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幼服と偶像と肖像権!


 人混みから離脱したあと。

 俺たちは人気が全くない場所で休むと、店主に教えてもらったお店まで向かった。


 初めはハクアちゃんが心配だったから、俺やニーナが帰宅を提案したんだけど、結局は取り下げることになった。

 なにせ当のハクアちゃんが、もう大丈夫、行ってみたいと申してきたからね。


 そう言われてしまっては仕方ない。

 個人的にはすごーく帰りたいですが、みんな一緒に外出するこの機会をあっさり終わらせるのも、もったいないもんね。



 人混みにさらされて、ややテンションが降下してる中、俺たちは黙々と歩き続けて、町中央付近にあるお店に到着した。


 教えられたお店は堅実な石造りの四階建て。

 店舗部分には下二階を丸々使っているようだ。大きさも立派と言って差し支えない規模、暗めの配色からは高級感が滲んでいた。



 淡い配色が多いウィーティスの雰囲気とは少し毛色が違うものの、美的センスを感じさせる良いデザインだね。このお店、あの服屋のおじさんが言うには、子供服他専門店らしい。


 見た目に反して子供服なんだよね……。

 それに『他』って一体どんな専門店なんだろう。


 まぁ、取り敢えず。

 ずっと店の前で立ち止まっていてもあれなので、期待と不安を胸にドアを押し開けた。


 扉が開くと、ベルのような物が涼やかに鳴り、俺たち一行の来店を知らせる。




『いらっしゃいませー!』



 店の奥から響いたのは若い男性の声音だった。

 ん、でもどこか聞き覚えのある声な気が……。



「…………あ」

「あ〜!」

「ぇ、誰、知り合い?」

「……ねねさま……?」


 店の奥から顔を見せた店員に思わず声が溢れた。

 ニーナとハクアちゃんは困惑気味だったけど仕方がない。


「……へっ? って、あぁぁああぁぁ!?」


 店主さんも俺たちに気づいたのか、声を高高とあげている。


 ニーナとハクアちゃんは知らない訳だし、紹介した方が良いよね。


 そう思いアルルに目を向けるとニッコリ。

 ん、目と目で通じ合ったです♪



「ふふっ、ニーナ達は知らないと思うから紹介するね。このお兄さんは、ウィーティスによく来ていた行商人さんで──」

「名前はコルさんだよ〜」


 俺が引っ張った言葉尻を、アルルが絶妙に引き受けて彼を紹介した。


 そう。このお店にいたのはなんと……。

 死亡フラグを建築して見事に死にかけた、あのぽっちゃり商人のコルさんだった。





「うわぁぁっ、やっと会えたよっ! もうホンットっ久しぶりだっ! 二人とも少し見ないうちに更に綺麗になったねー!!」

「きゃぅ!? ……ひ、久しぶりですコルさん」

「お久しぶりです〜」


 コルさんはグワッと接近すると、俺とアルルの手を掴んで、両手でブンブンと握手してきた。

 ん、コルさんってこんな暑苦しい人だったっけ? びっくりして思わず声がもれてしまったよ……恥ずかしい。


 そう思うも、コルさんは止まらない。

 マシンガンの様に舌を回して、言葉を放ってくる。


「いやぁ〜、僕あれから二人に会いたくて、一度ご自宅を伺ったんだよっ。でもシャルちゃんもアルルちゃんも、あの後すぐに候都に向かったっていうじゃないか。もうね、この胸に溢れる感謝の気持ちをどうすれば良いんだーって、僕はずっと思ってたんだよー!」


「は、はぁ……そうですか……」

「コルさん元気だね〜」


 コルさんの勢いに気圧される俺。

 アルルさんは普通にしている。流石です。

 そして、彼は止まらない。


「今でも目を瞑ればあの時の事を鮮明に思い出すよ! 僕が魔物に襲われて命を諦めたその時ッ、颯爽と現れた二人っ! 瞬く間に魔物を切り裂き助け出すは可愛らしくも美しい少女たち!! 救いの女神とは君たちの事を指すんだって、あの時僕は気づいたものさっ!」

「いやいや……」

「えへへ〜、女神様〜」

「遅くなってしまったけど、あの時は本当にありがとうっ! おかげ様で、まだ商売を続けていられてるよっ!」

「……んと、どういたしまして、です?」

「助かって良かったね〜」


 ……コルさんとの温度差が酷い。

 いや、いきなり合わせるなんて俺には無理です。まぁ、感謝してるって言うのは分かったから、きちんと受け取っておくけど。

 助けた理由が理由だから、少し後ろめたくはあるかな……?


 俺は逃避気味に、チラッとニーナとハクアちゃんに目を向ける。

 やはり二人は、話についていけずポカンとしていたので、あらましを伝える事にした。





「はぁ、まったく。貴方達は本当に人助けが大好きなのね」

「……うんっ、ねねさま達、優しい……♪」

「あはは、アルルが優しいのは僕も認める所かな……」


 話を聞くとニーナは呆れの混じった苦笑いを浮かべた。ハクアちゃんは、いつも通りの反応です。偽装の魔法具が無ければ、尻尾がゆらゆらしているのが見れただろうに。

 偽装の指定外し効果を付けられなかった無能な自分が恨めしい……。



 というか。

 ニーナもハクアちゃんも、俺が人助け大好きの、善人みたいに言うのは勘弁してほしいな。俺ほど自分勝手で依怙贔屓をする人は、そうそういないと思いますよ?


 ──あ、ダメだ、師匠がいるや。



「ははは、すまないねっ。いきなりの出来事で舞い上がってしまったよ」


 そうこうしている内に、コルさんもクールダウンした様子で、あの激烈マシンガントークは収まっていた。


「そうだっ、お礼として今日はうちの商品を贈らせてもらうから好きに選んでほしいな! 可愛らしいお連れさんも一緒にねっ」

「ぅえ!? ぁ、あの、それって……」

「……わう? えら、ぶ……?」

「あぁ、君たちのように可愛らしい子に見合う物は取り揃えているつもりだよ! シャルちゃんといい、アルルちゃんといい、可愛らしい子の元には、可愛らしい子が集まるのかな? なぁんてねっ、はははっ!」


 あ、そうでもないかも……。


「んん。流石にそれは悪いです。気持ちは頂いておきますから、お気になさらず」

「ちゃんとお金払うの〜」

「ははは、そんな遠慮はしなくて大丈夫さっ。おかげさまで繁盛してるんだよ、僕のお店」


 そう言いながら店内の案内をし始めるコルさん。行商人だった彼がどうしてウィーティスにお店を構えているのか。

 それも案内をしながら話してくれた。


 なんでも……商品全てを失い、途方に暮れるかと思えば、彼は助けられてから溢れんばかりに商品のアイデアが湧き上がったそうで、自力で這い上がったみたい。


 知り合いの商人に融資を頼み、職人にデザインを伝えて、お店の確保もして──と、その全てをアホな速さでこなし、出来たのが、この子供服他専門店『女神の微笑み』。

 今では、多くの人々がわざわざウィーティスまで買いつけに来る繁盛ぶりなんだとか。


 いやはや、彼は根性凄まじいですね。

 たった二月ちょっとで、店舗を立ち上げたのも尊敬ものであります。


 ……でもねぇ、俺は店名からも物凄く嫌な予感を受けているのです。

 流石に気のせいだとは思いたい。案内を受けた店内は予想以上にお洒落だし、店の外観からは想像できないくらいに可愛らしさにも溢れている。


 子供服だって、一着一着全てが丁寧に作られているし、レディースだけでもガーリッシュ系から綺麗系、エスニックもどきに、果ては和服もどきやゴスロリ等まで揃っているのだ。


 気のせいと断じて問題なさそうでしょ?

 なんですかこの取り揃えの良さ……。


 あーでも、それが逆にっていうのはありそうだし……。




「ほわぁぁ〜〜♡ かわいい服がいっぱいあるね〜! これとかシャルくんに似合いそうなの!」

「むぅ、やめてぇ、そんなフリフリのドレスなんて僕は着ないからっ」

「あ、これとかハクアに似合うんじゃないかしら? その綺麗な髪にぴったりだと思うわよ」

「……うん? 似合う、の……?」

「これもハクアちゃんにどうかな? 色違いもあってアルルとニーナにも合いそうだよ?」

「ニーナちゃんにはコレがいいと思うな〜! 緑色がよく似合うよ〜♪」

「ぅ、これはちょっと……、流石に可愛すぎるし、私には合わないと思うわ……」

「ん、ニーナは綺麗だから何きても似合うと思うけど」

「えへへ、ハクアちゃん。楽しんでる〜?」

「……わふ♪ たの、し……♪」



 うん。

 お店の雰囲気に当てられたのか、俺も少しするとアルル達と一緒になって、服選びを楽しみ始めてしまったよ。

 みんなでキャイキャイ服をさがすのは、スゴく楽しい。

 でもこれ、男らしさとは真逆な気もするんだ。不覚をとった……っ。


「はははっ、ご満足いただけているようで僕も嬉しいよ。欲しいのがあれば気にせずドンドン選んでくれて構わないからね。それが、職人の方からの要望でもあるんだから」


 ニコニコと笑いを深めて俺たちを眺めていたコルさんがそう言った。

 そこまで言ってもらえるのは、申し訳なくも少し嬉しい。ただ、もうちょっと損得勘定を気にした方がいいと思うんだ。

 ……それはジョルジさんもか。


 俺の周りの商人さんは、気のいい人が多くて逆に困るね……。



「ん、そういえば。この上の階には何があるんですか?」


 ふと気になった事を、コルさんに聞く。

 一階フロアは子供服だけが並んでいたし。

 二階には何があるのだろう。同じ感じで服とか?


「おっ、シャルちゃん。気になるのかい! ははは、いいよいいよっ、二階の方にも自慢の品々が並んでいるからね。案内するよ!」



 聞いた瞬間コルさんが乗り気だ。

 決めるが早いか、このフロアを他の従業員に任せると、ルンルン気分で階段へ向かった。

 今更だけど、従業員もお客さんもちゃんといるからね。全員何故か息をひそめる様にして、俺たちを見ていたけど……気にしたら負けか。



「さぁ、ここが当店の心臓部と名高い、微笑みの間だよ!」


 そんな横道の考えも、俺が二階に上がった瞬間、吹き飛んだ。


「──ッッッ!?」

「わぁ〜〜♡」

「うわぁ……」

「……すごーい、すごい、すごいっ……」


 なんだこれ、なんだこれっ、なんだこれぇぇッッッ!!


「驚いてもらえて僕も職人方も鼻高高だよ! ははははっ」


 ははは……じゃねぇです。

 いったい何の悪夢ですかコレ。

 物凄い嫌な予感を鼻で笑うかの如く凌駕しやがりましたよ!!



 俺が階段を登り切って目にした光景は、何処ぞの芸術展かと思うものだった。


 内壁には大小様々な絵画が飾られており、至る所に石膏像が置かれている。

 そして、一階に比べて少ない商品棚には、精巧なお人形やヌイグルミ、小物類が丁寧に並べられていた。そこまで見ると、芸術展でなくとも、お洒落な雑貨屋くらいには見えただろう。


 しかしっ、だっ!


 そのモチーフになっているもの全てが、俺とアルルなのがいけないっ。


 絵画にはふりふりドレス姿で微笑む俺(着た記憶のないドレス!)の姿や、無邪気にアルルとじゃれ合う姿など、数点ではきかない量が、バカみたいに高い画力で表現されているし。

 石膏像や人形、ヌイグルミも、正確に似せたものから、デフォルメの様にした物まで、各種取り揃えているこだわりよう。

 小物類にも、何かしら俺たちの要素が入っている始末。


 一応、絵画類の一点物は特別扱い品ってことで、買取は要相談みたいだけど。そんなの関係ねぇですッ。



「…………ぅ……ぅぅ」

「シャルくんっ、凄いねここ!」

「アルル、シャルを見てみなさいよ。絶対そんな事思ってないわ……」

「……すごーい、すごーい……」


 衝撃的すぎて俺はまともに言葉が出ない。

 何故アルルは平然と……いや、楽しげな表情を浮かべられるんですかやだぁ〜〜ッ!


 恥ずかしいじゃんっ!?

 完全に祭り上げられてるじゃんっ!

 プライバシ〜〜っ! 肖像権〜〜ッ!

 パブリシティ権の侵害ぃぃぃ〜〜!!

 どうした異世界っ! 変なところ進んでる割にそこはないのか! ないのか〜〜ッ!



「はははっ、どうやら喜んでいただけた様だね! この微笑みの間は僕が二人に助けられた事を忘れない為、そして、女神の美しさを世に広める為に設けたものなんだよ!」

「へぇ〜、すごいの〜♪ シャルくんの絵がいっぱいある〜〜♡」

「……すごーい、すごーい……♪」

「ああもちろん、ご両親から許可はもらってるし、アルルちゃんの居たという孤児院も含めて、売り上げから寄付させてもらってるからね!」


 盛り上がってるアルルとハクアちゃんをよそに、何やらコルさんが声を弾ませているが、全然耳に入ってこないよ……ぐすっ。


「えぇと。流石にこれは同情するわね……。でも安心してシャル。私は貴方の気持ちも分かるし味方だからっ。え、と……だから、その……元気出してねっ」

「うぅ、ニーナぁ……」

「え、と、よしよし?」

「……ぅぅ」


 ニーナの優しさが身にしみる。

 思わず年甲斐なく抱きついてしまった。

 まるで在りし日のハクアちゃんだ……。


 というかですよ、コルさん。今この僕が喜んでいると申したかっ? そこだけは聞き取ったんだからねっ。

 何処をどう見れば僕が喜んでいる様に見えるのさ……。

 これはあれか? 僕の表情変化が小さすぎて分からないとでも? うるせぇですよっ。これでもマシになったんですよ。察しろやぁ、ぼけぇっ。



 ……──ん、いけない。言葉が乱れた。

 汚い言葉は控えないと黒乃に怒られちゃう。

 一旦落ち着こう。深呼吸、深呼吸。


「……すぅぅ、ふぁぁぁ……」

「えっと……シャル、大丈夫?」

「んん、もう少し……」

「そう、わかったわ。──あ、でもここだとシャルも目立っちゃうから、端のほうにね」

「……ん」


 優しいニーナに手を引かれて隅による。

 その時に、お客さんらしき人や二階の従業員に拝まれたり撫でられたけど……もう、どうでもよかった。

 いまはただニーナに癒されていたい。


「えへへ〜♡ ハクアちゃんハクアちゃん! あっちも見に行こうよ〜」

「……わぅっ、みに、いく……!」


 アルルとハクアちゃんは楽しそうに手を繋いで、フロア内の絵画やらを鑑賞してるみたいだね。コルさんはその説明役かな。


 元気で結構。でも合流はできかねる。

 俺は早く家に帰りたいよ。

 お風呂に浸かって、お布団かぶって、ふて寝したいのだ。



「……はぁ」


 自分の発言で二階に上がってきておいて、自爆するとか恥ずかしすぎる。

 もう今日のことは忘れよう。


 そんな事をニーナにすがりつき、彼女に撫でられながら思ったのだった。







 結局、コルさんの専門店では。

 子供用の平服を複数、寝間着、冒険者服などの品々を激安価格で買うことになった。

 正直こんなお店で買いたくはないのだが、いかんせん、品質だけは一級品だったから。


 コルさんは全ての服をプレゼントしたがっていたが断った。タダより高いものはない。

 あの店に対して、少しでも気後れしてしまえば、飲まれてしまうかもしれないし……。


 ん、これでよかったのだ。




 ◾︎◾︎◾︎




 ──帰宅したあと。


 ふて寝に洒落込もうかと意気込んでいた俺だったのだが、早速買った寝間着を着て、みんなでパジャマパーティーをすることになった。


 しかし、その際にアルルが俺をモチーフにした御神体おにんぎょうをこっそり買っていたのが発覚。


 俺はプッチン。

 ニーナとハクアちゃんに要請して、三人で『くすぐり刑』に処した。


 立ち上がれなくなる……なんて甘っちょろいことは言わず、指先が動かなくなるまで、アルルさんをひいひいさせましたとさ。




 それはいけない。



 だって……あの店は嫌だけどさ。



 それでも。俺だって……。




 アルルの御神体(おにんぎょう)は欲しかったんだから──っ!!








◯とある裏話のようなもの……


とある商人「融資だと? そんなの幾ら私らの間柄でも……って、なにぃぃぃ!? シャルちゃんとアルルちゃんの専門店!? それを先に言いやがれってんだ!!」


とある画家A「むむ!? あのシャルちゃんの専門店を作るだとっ!」


とある造形家B「まてまて、俺にも一枚かませやがれいっ」


とある服職人C「あの方が住まう町で、あの方に似合う服を売るのですかっ!? これはわたくしの出番ですわ!」


とある人形師D「くほほぉぉぉ、人生最大の傑作を量産してやりましょう!」


とある細工師E「任せなさい。王家に献上しても恥ずかしくない細工をお作りしましょう」


とある資産家F「なんと! そんなお店をっ。ふむ……君、この額を渡すから支援してきなさい」


とある匠G「こりゃあ、改築の神業師と呼ばれる儂の本領を発揮する時じゃい」


とあるオネエ様H「あんらぁ〜、あのプリティーチャーミングな子達専門のお店ぇ? これは情報、拡散拡散よねぇ〜♡」


とある従業員志望I〜Z「無給でも構いませんっ! 何卒シャル様の愛らしさを伝える手伝いを!」


とある大貴族AM「素晴らしいなっ。その店には俺からも一言書いて送っておこう。小さき英雄に祝福を」



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