表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/104

幕間-Odium incubus


 獣人の童女──ハクアは闇中を揺蕩う。


 一面が黒で塗りつぶされた上も下も曖昧な空間にたった一人。孤独感に苛まれながらもポツンと揺蕩う。


 辺りに漂う空気は重苦しい。

 闇は全ての負を凝縮したかのように不気味で、見ているだけで引き摺り込まれそうな恐ろしさを醸し出している。


 この異様な空間は、ハクアが自分自身で作り出した悪夢。

 人を初めて殺めたその時から、度々見るようになった彼女の心を写したものだ。


 そんな空間で、ハクアは自らを抱きしめるようにして震え、身を赤子のように小さく縮めていた。



 突如として空間がうねり始める。

 闇の中からおびただしい数の眼が浮き出してくる。

 現れた眼は、その全てをハクアへと向ける。あらゆる負の感情を乗せて。


 空間に老若男女入り乱れた囁き声が響きだす。その声はハクアへ向けたもの。

 恨み辛みに、罵声や怒声、嘆願、悲鳴と。

 種類は違えど、その全てがハクアへ向けられた彼女を呪う言葉だった。



『……ぁぁ、ああぁ、あぁぁぁッ!』


 闇に包まれているハクアは叫ぶ。

 向けられている負の感情から逃げるように。少しでも恐ろしいさを紛らわせる為に。


 空間が更にうねる。

 ふと、空気が変わった。

 視線や囁きもピタリと止む。


『…………ぐすっ、ぅぅぅぁぁ……』


 弱々しく嗚咽を上げる彼女は気づかない。

 いつの間にか、彼女の後ろからひとつの人影が湧き出していた事に。


 影はおもむろに彼女の肩を強く掴んだ。

 ビクッと大きく震えるハクア。

 しかし、その身体は全く自由が利かなかった。逃げようにも動かない。

 指先すらピクリともしなかった。


 ハクアの身体は、自らの意思を無視するように勝手に動き始める。

 そして、ゆっくりと背後を振り返った。


 そこには。

 首から上がない化け物が立っていた。



『────ッッッ!!?』


 ハクアは目を見開き涙をボロボロと零す。

 叫び声は上げたくとも出せない。


 首なしの化け物は、ゆらりとハクアの首に手を伸ばす。

 そして、力の限り絞めていく。



『……ァァ……ッ』


 抵抗すら出来ず苦しみに悶えるハクア。

 そして、首なしの化け物に続くかのように、次々人影が湧き出す。


 身体中を赤く染めた者。

 四肢があらぬ方に向きながらも這いずってくる者。形容できない肉塊の様な姿をした者。姿自体が判然としない者。


 全てが全てハクアに近づいていき。

 ハクアを甚振っていく。


 殴る、蹴る、絞める。

 武器で身体を貫いて、切り裂いて。

 最後には首を落とす。


 そんな目も当てられない暴力が続く。


 しかし、いくらハクアの身体がボロボロになろうと。苦しみ傷ついて意識が飛ぼうとも、気づけばまた戻ってきている。何もなかったかの様に、無傷な身体を取り戻す。明瞭な意識を取り戻す。


 そして、また彼女は異形たちに甚振られ続けるのだ。


 繰り返し、繰り返して、繰り返す。

 まさに、悪しき夢、狂った宴。


 終わりが見えない悪夢に、ハクアは絶望する。心が擦り減っていく。

 このままでは、彼女の心は壊れてしまうだろう。


 それほど凄惨な悪夢だった。








 ──そんな時。


 突如として闇中に一筋の光が差し込んだ。

 光の筋は徐々に大きく広がっていき、やがて空間の全てを暖かく照らし出す。


 彼女を苦しめていた者たちは、光に包まれると、一瞬にして消え去った。

 その全てが嘘のように消え失ったのだ。


 ハクアはこのあっという間の出来事に呆然とする。


 次いで、光に満ちた白い空間がほろほろと崩れていく。

 崩れた先に現れたのは、一面に大きく広がる大草原だった。

 青々とした草の絨毯が楽しげに揺れる。

 燦然と輝く太陽の光は、彼女の心ごとポカポカと優しく温める。

 心地よい風がハクアの頰をくすぐった。



『…………あた、た、かい……』


 いつ以来なのか分からない安らぎ。

 久しぶり過ぎる安息をハクアは得た。


 悪夢により傷ついた心。今にも散りじりになりそうな心が、少しずつ癒されていく。

 今この時だけは、恐ろしき者の影は一切見えなかった。


 悪夢が完全に晴れて、安らぎを得た心が、休息に入ろうと意識を深く落としかけた時。



『だいじょうぶ、だいじょうぶ』



 そんな言葉が、ハクアの心に届いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ