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遠足と監視と執行者


「シャルくんシャルくん! もっと強くしていいよ〜っ!」

「……ねねさまっ。もっと、きてっ……」

「えー、本当に二人とも大丈夫なの? 結構激しい運動になっちゃってると思うんだけど、これ」

「だいじょ〜〜ぶっ!!」

「……まか、せてっ……」


「……あはは。二人とも元気だねぇ。まぁ、そんなに言うなら信じましょう。次は少し強めでいくよ?」

「うんっ!」

「……きてっ……」



 俺はアルルとハクアちゃんのご要望にお答えして、手元にある物体を上空へ軽く放り投げると──


風弾ウィンドボール


 その物体へ強めに風弾魔法を当てた。

 魔法を一身に受けたそれは、大きな放物線を描いて彼方へと飛んでいく。


 ──と、同時に動き出す二つの影。


 一つは銀線を引いて、一つは純白を翻しながら、それに向かって高速で伸びていく。


 そして、彼方へそれが落ちる寸前。

 二つの影が交差した。




「……わぅ。ねねさまっ、取ったぁ……」

「う〜、あとちょっと足りなかったの〜」


 しばらくすると遠くから小走りで近づいてくる影……もといハクアちゃんとアルル。

 ハクアちゃんは、両手に黒っぽい球体を抱えてご満悦っぽい雰囲気。

 アルルは、若干の悔しさとそれ以上の楽しさを含んだ笑顔を浮かべている。

 そして、その二人ともが頰を軽く染めて息を弾ませていた。


「ん、お疲れ様。流石に飛ばし過ぎだったかな?」

「ううんっ、全然大丈夫〜っ!」

「……うん。たのし。もっとっ……」

「そう? まぁ疲れたら無理しないでちゃんと休むんだよ?」

「は〜いっ、わかったのっ!」

「……だいじょうぶ……っ」


 ハクアちゃんから黒っぽい球体──ゴムもどき製のボールを受け取りながら言う。

 そして、ドキワク状態のお二人の為に、俺はまたボールを魔法で吹き飛ばした。



「よ〜し勝負だよ、ハクアちゃん♪」

「……うん、まけない……」



 二人が言葉を交わすと同時、またしても彼女たちは彼方へ駆けて行った。

 その際に地面がハジけ飛んだけど、まぁ、ご愛嬌であろう……。




「……ふふ、二人とも本当に楽しそうね」


 ポツリとつぶやきを洩らしたのは、傍らに座っているニーナ。 

 ランチボックスやら水筒やらを乗せた布製のシートに上がり、リラックスしながら読書に耽っていたが、今は視線を駆けていく二人の背に向けている。


「だよねー。そういうニーナはもう混ざらないのかな?」

「シャル。それ分かってて言ってるでしょう?」

「ごめんごめん、冗談です」


 悪戯ぽく微笑みながら俺はニーナの横に腰を下ろした。ぽかぽかとした陽気の中、ふと心地よいそよ風が吹いて、俺とニーナの髪をなびかせる。

 気持ちいいね。



「……あー、でもほら、精霊さんに力借りればニーナでもいい勝負できるんじゃない?」

「あの二人は素のまま遊んでいるのに、私だけそんな真似しないわよ。大人気ないし」

「ふふ、そっかー。その辺りの考えはニーナらしいよね……あ、今回はアルルが取ったみたい」

「はぁ、獣人の脚力に真っ向から張り合えるアルルって……本当どうなっているのかしら」

「まぁ、そこはアルルだし?」

「そうよねぇ……アルルだものねー」


 呆れと納得を内包した平坦な声で、ニーナは肯定を返す。


 二人揃ってアルルへの認識は同じだったみたい。

 スーパー幼女のアルルさんですから、多少の非常識など飲み込めてしまうという訳だ。

 あぁ、慣れとは恐ろしいです。



「あはは……」

「ふふっ」


 どちらともなく視線が交わり、同時に笑みがこぼれる。元から弛緩した空気ではあったが、よりゆる〜い空気が流れ。

 それから、駆けていた二人が戻ってくるまでの間、ニーナとは他愛のない話をしながらのんびり過ごした。




 ◾︎◾︎◾︎




 さて。今日はみんなでピクニックです。


 実際はある用事を済ませる為の外出ではあるんだけど、俺からしたら些事なので、やっぱりピクニックと言って相違ない。


 場所は我が家のある地点から、北東にやや進んだ所にある広々とした高原地帯。

 綺麗な花々やススキに近い植物が多く生えていて、花草のダンスで視界を楽しませてくれるし、緑の絨毯のような背の低い芝はシートを敷くにしても丁度いい場所だ。

 魔物も弱い種がわずかに出るかもしれないくらいで、高原までの道程にも危険が少ない。


 そんな素敵スポットを目指して、朝早くから準備をして、の〜んびり歩いてきたのであります。

 てくてくハイキング気分も味わえたし、朝はみんなでお弁当作りも楽しめた。

 お出かけの醍醐味が味わえて、俺たち一行は既にご満悦。


 昼前くらいに高原に着いてからは、全員で追いかけっこしたり、花の冠を作ったりして色々遊び。

 いまは弾性が高めのゴムもどきボールで、『とってこ〜い!』の真っ最中なのである。


 もとはキャッチボールみたいに、お互いで優しく投げ合ってたハズなんだけどなぁ〜。

 どうしてこうなったんでしょうね?

 こんな全力スピード勝負になるなんて思わなかった。ハクアちゃんに暴投をしちゃった俺が悪いのか、イヌ科の血を滾らせてしまったハクアちゃんが悪いのか、原因は闇の中……。


 でも二人は楽しそうだし、これはこれで良いのかもしれない。





「おーい、二人共戻っておいでーっ。そろそろお弁当にするよー。アルルもハクアちゃんもずっと駆け回ってたから、お腹すいたでしょう?」

「うんっ食べる食べる〜! みんなでお弁当〜♪」

「……おなか、へった……?」

「ふふっ、なんでハクアは疑問系なのよ」


 俺の呼びかけで、やや遠くにいたアルルとハクアちゃんが急いで戻ってくる。

 そんな急がなくても良いのにね……かわいいなぁ。



 いまの時間はお昼時。

 太陽……じゃなかった、陽の大光は真上に来ている時間帯ですからお弁当にはちょうどいい。タイミング的にもベストだろう。


 そして、お昼にすると決めてからは、各自速やかに準備に移った。

 準備とはいっても、俺の出した『水球』の魔法で手を洗ったり、お弁当の入った籠を並べたりするだけ。

 あとは好きな場所に座って準備は終わりだ。このあたり野営慣れしてるから要領良くて早い早い。



 そうして始まったランチタイム。

 俺たちが手にしているのは、丹精込めて挟んだバゲットサンド各種。

 野営用の味気ないものではない、ピクニックの為に美味しさを優先した食事です。

 それを小さなお口でみんなパクパクする。



「ん、ハクアちゃん。口元付いてるよ……はい、取れた」

「……ねねさま、あり、がと……♪」

「えへへ、美味しいね〜っ」

「ええ、そうね」



 この場にいる全員、性格故なのか食事中はあまりおしゃべりをしないので、食事は心地のいい静けさで進んだ。

 優しい秋風と草木のそよぎ、小鳥のさえずりに包まれたお昼ご飯も乙なものです。


 それに、程よい静けさだと感覚が澄み渡ると言いますか。

 かなり良い感じですよ。んふふ……♪








「ニーナちゃんはさっき何の御本を読んでたの〜?」


 食後のブレークタイム、アルルはお茶を両手でちょこんと持ちながら、ニーナにそんな話を振った。問われたニーナは、優雅にお茶を嗜みつつも、アルルの質問に答える。


「えっと……妖精の冒険者が主役になってる少し変わった読本ね」

「お〜、あれだねっ、妖精さんが世界中をまわって悪い人をドカーンってするやつ!」

「ええ、それね。アルルも読んでいたのね。なんというか虚構とは思えないくらい描写が現実的よね、この本。思わず引き込まれてしまったわ」

「うんうんっ。たちまわりとかもスゴ〜く細かく書いてあるもんね〜」

「物語としても楽しめて、学べることも多いし、素晴らしい本だと思うわ」



 んっふっふぅ。

 そうでしょうそうでしょう♪

 なにせうちにある本達は、母様が手ずから厳選したのですもの。素晴らしくて当然なのですよー。

 楽しめて、学べて、為になる。

 それが母様セレクションなのだ。


 俺は隣で盛り上がるアルル達の読書トークを聞き、ひとり誇らしげな気分になった。

 本を褒められると、母様を褒められているみたいで実に嬉しくなります。


「んふふー」


 嬉しさから思わず、膝上にあるハクアちゃんの頭をなでなで──。

 耳は偽装で見えないが、触れないように注意して撫でる。汚れひとつない真っ白でさらさらの髪は、引っかかることもないし触り心地がスゴく良い。


「……んぅぅ……わふぅぅ……♪」


 撫でられたハクアちゃんは軽く身動ぐ。

 でも変わらず幸せな夢の中。

 ハクアちゃんは俺の膝枕でお昼寝を継続している。うなされることもなく安らかに。


 よく遊び、よく食べ、よく眠る。

 大人ならダメ人間まっしぐらですが、小さな子供なら健全ですね。


「……ふふ」


 幸せそうな寝顔。

 こちらまで幸せになってくる。

 あぁ、なんて安楽な時間だろうか……。




 ……まぁこれも束の間の平穏という事で。

 そろそろあの子達が戻ってくるだろうからね。逃れようもなく忙しくなってしまうだろう。それは仕方あるまい。


 それも織り込み済みのピクニックな訳だし。





 ──っと。

 そんな事を考えていたら早速ですか。



「シャル」

「ん、帰ってきたみたいだね」


 噂をすれば影とは言い難いが、タイミング的には予想の範疇だ。



「……良かったわね。上手くいったみたいよ?」

「だね。ある程度の自信はあったけど、どうなるか分からなかったから、上手くいって良かったよ」

「おぉ〜、すごいねっ。浮いてるよ!」

「あー、そっか。アルルからしたら不思議な光景に見えてるんだよね」


「……わぅ? ねねさま、おはよ……?」

「はい、おはよう……でいいのかな」



 こんな風に呑気な会話をする俺たちの視線の先には──。


 精霊さんに運ばれてくる哀れな五つの人影が映っていた。





 ◾︎◾︎◾︎





「……そろそろお弁当にするよー」



 少々、時は遡り……。

 シャル達がお弁当の準備をし始めた頃。


 シャル達がシートを広げている場所よりやや遠方、高低が上にあたる位置に、五つの人影が現れた。

 人影はいずれもコソコソと怪しい動きを繰り返しており、全員がシャル達の動向に目を向けていた。


 コソコソといった通り、彼らはシャル達に気づかれないよう気を揉み、それぞれが身を隠している。背の高い藪の中、葉の多い木の上、御誂え向きな大岩の裏などなどだ。



 そんな中、彼らの内の一人、痩せぎすな青年がポツリと声をもらした。


「……はぁ、追いついたのは良いものの。これからあんな幼い子供を……くそぅぅっ」


 声にはやるせなさが溢れていた。

 青年の言葉に反応した他の四人の男達は、それぞれ思い思いに口を開く。


「でもやらねば儂らが死ぬんだ……だから」

「他人の命より自分の命。俺らに他を気遣える余裕はないだろう……残念だがな」

「それより、私達をお荷物と言って先行した五人はどうしたんでしょうね? あの子達の無警戒さを見る限り……一度襲撃にあっているとは思えないですし」

「さぁな、道間違って迷子にでもなったか、運悪く魔物と出会っちまって、おっ死んだんだろうさ……焦って行動を起こすんバカな奴らだよぅ全く」


 何やら物騒で意味深な会話に花を咲かせている彼ら。

 しかし、彼らはそれぞれバラバラに隠れている。会話するにも身を乗り出したり、多少声を張ったりしなければいけない訳で。


 会話するのなら、初めから固まって隠れていれば良いものを。なんたる無駄行動。

 彼らからは、その辺のプロフェッショナルさが微塵も感じられなかった。

 つまるところ、そういう事なのであろう。



「うぅ、とはいえ……やること事に変わりはないんだ」

「タイミングは帰る道中で変わりなし……だよな」

「ああ。遊び疲れるであろう帰り際を突く。ここに来る道中で決めたポイントまで誘い出して、あとは……勢いだ」

「ここ数日で見た限り、ただの子供でしたからね……私たちでもどうにかなりそうです」

「おっし。それまで待機すんぞ。もしかしたら、行きとは別ルートで帰ろうとすんかもしんねぇ。最悪、接触して釣る事も視野に入れとけ……」


 ずんぐりとした髭面の男が言葉を締めると、彼らは話を切り上げ、各自またコソコソとし始めた。


 話し合いは済んだようだ。


 彼ら的には、シャル達が見た目相応の子供集団に見えている様子。

 の〜んびり歩いてきたシャル達のペースに追いつけず、お昼時になって追いついてきた時点で、実力差は推して知るべしなのだが。

 おそらく、彼らならば、土地勘がないから等の理由で納得してしまい、実力差の方に考えは向かないのだろう。




「うぅ、すまないお嬢ちゃん達。僕達が生きるために死んでくれ……すまない、すまないっ」


 藪に伏せて身を伏せているのは、初めに言葉を洩らしたあの痩せぎすの青年。

 青年は、藪の隙間から見えている食事中のシャル達に対して、目を伏せて深く謝罪を行なった。

 懊悩(おうのう)し顔を歪めている姿から、彼はそれなりに罪悪感を感じているようである。


 そんな、小さな優しさを持つ彼にとって、救いとなる幸運が二つあった。


 一つ、それは子供達の実力に気づいていないこと。

 実はこうしている今も、黒髪の子はチラチラと藪や大岩、葉の多い木の上などに一瞥を投げていたり、小さな右手を開いて一本ずつ指をたたんでいき、五本ともたたんだ段階で、ニコッと妖艶な笑みを浮かべていたりする。

 そう。とっくの前に、黒髪の子──シャルは気づいている。勿論、金髪の子も、銀髪の子も、白髪の子も気づいている。

 つまり、青年は初めから子供達を死なさずに済むという訳だ。


 そして、二つ。


 それは……青年も死なずに済む可能性が、僅かながらに残されているということだった。






『傾聴。こレより先生や主ニ仇なす愚か者ヘ裁きを下しマす。一撃。一瞬デ意識を奪うよウに。察せらレてはいけマセんよ』


『『『『──キュゥ!』』』』

『『──キュィィ!!』』


 青年の頭上で執り行われている気合の入った演説? に反応を示すのは、6つの光り輝く小さな者たちだ。それぞれ蛇や鳥、蝶などの生き物を模している。

 それらを束ねているのは、同じく光り輝く小さい生き物。ただしこちらは人型だ。柔らかくも甘い声音からすると女性だろうか。



 そんな小人の少女は、心持ちキリッとした声音で、意気揚々と口火を切る。



『突撃。愚か者に私たチの力を示すノです』



 彼女の号令によって小さな者達──精霊さん達は、一斉に男達へ襲いかかった。





2017/09/18-描写修正

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