保護と治療と座談会
「ん〜〜」
「シャルくん」
「シャル……」
我が家の寝室にて。
俺とアルル、ニーナの三人衆は、ベッドに横になる一人の幼子に視線を向けていた。
この幼子は、俺にとっては鮮烈な記憶として残っている存在だ。
……というかまぁ、獣人ちゃんなんだけども。
何故にそんな相手が我が家の──それも、俺が使っているベッドに寝ているのか?
うん。
それは単純に、遊びに出ていた筈のアルル達が、今さっき大慌てで彼女を担ぎ込んで来たからだ。
事情は知らないのだが、彼女はいま全身が血濡れの大怪我を負っている。
元からボロボロだった姿は更に悲惨になり、目を覆いたくなるほど。
そんな姿を見て、二人も思わず身体が動いちゃったのかな……。
まぁ確かに、これは処置しないで放っていたら、遠くないうちに命を落としてたと思うから、良い選択だったと思うけどね。
……ん、ひとまずだ。
詳しい説明を聞く前に、こっちを何とかしちゃいましょうか。
「アルル、ニーナ。詳しい話はあとで聞くから、少し手伝ってくれる?」
「うんっ、わかったの!」
「ええ、勿論。こういう場合の最善な行動はあなたの方が詳しいわ。指示を頂戴」
アルルとニーナは、打てば響くような返事をしてくれる。
俺はすぐに指示を与えていく。
アルルに清潔な布と水を用意してもらい。
ニーナには、俺の補助として治療の手伝いをしてもらう。
「ニーナ、僕の鞄の中に薬品類がひとまとめで揃えてあるから、持って来てくれる?」
「鞄の中ね、了解よ」
ニーナが薬を取りに行っている間に、手早く獣人ちゃんの状態をチェック。
……外傷。深手の裂傷、擦過傷、打撲が多数。骨折などの損傷はなし。傷の付き方からして魔物によるものと判断。
まずは重傷箇所の止血と消毒が最優先。
軽く叩きながら彼女に呼びかけてみるが、反応なし。意識は完全に落ちてるみたい。
胸は上下しているし自発呼吸は可能。
首に触れて脈拍をみる……鼓動も現状は安定してる。
次いで魔力を調べる。乱れも多く欠乏気味だけど、魔力暴走の可能性は低いかな。
魔力回路過負荷の心配はなし……と。
ささっとチェックを終えると、ニーナがいくつかの小箱を抱えて戻ってきた。
それに続く様に、アルルも戻る。
「まずはニーナ。箱に入ってる止血帯で、これから言う箇所を強めに縛って。アルルは水にこの薬を混ぜて、傷口の汚れが酷いところをきれいにしてくれる?」
「わかったわ」
「うんっ、まかせてぇ」
二人が気合を入れて処置に取り掛かるのを横目に、俺はベルトポーチから紅いポーションを一瓶取り出す。
そして、清潔な布にポーションを染み込ませていく。
正直、医術とか詳しく知らないし応急処置レベルでしかないのだが、ファンタジーに頼れば案外なんとかなるのは知ってる。
伊達に修羅場は潜り抜けてない。
ニーナや自分の時なんてもっと深刻だったからね。
「えと、こんな感じでいいかしら?」
「ん、大丈夫。じゃあ次に、この布で傷口をギュウって押し当てて」
「了解よ」
「シャルくん! できたよっ」
「ありがとう。アルルはこの包帯と綿布を使って他の傷口に処置していってくれる? 綿布にはこの紅い方の薬を使ってね」
「はいなのっ」
キビキビと処置を済ましていく二人。
こういう細かい部分は、両手が使える二人に頼んだ方が手っ取り早い。
指示を済ました俺は、二人の邪魔をしないように、獣人ちゃんの横にあるチェストテーブル前に移動。
再度、ポーチから数種の小瓶とペトリ皿の様な受け皿を取り出し、皿の上に各種小瓶の液体を数滴垂らしていく。
すると、部屋に独特な香りが漂い出した。
これはアロマと魔法薬を足して二で割った様な道具で、いまブレンドした液体で色々な効能を得られるのだ。
自然治癒力・抵抗力の向上に魔力回復・魔力安定、他にも精神安定などなど……。
実際に癒しの魔力も宿ってるから、効き目は折り紙つき。治療の補助にももってこいである。
おそらく、外傷は紅いポーションだけでも完治させられると思うんだけどね。
精神的な部分がどうなってるか分からないし、取り越し苦労にはなるまい。
「シャル、これはどうすればいいかしら」
「シャルくん、ちょっといい〜?」
「はいはい、どうしたのー……」
──と、そんな感じで。
終始バタバタしながらの治療だったが、何とか処置を済ますことが出来た。
「……さてと、お疲れのところ申し訳ないけど、お話聞かせてもらってもいい?」
獣人ちゃんの治療がひと段落したので、みんなで子供部屋に移動して、俺はアルル達から話を聞くことにした。
みんなで大きめのベッドに車座になり、お話し合いの体勢はバッチリだ。
「ええ、……とはいっても、私たちも初めから見てた訳じゃないから、上手く説明できないかもしれないわよ」
「うんうん、何があったのかよく分からないかも?」
「それなら、二人が見たままを教えてくれるだけでも大丈夫だよ。場所とか分かるだけでもありがたいから」
俺は何一つ分かってないからね。
少しでも情報がもらえるならそれで十分だ。
「そうね、そうさせてもらうわ」
「わかったのっ」
思案顔のニーナは頷くと、アルルと共に語り始めた。
「えっと……まず、あの子を見つけた場所は、海辺の近くだったのよ」
「……海辺?」
「シャルくんと勉強会した場所の近くだよ〜」
「あぁ、あの辺りかぁ……ん? でも、アルル達って町にいったんじゃなかった?」
町とあの入江は結構離れてるような。
どうして海辺なんかに?
「うん、そうだよ〜、でもね──」
苦笑いのアルルが言うには──。
ニーナにウィーティスを案内をしようと、意気込んで町に向かったものの、案内出来るモノがなかったらしい。
だから、他の思い出の場所という事で、あの入江に向かったそうな……。
言われて納得した。
確かにウィーティスって特徴ないものね。
港町と言うには規模が小さいし、男爵首都には大きな港があるから物珍しさもない。
宿場町と言うには中途半端な位置にあるから当てはまらず、外からの人も少なく面白い品物なんかもあまり入ってこない。
特徴を無理矢理にあげるとすれば、やたら人の良い住人さんが多い事くらいしか思い浮かばない……。
そもそも、俺もウィーティスの町では用事を済ませるくらいで、遊んだりした事がない。
思い出といった思い出がないのだから、アルルも案内なんて出来っこない。
「──だからね。ニーナちゃんと一緒に町を一回りしたあと、あの場所に向かったの〜。そしたら〜……」
「あの子を見つけた、と?」
「そうそうっ」
「まぁ、もっと詳しく話すなら、向かってる途中の林道で、あの子が戦ってる所を見つけた──が、正しいわね」
どうやら、アルル達は行き倒れてる獣人ちゃんを拾った訳ではないみたいだ。
もっと詳しく話を聞いていくと……。
どうも、見つけた時の獣人ちゃんは、複数の魔物を相手に魔法を使って応戦していたらしい。
つまり二人は、その戦闘音を聞きつけて獣人ちゃんを見つけた訳か。
そして、ここからが肝心なところ。
獣人ちゃんは何故か初めからボロボロで、満身創痍。意識も朦朧としていて端からみても戦える様には見えなかったみたい。
しまいには、魔物の目の前で突然頭を抱えてしゃがみこみ、そのまま意識を落としてしまったのだと。
「そこで、私達が助けに入ったのよ。本当は下手に干渉しない様にって、アルルと決めてたんだけどね…………でも」
「見ていられなかったの……」
そう言うアルル達の表情が翳る。
アルル達には、現在俺たちが見知らぬ誰かに狙われている事から、異様な奴隷の事まで全て話している。
だから、アルル達は獣人ちゃんが自分たちを狙っている存在だと気づいていた筈だ。
俺みたいに、危険を承知で助けたい事情があるならともかく、二人にはないと思ってたんだけど。
「……あの子、泣きながら戦ってたの。つらそうに苦しそうに戦ってたの……」
「いくら頭では敵だと理解してても……ね。あんな姿を見せられたら嫌でも身体が動いてしまうわよ。それに、獣人で奴隷なんて他人事とは思えないし……」
「……そっか」
俺はまだまだ二人の事を分かっていなかったみたい。
心優しい二人からすれば、獣人ちゃんの境遇は見過ごせないものだ。
聖女なニーナは言わずもがな、天使なアルルだって騒乱の際には候都の兵士さんを助けるために、危険を顧みず一も二もなく森に飛び込んだって聞いてるし……。
獣人ちゃんの姿を見れば、助けたくもなるか。
純粋な善意、ね。
人によっては余計なお世話と感じるモノらしいけど……俺は素直に凄いと思う。
だってそれは利害を天秤にかけたり、自分本位の感情で介入しようか考える俺には無いものだからね。
眩しいほど綺麗な生き様だ。
でも、そんな彼女達がいるからこそ俺も足を止めないで生きられるのだ。
「そういう事なら是非もなしだよ」
「……ごめんなさいシャル。勝手に動いて危険を近づけてしまったわ」
「うぅ、ごめんねシャルくん……」
もう、何を言っているんですか。
この美幼女シスターズは。
「ふふ、ふふふふ……」
「シャル?」「シャルくん?」
「あ、ごめんごめん。だって、人として正しい事をしたのに、何でアルルとニーナは謝ってるのかなぁって思って……」
「だからシャルに迷惑を──」
「危険も迷惑もかけろ、もっと頼れって言ったのはニーナ達だよ? ここで二人が僕に遠慮してどうするのさ」
「シャルくん……」
これは俺たち全員の悪い所って言えるのかも。
大事にしすぎて、お互いがお互いを気遣い過ぎちゃうみたいだね。
まぁ、いき過ぎなければ悪いものではないし、俺も程々を意識しよう。
「それにさ、僕はアルルやニーナから迷惑をかけられて嬉しいと思いはすれ、その逆はありえないからね? 僕は二人に頼られたり甘えられるのが大好きなんだから♪」
「…………ぅ、うん、ありがと。シャル」
「シャルく〜〜〜〜んっ」
ニーナの表情が色付き、可愛らしい素敵な笑顔に戻る。アルルは俺の胸に飛び込んで頭をスリスリしてきたのでナデナデしておく。
「ん、あとね。こんな偉そうなこと言っちゃった後でなんだけど、僕は元よりあの子の事を助けるつもりだったんだよ?」
「──んぇ? そうにゃの?」
スリスリしながら上目遣いでアルルが言うので、ニコッと意識して微笑み答える。
「そうなの。だから二人の行動は僕からみても最善だったと思うな。むしろ感謝したいくらいだよ。僕の不手際をフォローしてくれたんだから」
俺があの初遭遇の時にきっちり捕らえていれば、二人に余計な負担をかけなくて済んだんだから。
勿論、獣人ちゃんだって大怪我を負うこともなかっただろう。
「えへへ、そっかぁ……よかった〜」
「ふふ、そう、ね」
「ん。アルルとニーナのおかげで、無事あの子も保護できたことだし、これからは三人で協力していこうね」
「うんっ! あたしももっといっぱい頑張るの〜〜っ!」
「私も出来ること探して精一杯手伝うわっ」
「んふふ、みんなで頑張ろーう」
「おぉ〜〜っ」
「ええ!」
いつの間にか笑い合う俺たち。
暗くなりかけてた雰囲気も、今では元どおり。いや、それ以上の明るさだ。
やっぱり、二人は笑顔が一番だね。
この笑顔を守るためなら、なんだって出来そうな気さえするもの。
──さぁて、さてさて。
少し話が逸れてしまったけど、ある程度の経緯は理解できた。
現状、獣人ちゃんの奇行やら怪我の原因は分かりっこないから考えない。
まず俺が優先するべきは、二人の懸念を解消してあげる事。
獣人ちゃんの治療は済んだとはいえ、このままでは問題があり過ぎる。
なにせ獣人ちゃんは奴隷みたいだし。
そんな子が目を覚ました時、何が起きるのか想像もできない。
爆発とかはしないと思うけど、どうにも読み切れない所がある。
だからこそ、意識がない今のうちに何とかしちゃいましょう。
アルル達が正しい事をしたのに悪いけど、俺は人として正しくない事をするよ。
他人のモノを勝手に奪うのだ。
獣人ちゃんが合法の奴隷だろうが、非合法の奴隷だろうが、もう関係ない。
こっちはこっちで好きにさせてもらおう。
文句があるなら、奴隷なんて寄こさないで、本人が直に会いに来ればいい。
俺は逃げも隠れもしないからね。




