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影法師、襲撃する!


 草木も眠る丑三つ刻。

 静寂が辺りを支配する真夜中。


「ぅあっ、はぁ、はぁ……っぅう。はぁ、はぁ、くぅっ……」


 左手に耐えようのない激痛が走り、俺は目が覚めた。この痛みは腕を失ってから度々起こる様になったもの。だから、心配はない。


 ウィーティスでの道中にも痛みはあった。でも二人に心配をかけないように、じっと耐えていたのだ。


 けど、今日のはちょっとシャレにならなかった。

 部屋別々にしといて良かったよ。

 なんとなく今夜あたりは不味そうだと思ってたが、当たっちゃったね……。


 寝汗が額から一筋の溢れる。

 いつの間にか、かなりの汗を流してたみたい。



「──ぃいっ。つぅぅっ……」


 痛みが引く気配はない。いや、むしろ今が正にピークとも言えるほどに、痛みさんは絶好調。


 欠損後の痛み。幻肢痛って、もっと鈍くて小さな痛みなんじゃないの? これ、炎で腕焼いた時と同等の激痛なんですけど……。流石にシャレにならないよ。

 俺が痛みに強くたって限度があるんですけど。


 汗が、涙が、火照った肌の上を伝う。

 その感覚が今は酷く不快だった。


「…………んぅぅ」


 それから、しばらく。

 母様のベッドの上で一人、ジッとうずくまって耐え忍んでいると、徐々に痛みが引いていった。


 大量に流した汗も、とっくに冷えてる筈なのだが、身体が冷えるどころか酷く暑い。

 それほどまでの激闘だった。


「はぁ、はぁ……。あつ、い……」


 ……ぅぅ、少し夜風に当たろうかな。

 そうすれば、涼めるだろうし。

 とにかく、火照った身体を冷ましたい。


 ゆっくりと身体を起こすと、音を立てないでベッドから離れた。

 アルルたちの眠りを妨げない様に気をつける。

 ニーナは特に注意しないとだ。


 俺が幻肢痛で苦しんでる所なんて見せちゃったら、折角、お風呂場で罪悪感を薄れさせたのに無駄になってしまう。


 ニーナの性格的にあれで割り切るのは無理だろうし、本当に気をつけよう。逆に俺が毎日元気に過ごして、怪我なんて気にしてないんだぞーって所を一杯見せてあげないとです。


 寝る前に整理整頓をした衣服類の中から、適当に上着を手に取ると羽織る。物音を一切立てずに移動して、静かに戸口を開けて外に出た。


 冬が近いてるだけあって風が冷たい。

 でも、頬をくすぐる冷たさが気持ちいい。

 んぁ、少しはマシになったかも……。



「……あ」


 しばらく涼んでた所で気づいた。

 いつの間にやら、寝る前に発動させてた常駐魔法が切れてる……。


 多分寝てる時に、制御どころじゃなくて、魔力路ごと切っちゃったんだろうけど……。

 んぅ、相当な痛さだったし仕方ないよね。


 でも、今は正体不明のストーカーさんに狙われてる訳だし、警戒は解かない様にしないとだ。

 こういう無防備な時が一番危ないんだし。



「我、風の寵愛を得し者。“風の抱擁”、“童戯の遊風”、“儚なる纏触”をもって生み出さん」


風纏の覚者フルトゥーナ・コンプレクト



 感知魔法が発動する。

 よし、感度良好ー。

 世界が大きく広がった気がする。


 ん、規模はどうしよう。

 普段は百メートル位で維持するのだが、ついさっきまで魔法が切れてたのもあるし、一時的に魔力を多めに供給しようかな。


 そう思い至ると、早速行動に移る。

 魔法に繋がる魔力路からいつもより多めの魔力を供給していく。

 知覚範囲と感度も大きめにして──










 ……──はっ?


 え? うそっ。




「……勘弁してよ、もうっ。こんなタイミングとかあり得ないっ」



 反射的に悪態をつく。

 感知魔法の範囲を広げていると、直線距離にして三百メートル辺りに、何やら人の形を一つ感知した。


 でも、五感の方では何も捉えられない。

 この距離で何も捉えられないって何者?

 真っ暗闇の中で、物音一つ立てず近づける人物なんて普通いな……い訳じゃないけどもっ!

 母様達とミーレスさん、アルルを除けば、そんな多くはないでしょうにっ!


 あー、しまらない。

 でも、危うく致命的な接近を許すところだった。

 気づけてよかったです。

 それにまだ悪い人だと決まった訳じゃない。

 早めに接触して確かめないと。



「と、なれば……」


 ここは家が近すぎる。

 上手く誘導して、この場から引き離せないかな?

 目的が何なのか不明だけど、コソコソと忍び寄ってきてるだけに、こっちが気づいたのだと分からせれば釣れるかも?



「んー、色々考えるのも面倒だしね。えい、やっちゃえっ」


 俺は不審者の真上あたりに向けて、火球魔法を打ち上げていく。

 中級魔法の『火散撃(フレイム・ブレット)』。

 火の玉を連続して打ち上げる魔法だ。


 気分はさながら手持ちの打ち上げ花火。

 魔法だし音はしないけど。

 火の球が空に浮かんでは消えていく。

 真っ暗なだけあって酷く目立つが、それが狙いだし丁度いい。



「ん、動いた。ならこっちも」


 さっさと移動しないと近づかれてしまう。

 移動しながら、居場所を教えるように花火を打ち上げて、不審者を釣っていく。




 ◾︎◾︎◾︎




 場所は変わって。

 家の近くの林群を抜けた先にある荒野。

 距離的にはかなり移動したが、ちゃんと不審者も付いて来てくれてる。


 魔法によると、この不審者。

 全身をローブ的な何かですっぽりと覆っている怪しい風貌。そして、シルエット的には身長がおよそ二メートルを超えている。

 かなりの巨躯みたいだし気を引き締めないと。


 ゆっくり不審者が近づいてくる。

 俺が逃げないとわかった時点で、あちらもペースを落としたみたい。

 そろそろ林を抜けて姿を現す頃だろう。


 夜風が草木をザワザワと騒がす。

 二つの月がこの場にスポットライトを浴びせ、役者が揃うのを今か今かと待っている。

 林の奥から足音を一切させずに、大きな影が姿を現した。俺は怯むことなく確認の問いを投げた。



「お尋ねしますが、こんな夜更けにどちら様です? もしお客様だとしてもこの時間は非常識です。また後日にして下さい」

「…………」

「無視ですか?」

「…………」


 現れたのは予想通り、擦り切れた大きな外套(?)に身を包んだ人物。そして、この不審者はあろうことか俺の質問を完全に無視した。


 これもう刺客確定でいいんじゃない?

 こうして対面したのに顔すら見せないとか怪しすぎですし、そもそも失礼どころの話じゃないです。


 そう結論が出たので早速、行動を起こしましょう。



 ──と、思ったその時。俺が行動を動き出す前に、あちらが先に動いた。


 不審者は纏っていた外套のようなものを一足に剥ぎ取り、投げ捨てて、俺に向かって殺意を放ちながら突っ込んで来る。



「ん、やっぱり刺客なんじゃないの……──ってえぇえぇぇっ!? ──っぁ、危なっ」


 俺は慌てて攻撃を躱し、大きく飛び退く。

 対象と大きく距離が開いた。

 刺客は不意打ちが決まらず、俺の反撃を警戒してか、追撃してこない。


 その隙に一息つく。

 俺は改めて不審者を凝視する。



「やっぱり、見間違えじゃない」

「…………」


 微かに瞠目。息を飲む。

 それ程までに、現れた者の正体が予想外。

 現れたのは──俺よりやや年上ほどの小さな女の子(・・・・・・)だった。


 年齢は十歳に届くか届かないかといった所か。

 白の頭髪を風で靡かせながら、不気味な血色の瞳を煌々と光らせている。



 そして。彼女……





 頭から獣耳が生えていた。

 腰から尻尾も生えていた。





 ……いったい、何がおきてるの?

 これは流石におかしいでしょう。

 目の前にいるのは『獣人』という種族。

 俺がいつか出会えるのを夢みていたファンタジー種族の一つであり代表格だが。


 決してこんな所で気軽に出会える存在ではない。

 こうして相対している現状が異常すぎる。



「……意味が、わからない」


 俺の困惑を他所に敵意を向け続けてくる不審者、改め獣人ちゃんは、隙を伺っていつでも飛び掛かれるように身構えている。



「んっ」


 とりあえず俺も臨戦態勢をとらなければ。いま隙を見せるのは危険だ。

 そして、その合間にも彼方をしっかり観察する。


 尖った二等辺三角形に近い獣耳。

 おそらく狐の耳、いや、どことなく狼っぽくもあるか。まぁ、イヌ科の耳。

 そして、腰からは伸びる四本(・・)の尻尾。

 こちらも、狐か狼かの判別がつきにくい。


 何せこの子、様相がなかなかに凄いし……。

 毛並みとかでは判別できない。


 綺麗に整えられていれば目を惹くだろう白髪と同色の毛は、土やら埃やらで解れて大分くすんでいて。

 長い後ろ髪だって、粗末な布紐で乱雑に後ろ一本で結ばれているだけ。

 前髪やもみあげなんて、ナイフで適当に切ったのか散切りでバラバラの状態。


 服装は、アンダーとしてボロ衣のような物を上下に括り付けてあるだけ。

 履物なんかは無く、布を足にグルグルと巻きつけて靴代わりにしている程だ。




「……」


 そんな目の前の彼女。

 抜き身のナイフのような佇まいで、己の見てくれなど全く意にも介さず、強い意思を込めた眼差しでこちらを睨みつけてきている。


 どうしてか俺を殺る気満々である。

 恨まれることをした記憶はないんだけどなぁ……。


 でも話し合いは通じそうにない。

 さっきから無慈悲なまでの無反応だし。

 俺の言葉なんて聞こえていないみたい。

 殺意だけをガンガンぶつけてくる。


 いま隙を見せたら直ぐにも襲われるだろう。

 俺も隙を見せないように、構え続ける。


 獣人ちゃんが一歩だけ近づく。

 こちらも同じく一歩近づいた。


 俺は鋭い目つきで、彼女の右の手──正確にいうなら、その手に握られた物騒な得物に目を向ける。


 彼女とは釣り合いが全く取れていない巨大すぎる武器だ。形状はどデカいギロチンの刃を無理やり括り付けたように無骨で恐ろしい形。

 鎌のようでもあり、斧のようでもある。

 赤黒い滲みがこびりついた醜悪な得物。



 これを背負って外套に包まってたから、二メートルも身長があると思ってしまったのか。

 こういう辺は風の感知魔法の不便なところかな。感知できてもアバウトな情報しか得られない訳だし。

 ……っと、考えが逸れた。


 俺が現実逃避気味の考えを抱いていると、獣人ちゃんはその悍ましい戦斧を向けてくる。


 完全に緊張は臨界に達している。

 張り詰めた糸が切れるのはもう直ぐ。



「……ん、仕方ない」



 俺も戦う覚悟を決めた。


 これからは腕づくでの対応だ。そっちが俺の命を要求するなら、こっちも同じモノを要求してやります。

 逃しはしない。逃した獲物は大きかったとは言わせない。絶対、とっ捕まえてやるです。

 そして納得のいく理由を聞かせてもらいます。



 お互いが円を描くように移動しつつ、距離を詰めていく。青と黄の月が……厚い雲に隠れる。

 周囲がわずかに暗くなった──その瞬間、獣人ちゃんは鋭い踏み込みで突貫してくる。



「遅いっ」


 無手で身軽な俺は、戦斧の横薙ぎを身をかがめて回避する。それと同時に、戦斧の腹を強化した尻尾で猛打し打ち上げ……、



「──いぃっ」


 ガァァンッと鈍い音をたてた戦斧だったが、猛打の意味を成さずビクともしない。


 おっもいッ。かったいッ。

 尻尾がジンジンする。

 どんだけ重たいものを振り回してんだ、この子はっ。

 

 ん、冗談じゃない。

 あんな超弩級の武器が当たったら、ただじゃ済まない。一瞬で肉塊確定コースだ。



「……」


 獣人ちゃんは、俺の尻尾攻撃など意にも介さず、あっさり武器を構え直すと再度切りかかってくる。


 斜めからの振り下ろしをしたかと思えば、遠心力を生かして回転斬りでの追撃。戦斧は大きさと重さをものともせず、嵐の如き連撃を放つ。

 全てが俺をミンチにしようと襲い掛かってきた。


 その攻撃の数々を身軽さを生かして、躱して、躱して、躱す。

 避けるだけならば問題はない。

 問題は攻撃がなかなか通らないこと。


 時折、合間を縫って俺も反撃を試みたが全て防がれた。蹴りも、尻尾も、右ストレートも醜悪な戦斧に阻まれて、獣人ちゃんに届かない。

 というか、殴ったこっちがダメージ受けている。


 彼女は何というか隙がない。

 アルルと比べても、獣人ちゃんが早さで勝っているとは思えない。でも、巧みではあった。

 隙がありそうなのに全くない立ち回りと、斧さばきが小回りの悪さを完全に補っている。


 戦斧の一撃を躱しても、一拍開けずに次々と連撃に繋げてくる。こちらが攻撃に転じても防がれ、カウンターからまた連鎖させてくる。

 おかげで互いに全く休まずの応戦が続き。



 結果的に俺は距離を取った。

 徒手のインファイトでは勝ち目が薄い。


 彼女が戦斧を振り回すたびに、ブオォンっと激しい圧力が飛んでくるのも面倒だ。

 下手な姿勢だと吹き飛ばされそうな程である。



「──っ、面倒な」

「……」



 一足、不利な戦いから距離を取ろうと移動をするが、自分のリーチから逃さない様に追撃してくる獣人ちゃん。超重量の武器を持っているとは思えない足の速さである。


 んぅ、なんなのこの子。

 あんな化け物戦斧を軽々と扱いよってからに……。

 闘力すら使わないでこのレベルとか、恐ろしすぎる。獣人って皆んなこんな化け物なのっ?

 あ、いや、俺も闘力使ってないから人のこと言えないんだけどさ……それはそれ、これはこれだ。



 とか、余計な思考をしていると、目の前に化け物戦斧が迫っていた。



「──よっと……──うぅぷ!?」


 迫り来る戦斧を見極めて躱し、獣人ちゃんの脇を抜けるように距離を取ろうとして──俺は真っ白い何かに叩きつけられ、吹き飛ばされた。



 これって……。



「うぅ……獣尻尾の猛烈ビンタとか、こんな状況じゃなきゃ普通に楽しめそうなんだけど」


 吹き飛ばされながらも姿勢を整える。

 両足で着地し──急いで後ろに飛び退る。



「ガァァァァァ!!」

「ッ!」


 今まで淡々と武器を振るっていた獣人ちゃんが、突然、悲痛な雄叫びと共に渾身の一撃を放ってきた。


 目前の地面が爆ぜる。

 戦斧は俺が数瞬前に着地した場所にめり込んで、地面を大きく抉った。




「──……はぁ」



 追撃はしっかり躱した。

 戦斧の餌食にもならずに済んだ。


 でも、剣圧のせいなのか額から一筋の血が垂れてきた。目に入りかけた血をサッと手の甲で拭う。

 手の甲には拭った血が少量付着していた。

 それを見て、頭の中がズキンと痛んだ。



「……ッう」


 突然、なぜだか冷や汗が流れてくる。

 自分の血を見て死を近くに感じたから?

 いや、この程度の戦いなら何度も経験してきたし、今の一撃だって死の危険には程遠い。


 じゃあ、なんで……。

 こうしている内にも頭の中は冷え込んでいるのか。


 考えようとしても、無駄な思考はどんどんと薄れていってしまう。感覚は鋭く研ぎ澄まされ、目の前で唸る獣人ちゃんの情報が次々と頭に入ってくる。


 そして、根付いた習慣は不透明だったものまで明瞭にして……無意識にしまっていたものを嫌でも意識させてしまう。


「あぁ。そっか……」


 こうして見れば気付かない方がおかしかった。

 ファーストコンタクトからずっと無意識に目を逸らしていたもの、気づかない様に蓋をしていたものが、いまでは嫌でも目に付く。


 でも、もう目を瞑ることは許されない。








「…………この子は昔の僕なんだ」





2017/05/07-誤字修正、言い回し修正

2018/04/04-数字統一


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