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対峙と威嚇と慈愛心


「ふぁぅぅ、寝いぃぃ……」

「えぇ、そうね……」

「ん〜、にゃぁぅぅ〜〜」


 朝日に包まれた寝室の中。

 俺とニーナ、アルルの三人が呟く。


 皆んなそれぞれ疲労困憊といった様子。

 ニーナも普段のキリッとした表情が薄れてボーッとしてるし、アルルに至っては瞼が半分以上落ちてる。


 まぁ、完全に睡眠不足だね。

 何せ僕らは夜中通して獣人ちゃんをあやし続けてたんだもの。


 昨日、いや深夜だから今日。

 どっちでもいいけど深夜に獣人ちゃんが酷く(うな)されてたのだ。

 でも前日に魔術使いすぎた所為か、俺もうたた寝しちゃってまして……。


 彼女が魘されてるのに気づくのが遅れてしまった訳です。


 そしたらもう大変。

 気づけば獣人ちゃんは喉が張り裂けるんじゃないって程の絶叫をあげ始めるし、その大声に驚いてアルル達も慌てて飛び込んで来たり、ホント大変だった。


 すごい暴れる。泣き続ける。

 奥の手のアロマモドキを再度使っても落ち着かなかったから。アルルが寝技を駆使して押さえ込んでくれなかったらどうなっていた事か。


 みんなの尽力の結果で、いちおう獣人ちゃんは落ち着けられたんだけど、俺たちはグロッキーなのです。

 幼児に徹夜は堪えますっ!



「ふぁぁ、今日みんな予定ないんだしぃ、ゆっくりのんびりしたいよねぇ……僕も疲れちゃったよ。ふわぁぁうぅ……」


 夜の出来事を思い出しつつ、ボーッとした頭でそう呟く。流石に今日は動き回る気が起きないし、頭もイマイチ回っていなかった。


「そうね、確かに魅力的な提案だと思うわ。……でも、ゆっくりなんて出来るのかしらね?」

「んー?」

「この子次第よねーって」

「あぁー、そうだよねぇ……。確かに起きた時に、どんな行動取るか分からないかー」


 ニーナの予想を聞き、俺は苦笑いで獣人ちゃんを見やる。

 ニーナもつられるように笑みを浮かべて、スヤスヤと眠る獣人ちゃんに視線を送った。


 当の本人、獣人ちゃんは暴れていたのが嘘のように安らかな顔をしている。

 言われてみれば、この子が起きた時にどうなるのか分からない。だいぶ不安定な状態だからねぇ。


 暴れないことを祈りましょう。



「ところでさぁ、ニーナぁ」

「うん? なにかしら」

「僕はこれをいつまで続ければいいの?」

「え? ……あぁ、ふふっ」


 ニーナは俺の姿勢を見て、ポカンとした後、可愛らしい含み笑いを漏らした。


「そうねぇ……この子が起きるまで、かしら」

「変わってくれたりは?」

「それは無理ね。私に貴方の代わりなんて勤まらないわよ。頑張ってあやしてあげて頂戴♪」

「むぅ……りょうかいですぅ」


 あっさり拒否られてしまったので、俺は渋々了承のお言葉を返す。



 うん。改めて見ても凄いね。


 シーツが乱れに乱れた父様のベッドの上、向かい合わせにギュゥウゥ〜っと抱き合っている獣人ちゃんと俺。背後から抱きついてくるアルル。

 ベッドの淵に腰掛けて微笑むニーナ。


 あのドタバタから、どうすればこの状態に持っていけるのか。

 いや、獣人ちゃんに関しては、俺が意図的に抱きしめてあげてるんだけどさ。これが一番落ち着くみたいだから。


 ただ、今更すぎるけど、知り合って間もない子にこんな事して良かったのかな……?

 疚しいことしてる訳じゃないけど、申し訳なく感じるなぁ。

 お互い子供だし、庇護欲からの行動だから問題ないとは思うけど……。



「……ぅ、ん……」


 俺が少し遠い目で惚けていると、目の前の獣人ちゃんが少し身じろいだ。

 白くて長いまつげをピクピクと震わせると、綺麗な赤い宝石を微かに覗かせる。


 目と鼻の先という近距離で見つめ合う。

 ふむ……まず朝の挨拶をする事にしよう。



「おはよう」

「……っ? ……──ッ!!!?」


 薄く微笑むと、一拍。

 獣人ちゃんがものすっごい勢いで抱擁を解いて、部屋の隅まで一足で飛び退いてしまった。

 そして、警戒心剥き出しでこちらを睨みつけてくる獣人ちゃん。



「ぐるる……」

「あはは……嫌われちゃったかな?」



 俺は逃げた獣人ちゃんに目を向けたまま、アルルごと身体を起こす。


 獣人ちゃんは、寝ぼけてもいないし錯乱もしてない。精神的には大丈夫そうかな。

 ものすっごく睨まれてるけど。


 目が覚めたら知らない場所で、一度敵対した程度のよく知らない人物に抱きしめられていた訳だし仕方ない。だってこれ、一種の恐怖体験だもの。

 驚かなかったら大物すぎる。



「分かってはいたけれど、かなり警戒されてるわよね……」

「下手に刺激すると反撃してきそうだよねー。まぁ、問答無用で攻撃されてないだけマシかな」

「しゃるくんおはよ〜」

「あ、おはようアルル。これで朝の挨拶は三回目かな?」

「わぁい♪」



 ニーナと少し真面目な感じで話していると、コアラさんになって半寝していたアルルが、寝ぼけながら頬ずりしてきた。



「んふふ、ほんとアルルは甘えん坊さんだねぇ」

「えへへ〜♪」



 俺はそんな可愛らしいアルルを撫でながらも、彼女の覚醒を促すことにする。

 個人的には、このまま暫く甘えられていたい所なんだけど、今はそんな空気じゃないし我慢しないと。



「はいアルル、シャキッっとしようねー」

「ふわぁ〜い♡」


 ほんわかする返事と共に、アルルがシュタッと背中から離れた。

 元より寝起きが良いアルルなので、その辺りの切り替えは見事なものだった。



「それでどうしよっかー?」

「どうって、こういうのはまず警戒を解くのが一番じゃないのかしら?」

「じゃあ話し合い……ん、出来るかなぁ?」

「うーん、そうねぇ。あの子が此方の話を聞いてくれれば良いのだけれど……」

「難しそうだよねぇー」


 俺とニーナは、獣人ちゃんから視線を離さず堂々と相談を交わす。

 獣人ちゃんはこっちの話し合いには興味を示さず、ずっと唸り声をあげて睨みつけてくるだけなので、多分大丈夫だろう。


 獣人ちゃんからは、色々とお話を聞きたかったんだけど、あの様子だと難しい。

 ここは、やっぱり仲良くなる所から始めるべきか。



「シャルくんシャルくん! ここはあたしに任せてっ♪」


 思考を巡らせて惚けていた俺を戻したのは、アルルだった。ビシッと手をあげて意気込み、その目は自信に満ちてキラキラしている。

 そんなアルルは先陣を希望している様子。


「……確かに社交性で言えば、アルルが一番相応しいかもしれないわね」

「そう言われるとそう、かも?」


 明るく柔らかい雰囲気に愛らしい笑顔をもつアルルなら、獣人ちゃんも敵意を感じないだろうし、心を許してくれるかもしれない。


 よし、この流れに乗ることにしよう。

 少し安直な気もしなくもないけど。

 勢いで攻めるのも時には必要なのだ。


 さぁ、アルルさん。

 警戒心剥き出しの獣人ちゃんに取り入っちゃいなさいっ。



「じゃあアルルさん、どうぞっ」

「──はぁい♪」


 綺麗な銀髪を翻し、とてて〜っとアルルが獣人ちゃんに近づいていく。



「グルるるるる……」



 獣人ちゃんは尻尾を逆立てて、アルルを睨みつける。


 さあ、アルルさん。

 ここからどうするつもりなのか。

 見ものである。











「わ、わんわん!」



 ぺし。



「「………………」」


 犬真似をして手を伸ばしたアルルの御手は、無情にも振り払われた。


 ア、アルルさーん!?

 まさかアルルが犬になりきって仲良くなろうとするなんて……予想外にもほどがあります。

 なんて可愛らしい発想なんでしょう。でもこれ。もしかしなくても、アルルも頭回ってないよね?

 普段なら拒絶されるってわかるだろうし……。



「うぅ〜、シャルくぅん」


 とぼとぼと帰ってくるアルル。

 その姿に垂れ下がった耳と尻尾を幻視した。

 あぁもうアルルってば、そんな情けない声出さないの。

 かわいいなぁ、もう。


「ほらアルル、おいでー?」

「えへへ〜♡」

「はぁ、何やってんのよ貴方達は……」


 胸に飛び込んできたアルルを撫でながら俺は苦笑い。ニーナも若干呆れ顔だ。


 でもアルルのおかげで無意識に入っていた肩の力が抜けたね。それに、ある意味で突破口も見えたと思う。つまりアルルは何も悪くない。


 今のアルルとの接触で分かったけど。

 獣人ちゃんはただ怖がっているだけだ。

 此方を害そうとは思っていない。


 いや、この状況だし怖がるのは当たり前ではあるんだけど。彼女は根本的な部分から、俺たちを怖がっているみたい。


 なんと言えばいいんだろう……。

 世の中の全てが敵に見える。全てが恐ろしく感じられる。優しい声が信じられない、届かない。


 そんな重く苦しい感覚。


 俺にも多少ながら身に覚えがあるし、あながち間違っていないと思う。



「……はぁ」


 よかった。最悪の想定にはほど遠い。

 最悪──獣人ちゃんが主人の為に俺たちを抹殺しようとする。もしくは主人の元へ戻るために暴れる、というのがあった。そうなれば話し合い以前の問題だった。


 でも、彼女が俺たちを恐れてただ怯えているだけなんだとしたら、やりようはある。

 もう様子見をする必要もない程だ。


 というか得意分野。

 そう。俺は甘やかすのは得意なんですよ。


 ──と、なれば。



「シャルくん?」

「シャル?」

「大丈夫。信じて。二人にはそこで見守っててほしいな」


 困惑気味の二人に微笑みながらもあっさりと告げる。

 俺はアルルの抱擁を解くと、獣人ちゃんに向かって一歩ずつ近づいていく。

 目を逸らさず真っ直ぐに彼女を見つめたまま、一歩、また一歩。警戒されながらも近づく。




「グルるるるるっ」



 ゆっくりと近づいてくる俺に鋭い眼光を放つ獣人ちゃん。まるで怪我を負った獣のごとく。

 いや、正にその通りなのか。


 一歩、一歩。

 怯える彼女がいる場所に近づく。



「──グルるるるるッ!!」



 獣人ちゃんの赤い瞳。その奥には明確な怯えの感情。そして、さまざまな感情が入り混じり飽和している様を感じ取る。


「……ん」


 この寝室はそこまで広くない。

 あと数歩近づけば、獣人ちゃんに触れられる距離となる。

 これより先はパーソナルスペースだ。不用意に進めば彼女から拒絶の反撃を受けるだろう。


 だからこそ、俺は──一足飛びに彼女へと駆け寄った。



「──ッ!!? ガァッ!!!」


 更に近づいてきた俺に、獣人ちゃんは拒絶の篭った拳を振るう。

 それを紙一重で交わし──



「ん、つかまえたっ」

「ッッッ!!!?」


 ──俺は彼女を強く抱きしめた。

 抱きしめられた獣人ちゃんは、混乱が極まったのか俺の内で暴れ狂う。

 しかし、俺は尻尾も使って絶対に離さない。


「っガァァァ!!」

「……っ」


 暴れても解けないと知るや、獣人ちゃんが俺の首筋に牙をたてた。首に鋭い痛みが走るが、気にしない。


「シャルくん!?」

「シャルっ」


 アルルたちが心配の声を上げたようだが、信じてくれているのか手出しはしてこない。

 また心配をかけてしまった。何度も申し訳ない。


 でも今は許して欲しい……。



「ほら、こわくない、こわくない」

「……うぅぅぅぅうぅッ」


 首筋の傷から流れてくる血すら気にせず、俺は彼女の頭を、背中を摩った。

 出来る限りやさしい声音で、彼女に声を掛け続ける。

 心の内に届けと念じる。



「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 ピクッと獣人ちゃんの耳が揺れた。

 ん、少し警戒が緩んできたかな。



「……辛かったよね、苦しかったよね。でも、もう我慢しなくていいんだよ。僕は君を傷つけない。傷つけさせない。安心して。もう大丈夫だから。怖がらないで……」

「ぅ、ぅぅうぅぅぅうぅッ」


 俺は獣人ちゃんの過去を知らない。

 何も知らないくせに同情するのは、疎ましく感じるかもしれない。なに知った様な口をきいているのだ、と。


 でも、俺にだって彼女の感じている苦しみや辛さの一端ならば理解できる。人の悪意に晒されてきた人の気持ちなら、人に囚われ利用され続けてきた人の気持ちなら、分かってあげられるのだから。



「だいじょうぶ。だいじょうぶ……」



 やさしい声音で語りかける。

 俺たちが彼女を害さない存在であることが伝わるように。心に深い傷を負っている彼女に向き合い続ける。



「ほら、こわくない。こわくない」

「ぅぅ、ぅぅぅ…………ぐすっ」



 獣人ちゃんの抵抗が少しずつなくなっていく。

 暴れていた身体から力が抜けて、此方に寄りかかるようにして身を任せてくる。

 そして、俺の胸元にすりつける様にして顔を埋めてきた。



「ぅぅ、ぅ、うぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ……」

「ん、はくあちゃんは偉いね。今までよく頑張りました。もう大丈夫だから。安心していいんだよ」

「うぁぁぁ、っぁあぁ、ぁぁぁぁあぁぁ……!」

「ほんとに、よく頑張ったね。よしよし……」



 すがりつきながら泣き声をあげる彼女に、俺は心からの賛辞を送った。




 ◼︎◼︎◼︎




 しばらくして──。


 泣き疲れたのか大人しくなった獣人ちゃんは、俺に甘えるように身を寄せてきていた。



「んふふ、そんなに強く抱きしめなくても離れたりしないよ?」

「……うぅ」


 俺はそんな彼女の頭をゆっくり撫でながら、涙で潤んだその瞳を覗き込んだ。


 うん。まだ完全とは言えないかもだけど。

 少しくらいは心を許してもらえたんだと思う。


 予想より上手くいったようでなによりです。

 俺も首筋を噛まれた甲斐があったというものだ。

 獣人ちゃんの怯えもかなり薄れているし、これならもう大丈夫だろう。

 後は、これからの生活で少しずつ癒していけばいい。


 俺は獣人ちゃんの警戒が解けた事を確認すると、ホッと一息ついた。




「ふふ、良かった良かっ──ひぁっ!?」


 俺は、なんとか上手く場を収められたと、ひとり安堵していたら。

 突然。首筋から言いようのない感覚が走り抜け、スコーンっと腰が抜けた。


 俺は獣人ちゃん諸共、床に倒れる。

 しかし、獣人ちゃんはそれを気にもせず、俺に覆い被さるや否や──。



「ちょっ!? ひゃっあ!? ま、まってぇっ、首ぃ、舐めない、でぇ!? ひゃあぁぁっん!?」


 獣人ちゃんは俺の抗議を聞かず、首筋の傷を労わる様に舐め続ける。

 その度に、俺の身体に謎の感覚が走っていき上手く動けない。謎の感覚にもがくことしか出来なかった。



「ぁあ、まっ、てぇえぇ、っあぁ!? お願、いぃ、やめ、てぇぇっ!? ──ア、ルルぅ〜、ニーナぁぁ!? 助けてえぇぇぇ!? んぁあぁっ!?」


 折角、ビシッと締められるかと思ったのに〜っ!?

 なんでこうなるのさぁぁぁぁ!?




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