焦燥と反省
「……ぅ、ぅぅん……」
本の山に埋まるように寝そべっていた身体をゆっくり起こす。
何故こんな場所で寝ていたのか分からず、茫然としていたが、思考が回復するにつれて思い出す。
魔力について考えていたら、突然とんでもない痛みが身体中に走って気絶したのだ。
時間はそれほど経過してないみたい。
数字にしてほんの数分くらいかな。
いや、それより。
あの時、俺ってなにを考えて……
「ん?」
ふと。違和感を感じる。
何故かいつもよりも感覚が鋭敏になっている気がする。視界が広がっているような変な感覚。
奇妙に思い俺は自分の身体に視線を移すと──
「……へ?」
俺は真っ赤に染まっていた。
ううん、違う違う。
真っ赤な光に包まれていた。
無意識に間の抜けた声を洩らしちゃったが、今はそれどころじゃない。
だって何があれば青い魔力が、赤くなるのか分からないんだもの!
この赤い光は魔力の時と比べられない程に、力強く頸烈な圧迫感を備えてる。
色合いは俺の瞳と同じような綺麗な深緋。所々に紅紫色のような輝きが弾けているのは、見ていて面白くはあるんだけど……。
「なんにゃんですか、こりぇ……」
むーんと腕を組んで、この身体に纏わりつく赤い光が何なのか仮説をいくつか立ててみる。
①魔法の失敗による何かしらの副作用。
②魔力の暴走による色合いの変化。
③身体に不都合がないどころか、絶好調なのを鑑みて、魔力純度を極限まで高めると赤くなる可能性。
④生命力のような命を消費するパワーを、無意識に引き出してしまっている。
……などなど。
最初は闘力が偶然発現したのかと考えたけど、おそらく外れだろう。
闘力は見たことがある。
その色合いは明るい黄系の色彩だった。
それに、もしも身体にマイナス効果となる仮説が正しいのなら、放っておいたらまずい。
怒られるなら未だしも下手したら……。
いや、下手しなくても泣かしてしまう。
それはホントに不味いッ。
「どーしよぉ……」
母様の泣き顔を思い浮かべると、ズーンと気持ちが落ち込み、両手を地に着いてしまう。
この姿のまま母様に相談をするのが賢明だろうか。
いや、母様の所へ相談に行く前に、ある程度の仮説検証を行った方がいいのだろうか。
確認といっても、この状態で魔法の詠唱を唱えてみるってだけだし、危険はないはず。
これで魔法が発動されれば、この赤いのが魔力由来のモノだと知ることが出来る。
発動しなければ、魔力以外の要因に絞り込める。
加えて、詠唱後の身体の変化から、原因を更に絞り込めるかもしれない。
リスクは多少あるけど、それを補って余りあるリターンが期待できる。
「よーし。おとこはどきょーです」
詠唱を唱える。
『われ、みずのちょうあいをえしもの、まのほう、まことのことわりをひもとき、いまここに、ちからのいったんをけんざいかさしぇよ! じゅんのみず、らんのしょくかい、ぜつなるしょうばくをもって、うみだしゃん!』
【まーれ・いんぷるしゅ】
魔法詠唱を唱え終わると、前方の宙空(俺が指定した場所)に紅紫色の光が陽炎の如く立ち昇る。
瞬間。その場所に直径2メートル程の、大きな水球がふよふよと出現し漂い始めた。
「んぇ? ……せいこー、です?」
こんなにあっさり?
成功しちゃったけど大丈夫?
身体に違和感がないかペタペタと身体を調べていくが、これといった変化はなかった。
強いて上げるとすれば、深緋色に混じって存在していた、紅紫色の輝きがすっかり消えていたくらい?
つまりその輝きは魔力由来のもの?
なんてのんびり考察していたら。
宙空に浮いていた水球が急速に乱回転を始め、どんどん圧縮されてテニスボールほどのサイズにまでなっていき──
「ん? にゃにこりぇ……」
前方、部屋の内壁に落雷のような爆音と、大きな衝撃波を伴い衝突した。
室内に目が開けられないほどの明滅が起こっている中、不思議な現象が立て続けに起こった。
俺が作った水の塊が、突如出現した光の壁(透明な膜みたいなモノ)と押し合い鬩ぎ合う。
ややあって、光の壁は砕けるような快音を発して消滅し、水の塊も消えて再び部屋に静寂が戻った。
「………………」
……ど、どうよ?
すごい魔法だったでしょう?
ん、これ予定調和なんですから〜。
実は初めから魔法とか使えたんですよ〜?
HA HA HA HA!!
ああぁぁん、まずいですうぅぅぅっ!!
どうしようどうしようどうしよう!!
母様になんて言えばいいのですかぁっ!?
──ダダダダダダダダダッ!!
そんな音が、扉の向こうから慌ただしく聞こえてきた。
「ひぅ!?」
あぁ〜〜これは怒られるぅ。確実に。
うぅ、ごめんなさいしよう。
不祥事の時の政治家の如く謝罪しよう。
さぁ、お出迎えの準備を…………。
◼︎◼︎◼︎
扉の向こうから慌ただしい足音と共に、焦りが滲んだ声音が近づいてくる。
「プリム。いきなり跳び起きてどうした!?」
「シャルちゃんの部屋に張った防護結界が突然消滅したのよ、もしかしたら何かあ…………っ、あらぁ?」
「おい、プリムなにがあっ……ほあぁぁぁあぁぁぁ!?」
母様と父様が部屋の扉を勢いよく開き、その室内(俺がやらかした惨状)を見て唖然とする。父様に至っては驚愕していた。
母様達の視線の先に広がっている室内はというと。
俺の使った魔法が衝突した壁は、広範囲にヒビが走り、室内の本達は魔法の衝撃波で本棚から全て落ち、床にあった本も吹き飛んでいたりという散々たる状態である。
部屋の中は、大雨が降ったかと思えるほど室内はびしょ濡れになっていた。
そんな部屋の中心で、魔法書片手にポツンと佇む俺、シャルラハート。
──母様と視線が交わる。
母様は次に視線を俺の持っている魔法書へ移すと近づいてくる。
「え〜とぉ、シャルちゃんは〜、この御本を口に出して読んじゃったのかな〜?」
「よみました」
ここは、素直に答えるが吉。
素直に答えてキチンと怒られましょう。
そして謝罪するのです。
「……そう。身体には何もない〜? 気持ちが悪かったり、何処か痛かったりする〜?」
「ん、だいじょぶです」
母様は俺の前にしゃがみ込み、目線を合わせて聞いてくる。
「そう、よかったわ〜」
ふぅ〜と嘆息し身体の力を抜くと、母様はいつものように抱きしめてくる。
あれ? 怒られない、だと。
それにこの赤い光はスルー?
いの一番に気づいてもおかしくない程の異常だと思うんだけど……って事は。
「かあしゃま、このあかいのは?」
「えぇ? 赤?」
俺の言葉に母様は首を傾けている。
やっぱり。母様にはこの赤い焔光が見えていないようだ。恐らく父様も見えていない。
まぁ未だに俺を見つめて放心してるから分からないんだけどね。
さてと、じゃあひとつ。
些細だけど俺にとっては重要な気になって仕方ない質問をしようじゃないですか。
「かあしゃま」
「ん〜? な〜にシャルちゃん?」
母様は抱擁を緩めてを目を合わせる。
「おこらにゃいの?」
「………あぁ〜、ふふ」
「んぅ?」
質問を受けた母様は一瞬ポカンとしたあと、無邪気な微笑みを浮かべた。
「っふふ、あのね? 実はママもねぇ〜、シャルちゃんほど早くはなかったけど〜、小さい頃に魔法を勝手に暴発させたことがあるのよねぇ。だからシャルちゃんを怒ったりはしないわ、ただ、もの凄〜く心配したのよ?」
「……あい、ごめんなしゃい」
怒られる前提で考えてたのでなんだか肩透かしだったけども、心配をかけてしまったのには変わらないし心から謝る。
母様はニコッと笑うと先ほどより少し強く抱擁をし、頭を撫でてくれる。
──と。
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇいっ!? えぇッ? はぁっ!? シャルはもう字が読めるのかっ!? 聞いてないぞッ!?」
先ほどから放置されていた父様が我に帰り、声を裏返らせながら聞いてきた。
それを俺はあっさりと肯定しておく。
「ん、かあしゃまといっしょに、おぼえました」
「ふふっ、流石は私のシャルちゃんよねぇ、物覚えも吸収も早いし。シャルちゃんは天才児なのよ〜? ねぇシャ〜ルちゃん♪」
「お、覚えたぁ!? シャルはまだ三歳児だぞ!? それを、は? えぇぇぇっぇ!?」
父様がマイワールドへ旅立ってしまわれた。うんうん。普通はこういう反応だよね。
この世界の識字率がどれくらいか知らないけど、三歳児が一人で魔法書を読み解いて、魔法を実際に使うなんて芸当をしたら誰でもこうなると思う。
俺が(自分のことを棚上げに)父様へ同情の念を抱いていると、母様がポツリと溢した。
「でも、おかしいわねぇ。シャルちゃんには魔法適性がないから魔法は使えない筈なのに……まぁ、実際には使えてる訳だし、別に良いのかしら〜♪」
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ??
ギギギと錆び付いた鉄人形のように、俺は首を母様に向けると。
「ぼくって、てきしぇいないの?」
「え、あぁ、う〜んそうねぇ。……シャルちゃんが産まれて直ぐ魔法適性を調べたのよ〜、そしたら、魔力はあるけど魔法の適性はなかったのよね〜」
母様は話すべきか少し躊躇った様子だったが、ありのまま適正について話してくれた。
「でも、まほうつかえたよ?」
「う〜ん、そうなのよねぇ。不思議よね〜? また今度調べてみようかしら♪」
無邪気すぎる笑顔であっけらかんと事実を受け入れる母様に俺はビックリです。
母様軽い。軽いなぁノリが。
これってつまり魔法が使えない体質なのに魔法を使っちゃったって事だよね?
思いっきり異常事態じゃない?
俺は母様の暴露話を受け、若干混乱状態に陥っていく。そんな俺をよそに、母様はまたも重大な事を軽く尋ねてきた。
「ねぇシャルちゃん? 明日からママと〜、魔法のお勉強もやってみな〜い?」
「……いいの?」
予想していなかった展開に驚く。
母様に怒られはしなかったけど危険だから魔法禁止、もしくは読書禁止くらいは言い渡されると思ったのに。
「ふふ、いいわよ〜、だってシャルちゃん魔法の詠唱文を覚えちゃってるでしょ〜?」
「ん」
首肯で返事。
そう。確かに、何故か知らないが詠唱文の一語一句を全て完璧に覚えてしまっている。
始めは覚えるどころか詠みあげるのすら苦戦してた筈なのに、今は思い浮かべれば詠唱がスラスラ唱えられるくらいには馴染んでいる。
「だからよ〜? ちゃんと魔法のお勉強をして、正しい使い方を知らないと危ないからね〜」
なるほど。危険だからこそキチンとした使い方を知らないとダメなのですね。
「シャルは天才、天才児!! なるほど、なるほどな! その通りだ! 俺とプリムの子だもんなっ!! これくらいできても不思議じゃないなっ!! はっはっはっ!」
父様がマイワールドから再帰還なされた。
俺の異常性を棚上げに事実を受け入れて大笑いしている。
相も変わらず子煩悩補正が過剰な事で……。
何というか、ありがとうございます。
俺も幼児らしくない行動しまくってる自覚が多分にあるし、自重さえしてないからね。
だからこそ、信じてはいても、もしもの可能性で不安が過るときがある。
もし母様に父様に、家族に拒絶されることがあったらどうしよう、前世みたいになったらどうしようと。
それを考えると自然、心が冷え込んでいく。
でも母様たちはこんな俺を容認してくれるし、愛おしいと抱きしめてくれる。
流石にここまで容認してくれる親は世界広しと言えウチだけじゃないかな?
つまり……我が両親は素晴らしい方々ですよね♪ ってことです。間違いなく生まれ変わって良かったことの一つと言えるからね。ふふ。
「…………」
ん? 母様がなにやら俺の持っている本を凝視してい……──ッ!?
母様は俺から魔法書を優しく取ると、次の瞬間にはゾッとするような笑顔を浮かべた。
そして、尻尾を逆立てながら父様の方へ向かった。
「ねぇ、エド?」
「はっはっは……ん? なんだいプリ──ひぃッ!?」
「この魔法書って、私があなたの為に転写してあげた『上級詠唱書』よねぇ? ……フフッ、どうしてこんな場所に、この愛しのシャルちゃんの部屋に放置してあるの? ん? なにか言いたい事はあるかしらぁ? ウフフフフフ♪」
純度100%の笑顔で凄む母様。
なんか、こわい、こわいです母様。
「ぅえぇ!? あ、あぁ、え〜と、その、なんだ……いや、な、なんでだろぉなぁ〜……は、ははは「そこに直りなさいっ!!」──はいぃぃぃッ!!」
哀れなり、父様。
というかあれって父様の持ち物だったのね。ちょっと意外かも。
父様って、剣一筋! ってイメージだったし? うん、でも感謝してます。
父様の凡ミスのおかげで、俺は詠唱を知れて、魔法を使えるようになったんですから。
………はて。
母様の素敵な折檻を横目に、俺の身体がピタリと止まる。
そして、さっきの会話が思い返される。
あれれ? さっき母様なんて言った?
耳がおかしくなければ『上級』って単語を言わなかったかなぁ?
……え〜〜?
あれ初心者用の教本じゃなかったの?
あー、だから、あんなに難しかった?
それに初級魔法のハズなのに威力がヤバかったのはそういう訳?
そりゃ、あんな威力になりますねっ。
初級じゃなくて上級だものねっ。
は、はは、はははははー。
……は、恥ずかしよ〜〜〜〜ぅ。
なぁにが『これが初心者用の魔法書だと俺は確信する!』──だよっ。
何も知らない無知が、知った気になって、やらかしただけじゃん。
これは、滑稽でしかない。恥ずかしい。
う、うぅぅ〜。
「ウフフ、エド? 知ってる? あなたは浮かれると、必ずと言っていいほど下らない失敗ばかりするの」
「い、いや、まってくれプリム!?」
「待たないわよ? そういえば昔からそうだったわね? フフフ……」
「うー、うー」
こうして母様の尻尾折檻と俺の羞恥から来る心の絶叫が深夜の家に響き渡りながら、この事件(?)は幕を閉じた。