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冒険者、帰郷する!

 候都ファナールを発ってから八日。

 道中に謎の襲撃に遭ったりしたものの、俺たちはウィーティスの町に無事帰り着いた。


 行きの時みたく、何かとんでもない事態に巻き込まれるのではないか? と、身構えていただけに、何事もなくて一安心。

 襲われてる時点でどうかとも思うけど、行きがアレだったから、あの程度は無視できるレベルだし。幸い、あれから二度目の襲撃はなかったから、旅路はかなりスムーズに進んだ。


 オジさんの襲撃者たちに関しては、現状ノータッチです。


 見た目での情報。服装や態度。

 その他、携帯物などで考えれば何者なのか大体推察は付くんだけど、その行動理由とかが全く分からないから下手に触れないことにしてる。


 どうせ狙われてる可能性があるのなら、準備だけして待ってる方が楽だし疲れないもん。


 このまま面倒ごとが来ないのが最高なんだけどね。

 俺はただ身内でワイワイしてたいだけなのです。

 もう、シリアス君とかいりませんから。

 これ以上付きまとうようなら、今度こそ八つ裂きにして殺しつくしてやるです。




 さて。


 そうして辿り着いた故郷ウィーティスの町。

 俺たちは町には立ち寄らず、自宅が建つ丘に向けて林の方へと進んでいった。

 その時に、ニーナが間違って町の方に行こうとして慌てて呼び止める──なんていう一幕もあったんだけど、まぁ仕方ない。

 普通なら町外れの丘に、家があるなんて思わないもんね。

 それに慌てて赤面するニーナが微笑ましかったし、これはこれでアリでした。



 林を抜けると見えてくる丘。その中腹。

 そこにポツンと建つのが、我が家。


 ついに、ついに試験達成。

 無事、冒険者になって帰り着くことが出来た。

 母様との約束も果たせたね。

 これで母様に報告すれば一人前と言ってもらえる。やった。










 ──という感じで、全部が全部キレイに終われれば良かった。でも、そうは問屋が卸さなかった。



「じゃあ明日、改めてミーレスさんの所に詳しい話を聞きに行こっか」

「うんうんっ、賛成賛成〜!」

「わ、私もそれで良いわよ。……えっと、こっちの事は詳しくないし、二人に任せるわ」



 うん。帰って来たのに何かが足りない。

 端的に言えば母様の笑顔が足りない。

 父様の暑苦しさが足りない。

 家族の温もりが足りない……っ。


 どういう事なのかといえば。

 ファナールから歩きに歩いて家に帰ってみると、そこには誰もいなかった。こんな感じ。


 家に着いても部屋の中は真っ暗。

 到着した時は夕方だったし消灯するにもまだ早い。

 ノックして呼びかけたりしたのに反応なし。

 俺とアルルの声ならどんなに小さくても反応を示す母様たちなのにだ。


 結局、留守だと判断し、アルルに管理してもらっていた合鍵を使って家には入れたんだけど。


 正直、おかえりって言って欲しかった。

 ちょっとガックリ。

 試験延長のお知らせを言い渡された気分。

 まあ、追試よりはマシなんだけどさ。



 それに、母様たちが留守とは考えてなかったから呆然としちゃったけど、ありえないかって言われると実際そうでもないんだよねぇ……。


 アルルと出会う前や出会ったあとでも、母様とはよく小旅行みたいな事をしてた。

 その移動手段は当然あの音速飛行でだったんだけど。日帰り旅行もなんのそのなんです。


 そんな感じだから、どっかにお出かけしてるんじゃないかな?


 いままで俺たちにかかりっきりで夫婦水入らずの時間もあんまり取れなかっただろうし、もし旅行なのだとしたら、それはそれで二人には楽しんでもらえれば嬉しいな。

 んー、そう考えたらなんか元気戻ってきたかも。

 詳しい話は孤児院に行ってミーレスさんに聞けばいいや。


 となれば、今日はもうゆっくり出来るかな。

 お夕飯を食べて明日に備えよう。

 ──あ、そうだ。



「ねぇねぇ、アルル」

「はぁい! なーぁーにっ♪」


 折角だしニーナには、うちのご歓待を一杯受けて、ビックリしてもらう事にしましょ? 


「悪いんだけど、アルルは先に夕飯の準備してもらっててもいい? 僕はアレの準備を済ましておくから」

「あ、うん! わかった! 任せて〜♪」

「ふふ、じゃあお願いしちゃうね」

「は〜い」



 阿吽の呼吸は健在。

 主語がなくても意思を察してアルルは了解してくれる。今日が初訪問のニーナとは違って、調理器具などの場所を当然把握しているアルルは、一人ルンルンと台所に向かっていった。

 上機嫌なアルルの背を見送りつつ俺も準備に取り掛かる。




 くいっ。



「──ん?」


 服の袖をちょんと摘まれた。

 掴んできたのはニーナの可愛い小さな手。

 そんなニーナの表情はだいぶ強張っている。


「ぁあ、あのシャル! わわ私にも何か手ちゅだわせてくりぇないかしらっ!?」

「ん? ニーナは大切なお客様だし、ゆっくり寛いでもらってていいよ」

「い、いいいや無理よ無理。無理だからっ。落ち着かないし何かしていたいわ……っ」


 ぶんぶんと首を振る緊張し過ぎのニーナさん。

 なんか既に泣きが入ってるし、物凄くカミカミです。可愛すぎます。


 ニーナは人見知りというか、こういう状況がホントに苦手なんだね。


 でも、その気持ちは分からなくもない。

 他人の家っていくら仲良くても居心地はいいとは言えないと思う。

 気を使わざるをえないし、下手に色々手伝えないし、俺も逆の立場だったら似た反応するかもだし。

 まあ、前世含めて友人の家に遊びに行ったことなんてないけど。



「……うぅ」



 おっと。黙っちゃったせいでニーナが今にも泣きそうだ。


「ふふ、分かったよ。そこまで言うなら手伝ってもらおうかな。じゃあニーナには、アルルと一緒に作業してもらっていい? 道具の位置とか詳しいことはアルルに聞いてね」

「わかったわ!! あ、ぁりがとう!」

「ん、どういたしまして」


 ぁりがとう、て。

 ニーナてばかなりテンパってるなぁ。

 声が裏返ってるよ。いつもクールな彼女にしては珍し……あ、そうでもないや。

 最近は結構見てる。でも、見た目相応で微笑ましいし悪くない。


 ただ、このままだとニーナも緊張しすぎて気疲れしちゃうだろうし、これはますますアレに期待しよう。

 身も心も癒すにはもってこいだからね。

 緊張だって解きほぐせることでしょう。



 パタパタと小走りで去るニーナを見送り、今度こそ家から出る。




 裏手へと続く脇道を抜けて、丘の上に当たる場所へグルッと回るように登っていく。

 目指すのは丘の頂上。

 我が家が建っているこの丘の上には、とある贅沢なものがある。


 それは、母様がこだわりにこだわった手作りの『露天風呂』だ。


 俺が生まれる前に、身重な母様が『やっぱり個人で使えるお風呂は必要よね〜』と、軽いノリで魔法具やら魔法やらを駆使して作りあげたらしい。

 何してんの妊婦さん、とは思ったけどもね。


 普段から魔法具でもある衣服、装飾品をポンと作る母様だ。あのハイスペックを誇る母様が気合いをいれて全力で作ったのだ。

 それはもう素晴らしいお風呂が出来上がっている。


 丘の上に建ってるから景色もいいし、これなら身も心もリフレッシュできること間違いなし!

 夜だからあんまり景色は関係なさそうだけどね。




 というか、今更だけど。

 母様って師匠に匹敵するすごい魔術師なんじゃないかな? 普通はそんなポンポンと魔法具って作れないんだよ?

 特に魔法式のお風呂なんて、複数の魔術師が仕事を分担して作るものだし。それだけで一般的な魔術師以上だと分かろうものです。


 ん〜、余計気になる。母様って一体何者なんだろう。これも帰ってきたら絶対聞こうっと。

 今まで母様の過去とか一度も聞いたことなかったし、ちょうどいい機会だよね。



 色々考えながら歩いているとあっさり到着。

 久しぶりに頂上まで登ったけど、地味に標高が高かったんだね。

 この丘というか小山? 崖?

 いつの間にか慣れてて気づかなかったよ。


 ま、それは置いておいて。

 お風呂だ、お風呂。


 目の前に広がるのは、こじんまりとしつつも趣深い木と石を使った小型建築物。

 外観装飾も品を損なわない程度に施され、建物の周りには彩りとして花や植栽なんかもささやかながら植えてある。

 全体的な雰囲気は落ち着いていて大変風雅だ。

 この辺の美的センスはよく分からないから素直に憧れるなぁ。

 俺ももっと頑張らないと。



 観音扉を開けて中に入る。

 中は、エントランス? と脱衣所と大浴場しかないシンプルな作り。

 男湯と女湯の区切りは当たり前だけどないよ。

 脱衣所も一つだけ。

 だってここは我が家専用のお風呂だし。


 俺は一直線に浴場へと向かう。

 早速、お風呂掃除と魔法具の点検をしていこう。






「ん、魔法具も問題なし。軽く洗ってお湯を張ればすぐ入れるね」


 かなり広い浴場スペースを、お湯を注ぐ魔法具や温度調節の魔法具、掛け湯用の魔法具などまでキッチリと確認していくが、どれも大丈夫なさそうであった。


 魔術師となったいま、母様手製の魔法具にちょくちょく気をとられる事もあったけど、準備は済んだ。


 掃除の方も水魔法を上手く使いながらサクサクッと済ます。

 洗髪や身体用の石鹸類や他の備品やらもチェックをして、お湯を張って準備は終わり。


 お客様が入るとあって念入りに準備してたから、結構時間が経ってしまった。

 アルル達を待たせちゃってるかも。急いで戻らないと。




「あ、シャルくん! ちょうどよかったよ〜。ご飯できたから呼びに行こうと思ってたのっ」


 家に戻るとアルルに出会い頭でそう言われた。

 なんとか間に合った様でホッと息をつく。


「そうなんだ、ならよかった。ありがとね」

「ふふん♪ シャルくんの為なら、これくらいどうってことないのっ」


 むんっと両腰に手を当ててキメ顔のアルル。

 むぅ、なんでこの娘は、こういちいち可愛らしい仕草ばかりするのか。狙ってる?


「アルル? そんなあざと可愛い態度ばっかりしてると、僕イヂワルしたくなっちゃうんだけど……」

「きゃぁぁぁ〜〜♡」


 がおぅと手を上げてアルルの方に近づくと、満面の笑顔で嬉しそうにリビングの方へ逃げていく。

 途中、きゃ〜っと言いつつ、チラ、チラッとこっちを確認してくるのがまた癒される。

 俺もアルルを追いかけてトコトコとリビングに続いて歩く。



「もうほら二人とも、ふざけてないで席につきなさいよ。冷めちゃうわよ」

「はーい♪」「あ、うん」


 ニーナはリビングに入ってもじゃれ合っていた俺たちを見ると、呆れ気味に声をかけてきた。

 流石に俺たちの扱いには慣れてきたみたい。

 まぁ、俺とアルルは止める人がいないと、何処までもじゃれて遊んでると思うから、止めてくれるのは助かるけどね。



 リビングに移り、席に全員つく。

 久しぶりな環境での和やかな食事が始まった。

 今日はニーナもご招待している事だし、楽しさもなんだか倍増だ。

 母様たちもいれば更に良かったんだけど、無い物ねだりをしても仕方がない。


 いま母様たちが何処にいるのか、いつまでそこにいるのかは全部明日だ。


 ただ、しばらくはこの町に留まる事になるのかな。最悪、母様たちを待たずして出発の可能性もある。


 ニーナは急ぎの旅でもないのだし、旅に出たら故郷にもスグには戻れなくなるから、ゆっくりすれば良いと言ってくれてるけど。

 ほんと、俺の周りにいる子たちは優しい子ばかりだ。だから甘えすぎない様に気をつけないと。


 でも、こんな良い子なニーナをちゃんと紹介したいし、早く帰ってきてほしいな。

 それもこれも、全部明日だね。

 ミーレスさんが詳しい話を聞いてることを願う。




 夕飯も食べ終わり一息つく。

 ニーナも段々と我が家に慣れてきてくれたみたいで、最初に比べればだいぶ表情が柔らかい。

 となれば、ダメ押しのお披露目だ。


 そのお役目はアルルに任せる。

 流石にお風呂に三人で入るという展開は困る。



「よし。──アルルっ」


 任せたよ! という意思を込めて、アルルにウインクで合図を送る。


 ……なんかアルルが、ほにゃぁってなった。

 こらこら意図伝わってるでしょっ、と目で催促する。うん、キリッとしたね。

 以心伝心、完了です。


「ニーナちゃん、ニーナちゃんっ」

「ん? なにかしら」

「こっちきて〜、こっちこっちなの♪」

「えっ? ちょっ!」

「えへへ〜、ニーナちゃん早く〜」

「ぇ、えぇえぇぇ!? ちょっとなに? なんなのっ!?」


 有無を言わさず手を引きながら、強引に連れ去るアルル。ニーナはいつも通りに慌ててる。


「ふふ、行ってらっしゃーい」

「ちょっ、シャル! どういうことなのよぉ〜〜、って聞いてるの!?」

「ん、聞いてる聞いてるー」

「なら答えなさいよぉ〜〜、ちょっ、ちょっと、アルルぅ!? あ〜んもう一体何なのよぉぉぉぉぉ〜〜……」



 売られにいく子牛の如く。

 ニーナはアルルに後ろから抱きしめられ、強制的にドナドナされていった。

 俺はそんな彼女を微笑みまじりに、手を振りながら見送った。



「さてとぉ」


 俺の方もやる事やんないと。


 えっと、まず子供部屋でアルルとニーナのベッドメイクに、俺の使うベッドの確保でしょ。

 お夕飯の片付けに、荷解きと補充が必要な備品類の確認。あと日課の魔法薬作りと、魔力制御の鍛錬もしないと。


 うん、やる事がいっぱいだ。

 気合い入れないとだね。


「──っと、その前に」


 俺は懐にしまっていた小瓶を取り出す。

 お薬の時間だ。

 いそいそと水を汲み師匠手製のお薬を飲み込む。

 錠剤は小さめなのですんなり飲み込める。

 

「ぷはぁ……、うーん……」


 やっぱり何にもない。

 薬を服用し始めてからしばらく経つけど、左手は変わらず。

 師匠が言うには劇的な効能って言ってたはずなんだけどなぁ……。

 まぁ、師匠を信じて最後まで気長に服用してみよう。



 そう気持ちを改めて小瓶をしまい、急いでベッドメイクに移った。


 何せこれを疎かにすると、旅の道中の様に三人で川の字が確定してしまう。

 今回に限っては男女で部屋を分けてやりますよ。

 アルルとは四歳の時から今まで、毎日一緒に寝起きしてきたからね、たまにはこういう経験も必要でしょ! これも立派なレディになる為の試練ですわよ、アルルさん?


 それに俺って魔術で夜更かしする事も多いし。

 ファナールにいた時もアルルより遅い帰宅の方が多かった。起こしちゃうと申し訳ない。


 俺はそんな言い訳を胸に、子供部屋のベッドメイクへ向かうのだった。




 ◾︎◾︎◾︎




 風呂上がりの後。

 部屋割りについて、やはりアルルが大分食い下がったが、俺が何でも一つお願いを聞くという条件を提示したら、あっさり陥落しましたとさ。


 一体、何をされるのか考えると憂鬱である。

 んぅ、早まったかなぁ……。




2018/01/22-句読点の位置修正

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