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精霊術師、贖罪する?


 ──かぽーん。



 ぷかぷかと浴場の中心部で仰向けに漂う。

 冒険者になるまでのこの数ヶ月で、ミディアム程まで伸びた黒髪が扇状に広がり波打つ。


 夜空に目を向ければ、木々の隙間から覗く満天の星空と、二つの綺麗なお月様。

 魔ノ月と闘ノ月なんて呼ばれてもいるお月様だ。そんな月の明かりに照らされて、水面がキラキラと乱反射する。



「はふぅ、やっぱりお風呂は最高だねぇ〜ふふっ♪」


 ベッドメイクや雑事も済ませて、魔術魔法の鍛錬もそこそこに、いまは優雅な入浴中。

 アルルとニーナはいない。

 あの二人は、もうとっくにお風呂を上がって部屋で寛いでる。というか、もう大分遅いから寝てるんじゃないかな?


 あ、勿論。

 覗きなんてお約束はしなかったよ?

 だって覗きなんてしたら、そのままお風呂に引き摺り込まれるじゃない。

 見えてる地雷を踏み抜くほど、シャルラハートはおバカじゃない!


 部屋を分けたのは正解だった。

 時間をズラせば、俺の入浴中に突撃しての混浴を防ぐのだって容易だ。

 蓮華亭で何度も突撃されて学んだ俺の勝……



「……あれ?」


 ──ペタ、ペタ。


 耳をつく静かな足音。

 脱衣所から続く通路の方。


 気のせい、では、ない。


「……ぐぬぬ」


 前言撤回。

 そうだよね。たかが時間ずらした程度で防げないよね……。我が最愛の妹ながら手強いっ。

 んぅ、裸見られるのは恥ずかしいし、苦手だけど仕方あるまい。今日も今日とて耐えるとしよう。


 俺は、アルルが近づいてきている浴場の入り口に顔を向けた。


「──ん?」

「……ぅ」


 緑金のエルフさんがいた。


 えぇ? ニーナ、だよね?

 それに布一枚巻いてるだけって。

 恥ずかしがり屋さんが何してるのよっ。


「えっと、ニーナ? アルルと一緒に寝たんじゃなかったの?」

「ぇぁ、ぁ、ぁの。ぇと……ぅぅぅ」

「あー、とりあえず温まったほうが良いよ。女の子なんだから身体冷やしたら良くないし」

「……ぅ、ぅん」


 全身真っ赤に染めながら頷き、ニーナはおずおずと掛け湯をし、湯に浸かった。

 俺との間を微妙に開けて背を向け座る。


「それでニーナがどうしてこんな所に?」

「……あ、うん。アルルに頼まれて……」

「アルル?」

「……シャルのお手伝いをと思って来たんだけど。ほ、ほら、洗いにくい、でしょ?」

「あぁ、成程」


 背を向けたままポツリと話すニーナ。

 その理由に合点がいった。


 確かに左手がないから、身体とか洗いにくくはあるんだけどねぇ。ただ、必要に迫られてというか、今では尻尾がかなり器用に扱える。

 それを上手く使えば大体問題なかったりするんだよね……。もはや、第三の手と言えるくらいだ。


「そっか、ありがとね。でも心配無用だよ♪ ほら、僕って魔人族で尻尾があるじゃない? それ使えば大抵の事は自分で出来るから〜」


 尻尾をあげて水面をペチペチと叩きながら説明する。すると、ニーナは赤くなった顔を僅かにこちらへ向けた。


「……そ、そう、だったの?」

「そうそう。アルルから聞かなかったの? 何回もアルルには言ってる筈なんだけど」

「……き、きいてない」

「えぇー、それはなんでまた……」


 俺がお風呂とか水浴みの時には、毎回突撃してくるアルル。

 その時に何度も言ってるんだけど。

 そもそも、あのアルルがニーナにわざわざ手伝いをお願いするかなぁ? 人任せにするより自主的に動く子だもの、アルルは。



「……多分、私の為、ね」

「ん?」

「さっきアルルにね、シャルのために何か出来ることがないか……聞いたのよ」

「んぁー、それでかぁ」

「えぇ、それでお手伝いを頼まれて。アルルにはこの時間にここへ行けばシャルがいるだろうからって」

「──っ!? ぶぼっごほっ!?」


 ぁぁあぶ、おぼれるおぼれる!

 って、当たり前のように見通されてたっ?

 時間ずらせば容易に防げるとか考えてた俺がバカみたいじゃないのっ。


「ねぇ、シャル」

「んぇ?」


 綺麗な澄み切った声が耳朶を打つ。

 背を向けていたニーナが身体ごとこちらに向く。

 顔はまだ赤いが表情は真剣そのものだ。

 必死に何かを伝えようとしているのが、嫌でも伝わってくる。


「私はなにをすれば、貴方に受けた恩に報いる事が出来るのかな?」

「…………」

「私は貴方に恩を返すことが出来るのなら、何だってするわ」

「前にも言ったけど、やりたい様にやっただけ。ニーナが恩にきる必要はないんだよ」

「知ってる。これが私個人の気持ちでただの我儘なんだって。シャルは恩を感じられても逆に困っちゃうって事も……でもね、」


 目を伏せながら今にも泣きそうな表情で告げる。


「そんな簡単に割り切れる筈がないじゃないっ! 私は貴方に救われたのよ。

 あの時、貴方が来てくれなければ間違いなく私は死んでいたのっ。抗いようのない死に飲み込まれて全てが終わっていたのっ。怖くて、悔しくて、悲しくて、もう生きれないと思うと、辛くて、苦しくて……。

 そんな時に、貴方が来てくれた。自分だって大怪我してるのに優しく抱きしめて、大丈夫だよ、絶対に助けるからって……。

 嬉しかった。暖かかった。本当に心から救われた。貴方は全てを諦めた私に手を差し伸ばしてくれた。死の淵から私を掬い上げてくれたの。でも、そんな貴方は代償に大怪我を負ったわ…………。

 ねぇ、シャル。お願い。これ以上貴方に負担をかけるのは心苦しいし、申し訳ないと思う。だけどっ、だけど、どうか私に恩を返させてくれない、かな……」



「…………」







 うわぁぁぁ〜〜、やめてぇぇ〜〜〜〜。

 そんな目で僕を見ないでぇぇぇ……っ。

 こういう空気ほんとダメなんだってぇ!


 いや分かるよ? 僕も逆の立場なら罪悪感が湧き上がるだろうしさ。しかも相手が大怪我までしてるんだから、申し訳なさだって倍以上でしょうよ。

 自らの全てを差し出して報いたくなるのだって理解できますよ? 僕だってアルルやニーナ、母様達が対象なら同じ事を言うと思うから。


 でも、こういう真面目で胸がキュウゥってなる空気はダメっ。なんか苦しくなっちゃうからっ。

 なんか色々と思い出しちゃって、涙出てきちゃうからぁっ。


 ──っは!


 いけない、いけない。

 動揺してこっちの言葉で思考してたっ。

 戒めを忘れない様に、今まで意識して日本語で思考して来てきたのにぃ。あの騒乱から何故か気を抜くと変わっちゃいそうで困る。今日までボロ出してなかったのに……って! そうじゃないよっ。

 今はこの空気感をどうするかだ。


 ニーナの気持ちもわかるし尊重したいとも思う。

 でもさ、でもさ、ニーナってもう身内じゃん?

 俺が個人的に思ってるだけだけどさ。

 そんな子に、恩の貸し借りを気にして縛られて欲しくない。そもそも、その貸し借りでいうなら、俺もニーナには恩がいっぱいあるもの。


 俺はただ自分が大好きな人、ニーナやアルル、母様達が笑顔でワイワイ楽しく過ごしてるのを、側で見れるだけで幸せなのだ。



「…………うぅ」



 涙目のニーナと目が合う。


 はぁ、でも難しい、か。

 簡単に罪の意識は消えないんだよね……。

 ニーナは見た目以上に繊細な子だ。

 記憶ないってだけでも相当な負担の筈。

 性格上、色々と抱え込む子だって事もわかってきた。旅の途中とか時々表情が翳ってたし。慣れない環境っていうのもある。

 こんなニーナを放っておけば、罪の意識に潰されて、決定的な破滅が起きるのもそう遠くないだろう。


 なら、この場でニーナが納得する程のモノを受け取ればいい。罪の意識をなくすのだ。


 簡単なこと。ここにきて、俺の願いと彼女の願いが合致した。そう考えればいい……。



 まずは──この場で余裕ぶって高笑いを浮かべてるシリアスのこん畜生をぶっ殺す。

 話はそれからだ。恥ずかしいとか言ってられない。





「──んにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「っ!?」

「わかったっ、わかったよニーナ。そんなに言うなら恩を返してもらうから」

「…………い、いいの?」

「うんっ!」


 よし、とりあえず叫んどけ作戦は成功。

 後は、お願いを伝えるだけでいい。


「ホントはね、ニーナには恩返しの気持ちに縛られないで笑顔でいてもらえるだけで良かったの。でもニーナにそれは難しいみたいだから一つ、一つだけお願いを聞いてもらう事にしたよ!」

「うん、うんっ。ありがとう、シャル」


 ホッとしたようにニーナは微笑む。

 目尻には雫が溜まっている。

 隠し溜めていた感情が表に出ているせいで、その表情は凄く分かりやすかった。


 おっと、このまま流されたら、また憎きシリアスさんが生き返ってしまう。

 勢いで畳み掛けて喜劇として終わらせてやる。


「このお願いはね、僕にとって悲願の一つと言ってもいい。とっても、と〜っても大切で重たい願いなんだ。確実にニーナの抱える恩でも返しきれない程の願いだと僕は思ってる。そんなお願いだけどいいかな?」

「うん、いいっ」

「わかった。じゃあ僕も覚悟を決めてお願いするね?」


 さぁ、言おう。

 シャルラハートとして、いや、前世から今日まで生きてきた中で、最も大きいお願い。

 最大級のお願いを──



「じゃあお願いっ、ニーナのお耳を触らせて下さいっ!!」


「え?」

「お・み・み・を、触らせて下さい!」

「…………ふぇぇぇっ!?」


 うん、驚くよね。

 でもこれ以外の願いがないのです。


「ダメ?」

「──ッあ、えぇと、その、だだだ大丈夫ッ、大丈夫ッ。他人ならともかく、シャ、シャルなら嫌じゃない、から」

「ホント!」

「……で、でも、本当にそんな事でいいの? とても重いお願いとは思えない、わ」

「この願いが叶うのなら僕は命を賭してあらゆる困難にだって立ち向かえるよ! それくらいに僕の中では譲れない重いお願いなんだよっ」

「そ、そう、なの? ……ぅぅ、分かったわ。なら、はい。……ぇと、優しく、ね?」

「うんっ♪」


 目をギュッとつぶり、素敵なお耳を差し出してくれるニーナさん。


 ついに俺は、本当の意味でファンタジー探求心と知的好奇心を満たせる。そしてニーナの罪悪感なんか消し尽くしてあげるのだ。


 優しくですって? そんなの当然じゃないですか。エルフ様のお耳を粗雑に扱える筈がない。


 んぅぅ、どきどき。わくわく。


「じゃあ、触るね」

「う、うん……」


 水に濡れて魅力をグッと高めている神秘的な緑金の髪から、理想の幻想産物であるエルフさんのお耳がのぞいている。

 前世から夢で、妄想で数えきれないほど想い、その度に憧れた存在にいま手を伸ばす。

 吸い込まれるように、優しく触れた。


「──ひゃぅっ!?」

「ぇ、大丈夫?」

「ぁ、えぅ、うんっ。すすすこし擽ったかっただけだもん! っだ、大丈夫!」

「そっかっ」


 大丈夫みたいだから、改めて。

 ピクピクと可愛らしく動くお耳に触れる。


「わぁ〜♪」


 夢にまで見たエルフさんのお耳です〜。

 あぁ〜今まで生きててよかった〜。

 こんな形で触らせてもらうのは、逆にこっちが罪悪感を感じるけど、仕方ない。

 ここは心を鬼にしましょう。



「んッ……ぁあ……ぅ、ぅぅ……」



 んむ、アルルのほっぺたを撫で撫でしてる時とは、また違った触り心地。

 アルルのぷにぷにすべすべなほっぺたも最強だけど、これはこれで最強の一角。

 やはり俺の掲げた『エルフ耳最強説』は正しかった。



「ひゃぁ!? ぁ、あぁ、んんっ、ぅ」



 エルフさまのお耳は、人族に比べると随分と柔らかいみたいだね。

 かなりふにふにです。

 人間と比べるとかなり長いし、柔らかくないと寝る時とか痛くなっちゃうからかな?

 ふふふ、ファンタジーファンタジー。



「ぁ、んんんっ! ちょ、ぁん、まっ、て、シャ、ルぅ……はぅっ」



 ん、そういえば。

 師匠の所で見た本にはエルフさんのお耳は風を読む事も出来るとかなんとか書いてたっけ。

 なら、人族よりも感覚とかが鋭敏なのかもしれない。つまり繊細な器官だ。

 かっこいいなぁ……。



「んぁ!? ひゃぁん!? ……はぁ、んぅ、はぁはぁ……ひぅっ」



 あと確か、この世界のエルフさんには上位種がいたんだっけかな? 本に書いてあった気がする。

 うーん、上位種のエルフさんは容姿的には違いはあるのだろうか。

 まぁ、このニーナの素敵耳には誰だろうと叶わないでしょうけどね! 癖になっちゃう触り心地です!



「……はぁ、はぁ……んっ………………ぁ」



 こんな機会を与えてくれたニーナには、感謝してもしきれないよ。

 本当にありがとうございます。

 この触り心地、忘れる事なく墓場まで持っていきます。


 ん、そろそろ満足……は全くしないけど、終わりにしないとだよね。

 じゃないと自制出来なくてやめられなくなっちゃう。あんまり長く触ってるとニーナにも悪いし……。うぅぅ。


 あ、でもでも、あと、十秒だけ。

 良い、よね……?





2017/09/11-セリフ細部修正

2018/01/22-誤字修正

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