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幕間-DaemonDeportatio②


 郊外部からの移動を始めた黒狼たちは、人目につかないよう速やかに候都上層へのルートを駆けていく。

 黒狼があらかじめ緻密に侵入経路を決めていただけあって、危なげなくユミルネのお屋敷に到着した。

 ユミルネの屋敷に近づけば近づくほど、何故か人気が減っていったのも手伝い、滑り出しは好調だ。



 日が完全に沈み、闇夜が支配する時刻。

 月光が照らし出すのは怪しさ満点のお屋敷。

 暗い色調の外壁には蔦がビッシリと這い、庭園には謎の草花が生い茂っている。赤黒い屋根は血を塗りたくったかの如く。

 明かりが必要な時間帯にも関わらず、室内の照明は一つも灯されておらず、それがまた不気味さに拍車をかけている。転々と設けられている魔法具の外灯によるぼんやりとした光も、死者の魂のように感じられ不安感が半端ない。


 ……成程。ユミルネの屋敷近くに人が寄らない理由がハッキリした。これは怖すぎる、恐ろしすぎる。

 こんな屋敷に堂々と住んでいるのだから、彼女に酷い噂が絶えないのも自明だろう。




「……っ」


 黒狼たちも、この近寄りがたい建物に意識を飲まれかけるが、首を振ってなんとか恐怖を振り払う。

 今一度覚悟を決めると、生まれつき高い身体能力を生かして、ユミルネの敷地内に踏み込んだ。


 侵入してすぐに気配を殺した黒狼は、次に手のひらサイズの虹色がかった水晶玉のような物を取り出した。そして、その水晶玉をグッと握りつぶす。

 数瞬後。目前に見えるユミルネの屋敷の外灯が消えた事で、その効き目の程を確認しほっと息をついた。



 いま割った水晶玉は、黒狼が依頼主から間接的に支給された道具である。

 固有名は定められておらず、『妖嘆結晶』やら『魔封石』やら、その人によって様々なものが付けられている。

 肝心の効果だが──主に『魔封じ』だ。

 単純だが絶大。なにせ、一定領域内の魔力放出を封じるという、とんでもない効果なのだから。



 魔法が使えなければ、いかに魔王とて……。

 そんな一縷(いちる)の望みを胸に男たちは行動を進める。



「……」


 黒狼は無言でクイっとハンドサインを飛ばす。

 それに従って数人の男が正面にある両扉へ。


 ここからはスピードとパワー任せになる。

 なにせ彼らは暗殺技術なんて修めていないのだ。

 こっそり忍び寄って、首をサックリと刈り取るなんて出来っこない。


 故に、屋敷までバレずに導き、魔法具を無事発動させるまでが黒狼の主な役割とし、赤熊を始めとした屈強な肉体を持つ男たちは、屋敷に乗り込んでその数で蹂躙(じゅうりん)するというのが、今回の割り振りだった。


 作戦なんかあってないようなもの。

 基本、力技のゴリ押しなのだ。



 両扉にたどり着いた男たちは一度頷き合う。

 そして、勢いを付けて体当たりをする。


 ドンッと重い音が響き……扉が開かない。


「……もう一度だっ」


 既に一度、大きな音をたてたのだ。

 もう無言を貫く必要はないだろうと、男たちは再度気合いを入れて体当たり。


 ドォンっ!!


 先よりも更に重い音が(とどろ)く。

 ……が、やっぱり開かない。


 ならばと、扉の近くに埋め込まれている大窓に目標を変えて、長剣の柄尻を叩きつけた。

 ガンッ──といい音がするも、窓はヒビひとつ入らない。むしろ扉よりも手応えがなかった。


「ちぃ……どうなってんだ」


 結局、扉を破るのが手っ取り早いと結論付けたのか、男たちは先程よりも人数を増やして、扉の破壊を行う事にしたようだ。

 間抜けに見えるが、彼らは真剣の極みである。



 さぁ、思い切り助走をとって──いざ突撃っ。

 男たちは猛スピードで扉に突き進んでいき。


 ドガァンっ!!


 今までで一番の快音が響き渡った。

 そして、遂に扉が開いたッ。


 ……逆側に。



『馬鹿者。この扉は外開きだ』



 冷ややかなツッコミと共に、ものすっごい勢いで扉が開き、体当たりした男たちは綺麗な放物線を描いてドシャッと墜落。

 開いた扉の向こうには、右足を浮かせた前蹴り状態のユミルネが悠然と立っていた。


 まさかのご本人登場に、空気が凍りつく。

 しかし、当のユミルネはそんなもの関係ないと、怠そうに声をあげた。



「……何処のどいつかは知らんが、こんな朝早くに人の扉前で騒がしくするなど、お前たちは頭が沸いているのではないか? あ"ぁ"?」


 訂正。ものすごく機嫌が悪そうだ。

 それと、いまは朝ではなく夜である。

 まぁ、昼夜逆の生活をするユミルネからしたら、朝で合っているかもしれないが……。



「へぇ、アンタがユミルネか…………何というか、思っていたより小さいんだな」


 そうこうしている内に、一番早く我にかえった様子の勇者赤熊。

 状況を読まずに鋭い先制口撃を放つ。

 それに対し、静かに青筋をたてたユミルネ。


「小僧……お前、殺されたいようだなぁ。この吾が甚振る事を考えず、一も二もなく殺してやりたいと思ったのは久方ぶりだぞ……クク、クククッ」


 笑う、嗤う。殺気が溢れる。


 赤熊からすれば大半の女性は小さくて当然なのだが、ユミルネはその無遠慮な発言そのものが、(しゃく)に触ったのだろう。

 だが、赤熊はそんな彼女の心情など全く気にせず、一気呵成にユミルネへと詰め寄る。


「はっ! 元よりこっちは死ぬ覚悟で来てるんだ! 今更そんな言葉で怯むかってんだっ!」


 獰猛(どうもう)な笑みを(たた)えるその雄姿を見て、男たちも次々と態勢を整え直した。気持ちを奮い立たせ、遅れないように赤熊へと追従する。後方にいる黒狼も、死角へと回り込むように動いて隙を(うかが)う。



「あぁ。そっちの手合いだったか……」


 対して、ユミルネは無表情。

 何者なのか分かっても、まったく感慨ない様子だった。つまらなそうに右手をスッと持ち上げ──止まる。





「──……これは、魔封じの結界か」


「がははっ! 魔王も魔法が使えなければ形無しだろう? いくぜ! 押し潰す!!」

『うぉぉぉぉおぉおぉっ!!』


 ユミルネは発動させようとした魔法が不発に終わり、その原因を一瞬で看破する。

 が、その時には赤熊を含めた男達が、ユミルネに武器を振り下ろしていた。



「小賢しいな……」



 残念なお知らせである。

 この想定外にもユミルネは一切動じていなかった。


 ──ゆらりゆらり。

 右に左に、舞うようにして攻撃を躱していく。

 回避行動に恐ろしいほど無駄がない。

 大人が子をあしらうように余裕綽々だ。



「はぁ、面倒だが致し方あるまい」


 暫くの間、ゆらゆらし続けたユミルネだったが。

 次いで、彼女は厳かに呟いた。



 “ナラク・ポルタ”



 振るわれる剣や槍を軽々と捌きながら発した声。

 それは(ささや)くような小さい声であり、宣言だった。


 ただ、この場は魔法が一切使えない。

 どの様な宣言も意味をなさないのではないか?

 そう思われたが。



「うぉぉおぉぉぉ!!?」


 起こったのは突風だった。

 突如として刺さるような極寒の風が巻き起こったのだ。強襲をかけていた赤熊たちは一人残らず後方へと吹き飛ばされ、転がされる。



「……ぐぅっ、どうなってんだこりゃあ。魔法は使えないんじゃねぇのかよっ」


 そんな驚きと共に赤熊は立ち上がってみれば、ユミルネの容貌がいつの間にか変わっていた。


 薄い金色だった髪は全てを蓮華色(れんげいろ)──淡いピンクに近い色へ、鮮やかな金眼は燃え上がるような緋色に。豪奢だった金角は、鋭く伸びて赤黒く染まっていた。

 加えて、雰囲気が別人レベルだ。

 人らしさが薄れ、禍々しい剣呑な気配が溢れ出ている。


 いまのユミルネは、ただ視界に入れるだけで身体が無意識に震えだす。

 それは他の男たちや黒狼も同じだった。



「……はぁ、最悪の気分だ。それもこれも、お前たちが小細工をしたのが悪い。これは極刑に値するぞ」


 “黒沙”


 ユミルネが今一度、詠う。

 感情の込もらない眼差しで襲撃者を見ると、カツンと足を軽く踏み鳴らした。するとユミルネを中心に赤黒いナニカが侵食を始め、瞬時に敷地内全ての地面が変性した。



「ッ!? おいおい……まじかよっ!?」


 事象を理解し、(おのの)いた赤熊は一歩後ずさる。

 ザッと足元が沈み込み態勢を崩しかけるが、慌ててバランスを取り転倒を防いだ。


 赤熊の顎先から冷や汗がポツリと流れ落ちる。

 地に着いた汗は、ジュッと音をたてて蒸発した。


 赤黒く見える地面、それは砂であった。

 ただし、かなりの高温を放って赤熱している。

 ただ立っているだけで肌を炙られる程の熱量。既に赤熊たちの履物は焦げ始め、いつ燃え上がるのかといった状態だ。


 いまこの瞬間、ユミルネの敷地が魔境と化した。



「最後にひとつ言っておこう。吾の魔法を封じるのは勧めん。何故なら……コレを使わざるを得ないからな」



 “黒縄鞭”



 足元の炎砂には一切影響されず、ユミルネは優雅に歩を進める。その途中、ユミルネの手元に妙な威圧感を発する真っ黒い縄鞭が現れた。





 それからの出来事は、理解の範疇(はんちゅう)を超えた。

 赤熊や他の男たちはおろか、黒狼でさえ何が起きたのか分からなかった。



「がぁぁっ、まじ、かよッ」

「……ぐぅっ」

『グァぁあぁあぁぁぁッ』


 彼らからして見れば、ユミルネが黒い鞭を手にした次の瞬間には、赤熱した砂の上にボロボロとなって倒れていたのだから……。

 全身は裂けて血が流れ、今をもってして地面の灼熱で焼かれ続けている。

 何が何やら、まったくもって分からない。


 ただ、尋常じゃない熱量で身体を焼かれながらも、彼らはひとつだけは理解した。

 それは──目の前で悠然と歩みを進める存在との、絶望的な力量差だった。


 理解の埒外に在る人知を超えた力とは、正にこういうモノを言うのだと。

 最後の最後に、強さの極地を知るのだった。



「…………さぁ、終わりだ」


 ユミルネが近づく。

 普段のおしゃべりな姿は鳴りを潜め、今は徹底的に冷たかった。


 赤熊たちの足掻きは虚しく終わりを告げる。

 ユミルネが彼らの前へとたどり着く。

 これから待っているのは、安らかさの欠片もない凄惨な死なのだろう。

 彼らはその時を思い、恐怖に押しつぶされそうになりながらも、全身を激痛に苛まれながらも、心折られず必死に耐えていた。


 初めに。ユミルネは赤熊に向かい、黒い鞭を振り上げた。──そして、振り下ろそうとした。


 その時である。


 なんの脈絡もなく(・・・・・・・・)、ユミルネの全身が蒼白い火炎に包まれた。

 突然発生したその炎を見て、黒狼たちはユミルネがまた何かをしたのだろうかと思ったが、どうやら違うようだった。




『……げっ、やっぱり相性わっるいなぁ』



 聞こえてきたのは、第三者の声。

 この凄惨な場には似つかわしくない、酷く明るい揚々とした声音である。


 ここにきて、まさかの闖入者ちんにゅうしゃに場の空気が変わる。


 声の出どころを探すと。

 ユミルネの屋敷の屋根部分に人が立っていた。


 その人物は、黒と白が基調の露出多めな軽装に身を包んだ、小柄な少女であった。

 月光に照らされた肌は艶やかな褐色で、鮮血を吸い上げたような赤い長髪を二つ結びにして(なび)かせている姿は、なんとも怪しい色気に満ちている。



「なんのつもりだ、小娘」


 奇襲を受けても、やはりユミルネは動じない。

 火炎を片手で振り払い、無傷のユミルネが問うた。

 問われた少女も、振り払われた事になんの驚きもなく、アッサリ答を返した。


「なんのつもりもないですよ! 目の前で人が襲われているのに、助けない理由なんてないですって!?」


 場違いなほど元気いっぱいだ。

 少女は正義感に溢れた眼差しで力一杯に吠えた。


「御託はいい。小娘、お前……何者だ?」

「いえ何者と言われましても! ただの通りすがりの美少女です!」

「惚けるなよ小娘。ただの人が吾の領域に立ち入れる訳がなかろう」

「…………………………あ、そっか!」


 長い長い沈黙を経て。

 少女はいま気づいたとばかりに手を叩いた。


「うんうん、ならごまかす必要はないかな」


 一転。少女の表情が抜け落ち、口の端を釣り上げると、先ほどの爛漫な笑顔とは真逆のゾッとするような哄笑を浮かべた。


「私はアッカ──アッカ・マナフィっていうのよ。私のことは、気軽にアッカちゃんって呼んでね♪」


 くるりん♪ と、屋根の上で優雅にターンを決めると、ビシィっとユミルネに指を突きつける。


「そしてそしてっ、アッカちゃんは今日ここに、ユミルネ・ヘーゲルフォイア──貴女の勧誘に来たのでーすっ!」

「……勧誘? 暗殺の間違いだろう」

「相性的に殺すのは面倒くさいので、勧誘することに決めた感じっすねー♪」

「なるほど。お前は馬鹿なんだな」

「失敬な! 私は泣く子もぶっ殺す大天才、世界最強の『美少女戦士』アッカ・マナフィちゃんだよ! それ以外の呼び方は全部却下です!」



 赤髪の少女はそんなどこかで聞いた様な、聞いていない様な言葉をユミルネに放つと、ただただ無邪気に笑うのだった──。



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