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贈物と買物と変態者


 ハクアちゃんをウチに連れてきてから、早くも数日が過ぎた。


 ここまでの日々は平和そのもの。

 襲撃もなければ奴隷主からの接触もなく

、ほのぼのとした空気が流れていた。

 ハクアちゃんとうちの家族との仲も上々だ。アルルだけではなく、ニーナとも打ち解けられてきている。



 あと、この数日でハクアちゃんの状態もかなり詳細に分かってきた。


 まず彼女の怪我について。

 外傷──これはもう完全に治った。

 傷口からの感染症も心配なさそう。ファンタジー産のお薬はすごい。


 ただ、外傷は問題なくても精神部分。

 心の傷は思いのほか酷かった。


 ハクアちゃんは日常的に幻覚や幻聴、頭痛めまいに始まり、不安感や動悸、嫌な記憶の強制想起(フラッシュバック)などなど、様々な異常を起こしていたのだ。

 夜、眠りについても悪夢でうなされてパニックになってしまうほどに。


 これはやっぱり奴隷として無理して生活してきたのが原因なんだろう。

 もう精神はボロボロ状態だった。


 ただ幸いなことに、これらの異常はなぜか、俺が側に居れば全く起こらないみたいなので、取り返しがつかないレベルではないんだけどね……。

 ハクアちゃんが俺に引っ付いていたのには、ちゃんとした理由があったみたいでビックリだ。まぁ、治まる理屈は今をもって不明すぎるけど。



 他には、ハクアちゃんが持っていた怪しいお薬の解析が終わった。

 ちゃんと自分を検体にして服用・検証もしたから間違いはない。


 で、結果は真っ黒。

 完全にアウトと判定。


 あの薬、種類でいえば精神安定剤の一種といえなくもない物だった。

 でも、効果のえげつなさが極まってた。


 精神を固定する薬とでも言えばいいのかな? 何も感じず何も思えなくなる、人を人形に作り変える、そんな感じの危険な薬だ。

 それだけに止まらず、かなりの中毒性を持ち、精神を磨耗させる副作用もある。

 あぁ、どっちかといえば違法薬物に近いのかな?


 どちらにせよ。

 こんな物を毎日の様に飲んでいたら、いつか精神崩壊してしまう。


 俺は前世の時から変わらず、精神関係の薬が効かない体質だから平気だったけど、ハクアちゃんはそうじゃない。


 もう絶対にあの薬を近づけない様にしないと。これ以上飲んでしまえば、取り返しのつかない事になってしまう。

 厳重注意でハクアちゃんを見ておかないとね。



 ……あ、ついでにハクアちゃんの奴隷紋。

 数日密かに経過観察していたけど、きちんと無効化されたままである。


 拒絶反応などがなくて、ホッと安堵したのは秘密だ。


 



 ◾︎◾︎◾︎





「……え〜と、どうかな〜? シャルくん、似合ってる〜?」

「ん、完璧。似合ってる。すごく可愛い」

「えへへ……♪」



 いま、目の前には天使さんがいる。


 美しすぎるお顔を可愛らしすぎる笑顔で彩り、口元を少し純白マフラーに埋もれさせた銀髪天使ちゃん。

 マフラースタイルのアルルさまだ。


 このマフラーは俺がコソコソ作り上げてきたアレである。

 最近はドタバタもある程度落ち着いてきたし、ちょうどいいので今さっき贈呈した。



「シャルくんありがとうっ! と〜〜っても、うれしいっ♪」

「喜んでもらえて良かったよ。気に入ってもらえるか不安だったからね」

「あたしシャルくんがくれる物なら何でも嬉しいよ? それがたとえ道端に落ちてる小石さんでもっ!」

「……あはは、それはそれでどうかと思うなぁ」


「えへへっ、でもほんとうにうれしいっ! シャルくんありがとぉ、大好きっ♡」


「──ぁ、ぅん、こちらこそ……?」



 ぴょんと自然を装って抱きしめてきたアルル。そんな最大級の愛情表現に顔が熱くなってしまった。

 むぅ。俺もニーナのことを笑えないなっていま気づいたよ……。


 渡すまでもドキドキしすぎて心臓が破裂しそうだったけど、渡してからもドキッとさせられるとは……この妹やりおるっ。


 まぁ、アルルの表情を見るかぎり、本当に気に入ってくれたみたいだから一安心だ。

 この笑顔が見れただけで作ってよかったです。


「そうだアルル。もう口頭で説明しちゃったけど、仕様書も書いておいたから渡しておくね?」


 そう言うと、俺はアルルの抱擁をそそくさと解いてカバンをがさごそ。

 マフラーの仕様書を見つけ取り出すと、そのままアルルに渡す。


 この純白マフラーは、ニーナのイヤリングと同じで魔法具。

 防寒防熱は当然のこと。

 防汚に防刃、防魔耐性の他、色々な耐性を追求した一品なのだ。


「繰り返しになるけど、マフラーの両端にはそれぞれに起点部があって、少量の魔力で暖冷膜が発生するようにしてあるから、色々試しながら使ってみて」

「うんっ!」


 当然、今回もお遊びを搭載したよ。

 その名も──個人用冷暖房系防御膜!

 発動すると対象者を魔力が包み込み、内の温度を調節できる優れもの。一応、小強度ながら防御膜としても使えます。

 検証してないけどUVのカットとかもできるかも。

 魔力の少ないアルルの負担にならないように、少量でも効率よく動くよう工夫もした自慢の『お遊び』です。


 これで季節問わず、マフラースタイルのアルルをいっぱい見られるね。やったね。



「まーた、シャルがとんでもないものを簡単に作っちゃってるわー……」

「……うん、ねねさま……あたま、良い」


 すぐ側から呆れ混じりと直球なお言葉が、ダブルで飛んできた。

 どう答えて良いのか迷うからやめてほしいです。



 現在、俺は子供部屋に居る。

 アルル以外にもみんな揃っている。

 というか、初めから二人ともいました。

 この二人に見られていたから、あそこまでドキドキしたんだよ……?


 ニーナはベッドに横座りで座って、ハクアちゃんもそのすぐ側で割座……ぺったん座り。両手を股の間に付いて尻尾をユラユラさせている。



「むぅ、簡単にじゃないよ? 付与するのだって大変だったんだから。付与した後も疲れるしっ」 

「疲れるくらいで作れるのなら、世の魔術師達も苦労しないと思うわよ?」

「えー、そんなこと言われてもー」


 頭働かせて制御すれば不可能じゃないんだよ? ニーナのいう世の魔術師さん達は、ただ修練が足りてないだけだと思う。

 歴の浅い俺でも出来るんだから間違いないよね。




「……ゎぅ、アルルちゃん……ぃぃな」


 ニーナと話していると、ハクアちゃんが小さな呟きを洩らした。

 それを俺は逃すことなく拾った。



 うん、そう言うだろうと思ってね──。


「はい、ハクアちゃん」

「……ぅ?」


 コテンっと小首を傾げるハクアちゃん。

 惚けている彼女の手を取り、その掌に薄黄色と水色の二種のバレッタを乗せる。


「髪に付ける装飾品だよ。間に合わせみたいになっちゃって申し訳ないんだけどね、良かったら貰ってくれる?」

「……いい、の……?」

「ハクアちゃんだけ除け者みたいで嫌だし、貰ってくれたら僕は嬉しいな」

「……うん。ねねさま、あり、がと……っ」


 首を傾げたままハクアちゃんがフワリと笑う。やっぱり子供は笑顔が一番だねー。



「ハクアちゃん、付け方わかる〜?」

「……ううん……」

「じゃあ、あたしがつけてあげるね〜」

「……アルル、ちゃん。ありがとぉ……」


 付け方が分からない様子のハクアちゃんをすかさずアルルがフォローしていた。

 アルル達とハクアちゃんが仲良くしている姿を見るとホッとするね。


 チラッとニーナに視線を移すと目が合った。その目は『やるわね』とでも言うように細められていた。

 ん、こそばゆくなったので目をそらす。



「あれっ、ハクアちゃんのお耳と尻尾が消えちゃった〜!?」

「……ぅ? ちゃんと、ある、よ……?」

「あ、言い忘れてたけど、そのバレッタも魔法具なんだ。この国だとハクアちゃんの容姿は目立つからさ。幻覚偽装の魔法具だよ」

「あら、私とお揃いなのね?」

「んー、お遊び入れる時間なかったから少し違う……かも?」

「そうなの? 貴方の事だから、またおかしな効果でも付けてると思っていたわ」

「うぅ、だって付与領域が足りなかったんだもの……付けたかったのに、付けたかったのにぃ」

「ふふ、そこまで遊びたかったなんて、シャルにも子供らしい所がちゃーんとあるのねー」

「むぅ」

「わぁ〜、ハクアちゃんかわいい〜〜♪」

「……アルルちゃん、かわい、よ……?」

「ハクアちゃんの方がかわいいよ〜!」

「……ううん、アルル、ちゃんの方……」




 女三人寄れば姦しい……とは言うけど。

 アルル達のおしゃべりなら不思議と騒がしいとは思わないね。家族補正かな?

 あ、女三人は当然アルルとニーナとハクアちゃんだからね。俺を含めることは禁止です。





 さて、そんな感じで大盛り上がりの贈呈式? を終えた俺たちは、改めて装いを整えると、四人揃ってウィーティスの街に向かうことにした。

 今日までハクアちゃんの姿問題があって、みんなで出かけられなかったのだ。

 買出しなどは、もっぱらアルル達の担当だった。俺が行きたくてもハクアちゃんから離れられなかったからね。

 でも、魔法具で白髪の人族に化けた今なら問題ない。大手を振って出歩ける。



「お買い物、なに買うんだろ〜?」

「食料品は足りてるわよね」

「……わから、ない……」


 買い物に行くというのに、みんな何を買うのか理解していないのは、見ててすこし面白い。

 まぁ、致し方あるまい。

 俺が『ちょうどいいからみんなでお買い物行こっか?』って言って、付いてきただけだからね。買い物の詳細は置き去りにワイワイしてたもの。


「今日はね、衣服を見てみようと思って」

「お服〜? あ、ハクアちゃんの〜」

「……はくあ、の……?」

「それもあるけど、ニーナもかな?」

「えっ、私っ!?」


 話を振ると、我関せずでのほほんとしていたニーナが驚きの声をあげた。

 ふふ、ホントにニーナは不意打ちに弱いね。


「ん、僕とアルルは諸事情で沢山持ってるからね。でもニーナって平服あまり持ってないじゃない?」

「それは、冒険者活動に必要なかったし……」

「まぁ、無理にとは言わないから安心して。良いのがあったら買うくらいでいいんじゃないかな」

「シャルくんのもね〜」

「僕は大丈夫だから、ハクアちゃんを優先でねアルル」

「……はくあ、服……?」

「そうだよ、良いのがあったら教えてね」

「……うー……うん、わかった……」



 ハクアちゃんは首を傾げながら曖昧に頷いた。多分、あんまり理解していないと思う。

 彼女は服を気にする余裕もない生活してたんだし仕方ないかな。


 ちなみに、いまのハクアちゃんはショートのパンツスタイルだ。

 俺とアルルが所持している、母様製の服から見繕って勝手に着せた物である。

 髪はアルルに整えられて、二つ結びのおさげとなっている。薄黄色と水色のバレッタは、月をモチーフにしてあるから結構何にでも合いそう。


 アルルは長いツインテールにフォーマル系の服。マフラーも合わさって、良いとこの私立女子小学生みたいだね。

 ニーナは冒険者服と思われる軽装に、キャスケット風のあの帽子。あと長杖だ。


 俺は左腕の件があるから、最近平服は大きめのポンチョコートを合わせる事が多くなったよ。身体の線が出ないから気づかれないし。



 閑話休題。



 俺たちが仲良くおしゃべりに興じながら歩いていると、ウィーティスの守門が見えてきた。


 そこからは俺とアルルの助言で迅速行動に移行した。

 サッと門を潜り抜け、人に気づかれる前に足早に町唯一の服屋さんへ飛び込んだ。



 ……のは良かったものの。


「ないわね……」

「ん、ない……」

「大きい服いっぱいだね〜」

「……う……?」


 そうだった。

 全然来てなかったから忘れてた。

 この町って子供服の需要が少ないから、あまり取り揃えられてないんだった……。

 扱ってる物は良いのばかりなんだけどね……残念。

 心なしか服屋の店主のおじさんも、申し訳なさそうにしている。


 しかし、どうしようか迷っていた所。

 当のおじさんが町の中央付近に、新しくお店が出来たのだと教えてくれた。

 行くあてもなかったのでお礼を言って、早速向かう事にした。


 四人揃って、サッとお店を出る──







『『『うぉぉぉおぉぉおぉおぉぉ!!』』』







「ひっ!?」

「わぁ〜」「な、なに!?」

「……うぅぅ、ねね、さまぁ……」


 店を出たら大歓声!?

 大人数に囲まれてた……。

 なんという察知能力ですか!

 人見知り全開のハクアちゃんは大勢に囲まれて、既に本気泣きのパニック寸前だ。


 むぅ、俺が町に顔見せるのは久しぶりだったから、嫌な予感はしてたんだけど……。


 これは予想以上だった!

 アルルは何回も顔見せてるから、そんな騒ぎになる筈がないと思ったのに!

 なんぞこれぇぇ……。


『シャルちゃーん! 久しぶりだわ〜。元気にしてる〜?』

『アルルちゃんとは変わらず仲がよさそうねっ、他の子はお友達さんかしら。みんな可愛らしいわねー』

『ほぉ、少し見ない間にまた一段と綺麗になったのぅ』

『育ち盛りなんでぃ、ちゃんと食わんとダメだぞ? おまけしてやっからいつでも来いよー!』


 あ、いつも通りの人はいるみたいだ。

 遠巻きに手を振ってきている。良かった。

 


『ふぉぉ……久しぶりのシャルさまだぁ』

『これまでがどれほど恵まれた素晴らしき日々だったのか実感できますぞぉぉ……』

『人は失って初めて大切なモノの存在に気づくのですねっ、シャルちゃん──いえ、シャル様っ』

『はぁはぁ、御髪が伸びて更に色気が。あんなお姿で蔑まれたら……あ、いけない鼻血』


 でも……。

 少し見ない間に、変態さんが進化した。

 もうこれ『ド変態さん』になってしまっているよ……言動が怖い。


 というか、気のせいとは思えないんだけど、数ヶ月前よりウィーティスの人口増えてない? 

 密度が今までより全然違うんですけどっ!

 そこらで拝んできてる人とか絶対他所から来た人でしょ!?

 拝むなら教会に行きなさいよ!!

 俺たちを拝んでも何の得もないんだからねっ! しっしっ。



「ねぇシャル、貴方一体どんな生活してきたのよ……。流石にこれはないわ……」

「安心して。僕もこれはないと思ってるから……」


 ドン引きのニーナに俺も乗っかる。

 俺が洗脳したとかニーナに思われたら、普通に致命傷ですよ。



「……ぐすっ、ねねさまぁ……」


 そんなことよりハクアちゃんだね。

 俺に縋り付いてるせいか、周りの人は恥ずかしがってるだけに見えている様子。

 微笑ましげな眼差しが多く向けられる。


 うん。急がないとハクアちゃんが大暴れして、人々が大空を舞う事態に発展してしまう。



「よし、戦闘態勢っ。本気で逃げます!」

「は〜い♪」

「え、あ、その……わかったわ!」

「……うぅ……ねねさまぁ……」


 俺とアルルはハクアちゃんを支えると、身体能力任せにこの場を離脱した。

 ニーナもちゃんと付いて来ている。

 ただ、引きつった顔はそのままだった……。




 ウィーティスよ、何があった……。




2017/09/12-セリフ細部修正

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