鹵獲と尋問と非常識!
──つまりはこういうこと。
数日前から、家の周りをうろつく不審者が現れましてー。
不審者を調査すると、前に出会った夜襲オジサンと同じだと分かりましてー。
よっしゃあっ、排除しちゃうぜーぃ!
以上。
俺たちの生活を脅かそうとする輩に天誅を下そうよ大作戦……それが、このピクニックの真実の姿だったのだ。
不審者のオジサン達が、拍子抜けするほど実力不足だったのは、こっちも想定外だったけどね。
俺たちの歩くペースにさえ、付いてこられないとは……。
まぁ、普通にピクニックを楽しめたのは、オジサン達の実力のおかげと言えなくもないし、感謝してますよ?
『報告。主や先生を狙ウ、愚か者の捕縛、完了しマシタ!』
フヨフヨとオジサン達を運んでいた精霊さん達が到着。ごろっと荷物……荷人をそのまま地面に転がすと、俺の前まで一目散に集まってきた。
「ん、お疲れ様っ。完璧なお仕事です。流石だねぇ」
『照れマス。私たチハ当然の事ヲしたまでデス。褒めナイでくだサイ』
人の子精霊さんは、くねくねと身をよじって恥ずかしさを表す。
その声音も、以前より感情表現が豊かになってるし……可愛いなぁ〜。
「ふふっ、でも助かったのも確かだからね。お礼くらい受け取っておいてよ。ありがとうねっ♪」
『先生止めてください照れマス照れマスー』
『『『『──キュゥゥ』』』』
『『──キュィィ』』
あぁ、このまま精霊さん達と一緒にピクニックを楽しみたいなぁ……。
そうも言っていられないのは、分かってるんだけどさぁ……。
「シャルくんが一人でおしゃべり…………かわいいっ♡」
「……わぅ? なにか、いるの……?」
「あー、そうよねー。周りから見たらそう見えるのよねー。私も気をつけないとだわー……」
「──はっ!?」
すぐ近くから聞こえるアルル達のおしゃべりを聞き、俺は我に返った。
そうだよっ。普通は精霊さんは見えないんだった。じゃあいまの俺って一人遊びしてる可哀想な子に見えてるっ!?
うぅ、恥ずかしい……。
「──って、なんでニーナまでそっち側っ? この子たちの契約者でしょー」
「あ、そうだったわね」
「『あ』って……忘れちゃダメなやつだよそれ」
「ふふっ、冗談よ」
ニーナは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、精霊さん達の方に歩みを進める。
「でも私思ったのよ。アルルがアルルなら、シャルもシャルよねーって」
「むぅ、どういう意味さそれ」
「勿論、そのままの意味よ?」
トンッと木杖を地面に突き、人の子以外の精霊さんを戻したニーナは、此方に顔を向けて──。
「契約精霊を契約者より上手く扱えて、ごく短期間で精霊の自我を豊かにできる存在なんて……ねぇ? 非常識だと思わない?」
「う……」
「私でも最近まで簡単な単一指示しか扱えなかったのに、貴方ってばこの子達全てに、自立思考を要する曖昧で複雑な命令を出したわよねー? しかも成功させてるわねー?」
「いやだなぁニーナさん。僕は精霊さんにお願いをしただけですよー? 命令なんて大それた真似はしてないですよー、あはは〜〜♪」
「ふふ、契約精霊はね、契約者以外の指示を一切聞かないものなのよ?」
「…………」
ぐうの音も出ないとはこの事。
俺は妖しい笑みをもらすニーナに、悩ましげな表情を返しておく。
なるほど、いつの間にか俺はアルルと同じところにいたのかー。
俺って変人認定されただけで、常識的だと思ってたんだけどなー。
ちょっと焔魔纏とかいう謎オーラがあったり、魔核がなくても魔法が使えたり、魔力とかが見えたり、謎スペックの新薬が作れたり、性別があやふやだったりするけどさー。
あ、でも、アルルとお揃いは嬉しいかも。
「ふふっ、ごめんなさいシャル。貴方があまりにも自覚していなかったものだから、少しいじわるをしてしまったわ」
「……むぅ」
こちらの顔を覗き込み、ほっぺをツンツンしてくる可愛い笑顔のニーナに、俺はふてくされたお顔で相対しておいた。
たまにはこういう感じの戯れも悪くないね。ちょっと新鮮で楽しかった。
「──っと、そろそろ始めないと」
このままニーナとのじゃれ合いを楽しみたい所だが、俺は意識をお仕事モードに切り替える事にする。
「そうね。いつまでも遊んでいられないわよね。手は必要かしら?」
「んん、大丈夫。ハクアちゃんの時に比べれば全然楽だから」
「そう、わかったわ。あ、この子は貴方に付けておくから、好きに使ってあげてちょうだい」
「ん、ありがとうニーナ」
『奮起。私ガ先生の助手デすね! ヨロしくお願いシマす』
「いえいえ、こちらこそー」
精霊さんがフヨフヨと近づき、俺の右肩に着地するように滞空すると、気合十分のご挨拶をひとつ。可愛らしさは百二十点です。
そして、ニーナは心得ているのか、人の子ちゃんを俺に付けてくれた後、アルル達と一緒に少し離れた場所に移っていった。みんな手を振ってきたので振り返しておく。こっちも愛らしい。
別に近くに居ても邪魔にならないんだけどね。気遣ってくれてるのが分かるので、これはこれでアリかな。
「──よし、やろう」
可愛い成分も補充された所で、早速取り掛かる。使う器材は師匠のポーチに入れて持ってきた。その器材をオジサンの近くに並べていく。
俺がこれからするのは、捕まえたオジサンに付いている首輪の回収である。
無駄に手間をかけて、オジサンを捕まえたのは、首輪を回収する為なのだし。
とはいっても、そんな安全なものじゃない。
忘れそうになるがこの首輪は爆発する。
爆発する条件が分からないから、急がないといけない。
夜襲された時やハクアちゃんの術式などから、認識される前に意識を落としてしまえば爆発の危険は低いと推察してはいるけど、それも絶対ではない。急ぐに越したことはないよね。
俺は早速首輪の解析を行っていこうと、 首輪に手を伸ばし。
「──あ」
ひとつ確認事項を思い出した。
「ごめんね。ハクアちゃんに少し用があったから呼んでくるね」
『了解。先生、ソの間に手伝える事はありマスか? やっテオきマすよ!』
「ん、そうだなぁ……じゃあコレを任せちゃおうかな」
何やら人の子ちゃんが自発的な提案をしてきたので、それにお答えして、拘束用に作ったロープをオジサンに巻く作業を任せておきましょう。
人の子ちゃんの、精霊の見えざる手みたいなのがあれば、余裕でしょう。
そして、その間に俺はハクアちゃんを連れてきた。
「いきなりごめんね。少しハクアちゃんに聞きたい事があるんだけど。大丈夫かな?」
「……うん。だいじょ、ぶ。ねねさま、手伝う」
「ん、ありがとうね」
聞こうか迷ったけど、ここは聞いておく。
それ如何によっては、オジサンたちへの態度も改める必要があるし。
「えっと、このオジサンなんだけどね、ハクアちゃんは知ってたりするかな?」
落ち着いて考えられるように、ハクアちゃんの頭を撫でながら、優しく柔らかい声音を意識して尋ねる。
「……うーん、しらない、よ……?」
「顔も見たことない感じかな?」
「……うん、みたこと、ない……」
そっか。なんとなく分かってた。
実はここ最近は落ち着いてきたから、さりげなくハクアちゃんには色々聞いていたのだ。
するとハクアちゃんが、薬が効いている間の記憶がかなり曖昧なのが分かった。
その大半は失われているというか、自ら封じてるというか、聞ける情報がかなり少なかった。
多分だけど、俺と戦った記憶もない。
その話を遠回しにした時も、ハクアちゃんキョトンとしてたから。
最終的にハクアちゃんから聞けた情報って、物心がついてから少し経ったくらいの時には既に武器を持たされていて、『黒狼』って名前の上役がいたという事しか分かっていない。
でも、俺達はそれならそれでいいと考えている。辛いことを無理に思い出させるなんて残酷だもの。そんな酷いことをして解放しても、彼女を本当に救ったとは思えないだろうし……。
っと、思考が逸れてしまった。
「そっかぁ、了解だよ。答えてくれてありがとうね、ハクアちゃん」
「……うんっ。はくあ、ねねさま、手伝えた?」
「ふふ、バッチリだよ。すーごく助かった。ありがとうだよハクアちゃん」
「……わぅ♪ よかった……」
ハクアちゃんは可愛らしく小さな笑みを浮かべた。んぅ、やっぱりこの笑顔を奪うのは無理ですわ。これは自力で解決がベストだね。
質問を終えるとハクアちゃんは手を振りながら戻っていき、俺は改めて作業を始めた。
そして、俺は五つの首輪を解除し回収。
やはり首輪は改造されたもので、無効化するのは大変だった。解除には手間も時間もかかった。
それでもハクアちゃんの為だと思えば、まったく苦にはならなかった。
家に帰ったら手に入れた物を調べて、少しでも手がかりを得られるように頑張ろう。
手がかりは一つでも多い方がいいからね。
「さて、時間もあまりないし、急いで次の作業に移りましょう」
『疑問。既二解除処置は済ンデいるノでハ?』
「あー……ごめんね。伝えてなかったよ。次にするのは魔術とは別のことだよ。期待はしてないんだけどさ、これから捕らえたオジサンに、色々聞いてみようかなーってね」
「納得。理解しまシタ!」
「んふふ、それなら良かった」
……まぁ、全員起こして騒がれても面倒だし、一人二人くらいにする予定だ。
一人は適当に、もう一人はリーダーらしき人物を聞き出してから起こそうか。
尋問って苦手だし、スムーズに進められるように、ちょこっと小細工もするとしよう。
「よしっ。──すぅぅ……はぁぁぁ…………」
深く、深く、深呼吸。自分の中を改変していく。
表情は完全に消し、雰囲気は出来るだけ無機質に。
心の揺らぎも固定する。一時的に感情を排除。
一線だけは超えないように、意識して、ゆっくり、ゆっくりと過去の自分に近づけていった……。
『尋問を始めます』
冷め切った思考の中、持参した気付け薬を用いり男の覚醒を促す。ややあって覚醒を確認。
「ぅぅ、んんぅ……こ、ここ、は? ──ッ!!? なんでお嬢ちゃん達がっ!? え、身体が動かないッ!? 一体どうし──」
『黙って』
感情を排した冷たい声音で命じた。
『死にたくなければ、言う通りにして下さい』
胸元からアラギ剣を取り出す。
禍々しい造形の大鎌へと変える。
黒い刃を男の首筋へ静かに添える。
「──ひぃ!?」
『黙って。勝手に話せば殺します。勝手に動いても殺します。理解したのなら首肯を』
コクコクと首を動かす男。
首肯を確認。
『貴方は立場を理解し、聞かれたことに対し素直に回答をすること。質問に黙したら殺します。嘘をついても殺します。理解したのなら首肯を』
再度、頷く男。確認完了。
『質問。問一、貴方たちに命令を出した人物の名前と容貌、現在地を話して下さい』
男の瞳を覗き込み回答を促す。
「……ぅ、えぁ……わ、わからね──わかりません! なな名前は聞かされてませんですはいっ。あ、え、えっと……容貌とか場所だってわからね──わかりませんっ! まだ一度しか会ってないし、会った時も全身を黒いローブで覆っていたんだ──ですっ!」
発声と抑揚、表情、瞳の変化、呼吸、体温、仕草から回答の確度を推定。
……確度、八割強と判断。
会話により男の精神にやや余裕があると断定。
確度向上の為、魔力による精神への圧力処置を開始します。
『質問を変えます』
「──ひぃぃぃっっ!!?」
『黙って。許可なく口を開けば殺します。理解したのなら首肯を』
「…………」
『質問。問二、その人物に会った時の詳細を話して下さい』
「はははははいぃいぃぃっ! ええええええっとぉぉぉぉぉ……」
…………────
……──
──
『……以上で質問は終了です。お答えいただき感謝します』
首から刃を離し尋問対象者にそう伝える。
男は脂汗を流し蒼白な顔ではありますが、生命活動に支障はなし。問題はないと判断します。
次いで──判明したまとめ役へ移行します。
要領同じく質問態勢を整え、対象である髭面の人族に処置を開始……。
「……ん、んぅ……あぁ? ここはどこでぃ──なんッだっコリャアアァァ!!?」
『黙って』
◾︎◾︎◾︎
「…………すぅぅ……はぁぁ」
んぅぅ、つっっかれましたぁぁ……。
横着して馬鹿な真似をするもんじゃないですね。
物凄い違和感に苛まれてしまった。作業を淡々と私情を挟まずにこなすのには便利だけど、精神にすごい負荷かかるよコレ。長く続けたら戻れなくなりそう……。
というか首輪の回収する時より疲れた。
まぁ、おかげで聞き取りは楽に済ませられたけど。結果は予想通り。知れた事は多くも、俺が欲しかった情報は持っていないようだった。
彼らの事情を簡単にまとめれば。
全員が元々冒険者であり、ある日気づいたら見知らぬ森の中に居た。
すると全身ローブの男が現れて、いきなり人殺しを命じてきた。訳が分からず歯向かう者も出たが、見せしめで殺された。そして首輪の説明を受け、強制的に従わされた。
その後は、指定された街で冒険者をしながら、毎月に課せられた殺人ノルマや、たまに来る名指しの殺人をこなしていた。
補足として、このオジサン五人はファナール近辺の担当で、ウィーティス帰郷中に襲撃してきた五人は、南王都方面にある中規模都市ジーダルの担当だった──と。こんな所かね。
「……はぁ」
なんというか、ね。
暗殺者どころか無差別テロリストだった事実に、ビックリ仰天のシャルです。
欲しい情報もなければ、厄介な事情を抱えていたとか、本当に勘弁して欲しいな。
ちょっと裏で手を引いてる人物を甘く見ていたかもしれない。警戒度を改めておこう。
そう気を引き締め直した俺は、尋問で使った大鎌を戻して収めた。
そしてアルル達の元に戻ろうと思った時──いきなり背中にポスっと柔らかい衝撃。
何事かと振り向けば、そこには昂揚して色付いた頰に、蕩けた笑顔のアルルがいた。
「シャルくんカッコいい〜〜♡ もう一回やってっ! もう一回〜〜!!」
「──へっ? ……あぁ」
アルルの謎テンションに、一瞬何事かと驚いたが、多分尋問の様子を見られていたのだろう。
妙な所でズレてるんですよねぇ、この子。
普通なら人形が動いているみたいで、気持ち悪いと思うんだけど……。
とはいえ、台無しですアルルさん。
意識して作り出したハズの張りつめた空気が、アルルの登場で一気に緩んでしまった。
オジサン達も空気の変化についていけずに、ぽか〜んと惚けている。
この空気感ではオジサン達が喧しさを戻すのも時間の問題かも知れない。
それは少々面倒だ。ここはサクッとお眠りいただこうか。
俺はオジサンの方に振り返り、中腰で手をお膝にあてがう。オジサン達の視線を吸い込むようにして集めると。
「んふふっ、ごめんねオジサン。脅かしたくはなかったんだけど、あれが一番手っ取り早かったんだ。──許してね♡」
「「ブハぁッッ!!?」」
「ほわぁぁ〜〜っ、シャルくんかわいいぃ〜〜♡」
上目遣いで小首を傾げ、意識して作った満面の笑顔でそう告げると、オジサン達はお鼻から血を吹いて倒れた。
アルルも誤爆。頰を更に染めて抱きしめてきた。
「……んん」
相変わらずコレの効果は抜群みたいですねー。
あー、ヤダヤダ。何してんだろう俺……。
若干うんざりしつつ、俺はアルルをひっさげたまま、ニーナとハクアちゃんに合流した。
「みんなー、用も済んだしそろそろ帰ろう?」
おじさんたちが鼻血垂らして気絶している内にね。退散、退散。
帰ってみんなでのんびりしましょー!
「あ、そうだ。今日のお夕飯さ、朝みたいにみんなで作ろうよ。あれすごく楽しかった」
「わ〜いっ♪ あたしもみんなでお料理、楽しいから好きだよ〜〜!」
「それなら帰りにお買い物も済ませてしまいましょうか」
「……はくあも、お手伝い、できる?」
「ん、ハクアちゃんにもお手伝いしてもらうよ。よろしくねっ♪」
「……うんっ、ねねさま、任せてっ」
『羨望。主と先生楽しソうデス。しかシ、私は姿ガ見えぬ定めノ存在。仲間はズレも致し方がナキことト存じまス。シクシク、悲しイ、シクシク』
「…………えっと、シャル? とうとう私の契約精霊が壊れたわ。この子、精霊にあるまじき言動をし始めてる……」
「ふぇ!? ぼ、僕は悪くないって……た、多分! って、おしゃべりしてないで、早く帰る支度しちゃおうよっ、ね?」
俺はニーナの呆れ混じりのジト目をシャットアウトし、ついでにアルルの抱擁を抜け出し、ハクアちゃんの頭を撫で、そそくさと帰る支度に取り掛かります。
「はぁ……まったく。まぁ、貴女も参加したいのならすればいいわ。他の精霊もね」
「わぁ〜♪ 精霊さんも参加するんだぁ。すごーい! よろしくね〜っ」
「……いっしょに、がんばろ……」
『大・歓・喜っ! 流石ハ主です。話がワカります。大好きデスッ』
精霊さんの歓喜の舞と、アルルたちの笑顔を横目に、俺はのんびり一人準備を済ませてしまう。
アルル達が前以て片付けてくれていたみたいで、あっという間に終わってしまった……。
準備も済んだところで、俺たちは傾きかけている日を眺めつつ、この美しき高原地帯を後にした。
当然、行きより帰りのペースの方が早かったのは、言うまでもない。
気絶したオジサン達であるが、此方は縄を解いて転がしておいた。
必要なさそうだけど、こういったメッセージも残しておきましたよ──。
あなた達は自由です。
悪事を働いたら殺します。
理解したのなら首肯を。




