幕間-DaemonDeportatio①
──時はシャルたちが候都を発った日まで遡る。
その日、候都ファナールの郊外、日の入りが少ない奥まった場所に、複数の奴隷襲撃者がいた。
全身をローブに包んだ襲撃者たちは、袋小路の壁際でひと塊りとなり、何をするでもなくその場に立っている。
時々近くを通るやや貧しげな風貌をした通行人たちも、その怪しさや、荒々しい雰囲気から厄介事の気配を感じ取り、すぐに離れていく。
「……そんで黒狼さんよ。わざわざ俺らまで動員しての特別依頼とは聞いていたが、肝心の標的は誰なんだ? まだ時間はあるんだし教えてくれよ」
集まっている中で一番の体躯をもつ大男は、周りに人の気配がない事を確認し、そう口火を切った。
「こっちの仕事は白狐の専門だろう? あの嬢ちゃんが一人で対処できない相手なのか?」
「…………」
「なぁ黒狼〜っ、無視すんなってぇ。俺達もいきなりファナールに行けって旦那に言われただけで、なんにも知らねぇんだよぉ」
情けなく黒狼と呼ばれた男にすがりつき、気色の悪い声音で事情を尋ねる大男。
わざとにしても大男がする気色悪い行動に、ローブの奥の顔がひきつる黒狼である。
「……はぁ、今回の標的は複数いるのだ。そのどちらも実力が高い。故に白狐は片側に集中し、もう片側をオレ達が担当する事になった……それだけだ」
うっとしい態度に根負けしたようで、黒狼は面倒そうにしながらも丁寧に答えた。
「ほぉ、お前がそこまで言うほどなのか。それだけ強え相手って訳だな?」
「教えた所でどうしようもないだろう。お前達はただオレの指示した通りに動き、黙って標的を始末すればいい」
「いや気になるじゃねぇか。闘場の相手とは訳が違うだろ? これから襲う相手の情報くらい、俺達にも知る権利はあると思うぜ?」
しつこく食い下がる大男の姿からわかるように、黒狼以外の者たちには一切の情報が伝わっていなかった。
そもそも黒狼とそれ以外の男たちは、普段の役割が違うのである。こう言った場合の情報伝達が、上手く働かない事は度々起こっていたりする。
しかし、黒狼はそういった事情を理解していながら、今回の情報は恣意的に出し渋っていたのだが……。
「……わかった。いいだろう。後悔しても知らないぞ」
「うっしゃっ!」
大男の執拗な口勢に負けて白旗をあげるのだった。
ひとりガッツポーズを取っている大男を一瞥し、黒狼は小さくため息を滲ませると。
気が進まないながらも重々しい口調で告げた。
「オレたちの標的は魔王ユミルネだ」
「あ?」
黒狼がさらりと告げる。
変にタメることなく放ったその言葉は、大男ほか、この場にいた男たちの思考の間隙を盛大に突いたようだった。まさに、予想さえしていなかった名前を聞かされたとでもいうように……。
黒狼はそんな空気の変化を認識しながらも、淡々と話す。
「オレ達の標的は、この街にいるユミルネ・ヘーゲルフォイアだ。今日、これから、オレ達はあの魔術師に襲撃をかける」
「お、おう」
「…………」
大男の咄嗟の返しに黒狼は何も返さない。
目をつぶって口を閉ざしたままだ。
そんな黒狼の姿を目に入れながら。
当の大男は……目を回していた。
──そもそもユミルネってあれか?
あの恐ろしい噂しか聞こえてこない恐怖の大魔王か? 王国の七貴人であろうと恐怖で跪かせる残虐の使徒さまか? 天才魔術師とは仮の姿で、実は裏で人体実験と言う名の拷問を繰り返しているっていう……あの狂人のユミルネなのか?
不足気味の頭を懸命に回して、考えを頭に浮かべては消している大男氏だった。
「……あー、いちおう言っとく。正気か?」
「さてな。どっちにしろ、オレ達に選択肢などないだろう。諦めろ」
惚けそうになる精神を意地で立て直して、何とか放った言葉も、黒狼にバッサリと切って落とされた。
そうしてやっと黒狼の言葉が本気だと理解した大男たちは──。
「まったく、予想以上にも程があるぜ。精々が高位ランク冒険者ぐれぇだと思ってたのによぉ。確かにこりゃあ聞かねぇ方が良かった話かもなっ! はっはっ!」
ヤケ気味に大笑いして、天を仰いだ。
それにつられる様に、会話を聞いていた周りの屈強な男たちも各々が反応を見せた。
ただ、恐怖や悲しみを浮かべる者もいる中、大男のように笑っているのが大半なのはどうかと思う……。
しかしながら、どんな反応を見せようと竦み上がっている者だけはいなかった。
その場にいる全員がその運命を受け入れたのだ。
「んで、それはそうと黒狼さんよぉ。この配置ってつまり白狐を生かす為に、俺達を捨て駒としたわけだよな? いやぁその思い切りの良さは同族として、いや、ひとりの男として尊敬するぜ? がははっ!」
ひとしきり覚悟を固めた所で、大男がまたも黒狼に絡みだした。その絡み加減は酔っ払いもかくやといった具合である。
まぁ、そうした飄々とした彼の態度は、場の空気を軽くするのにも一役買っているようなので、黒狼も面倒そうな態度は取りつつも、きちんと会話には応じているのだが。
「馬鹿を言うな。そうではない。単純に優先順位の問題だ。もう片方の標的が此方より優先度が高い。確実に遂行する為に白狐を向かわせたまでだ。他に思惑などないからな」
「お、おう。そこまでマジに返されるとは思わなかったぜ……ホントお前ぇさんはあの嬢ちゃんが大切なん」
「──なんだ赤熊? お前は向こうの方が良かったのか? ちなみに向こうの標的は子供だぞ。そんなにお前は子供を襲いたいと? 成程、では次回からはそれも考慮して、主に意見を申し立てることにしよう」
大男こと赤熊の言葉尻を奪うように、食い気味でまくし立てる黒狼。その対応がまた墓穴となっているのだが、彼がそれに気づくことはなかった。
赤熊もこの自爆には後ろ頭を掻いて苦笑いだ。
「ははっ、勘弁してくれや黒狼。ガキに手ぇかけるくらいなら、旦那に突っかかって死んだ方がまだマシだっつー話よ。その点でいや白狐の嬢ちゃんには悪いと思ってるさ。いかに死なせない為とはいえ、あんまりだもんなぁ」
赤熊がそう宣うと周りの男達も殆どが首肯した。
その仕草から男たちの間に仲間意識の高さが伺えた。程度の差はあれ、この場にいる男たちはひとりの童女を思って慈しんでいる。
勿論、隠しきれない思いで自爆してしまった黒狼も、白狐と呼んでいる女の子──つまりはハクアを娘のように思い、彼女を死なせないように足掻いているのだ。
「まぁ、それによ。こっちの担当だって、人生最後の戦いをあの魔王で締められると考えりゃ、案外悪くないかもしんねぇぞ! がっはっはっはっ!」
しんみりとしてきた空気を吹き飛ばせと、なんとも豪快に笑う赤熊。それに元気付けられたのか、周りの者たちも笑顔を作った。
黒狼も赤熊のポジティブさには助けられる部分もあるのか、普段は努めて消している表情がわずかに緩んでいたのだった。
そうして暫くの後、軽い話し合いを経て。
「──時間だ」
「うしっ。そんじゃあ、いっちょ死地へ向かうとしようか!」
時を見計らっていた黒狼が開口する。
遂に襲撃者たちは動き出すのだった。




