魔法と魔術と勉強会
「二人ともいってらっしゃい。大丈夫だと思うけど気をつけてねー」
快晴の空の下。
俺はアルル達を玄関でお見送り。
それに二人も答えてくれる。
「はぁい、シャルくんも気をつけてね〜」
「何かあったらすぐその子に伝えるのよ。いいわねっ」
「ん、分かったけど……なんで留守番の僕が一番心配されてるのかな?」
「だってシャルくんだもん」
「そうね、シャルだし」
そうですか……。
一度落ちた信用は取り戻すのが大変とはよく言ったもの。もっと精進しないとです。
「んぅ……わかった、気をつけるね。でも、今日は僕のことは気にせず楽しんできてよ。こっちも何かあったらちゃんと知らせるしさ」
「うんっ、ありがとうシャルくん♪ じゃあニーナちゃん行こ〜っ」
「ええ、今日はよろしくね」
俺への念押しも満足したようで、アルルとニーナは仲良く手を繋ぎながら、町の方向へと遊びにいった。
今日アルルたちは、ウィーティスの町を色々見て回る予定らしい。
何というか、ニーナが俺たちの故郷をもっといっぱい知りたいみたい。
嬉しいことを言ってくれるよね。
まぁ、ミーレスさんの件は結局帰宅待ちの方針で決まったし、時間は沢山できたんだから、まったりと楽しんでくれれば嬉しい。
一応、襲撃者とかの不安要素もあるから、注意は必要だけどさ。
でも、警戒して篭り続けるのは、やっぱり勿体無いし、適度に気を張りつつも好きに過ごすのが一番だ。
外を歩くときは二人以上で〜とか。
常駐の防御魔法を家にかけておく〜とか。
ニーナを頼って、精霊さんを斥候や連絡係として使う〜とか、色々対策を練ったからね。油断さえしなければ大丈夫でしょう。
「──さて、と」
俺は二人の背が見えなくなるまで見送ると、自室(母様たちの部屋だが)へ向かう。
今日は俺の方も少しだけ忙しいのだ。
アルル達と遊びに行きたいのは山々だけど、我慢して丸一日は魔術に専念しよう。
ここ数日は自分の浅慮が祟って、まともに時間が取れなかったからね……。
まさに、地獄のお遍路だった。
ワンニャンプゥの動物プレーに、お姫様プレー、妹プレーなんて、もう御免して欲しい。
危うく精神が死んでしまう所でした。
俺は今後絶対『撫でてほしいにゃ〜♪』とか『おねぇたま〜♡』とか言わないから……。
「すぅぅ……よしっ」
気持ちを切り替えよう。
この数日の出来事は、心の奥底にでも仕舞っておけばいいのだ。
今日は延び延びになってた魔法具を完成させて、前に拾ったアレなお薬の解析をするんだから。
俺はベッドの上に、今回使う機材類を並べていく。
付与にスクロールや幻想石は必須だ。後は、試験管のようなガラス製の容器に、各種解析用の薬品も並べておこう。
そんな風にせかせかと準備をしていたら、護衛兼、連絡役の人型精霊さんが、いきなり声をかけてきた。
『興味。恩人サマハ何ヲ行ウノデスカ?』
「ん、何って魔術だよ」
『興味興味。魔術トハ何デスカ?』
「え〜っと、わかりやすく言えば、魔法関係の便利な道具を作る事……かな」
間違ってはいない筈だ。
どんな魔術も便利な道具を生み出すし。
『好奇。私モ魔術トイウモノヲ知リタイデス」
「……え、魔術を? 精霊さんが!?」
『懇願。駄目デショウカ?』
俺の周りをクルクルと回りながら、言葉を響かせる精霊さん。
この子に顔なんて無いのだが、なんか不安そうに、ウルウルと目を濡らしてる姿を幻視させる行動だ。
んぅ、なんというか予想外の質問。
世俗に殆ど興味がない筈の精霊さんが、魔術に興味を持つ?
いやいや、精霊さんて魔力を使えるの?
そもそも知識欲なんてあったけ?
んぅぅ、聞いたこともないぞ……?
『返答。魔力ヲ供給シテ貰エレバ扱エマス。知識欲ハ、私ニモ分カリマセンガ溢レテキマス』
質問をすると、あっさり返ってきた。
なにも問題ないらしい。なんてこったっ。
もう、この子は一般的な精霊の枠から飛び出てしまったんだね……。ニーナから聞いたり、本で見たりした特徴と違いすぎるぜぃ。
これじゃあ、まるで自我を得た最上位の精霊さん以上じゃないか。
ギリギリ人型の小さな精霊さん。
見た目からして、まだ最上位ですらないのにね。
……いや、まぁ今更ですね。
別に気にしなくても良いや。精神の平穏を保つには、考え過ぎないのが一番だし。
「ん、魔力を扱えるのなら多分大丈夫だね。でも正直、僕って誰かに教えられるほど習熟してないけど良いの?」
『謙遜。恩人様ナラ大丈夫デス』
「んふふっ。何を根拠に言ってるのかなぁ? この精霊さんめ〜」
『断言。恩人サマハ偉大ナ存在デスカラ』
「なんの根拠もないよねそれっ。もうっ、まったくもうっ。この子はぁ……おだてたって何も出ないからね。でもまぁ、基礎を説明する程度でいいならやってあげてもいいけど」
『感謝。有難ウ御座イマス』
このお口ペラペラな精霊さんとは妙に馬が合うというか、話しやすいというか。
どうにも流されちゃうんですよねぇ……。
まぁ、良いでしょう。だって可愛いし。
俺は未だに魔術師として未熟者。
師匠に比べて駄目駄目すぎる。
でも、誰かに何かを教えるのは自分の知識を整理するのにも良いだろうし、何事も経験した方が良いだろう。
決して、精霊さんと共同で魔術会を開けて素敵です〜とか思ってません。
『御礼。アリガトウゴザイマス──先生』
…………へ??
「先、生?」
え、なになにっ。
なにその甘美な響きっ!
『肯定。私ハ教ワル側デス。必然、教エル側ノ恩人サマハ、先生トナリマス』
「そ、そうですか〜……先生ですかぁ。えへへ、それなら仕方ないですね〜♪ じゃあ、この先生である僕が色々と教えてあげます〜♪」
『歓喜。宜シクオ願イシマス』
「ふふふっ、はい、先生に任せて下さいっ♪」
ふぁぁ〜〜♪
師匠が俺に『先生』か『師匠』と呼ばせたかった理由はこれだったのですか。
この胸を満たす多幸感は確かに素晴らしい。
今更だけど物凄く納得しました師匠っ。
先生、師匠……ふふ、素敵な響きです。
これはいつか本気で弟子をとってみるのもありかもしれない……。
んむ、考えておこう。
「さて、精霊さんに説明するのは魔術の基礎です!」
表情をキリッとさせながら話していく。
さぞかし貫禄ある先生に見える事であろう。
「まず魔術っていうのは──魔力を魔法戦闘とは違う方向性で活用すること。魔核を重要視せずに理論立てて魔力自体を扱うことです。
魔核次第で優劣が決まる魔法師とは違って、魔術師は努力次第で才ある者にも比肩できる可能性を秘めた、素敵な職業でもあるのです」
師匠からの説明を流用しながら、精霊さんに伝えていく。精霊さんは何も言わず静かに聞いてくれている。真面目な生徒で先生は嬉しい限りだ。
「そして、魔術には幾つもの種類があります。今日僕がやろうと思っている付与術の他にも、調合術や魔工術、解析術に刻印術などなど……細かく分けてしまえば、軽く十を超える区分があります。まぁ、全部説明すると日が暮れちゃうから、今回は僕が得意な付与術を例に挙げて説明するね」
精霊さんは、コクコクと相槌の様な仕草をして可愛らしく話を飲み込んでくれる。
そんな可愛い生徒に和みつつ話を続ける。
「魔術師としては当然の知識になりますが、魔術を使う上で技術毎に必要となる能力は分かれています。
調合術では緻密な魔力操作が最も求められ、解析術では魔力との感受性が、魔工術では素材の適性見極めと、製造の技術が〜といった風にね。
で、付与術にも勿論重要視するモノがあります。それは──魔法文字の造詣です。この魔法文字というのは……」
この魔法文字というのは、遥か昔に魔神様によって生み出された『力ある文字』。一つ一つに現象や概念をもっていて、それを内包している文字だ。
最終的に霊的に使うことが殆どだけど、書いてよし、刻んでよし、合わせてよし、唱えてよし、と汎用性にも長けていて、とーっても凄い文字なのです。
そして、この文字の扱い方や組み合わせ次第で、様々な事象変化を引き起こせる。
身近な所だと、詠唱魔法の『純の水』や『風の抱擁』とかの部分が魔法文字。
これは魔法文字を唱えた上で霊的に文字を扱っている事になる。
ん〜、霊的に使うって。こう改めて考えるとすごいファンタジーだよね。素敵です。
「──それでね。付与術ではこの魔法文字を利用して作る『魔術式』というモノの出来が、そのまま完成品に影響を与えるんだよ。
魔術式を作るには、文字への造詣が深くないといけない。どの属性の、どんな現象を、どのような概念を用いて形作ったのかを表したのが魔術式だからね」
簡単に言うなら『魔法現象』=『魔術式』かな。
他には現象の設計図とかでもいいね。
魔術式を紐解いていけば、それがどんな現象なのかわかるというわけです。
あと、魔術式についてもうひとつ。
魔法に使われている魔術式について。
ここから少し複雑になるけど。
詠唱魔法にも魔術式が使われている。
詠唱を構成している魔法式──正しくは後法式の部分。この後法式は、使った魔法文字を魔術式にするために必要だから唱えている。
もともと詠唱魔法って、半自動で魔法をつかう為の技術だったりするんだよね。
詠唱魔法の現象(魔術式)は、ほぼ誰でも組み上げることが出来る。だからこそ現象に融通が利かず、万人通してほぼ画一的なのです。
詠唱魔法のプロセスを見れば分かりやすいかな。
①魔力を練って自分の霊的領域を起こし、詠唱を始めます
②前法式の詠唱では、その魔法を使うのに最適な領域の『サイズ』が決まります
③後法式の詠唱では、詠った文字から『魔法現象(魔術式)』が自動で組み上がります
④詠唱を終えるタイミングで、その魔法現象の『座標』や『規模』『強度』をしっかり定めます
⑤発動させるのに必要な魔力を魔術式に込めますと、出来上がった魔法の素が魔核に通されます
⑥すると素は感応波というものに換わり
⑦その感応波を放つと魔法が発動します
このように、詠唱魔法に使われている魔術式は、知識がなくても使えるカンタンなものというわけ。
これを魔術師の間では『簡易魔術式』または、そのまま『魔法式』と呼んで区分していたりするですよ。
「──つまり、魔術式は大きく分けると二つあるってことだね。いま説明した簡易魔術式と、はじめに言った一般的な魔術式のね」
そして、こと魔術において適しているのは、もちろん後者だよ。
完全マニュアルのオリジナル。
詠唱を頼りに自動で組むのではなく。
自らが文字の意味や特性、相性を理解して、一つ一つ手ずから組み上げるのもの。
これは詳しい知識がないと絶対に組み上げることが出来ない。でも、苦労するぶん優れた部分も多い。
魔術式を作る際に適した演算領域の大きさから、式そのものにまで細かく手を入れて調整できるから、現象に応用が効きやすいのだ。
魔術式を別の方向に発展させて、全く違う現象を作り出せたり、いらない部分を削ったり──と、自由度にもかなりの差異が出ているんだけど。
この辺りを説明するには、基礎の部分を逸脱しちゃうから見送りましょう。
「あ、そうそう。あと魔術式について一番大事な特性を言っておかないとね。実はこの魔術式──ものすごく繊細で脆いのです。どれくらいかと言えば、魔術式だけをそのまま放出したら何も起きずにただ崩れるほど脆い。だからこそ、魔術式を発揮させる為に一工夫する必要があるんだよ……」
と、こんな感じで、精霊さんに滔々と魔術の基礎を語っていく。時には魔法の話や関係のない話にまで話が広がっていって……お話すること暫し。
気づけばそろそろ昼時になってしまった。
俺は絶句で、精霊さんは満足げ。
誰かに物事を教える大変さを身をもって知った。
難しすぎるっ。師匠の偉大さを改めて実感した。
あんなに短時間で分かりやすく教えられる師匠は、やっぱり凄いです……。
あー、もう仕方ない。
お話はこのくらいにして一旦休憩だ。
作業はお昼ごはんの後にしようっ。
◾︎◾︎◾︎
一人寂しくお昼を済ませると、俺は部屋に舞い戻った。
昼食は、ニーナとアルルがお手製サンドイッチを作ってくれたので、それを食べた。
お味は言わずもがな。
いつお嫁に出しても恥ずかしくないレベルです。
まったくもって、将来二人の恋人になる人が妬ましい……。未来の恋人達よ、せいぜい夜道に気をつけることだね。うっかり闇討ちしてしまうかもしれないからさっ。ふん。
「……んんっ、こほん」
空咳を一つ。気を取り直す。
取り敢えずさっさと魔術に取り掛からないとだ。
午前中は精霊さんに説明するだけで、実は作業できてないのよ俺。
ダメじゃん……。
ここからは、急ぎで進めないとっ。
「精霊さん。僕はこのまま付与を始めたいと思うんだけど、精霊さんはどうする? 気になるなら見学しててもいいけど……」
そう問うと、精霊さんは即答を返す。
『興味興味。先生ノ魔術ヲ見学シテマス』
「ん、わかった。じゃあ僕も作業始めちゃうね。少しならお話する余裕もあるから、気になったら聞いても良いよー」
『了承。感謝シマス』
「ふふ、気にしないでいいよー」
頭上の辺りで見学姿勢に入った素敵で勤勉な生徒さんを笑顔で一瞥する。
そして、俺は鞄から純白のマフラーを取り出してテーブルに乗せる。
蒼銀の糸で刺繍を施した可愛らしい出来栄えのマフラーだ。
候都にいた時から、隠れてコソコソとお裁縫して作った拘りの一品でもある。
これに今日は付与を施していく。
『確認。コレニモ魔術ヲ使ッテイルノデスカ?』
「ん、そうそう。簡単な魔工術をね。水天蚕の銀糸と火山羊の繊維素材を魔力を馴染ませつつ編んだの。付与したいのが水と火の属性だったからね。適切な素材を選ぶのも優秀な魔術師としての条件なんだよ」
『オォ、感嘆。魔術トハ奥ガ深イノデスネ』
「んふふ、そうだね。だからこそ魔術って楽しいんだよっ♪」
早速話しかけてきた精霊さんと、作業の手を止めずに語らう。
やっぱり、精霊さんと一緒に魔術トークが出来るって素敵だ。客観的に俺たちを見たら、かなり幻想的な光景に見えるんじゃないかなぁ〜。
前世からの憧れが今ここにあるんだもの、素晴らしすぎるよね。
「──よし、ここからは少し集中するね」
『了承。静観シテオリマス』
繊細な作業工程に入った為、精霊さんとの会話を切り上げると、俺は更に気を引き締めて深く集中。
本格的に付与を施していった。
付与するのは水属性と火属性の二種。
それに、幻想石を贅沢に複数使って、理想の術式を作り出していく。
魔力も遠慮無用で注ぎ込んでいく。
そして暫しの間、無音の集中タイムが続き……──付与を終えた。
「…………はふぅ」
緊張の糸を緩めて深呼吸を一つ。無駄に入っていた身体の力を抜いた。
今回は物が物だけに、気合入れすぎて手こずっちゃった。けど付与の際の魔力もギリギリ足りたし、個人的にも満足のいくものが出来た。
後は魔力を流して効果発動をさせてみて、思った通りの機能が付与されているかチェックをしていく。
術式に小さな歪があれば、その都度丁寧に整えていく。これをするだけでも、発動効率が大きく変わったりするのだ。
「よーし、完成だよーっ」
『歓声。凄カッタデス』
「ふふ、ありがとっ♪」
なんか嬉しそうな精霊さんが、俺の周りをクルクルと回って褒めてくれる。
そのなんとも可愛らしい行動に頬が緩むね。
「…………でも、つかれたぁ」
俺は付与の疲れも相まって、そのまま仰向けでベッドにポテっと寝転んだ。
流石に張り切りすぎたよ。
魔力使いすぎて少し気だるい。
感覚的に残り三割切っちゃってるし、ホント無茶してしまった……。
だけど、このまま寝てもいられないんだよね。
今日はもう一つやる事があるんだから。
むしろこっちこそが、本命と言った方がいいのかもしれないし。
「…………ぅぅぅう……よいしょー」
このままゴロゴロして休みたくなる気持ちを振り切って、ゆっくりと起き上がる。
乱れて目にかかった髪を整えると、完成したマフラーを大事に仕舞っておく。
これは、折を見て渡すとしましょう。
そして、逆に取り出すのは。
例の見るからに良くない物だと分かる怪しい丸薬だ。これを今から解析していく。
この魔術解析は、付与やら魔工やらに比べるとかなり簡単。何せ魔素や魔力、魔術式を読み取っていくだけだからね。
そのぶん経験値が必要なんだけど──。
このシャルラハートを誰と心得る。
あの鬼畜で変態で妥協を知らない大天才の弟子ですよ?
そりゃ、警察犬並みに仕込まれてます。
師匠の屋敷では、現在見つかっているあらゆる種類の、魔素や魔力、魔術式を与え続けられ、正確に解析出来る様になるまで強制させられてたんだからっ。
間違えたら抱き枕の刑だった事もあって、俺ってば超頑張りました。
ちゃんと解析出来る自信もついたよ。
必死に頑張った成果だね。
そんなイヤな経緯でついた自信を胸に、解析を始めようと丸薬を一粒手にした俺だったのだが……。
その前に、気になる事案が発生した。
俺と精霊さんの動きが同時に止まる。
意識はすぐさま、外へ向いた。
お互いに人の接近を感知したのだ。
ただ、近づいてくる人影は分かりやすいものだったので、そこまで警戒はしていない。
どうしたんだろうとは思ったけど。
どんどん気配が近づいていく。
「シャルくん!!」
「シャルっ」
バタンと扉が開けられて、町に出かけた筈の二人が姿を見せた。




