしても凄いと思うけど」
「私からすれば、アルルとまともに打ち合える時点で十分凄いわよ。二人ともあの滑りやすい場所で、何であそこまで自由に動けるのかしら。私はまだあの領域には行けそうもないわね……」
シャルたちが観戦しながら忌憚のない感想を発した。まぁ、はたから見ても高度な戦いなので、ニーナのような感想になってしまうのも仕方がない。
アルルとハクアは波打ち滑る不安定な足場をものともせず、縦横無尽に動き回る。
片方アルルは、二本の木剣を素早く繰り出しコンビネーションとスピードで攻め立て、もう片方ハクアは、長柄の棒を巧みに扱って優位なポジション取りとパワーで対抗している。
お互いが駆け引きと騙し合いを自然に用いているのも、驚くべき事なのだろう。
この戦いがまだ年齢一桁の幼子たちによるものなのだから末恐ろしい。
だが、そんな戦闘を見た上でシャルは……。
「んふふ。でもそういうニーナだって大したものだと思うな。さっきの模擬戦だって僕の魔法を身一つで全部躱してみせたし、この一ヶ月で一番伸びたのは間違いなくニーナだよ。もっと自信持ってもいいと思うな♪」
ふっと見惚れる笑みを浮かべてそう言った。
アルルたちの前におこなったシャルとニーナの模擬戦。その内容を客観的に分析した上での本音だった。
そこにお世辞など一切含まれていない。
事実、ニーナはこの一ヶ月で最も成長したのだ。
精霊術だけでなく、接近戦闘や色々な武器の扱い方なども学び始め、精力的に取り組んできた。
何処かの誰かさんの所為で、オルトラ騒動から彼女の身体は不思議と絶好調。
まるで自分の身体じゃないみたい──と、困惑するくらいには身体が動いた。吸収も早い。
そういう事情も手伝って、彼女の実力は以前とは比較にならないほど伸びた。
いや、今をもってしてグングン伸びている。
だからこそ、もっと自信を持ってもいいとシャルは言ったわけなのだが。
この言葉……というより、言い方はニーナには少し効きすぎたようで。
なんというか、話半分くらいは吹き飛んでいそう。
「ぁ、ぁぅ……ぇと……その、ぅん。ありがと」
そう返すので精一杯のニーナ。
完全にシャルの笑顔にやられていた。
「んっ、ニーナのこと頼りにしてるからね♪」
「〜〜〜〜ッッ!?」
追撃とでもいうように、シャルの超近距離での微笑みが炸裂する。ついでに、コツンと優しく頭をぶつけるお茶目っぷりだ。
これにはニーナの照れメーターも一瞬で天元突破。
もう耐えきれないとでも言うように、彼女は立膝に顔を埋めてしまった。
真っ赤に染まった長いお耳は隠しきれていないが、それはご愛嬌だろう。
「シャ〜ル〜く〜〜んっ!」
と。二人が真面目にイチャイチャしているうちに模擬戦が終わってしまったようで、アルルが跳ねるようにして戻ってきた。
陽の大光に照らされて輝く銀の御髪が美しい。
「シャルく〜ん! あ〜たた〜めて〜♡」
「……ん、おいでー?」
アルルの要請に対するシャルの答えは分かりきっている。僅かに口端をあげると優しく彼女を迎えた。
すてててて〜っと一直線に駆け寄り、ぽふっと衝撃の一切を殺して抱擁をする。
「えへへ、ぎゅうぅぅぅ〜〜」
頰同士を擦りあわせながら更に密着。
寒さにかこつけて甘えまくる。
「ほっぺた冷たいねー。まぁ、この季節に氷の上にいたら当然か。ふふっ、お疲れさま」
「ふみゅ〜、あったか〜いっ♡」
「……うぅ、ねねさま。ハクアも……」
「ハクアちゃんもおいで?」
「──うんっ」
少し遅れて戻ってきたハクア。
彼女はニーナに負けず劣らずの寂しがりや。
出来る男(?)であるシャルは、当然のようにおねだりを予想していた。なので、彼女のおねだりもノータイムで受け入れてみせる。
ぱぁ〜っと雰囲気を明るくしたハクアは、ぐるっとシャルの後ろに回って抱きついた。
アルルを真似て空いている方に頬ずりをするおまけ付きだ。
半年前はアルルに少し抱きつかれただけで慌てていたシャルだったのに、もうすっかり耐性がついている。前後から抱きしめられて頬ずりをされても動じないとは。これも成長なのだろう。
「ハクアちゃんもお疲れさま。すごく頑張ってたね。怖くなかった? 怪我とかない?」
「……うん。だいじょうぶ」
「そっか。良かった」
泰然とした返答にシャルは小さく安堵すると、右腕をぎこちなく動かして、そっとハクアの頭を撫でた。
「……〜♪」
「ふふっ、よしよし」
撫でられたハクアが蕩ける。
嬉しさを表すように、真っ白な四本の尻尾もリズミカルに揺れている。
「……えーっと。幸せそうなところ凄く申し訳ないとは思うのだけど。模擬戦は終わったんだし続きは帰ってからにしたらどう? ここにいたら寒いわよ?」
シャルの右隣で控えめな声をあげたのは、羞恥から早くも復活を果たしたニーナだった。
まぁ、彼女の言う通りだろう。
恐らくこのままであれば、ずっとじゃれ合いが続いてしまう可能性が大だった。
「ん、そうだね。じゃあ二人とも続きは帰ってからにしようか」
「は〜いっ!」
「……うん、わかった……」
「はい、二人とも早く着た方が良いわよ。すぐに冷えてしまうから。……あ、アルルはこれもね」
「えへへ、ありがとう〜!」
「……ありがとう、にーなちゃん……」
聞き分けよく離れた二人は、脱いでいた防寒着をニーナから受け取って羽織った。
アルルはそれに加えて宝物のマフラーも着用する。
そして、早速とばかりに率先して帰り支度を始める良い子たち。
毎度の事ながら、その支度速度が早いこと早いこと。外出する度にその練度が増している気がする。
シートの端を二人で合わせて畳んで、模擬剣や棒を専用の袋に一まとめに入れる。持ち出してきた便利な魔法具も回収し、最後に各自で身だしなみを整える。
「よーしっ。後はこれを戻して終わりだね!」
あっという間に支度が終わった。
既に三幼女たちは分担して荷物を抱えて帰る準備は万端である。
それを確認したシャルは、何故か意気揚々と背後に広がる冷たい大地を一瞥すると。
右手を突き出して声を弾ませるように詠唱を始めた。
そして──。
【魔炎嵐爆】
なんて事ないように、上級の火属性魔法をポイっと入り江のちょうど真ん中に放り込んだ。
ギュルギュルと乱回転する小型の火球が、頼りなく狙い通りの場所に落ちていく。
一拍、着地と同時に大きな衝撃とともに大爆発が巻き起こった。
小さかった火球は侵食するようにその範囲を広げ、衝撃は一面の氷を砕いて、熱風は氷をねぶり溶かしていく。
それから数秒ほど、猛り続けていた炎が落ち着いた時には、入り江内部は蒸気で真っ白になっていた。
「…………やりすぎた」
抑揚なくボソッと洩らした焦りの声。
無表情に見えるが口の端もやや引き攣っている。
自分でやって驚いてしまっては世話ない。
この子には自重という言葉を教え込ませる必要があるだろう。まったく好奇心に素直すぎる。
何より当人のシャルは、爆風やら水しぶきやらで身なりがメチャクチャになってしまっている。
せっかく整えたのに台無しだった。
「シャルくん、はいタオル〜♡」
「はぁ、貴方は何をやっているのよ……」
「……ねねさま、カッコイイ……」
「あ、あはは……」
三者三様の反応をみせる幼女たち。
そんな彼女たちはいつの間にか安全圏にいたりする。当然ながら被害は全くない。
自分以上に自分の行動を読まれていて、シャルは苦笑いしか出てこなかった。
そうして、氷の後始末という名のお遊びを終えたシャルは、濡れてしまった髪をアルル愛用のタオルでしっかりと拭き……いや、拭かれた後、反省する様に粛々と帰路に着いた。
◾︎◾︎◾︎
「今日の模擬戦、みんな特に問題なさそうだったから、予定通りに進めようと思うんだ……どうかな?」
帰宅してから暫くの事。
リビングのソファに座り、神妙に口を開いたのはシャルだ。その顔つきは、海辺で戯れていた時とは打って変わって真剣なものである。
「うんっ、あたしも賛成だよ! 今度はこっちからドカ〜ンてやっちゃおうっ!」
「今日まで準備も入念にしてきたんだし、私もそれで構わないわよ」
「……はくあも……がんばるっ……」
それぞれが想い想いの言葉でシャルに賛成を示した。アルルは普段通りの爛漫な笑顔でありながら瞳の中には強い意思が広がっているし。
ニーナも一見涼やかだが、覚悟を決めた眦をしている。ハクアだってやる気に溢れていて、その尻尾を逆立てている。
そんな彼女たちの言葉を受け取ったシャル。
より一層表情が引き締まったものになった。
シャルはソファからスッと立ち上がる。
見渡すように三人と視線を交わすと。
──決然たる態度で、こう言い放った。
「ん、わかった。じゃあ明日ここを発とう」
年:360日
月:1月〜10月
日:36日
※7年に一度祝福の日(361日)




