大天使、激怒する?
翌──明けて昼時。
俺は短い眠りから覚醒した。
だが、起きたものの身動きが出来ない。
寝返りどころか手足の一本すらまともに動かせない。
ええ、何せ今の俺は蓑虫なのです。
全身をシーツで何重にも包まれて転がされている蓑虫さん。それが俺っ。
あはは……何故こんなことになったのか。
そんなの当然──深夜の一件がバレたのだ。
それでアルルとニーナの二人がキレた訳ですよ。
俺も見たことがない表情で、それはもう盛大にキレてしまいました。
あの後。疲労感で重い体を押して家に帰ってみると、玄関口には二つの影。
アルルとニーナがどういう訳か、深夜なのに起床して待機していたのだ。
それで──二人は全身傷だらけの俺を見ると、瞳から光をなくしつつ笑って〜、何も言わずに縄を取り出すとグルグル巻きにされて〜、引き倒されるとお風呂場に担がれて〜、脱衣所で服を剥かれると風呂場に全裸で転がされて〜、全身に回復薬を大量にぶっかけられて〜、風呂に投げ込まれると、もみくちゃに洗われて〜、引きずり出されるとタオルやシーツで蓑虫にされて〜、言い訳や事情説明の熱弁むなしくベットに投げ込まれた。
そして、恐ろしい笑顔のアルルとニーナに、万力の如くギュウウウッ抱きしめられると抵抗できずに意識が落ちて……
──現状に至る。
自業自得と言われればそれまで。
確かに最近は独断専行が酷かったからね。
でも、これはあんまりだと思うの……。
服さえ着させてもらえてないとかは、もうどうでもいいのだ。
ただ、起きていきなりこれはダメでしょう。
俺の精神が大変なことになるってぇ……。
ジィィ〜〜〜〜…………
ジィィィィ〜〜〜〜…………
ジィィィィィィ〜〜〜〜…………
「ぇ、ぁ、ぅ、ぅぅぅ」
両脇、目と鼻の先で二人分の強烈な視線が突き刺さる。うん。アルルたちってば俺が起きるまで目を離さずに、今まで待機していたのだ。
起きた瞬間にこの視線攻撃は辛すぎる……。
驚きすぎてとっさに声が出なかったもん。
「むぅぅぅ」
「ジーーっ」
ほっぺを膨らませて自身の怒りを露わにするアルルと、ジト目でわざわざ擬音付きで睨みつけてくるニーナ。絶対まだ怒ってるよね……。
「あのぅ……アルルさん? ニーナさん? やっぱりまだ怒ってます?」
「ふんっだもん」
「ジーー」
「ぅぅっ、本当にごめんなさいぃアルルぅ、ニーナぁ……お願いだからもうそれやめてぇぇぇ〜〜っ」
帰ってきてから二人がまともに話をしてくれない。
俺が原因なのはわかってるけど、これ以上アルルたちにこんな目で見られるのは嫌だっ。
心が折れてしまうっ!
「シャルくん、ちゃんと反省した?」
「ん! もうすっごくした! 心からぁ!」
「ふ〜ん?」
「ジーー」
アルルは膨らませていたほっぺを戻すと、スッと真顔になって力強い眼差しで見つめてきた。ニーナは少し離れるがジト目はやめてくれない……。
「ほんとうに?」
「んっ! 本当にっ!」
「そっか〜……じゃあ、シャルくんは反省の気持ちとして、今日はこれを着てね?」
「は? ……へっ!?」
アルルさんが取り出したるは、昔に母様たちに贈られた黒猫の着ぐるみ服と、リード付きの首輪だった。
なぜっ!? どこが、じゃあなの!?
意味がわからないよっ。
ニーナも何もいってくれないしっ!
「ぇ、いや、あのこれ……冗談、だよね?」
「ん〜? シャルくんが嫌なら着なくてもいいよ?」
「ホントっ!」
「うん、でもこれからはニーナちゃんと二人で、シャルくんが無茶しないようにずぅぅ〜っと、側で監視するからね?」
「ジーっ」
「ヒッ……」
真顔でそう言い放ったアルルさん。
普段のほわほわな雰囲気が皆無である。
それにほら、アルルさんてば綺麗系な顔立ちじゃないですか……無表情だと余計に怖いんですよ。
ぅぅ、なんか視界が滲んでいく。
こ、こうなったら、慈悲の聖女であるニーナ様の怒りを先に解いて味方にっ。
「……ニーナぁ」
「そんな顔してもダメよ。だってシャルが悪いもの。前にも言ったのにまた勝手に無茶な事をしたのだから。……私だって怒ってるわ」
「うっ」
ニーナの正論に黙らざるを得ない。
確かに言われました。
前回にオジサンと戦った後に、相談なく一人で危ない事しないでって叱られたです。
「…………」
うん。今回ばかりは俺が全面的に悪いよね……。
口で反省してますって言っても、こうしてもう一度やらかしてる訳だし、説得力が皆無だ。
二人も意地悪でこう言ってるんじゃない。
アルルとニーナを守りたい俺と同じで、二人も俺を守りたいっていうのが嫌という程に分かったから。
はぁ、ふぅ……覚悟を決めるですよ。
──今日の俺は、黒猫のシャルだ!
「ぅぁ……ぁぁぁぅ」
死ぬほど恥ずかしいですぅ……。
アルルとニーナの監視のもとコソコソと着替えが済んだ。いま俺は、触り心地のいい着ぐるみ服を纏った黒い猫さんである。
耳付きフードもしっかり着用だ。
首には大きな鈴のついた首輪。
そして、その首輪に繋がるリードを持ってるのは──愛らしい笑顔に戻ったアルルさん。
「もうシャルくん。本当に反省してね? 次はないからね? めっだよ?」
「ごめんなさい」
「……シャル、貴方の気持ちも分からなくはないのよ? 私たちを巻き込みたくないって。でもね、それでも私達はもっと頼ってほしいの。迷惑だってかけてほしい。危ないからって遠ざけずに共有させてほしい。一人で抱え込まないで。私たちは仲間で家族、なんでしょ?」
ニーナは真っ直ぐな瞳でそう訴えた。
……うん、仲間で家族。
「そう、だよね……。本当にごめんなさい。これからはもっとアルルとニーナを頼ろうと思う……いいかな?」
「えへへ、もちろんっ♪」
「当然、初めからそのつもりよ」
「……ありがと」
アルルとニーナはキュッと優しく抱擁してよしよしと撫でてくれる。
なんだかあの一件で荒んだ心が落ち着いていく。すごく心地がいい。
……でも、客観的にみると愛でられてる猫ちゃんと飼い主でしかないんですぜ。
シャル猫は小さいからそう見えるのも仕方ないんですぜ。リードだってしっかり握られたままなんですぜ。
ホント、アルルは俺のこと分かっていらっしゃる。俺への罰となる行動を……。
もう頭が上がりませんね……あはは。
◾︎◾︎◾︎
さて、朝というか昼のゴタゴタも収束し、遅すぎる朝食を食べると、三人揃って家を出る。
そもそも今日は、孤児院へ行く予定だったのだ。深夜に予想外が起きてしまったせいでこんな時間になってしまったけども……。
アルルが少し前を歩いてリードを引く。
ニーナが俺の周囲を精霊さんで囲み、本人は三歩ほど後ろから視線を向けてくる。
俺はトボトボと俯き気味で歩く。
気分はさながら連行中の犯罪者だ。
さっきはあんなに大団円! みたいな空気になったものの、当然脱がせてはくれない。
罰は罰として甘受すべしとのお達しだ。
今日の二人は一筋縄ではないね。
いや、俺も本気で反省してるから脱ごうとは思ってないけどさ。
たとえシャル猫状態をミーレスさんに見られることになろうとも、俺は負けないっ。
「ふん、ふんふ〜ん♪」
「アルルはご機嫌だね……」
「うんっ! ミーレス先生に会えるんだもん! 褒めてくれるかなぁ?」
「ふふ、アルルなら大丈夫だよ」
「えへへ〜、楽しみなのっ」
むしろアルルは驚かれること必至だろう。
どこの誰がこの短期間でCランクにまで至れるというのか。よくある冒険譚の主人公レベルでぶっ飛んでますからね、アルルは。
それにミーレスさんは、アルルが顔を見せるだけで喜ぶような人です。
「……すぅ、はぁ」
「んふふ、ニーナは相変わらずだねぇ」
チラッとニーナを見ると深呼吸して緊張を抑えようと頑張っていた。俺がポツリと呟くと、彼女の長耳がピクピクと動いて目が合う。
「……なによ」
「あははっ」
「笑わないでぇ」
「にゃははっ」
「笑い方の問題じゃないわっ」
ニーナは赤面しながらも右隣まで歩を進めて、キッと睨んでくる。なんか和む。
「いや、さっきまでの泰然とした態度はどうしたのかなぁって思ってね? ふふっ♪」
「うっ、あ、あれは」
「んっ、僕を思って本気で怒ってくれてたんだよね? ありがとうっ」
「──ッ、ちぁっ!? ……ぅぅ、なによ、わるいのっ?」
「ううん全然っ。ただニーナもアルルも僕にはもったいないくらい素敵な子たちだなぁって、改めて思っただけ」
「〜〜〜〜ッ!?」
更に赤面して俯くニーナ。
やっぱりニーナはこっちの方が落ち着く。泰然とジト目を送られると凄く落ち着かなかったし。会話できるって最高だね。
それに、素敵な子たちっていうのは紛れもなく本音。こんなダメダメな俺の側にいてくれるだけでもありがたいのに、ちゃんと向き合って叱ってくれるなんて素敵すぎます。
本当に自慢の家族だ。こんな素敵な妹たちがいる俺は幸せ者だと思う。
のんびりとおしゃべりしながら歩いていると、いつの間にかに孤児院へ着く。
アルルは一切臆することなく、ドアをノックしてお伺いをたてた。ニーナは遂に来てしまったと慌ついていたが、これは慣れてもらうしかあるまい。
しばらくすると職員の一人が顔を覗かせたので、ミーレスさんに繋ぎを頼むと、そそくさと応接室に通される。
そして、数分ほど待つと部屋のドアが開き──知らないお姉さんが現れた。
ミディアムくらいの赤茶の髪を、一つに束ねている優しい雰囲気のお姉さん。
ふむ、どちら様でしょうか。
「あれぇ、ラーフ先生?」
「んぅ? どこかで見た気が……」
アルルが先生と呼んだという事は、ここの職員さんなのだろう。ならどこかで見たとしてもおかしくないね……うん。
「アルルちゃんと、シャ、シャル……様? もお久しぶりですね! えぇ、えぇと、私をご存じないお客様もいるようなので、自己紹介をいたしますね。はい。私はこの孤児院で院長補佐をしているラーフと申しますっ」
「……ニーナ、です。よろしく……お願いします」
「は、はい、ニーナ様ですね。よろしくお願いいたします!」
おぉ〜、ニーナが頑張ってる。
今までに比べればだいぶ柔らかく聞こえたからねぇ。うんうん、大きな成長だ。
それに、ラーフさんが院長補佐と言って思い出したけど、この人って初めて孤児院に行った時に付き添ってくれた部下さんだ。
優しそうな雰囲気とかも似てるし多分そうだと思う。
……だからね、ラーフさん。
そんなアワアワ赤面しながら好奇の目を向けないでぇッ。
そりゃあ孤児院出身のアルルが、引き取り先の子をリードで繋いでペットのように扱ってたら何事かと驚きますわっ! まぁ、俺が何も言わないから、あちらも頑張ってスルーしようと努めてくれてる。
ものすっごく聞きたそうにしてるけど、こらえてくれてる。
だから俺も気にしないように頑張ろう……。
全員の挨拶が済み、改めて席に着く俺たち。対面の席にはラーフさんが着く。
繋ぎを頼んだミーレスさんではなく、その補佐のラーフさんが着ている時点で、なんだか嫌な予感はするが、話を進めてもらう。
「え、えぇと、私がこの場に来ている事で察している子もいるようですが、現在、院長代理であるミーレス様は不在なのです……」
「え、ミーレス先生いないんですか〜」
「はい、ごめんなさいねアルルちゃん」
ガーンと擬音がつきそうな落ち込みを見せるアルル。楽しみにしていた分、反動が大きそうだ。うな垂れたアルルを隣のニーナがなでなでと慰めている。
「ラーフさん。じゃあミーレスさんが、いま何方にいるのかをお聞きしてもいいですか?」
「はははい、勿論です。ミーレス様は現在、男爵領首都のヴィノグラートに出張をしておりますっ!」
コテンと小首を傾げながらも尋ねると、ラーフさんは真っ赤になってキビキビと答えてくれた。
男爵領首都なら母様と日帰り旅行したことあるから分かる。ウィーティスは首都にも近いから馬車を使えば三日くらいでつける位置にある。海と隣接し、いくつもの水路が都市を彩っている美しい都市だ。
そこに、ミーレスさんは出張していると。
ふむ、俺は照れ照れのラーフさんを極力気にせず更に訪ねていく。
「ラーフさんは、ミーレスさんがどれくらいで戻るのかお聞きになってますか?」
「はいぃっ、ミーレス様は最低でも一月程はかかるとっ、場合によっては伸びるともおっしゃってましたぁッ」
ふむふむ、それくらいなら大丈夫かな?
あとで二人と話し合ってみようとは思うけど、わざわざ首都の方まで向かって探すよりも待ってた方が確実だ。
それに、こっちもこっちでやらなければいけない事が出来てしまったし……。
あとはどれくらい前にミーレスさんが出て行ったのかだ。もしだいぶ前に出立しているのなら、近々会えるだろうからね。
「ん〜、何度も質問を重ねてしまって申し訳ないんですが、ミーレスさんがこちらを発ったのはいつ頃です?」
「はいっ、今朝です!!」
「…………もう一度」
「はいっ、今朝、ですっ!!」
「「えぇぇえぇぇぇ〜〜……」」
ガックリとした声音がアルルと重なってしまった。いやいや、それ昨日のうちに行けば会えたってことなんじゃ……。ううわぁ、なんてタイミング……。
昨日はそんなこと知らなかったから、たらればの話になるんだけどさ。
でも毎回思うんだけど、俺って間が悪すぎると思うんだ。まぁ、今回はミーレスさんが何処に行っていつ帰ってくるかが分かってるし、まだマシなのですけど……。
うぅ、悔しいが悔やんでも仕方ない。
ここは魔術師らしく冷静にポジティブに切り替えよう。
「ラーフさん、教えてくれてありがとうございます」
「いいいえいえ、お気になさらずっ。こちらこそ、わざわざお越しいただいたのにすいませんっ。ミーレス様がお帰りになられましたら、ちゃんとお伝えしておきますのでっ!」
「はい、お願いしますラーフさん」
赤面で恐縮恐縮〜なラーフさんに苦笑いしつつ、どよーんとしている様な、していない様なアルルを、ニーナと両側からサンドイッチでなでなでしつつあやしていく。
それからラーフさんとはいくつか言葉を交わしていって、やりとりを終えると孤児院を出ることにした。
孤児院に他の用はないから、早めの撤退も致し方あるまいよ。子供達の中に俺たちと仲のいい子なんていないのである……。
ぼっちじゃないよ。俺にはアルルとニーナという友達以上の子がいるんだからねっ。
「それでは、アルルちゃんとシャル様、ニーナ様。気をつけてお帰り下さいねー」
「はい、ラーフ先生! ありがとうございました〜!」
「お、お邪魔し、ました……っ」
機嫌の戻ったアルルは元気よく、人見知り克服中のニーナは慌てつつ挨拶を済ました。
よし、俺も挨拶をしてしまうとしよう。
ラーフさんは気になっていただろうに、最後まで黒猫にノーツッコミを貫いてくれた。
その感謝を込めてシャル猫としての本気を贈らせていただこう。
さぁ、小首を傾げて右手を前に、満面の笑みを浮かべましてぇ────。
「ラーフさん……ありがとにゃん♡」
「──ぶふっッ!!?」
……ん、自分でやっといてなんだが、ナシで。
やっぱり恥ずかしかったです。
まぁ、後悔はないですが、二度はやりたくない。
好奇心も程々にしましょう。
ラーフさんは顔を抑えて蹲っている。
何やらポタポタと赤いものが見えなくもないが、流石に気のせいだろう。
野郎の猫マネでぶっ倒れる人がいる訳がないし。
まぁ、極僅かな可能性として、俺のほとばしる漢気にやられてしまった可能性はあるかなー。んふふっ、これは俺がジョルジさんを超える日も近いね。
「じぃ〜〜」
「ジー……」
「えっ、な、なにっ!? 僕また二人に何かしちゃったっ? ごめんなさいした方がいい?」
両サイドから顔を赤くして詰め寄ってくるアルルと、ニーナ。なんとなくさっきとは雰囲気が違うけど、なんで今ここでこうなるのっ?
「シャルくん! すごい! すごいかわいい〜♡」
「それ、いいと思うわ!」
「あ、さいですか」
うん。褒められたのは謎だが、取り敢えずその手を離してくれませんでしょうか?
なんか正気を失ってそうな二人の顔が怖いです。
普通に襲われそうな気配がビンビンするので、ここは逃げさせていただきましょう……。
考え至ると、俺は全力で逃げ出す。
「──ぁう!?」
首が突っ張ってぐえってなった。
リードがあったの忘れてた……っ。
「シャ〜ルくん♡」
「シャルぅ……」
「ぅ、あぁぁ……」
くいくいと引き寄せられるシャル猫。
両端から拘束されてそのまま自宅まで輸送されるシャル猫。
シャル猫は悲しそうな目で孤児院を後にした。
あぁ、ドウシテコウナッタ。
◾︎◾︎◾︎
身から出た錆
後悔先に立たず
好奇心はシャル猫を殺す
これを今日の教訓としよう。
なぜ、人は過ちを繰り返すのだろう……。
そう。あのまま連れ帰られた俺は、その後むちゃくちゃ猫マネをさせられたのでした。
もう、予定がめちゃくちゃですぅ……。




